第16話
人垣が左右へ割れ、一人の初老の男がゆっくりと歩いてきた。
白髪交じりの髪を後ろで束ねたその姿には、誰もが道を譲る絶対的な威厳があった。家老の佐久間主膳だ。
「これは何事だ。城門の前で木刀など振り回して」
「姫様へ無礼を働いた大工の倅へ、身の程を教えておりました」
主膳は小さく頷き、息を切らしているこちらの前まで歩み寄った。
右手に木刀、左手に木の枝を握りしめたまま背筋を伸ばす。主膳は何も言わず、じっと隼人の目を見つめた。まるで、その瞳の奥にある魂の正体を見抜こうとしているかのようだった。やがて、ふっと口元を緩める。
「伊兵衛から一本取ったそうだな」
「……はい」
「見事じゃ。だが、それで伊兵衛より強くなったと思うなよ」
「承知しています」
「自分の力を知っておるなら、それでよい」
武器を下ろし、不器用に頭を下げる。
「……ありがとうございます」
だが、伊兵衛だけは納得していなかった。
「主膳様。新九郎は幼い頃から、体を使うことすべてが苦手な男でした。あのような見事な二刀の構え、突然身につくはずがありません」
「お前の疑いは分かった。だからといって、城門で木刀を振るう理由にはならぬ」
伊兵衛は奥歯を噛み締め、悔しそうに拳を握り締めた。
「……承知いたしました」
主膳は肩へそっと手を置いた。
「今日はもう帰るがよい。記憶を失ったばかりで、疲れておろう。佐吉、記憶が戻るまでは親としてそばで支えてやれ」
「承知いたしました!」
佐吉は涙ぐみながら、何度も頭を下げた。
主膳は静かに頷くと、千代姫へ目を向けた。
「姫様、お騒がせいたしました」
千代姫は首を横に振る。
「ううん……ありがとう、主膳」
その言葉に主膳は柔らかく微笑み、一礼する。
「では、失礼いたします」
そう言うと、主膳は踵を返し、ゆっくりと城門の奥へ歩き去っていった。
伊兵衛は足軽へ木刀を投げ返すと、最後にもう一度だけ目の前に立った。
「……新九郎。お前の剣には、覚えがない」
「……」
「人は変わる。だが、あれほどの腕を身につけた者が何も覚えておらぬというのは妙な話だ。今日のこと、俺は忘れんぞ」
低い声で言い残し、伊兵衛も城へ戻っていく。 騒がしかった城門前は、いつもの静けさを取り戻していった。 千代姫が安堵したように駆け寄ってくる。
「新九郎、大丈夫?」
「はい。何とか」
「……ごめんなさい。私があんなことを言わなければ。佐吉にまで……」 「俺を庇ってくれたんです。次は、あんな思いをさせません」
千代姫はしばらく見つめ、声を落とした。
「……それでも、二人の時は、昔みたいに話してね」
「はい。二人だけの時は」
千代姫は満足そうに頷き、小さく手を振った。
「今日はゆっくり休んでね。また、お城で会いましょう」
嬉しそうに微笑むと、何度かこちらを振り返りながら城門の中へと戻っていった。




