第14話
無邪気な笑顔につられて笑ってしまう。
「だから、思い出すたびに笑っちゃうの。でも……私はすごく嬉しかった。弱くても不器用でも、本気で私を守ろうとしてくれてたから。あの木のお守り、今でも私の宝物なの」
「まだ持ってるの?……見てみたいな」
何気なく言うと、千代姫がぴたりと動きを止めた。
頬がほんのりと赤くなる。
「……だめ。見せない」
「なんで? 宝物なんだろ?」
「自分で思い出したら見せてあげる」
「そんなの、いつになるか分からないじゃん」
「じゃあ、それまでお預け」
楽しそうに笑う姿に、困ったように笑う。
「厳しいな、姫様は」
「あっ、今は二人だけなんだから姫様は禁止」
「……そうだった。じゃあ、千代。少しくらい見せてくれてもいいだろ?」
「だーめ」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。やがて千代姫が改めて顔を見つめる。
「だから、今の新九郎は不思議。記憶はなくなっちゃったのに、やっぱり昔の新九郎みたいなんだもん」
返す言葉が見つからなかった。自分は新九郎ではない。昔の約束をしたのもお守りを作ったのも、自分ではない。
その事実が、小骨のように胸に引っ掛かる。
昔の新九郎は、本当にこの姫を守ろうとしていたのだろう。
その純粋な想いだけは本物だったのだ。
「……いいやつだったんだな」
ぽつりと呟く。一瞬の沈黙の後、千代姫がぷっと吹き出した。
「あははっ! 」
「え? なに? 」
「だって……自分で言った言葉なのに! 昔は必死な顔で言ってたのに、今は『いいやつだったんだな』って……あははっ、変!」
滑稽さに気づき、苦笑する。
「あ……そういうことか。ごめん、本人だった」
「ふふっ。やっぱり今の新九郎、面白い。昔の新九郎が帰ってきたみたい」
その時だった。コン、コン。襖の外から控えめな音が響いた。
「姫様」
侍女の声に、千代姫は一瞬で表情を引き締めた。無邪気な少女の笑顔は消え、凛とした『城の姫』の顔に戻る。
「入りなさい」
玄庵先生がお見えになりました、と侍女が告げる。 襖が閉まった瞬間、呆気にとられているこちらを見て、千代姫は小さく舌を出した。
「疲れるんだよ、あれ」
「いまの、聞かれたら怒られるぞ」
「だから、新九郎にしか言わないの」
再び襖が開き、白髪交じりの玄庵と佐吉が入ってきた。泰然とした落ち着きを持つ玄庵は、深く慈愛に満ちた、しかし鋭い瞳でこちらを見つめる。
「頭を強く打った覚えは?」
「気づいたら森で倒れていました。それ以前のことは……何も」
玄庵は脈や瞳孔を確認し、手を離した。
「身体そのものに異常は見られませぬ。記憶を失っていること以外は問題ないでしょう。ただし、無理に思い出そうとしてはなりませぬ。慣れ親しんだ場所で普段どおりに過ごすことです。焦ることはありませぬ」
「……ありがとうございます」
深く頭を下げた。佐吉も安堵の息を吐き、平伏して礼を述べる。
玄庵が席を立つと、千代姫が歩み寄ってきた。
「新九郎。今日はもう家へ戻って、ゆっくり休んで」
人前だからだろう、落ち着いた姫の声に戻っていた。
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
恭しく頭を下げる。
千代姫は一瞬不満な顔をしたが、すぐに凛とした表情へ戻った。
「佐吉、頼みましたよ」
「はっ」
「新九郎、行くぞ」
部屋を出る直前、振り返ると千代姫が袖の下で小さく手を振っていた。わずかに笑い、頷く。
だが、廊下の柱の陰では――伊兵衛が、獲物を狙う鷹のような鋭い眼差しで、こちらを見つめていた。




