23:スパルタレッスン
二週間後の放課後。
「ちょっと、あげは! 動きが雑になってるわよ!」
今日もダンススタジオに、岩清水さんの鋭い怒声が響き渡っていた。
ダンススタジオにいるのはSEASONの四人とわたし。
そして、パイプ椅子に座って、メガホンを握っている岩清水さん。
あれから岩清水さんはSEASONのマネージャーみたいなことをやってて、わたしのダンス練習にも付き合ってくれてるんだ。
「はいっ! すみません!」
「謝るひまがあったら動く! 玲央様はね、そのステップのときに少しだけ顎を引いて、最高にクールな表情をするの。あんたがその隣でポカーンとしてたら、玲央様の美しいダンスが台無しでしょ!」
「岩清水さん、厳しいな〜。でも言ってることは的確だよ。あげはちゃん、今のところもう一回やってみようか」
司先輩がスマホを操作して、流れ続けている音楽を戻した。
「立切さん。岩清水さんが言ってるのは、重心の移動のことだ」
白銀くんがわたしの隣に来て、手本を見せてくれた。
「おれの手を見て。タン・タタン・タン、でこうなって、ここから一気に引く」
「うんうん、白銀くんは完璧。問題は、その横にいるロボットみたいな動きの女子よ!」
「うう……すみません……」
わたし、運動神経は良いほうだと思ってたんだけどなあ……。
ションボリ肩を落としていると、春宮くんが近づいてきた。
「あんまり気にしなくていいからね。立切さんはよく頑張ってくれてるもの。フリは三日もかからずに覚えてくれたし、ダンスも日々上達してる。ちゃんと努力は伝わってるよ」
「光成、甘やかすのは止めろ。みんなが見るのは努力の『過程』じゃなく『結果』なんだ。ゲスト出演とはいえ、オレらと一緒にステージに立つ以上、妥協は許さないから。もう一回。サビの頭から行くぞ」
「……はい」
いつもと違って、ニコリともしない玲央先輩を見て、春宮くんはおとなしく自分のポジションに戻った。
再び曲が流れ始める。
壁一面の大きな鏡には、汗だくで髪を振り乱すわたしと、真剣な顔でステップを踏むSEASONが映っている。
「あげはちゃん。さっきのフリ、ワンテンポ遅れたよな? 自分でも気づいてる?」
玲央先輩は、ダンス練習になると本当に『鬼』だ。
指先の角度一つ、ミリ単位のズレも許さない。
だからこそ、SEASONのダンスをみんなが絶賛するわけなんだけど……さすがに、三十分ずっと踊りっぱなしは、キツイ。
「はい、すみません。もう一回お願いします……!」
わたしはガクガクする膝を押さえつつ、額の汗をリストバンドで拭った。
「ちょっと待って、玲央、スパルタすぎ。一回休憩して、水分取ろう?」
司先輩が取りなしてくれて、いったん休憩ということになった。
わたしは壁際に移動して座り込み、タオルで汗を拭った。
岩清水さんにスポーツドリンクを渡された玲央先輩は少し離れた場所で、白銀くんと話している。
「ごめんね~、あげはちゃん。玲央がスパルタで~」
飲みかけのスポーツドリンク片手に、わたしの隣で司先輩が苦笑した。
「いえ、大丈夫です。それだけライブを成功させたい、真剣だってことですから」
「そうよ、あげは。ライブまであと四日しかないんだから、玲央様のチェックが厳しくなるのも当たり前でしょ」
全員にスポーツドリンクを配り終えた岩清水さんが歩いてきて、わたしを見下ろしながら腰に手を当てた。
「あんた、キリヤなんでしょ? 悪霊をぶっ飛ばして、視聴者のみんなを痺れさせた、あの格好良いキリヤなんでしょ? だったら、ダンスでもみんなを痺れさせてみせなさいよ。言っとくけど、いまのままじゃ『まあそこそこ、それなり』っていう、無難な評価で終わるわよ? 90点で終わっていいの?」
「良くない。どうせ踊るなら、100点――ううん、120点がいい!」
わたしは弾かれたように立ち上がり、岩清水さんの目をまっすぐに見つめ返した。
「だったらもっと頑張りなさい! 120点だって思えるまでは、容赦なくダメ出ししてやるからね!」
「うん、お願い、ルネちゃん!」
「へあっ?」
岩清水さん――もとい、ルネちゃんは顔を真っ赤にして、挙動不審になった。
「な、なんでいきなり名前で呼ぶのよっ!? あたし、下の名前で呼んでいいなんて一回も言ってないんだけど!?」
「だって、ルネちゃんはわたしのこと『あげは』って呼んでるじゃない。そろそろわたしも呼んでいいかなって。わたしたち、もう友達でしょ?」
「ともだ……!?」
「え、違った?」
首を傾げると、ルネちゃんはうつむいて、何やらモゴモゴ言って。
それから、顔を赤くしたまま、春宮くんと司先輩をキッとにらみつけた。
「なんで笑ってるんですかっ!?」
「いやあ~。微笑ましいな~って」
「うん。岩清水さんって、正直ちょっと苦手だったんだけど。いまの岩清水さんは素敵だと思うよ。屋上で立切さんの悪口言ったのも、昨日ちゃんと謝ったんだってね?」
春宮くんが笑うと、ルネちゃんは目を丸くした。
「な、なんで知って……!?」
「立切さんに聞いたから」
「なんで言うのよ!?」
「ごめんなさいっ」
だって、嬉しくて、みんなに報告せずにはいられなかったんだもん!
「ちなみに、ボクも聞いたよ~。謝れてえらいね、ルネちゃん。玲央も見直したって言ってた」
「~~っ。あたし、トイレ行ってくるわ! あげは、さっき間違えたとこ、復習しときなさいね!」
ルネちゃんは顔を赤くしたまま逃げていく。
わたしは司先輩たちと顔を見合わせて、三人でくすくす笑った。
――ねえ、ルネちゃん。
わたし、知ってるんだ。
昨日の夜、ルネちゃんがコッソリ立切神社に来て「この前のお願い、やっぱり取り消してください! あたしが間違ってました!」って必死にお願いしてたこと。
その様子を目撃してたクロが教えてくれたんだよ。
最初はわたしのこと、嫌いだったかもしれないけど。
この二週間、一緒に過ごすうちに、少しは認めてくれたんだって思ってもいいよね?
「そろそろ休憩終わりでいいか?」
司先輩たちに間違った個所をチェックしてもらったところで、玲央先輩と白銀くんが歩いてきた。
「はい。大丈夫です。引き続き、よろしくお願いします!」
まっすぐに背を伸ばしてそう言うと、玲央先輩は目を瞬いた。
「……意外だな。そろそろ『もう無理』って音を上げるかと思ったけど、あげはちゃんの目、まだキラキラじゃん。やる気満々って感じ」
「もちろんですよ。SEASONのステージにお邪魔させてもらうんですから、中途半端なダンスはできません」
「よく言った。それでこそあげはちゃん」
玲央先輩は心底楽しそうに、嬉しそうに笑った。
「じゃ、最後までついてきてよ?」
「はい!」
わたしは力強く床を蹴り、自分のポジションへと走り出した。




