14:VS巨大悪霊
歩き始めて数分後――。
「うわっ、何これ!?」
突然、司先輩が叫んだ。
振り向くと、トンネルの壁に、黒い手形のようなものがたくさん張りついている。
生まれつき『変なモノ』が見えるわたしは耐性があるけれど、慣れていない人にはじゅうぶんに衝撃的な光景だ。
「ひっ……」
春宮くんは小さく悲鳴を上げて後ずさった。
白銀くんは春宮くんの近くで、言葉もなく立ち尽くしている。
「なになに? なんかあるっぽいけど、みんなは見える?」
玲央先輩は呑気に壁に近づき、スマホのカメラを向けた。
――あっ、まずい!!
「春宮くん、動かないでっ!」
春宮くんの背後に複数の黒い影が揺らめくのを見て、わたしは走り出した。
走りながら霊力を足に込めてジャンプし、黒い影を思いっきり蹴り飛ばす!
春宮くんに取り憑こうとしていた黒い影は、悲鳴を上げて消えた。
さらに右手からやってきた黒い影を殴り飛ばし、左手からやってきた黒い影は回し蹴りで消滅させた。
「わあ、格好良い~!」
「キリヤ、すげえ! 武闘家みたい!」
司先輩と玲央先輩が褒めてくれたけど、いまは応じてる場合じゃない!
「皆さん、いますぐ引き返してください! ヤバいのがきます!!」
トンネルの奥のほうから禍々しい気配がする。
握った拳や背中に、じっとりと汗がにじんだ。
――この気配、わたしの手には負えないかも……。
「え、ヤバいの? それは是非撮りた――」
「先輩っ! 約束したでしょう!」
スマホのカメラをトンネルの奥に向けた玲央先輩の腕を、白銀くんが容赦なく引っ張った。
「うう。残念だけど仕方ないか。視聴者のみんな、ごめん! 撤収します!」
「頼むね、キリヤ!」
わたしを残して、みんなが走り出した。
遠ざかっていくみんなの足音を聞きながら、わたしは改めてトンネルの奥をにらんだ。
ヤバい気配が、どんどん強くなっていってる!
「あげは、くるぞ!」
クロが体勢を低くして叫ぶ。
そして、トンネルの奥から、怪物のうなり声のような音が響き渡った。
――ゴオオオオオオォ……!!
音と連動するように、トンネル内の全ての電灯がブツンと切れた。
「な、なに!? 停電!?」
「怖い〜!」
春宮くんと司先輩の悲鳴がトンネル内にこだまする。
「えっ、配信切れた!? なんで!? いきなり圏外になったんだけど!」
玲央先輩の悲鳴の内容は、二人とは全く違った。
「いや、いまそんなことどうでもいいか! とにかく、みんな、落ち着け! スマホのライトつけろ!」
玲央先輩がスマホのライトを点灯させたらしく、わたしの背後が急に明るくなった。
直後、トンネルの奥から、暗闇よりも黒い塊が現れた。
それは、無数の人の顔や手が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、おぞましい姿をしていた。
トンネルの天井に届くその大きさは、五メートルくらいだろうか。
巨大な悪霊は、逃げ道をふさぐようにして、ゆっくりと蠢きながら広がっていく。
顔という顔が恨み言をつぶやき、何十本もの黒い『腕』が天井や地面を這うように伸びていく――
「うわあああああっ!!」
司先輩の大きな悲鳴が聞こえて、わたしは思わず振り返った。
司先輩は腰を抜かしたらしく、右手にスマホを握ったまま、地面に座り込んでいる。
春宮くんは邪気にあてられたのか、恐怖で意識を失ってしまったのか、ぐったりと白銀くんに寄りかかっている。
白銀くんは真っ青な顔で震えながら、それでも春宮くんを庇うように抱きしめていた。
「なんで光成は気絶してるんだ? 司も深冬も、いったい何を見てる? そこに何かいるのか?」
玲央先輩はライトのついたスマホを持って困惑している。
「皆さん、落ち着いてください!! 白銀くんたちのそばにいれば大丈夫ですから、動かないで!!」
白銀くんと春宮くんが破魔鈴を持ってきていることは、車の中で確認済みだ。
だから、もしもわたしの視界の外で悪霊が襲ってきたとしても、しばらくは大丈夫のはず!
「あげはちゃん!!」
「えっ!?」
玲央先輩がいきなり本名を叫んだから、わたしはびっくりした。
「配信切れたし、もう演技しなくていいよ!! 司に聞いたんだけど、なんかそこに『いる』んだろ!? オレが照らすから、やっちゃって!!」
玲央先輩はスマホのライトをトンネルの奥に向けた。
おかげで、巨大悪霊の姿がよく見える!
「はいっ! 行くよ、クロ!!」
わたしはクロを肩に乗せたまま走り出した。
無数の黒い『手』が、わたしを捕まえるべく、四方八方から伸びてくる。
わたしは上体をそらしたり、横に飛んだりして避けながら、前に進んだ。
巨大悪霊に近づくたび、生ゴミのような酷い悪臭が強くなる。
冷たい空気が、わたしの肌をぞわぞわと這い回る。
――怖いし、気持ち悪い。吐き気がする。
でも、守るって、約束したもの!!
霊力と、みんなを守るという強い思いが、わたしの拳に集まっていく。
狙うのはただ一点。
巨大悪霊の『核』だ。
「せいっ!!」
わたしは『核』に拳を叩きつけた。
巨大悪霊の動きが止まる。
でも、それはたった数秒のこと。
すぐにまた、巨大悪霊はぐねぐねと不気味に動き始めた。
――渾身の一撃だったのに、全然効いてない!?
次の瞬間。
丸太くらいの大きさの黒い『腕』が、目にも留まらぬ速さで横薙ぎに振るわれた。
「っ!?」
とっさに両腕でガードしたものの、身体が吹き飛ばされた。
――ドンッ!!
背中から壁にぶつかって、鈍い痛みとしびれが全身に走る。
「く……う……」
「あげはちゃん、大丈夫!?」
よろめきながら立ち上がると、玲央先輩が駆け寄ろうとしてきた。
「こっちに来ないで!!」
わたしの叫び声が、玲央先輩の足音を止めた。
「大丈夫ですから!! そのままトンネルを照らしててください!!」
「……わかった!」
返答に少し間があったのは、わたしを心配してるからだろう。
わたしはみんなの護衛役としてここにいるのに……心配かけちゃって、情けないよ。




