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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
序章 無限転生
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7 転生の意味


 頭蓋の奥で鈍い金属音が幻聴として響いている。耳鳴りのようなその音を背景に、目の前に四度目の一言一句違わぬ質問が浮かんでいる。

 

 《転生ポイント6》 《生を諦めますか?》 YES NO


「NO」


 震える声音で淡々と答えるとまた忽然と目の前から消える表示。これまでは何も思わなかったはずが今回はどうにもそんな気分になれない。


 頭が熱い。それはオオカミとして弾丸を脳に受け入れたからではなかった。今回の死はまさに一瞬の出来事。頭を貫かれたと気付いたときには既に魂と体は引き離されており、死の痛みなどほとんど存在しなかった。

 餌として食い漁られたウサギ転生よりも何倍も穏やかな死に様だった。しかし、それでも頭には耐え難い熱が残っている。


 額を上から掴むようにして押さえる。目の前の煩わしく思える小物類を睨みながら、どこか冷えきった有畑奏真は口を開く。


「腹が立つ」


 オオカミ転生で自分の身に覚えのない罪で殺されたこと……、その怒りは確かにあの場ではあったが、そのとき頭に上っていた血は頭に空いた穴から全て転げ落ちている。今こうしてこの場に戻ってくれば、理不尽と思う以上に俺を殺した二人の意見の正しさを理解できていた。


「あの二人は間違っていない。殺されたことに納得したわけじゃないけど、身を守るための行動だ。悪意はない。でも、こっちは違うだろ」


 冷静に冷静に俺は怒っている。死んだ状況にではなく、この今の状況に。


「……わかるよな。ここで見ているお前には」


 静かな声音がこの部屋にぶつかる。舞い戻ってきた転生部屋に。一冊抜けた机の本棚に。アメジストのような結晶の生えたインク瓶と青黒い羽ペンに。取り囲む本棚に、……開かない扉に。


 そして、ここに俺を呼びつけた神とやらに。


「確かにウサギ転生での死は納得できた。草食動物の宿命だよ。ただ今回のは違う。わざとだ。わざと『殺される運命』のオオカミに転生させたんだ。そうだろう?」


 想像してほしい。三回別の生き物として生まれ変わったとしよう。その中で全てが一時間以内に死ぬなんてことがあるだろうか? ウサギはまだわかる。しかし、オオカミはどうだ? 偶然猟師に狙われるような環境に転生するだろうか? 


「――わざと俺は殺されている。そうとしか思えないんだ。そして、その理由はあれだ」


 心当たりはある。確かにそこには答えがあった。


 座っていた椅子を押し倒し、机に体をぶつけながら目的の場所へ。茶色い表紙のそれは、ここを出たときの開かれた状態とは異なり、常に同じ姿で俺と再開を果たす。その分厚く大きすぎる本の上に描かれた飾り気のないタイトル。


 『転生書庫ビブライア』


 未知のものを警戒するような足取りで一歩近付く。そこからまた一歩と踏み出して、ビブライアの元へ。腰の高さでこちらに表紙を向けたビブライアの表紙に触れ、ページを一枚ずつ捲り、二ページ目で止める。

 ビブライアの本文の前のページ。そこには初回以降目を通していなかったルールが記載されている。


1 《この書庫では様々な生物への転生が可能となっております。転生する際には転生対象の名の記載されたページを開き、転生の意思を示してください。なお、転生の際には転生ポイントは消費いたしません》

2 《この書庫の閲覧権は所有している転生ポイントの数値により定まります。転生ポイントが要求値に満たない場合には閲覧はできません》

3 《転生ポイントは前世での貢献度により加算もしくは減算されていきます。転生ポイントは種族変更いかんに関わらず、引き継ぎとなっております》 

4 《転生ポイントの使用に関しましては、転生後にて可能となっております。使用した転生ポイントはいかなる場合でも返還されることはございません。ご注意ください》

※ 転生ポイントの基準を500とし、その基準を上回るもしくは下回る場合、転生先の境遇に上方もしくは下方の補正がかかります。  


 全てを読み。全てに推測を立てて実践をしてきたつもりだった。しかし、ここで都合のいい箇所に目を瞑っていたのだと自分の甘さに唇を強く結ぶ。


※ 転生ポイントの基準を500とし、その基準を上回るもしくは下回る場合、転生先の境遇に上方もしくは下方の補正がかかります。  


「やっぱりそういうことか。そういうことだったんだ……」


 ――境遇が下げられる。言葉だけ見ればあまり伝わってこない。おそらく、初期の俺は貴族に転生するか貧乏人に転生するか程度にしか捉えていなかったのだろう。しかし本質は全く異なる。境遇の最下層は貧困ではない。そもそも生き物なんて金銭を必要としない生き物の方が大半だ。


 文字の上に幻影の文字が重なる。正しい解釈が俺の黒い瞳に映る。


 『転生ポイント次第で生き残り易さが変わる』


 俺の転生ポイントは6。0を『死』としたときこの数値がどれだけ死に近いのか。平均値500で普通に生きる者たちがどれだけ死から離れているのか。


 そんな転生ポイント6の男が転生者として選ばれていた。まともに生き残ることさえ難しい中で、このビブライアを用いた転生に。


 意味なんて深く考えなくともわかる。よく言うだろう。天国と地獄。前世での行いが良ければ天国へ、悪ければ地獄へ。それが今、転生ポイントなどという採点を付けられ自分に降りかかっているだけ。


「――俺は死ぬために選ばれたんだ。死を与えられるために」


 何かが割れる音が響いた気がした。音の在処はわかっていて、軋むガラスの音を塞ぐように胸を押さえていた。


 平均値の500よりもかなり低い転生ポイント。そう評価をされた人間をわざわざ転生部屋に連れてきて、死を繰り返すだけの人生を歩ませる。悪趣味だとか文句の数々をぶつけてやりたいが、そうじゃない。


 転生ポイント=その世界での貢献度。それをものすごく簡単に解釈をすれば、以前の世界で役に立たなかったものとなる。


「無能だから……、何もしてこなかったから、反省して自分の過去を省みろってことか。そういうことかよ」


 全ての答えが繋がった。何故頑なに生を諦めるかと訊いてくるのか。何故この部屋は一切の娯楽を与えずに扉さえ開かないのか。何故俺みたいな奴が転生させられたのか。


「わかったよ。神が味方じゃないことぐらいは。でもな。こっちは諦めが悪いんだよ」


 この部屋の意味を知った。自分が断罪されているのだと思い知った。だからこそ、俺はこう言わなくてはいけない。その評価全てを覆し、神に向かって中指を立てるために。


「絶対にこの世界で生き残る。だからそのときまで、お前が飽きるそのときまで、俺はこう言い続ける」


 《生を諦めますか?》


「NOだ」



 神への反意で頭を加熱するのはほどほどに、対策を練る必要があるだろう。


 我が物顔で高級感溢れる椅子に座って足を組み、ここからの対策を考える。


 大まかにオオカミ転生をまとめるところから始めよう。息切れ付きの茶色いオオカミからスタートし、次は猟師の飼っているドーベルマンに似た猟犬に追われて、逃げた思ったところでトラバサミ。そこから忘れてしまいたい痛みを乗り越えたのちに貴族の親子から頭に弾丸と罪悪感のプレゼント。


「改めて思い返すと何もできてない。最初から怒涛のマイナス補正の境遇ラッシュ。ウサギ転生の方がまだ余裕があった」


 ウサギ転生と比べて運がなかったと割りきるのは早計。肉体的に優れているオオカミだからこそ、より生き残りにくい環境に投げ出された可能性は否定できない。強い生き物に転生すれば、その分環境や敵も強化される。ゲームあるあるだが、リアルでやられると厄介なものだ。


「たとえ強い生き物を選んだとしても、攻略難度に大きな差は出ないってこと。その中で死ににくい生き物を探さなくちゃいけない」


 思考の迷宮を迷うように、触れられない本棚に触れたつもりになりながら部屋を回り続ける。その中心には諸悪の根元のビブライアが表紙を見せて次の転生を待っている。


「一時間程度の死までのタイムリミット。環境とその生き物の状態で難易度は一定を保ってくる。となると、食物連鎖の上位は避けたほうがいい」


 野生の生き物たちで構成された食物連鎖のピラミッド。その上層ともなると、相対する敵の質が高すぎる。高いレベルの肉食獣や人間。もしくはまだ出会ったことのない特殊なモンスターの線も出てくる。戦いにくさは断トツだ。

 一方でそれよりも下の生物であればまだ活路が見えてくる。ウサギ転生も過酷ではあったが、敵はオオカミ。トラバサミを仕掛けたり、猟犬を放ってきたりはしない。人間の頭脳を持つ俺からすれば、人間相手よりも既知の獣の方がやりやすい。


「でも、二回失敗している状況で草食動物になる勇気はちょっと……ないか」


 一度オオカミ転生を挟んだとしてもウサギ転生でのトラウマは消えていない。時間としてはまだ半日も経過していない状態で三度も死んだ。その中でも敵に喰われるという喪失感と痛みは気を狂わせるには十分すぎるレベル。立ち直るには時間がいる。


「俺ほどの人間だとまだ動けるけど、それでももう一度やる勇気はない。となると哺乳類は選択肢から消えた。残りは鳥類、爬虫類、魚類とかの脊椎動物に……、昆虫類の無脊椎動物。ところでゾンビって何動物?」


 動物と言っていいのかわからないゾンビの存在を思い出す。しかし、あくまで思い出すだけで、転生するつもりは一切ない。不潔、臭い、ボロいの三拍子揃ったキャラだ。癖のある脇役志望の人しか、こんな生き物は選ばない。


「爬虫類は、哺乳類の元祖みたいな話は聞いたことはあるけど、爬虫類はなぁ」


 爬虫類の印象、昆虫食。ヘビやワニならまだ肉を食べそうなものだが、ヘビは足がないし、ワニは水中がメイン。加えて、そもそもワニはビブライアに書いてなかった。


「お腹も減ってきた。この部屋にいる間に栄養失調とか脱水状態に陥ったりはないよな? そこも少し不安になってきた。早めに転生しようか」


 いまだに次の転生先への決め手がないまま、ついにビブライアに手をかける。見たくはないルールのページは無視して生き物の名の羅列されたページを静観する。


「体が空腹かはしらないけど、精神的には食事は取りたい。喉も渇いていた記憶が強いし、そこを第一条件としよう」


 捨てる回ではないが、飲食による精神の回復を第一目標とする。この体の満足感と関連性があるのかはわからないものの、このまま飲まず食わずで精神をすり減らせば、次への打開案も考えられなくなる。そのための必要なケアだ。


「魚……は一時間で体を扱いこなせるかわからないし、喉なら潤うだろうけどさ……」


 食事に関しても虫の印象が強くあまり選びたいとは思えない。フィッシュイーターと呼ばれる魚を食べる魚であればとも思うが、そもそもこのビブライアに書かれた名前からそれを特定するのは難しい。


「テーブルフィッシュ、ホワイトアイフィッシュ……、他の生き物と違って具体的な名前なんだよ」


 しかも、向こうの世界で聞いたことがないと。そのためピンポイントに大型の魚を狙ったりはできない。適当に選んで、小型の魚なんかに転生してしまえば、苔や虫などを食べなくてはいけなくなる。それは今の心理的にやりたくない。


「逆に虫を食べなくていい生き物を考えようか。哺乳類……は、一旦距離をおきたいな。鳥類は面白そうだしありではある。爬虫類、両生類はありだけどなし寄り。虫はー、強い印象あるよね」


 虫は小型で数が多く人間からもあまり狙われない存在だろう。さらには多くの虫には羽があり、機動性にも長けている。そして、中には社会性を持つ生き物も多くいる。


「虫も昆虫食のイメージはあるんだけど、一部は違う。たとえばそう。これとか」


 ハチ。羽があり巣を守り切り盛りをする生物。身を守るだけの群れが存在し、安定した居住地が存在する。攻撃の性能から回避の性能まで万能である。


「極めつけには花の蜜で生きていける。美味しいのかは知らないけど、苦くて臭みのある草とか、虫を生で食べる生き物よりは何倍もいい」


 ブックスタンドに肘をついて腕の方向に頭を傾ける。少し視点を変えて頭に刺激を加えてから、他の問題があるのかを考える。


 考えて……、比較して……。安定した食事と、羽のある生き物への転生への興味が勝る。


「これならできる。これなら大丈夫」


 これまでと同じ様に指で名前を指し示す。しかし、どのときよりも気が重いのは確かだった。


 これまでも死ぬリスクへの心構えを持っていた。しかし、あくまで心構え。死に場所に向かう覚悟ではない。


 これまでのトラウマが喉を固める。痛いほど縮んだ筋肉が例えでも比喩でもない死地へと向かうのを拒んでいる。


「前世での行いが未熟だったから、まともな来世は生きられないって?」


 ――NOだ。


「転生ポイントが少ないから死ぬしかないって?」


 ――NOだ。


 息を飲む。覚悟の重みを抱いて目蓋を落とし、意志の強さを抱いて目蓋を開く。


「思い通りにはならないよ。必ず転生ポイントを貯めて、お前の望まない未来を見せつける」


 引いた顎の上で歯が擦れる。しかし、軽く開いた唇の隙間から漏れ出た歯軋りは次の叫びで消し飛んだ。


「転生!!」


 その瞬間部屋が暗転する。世界が暗がりに落ちて、魂がどこかへと連れ去られる。システムによって、あるいは神によって選ばれるハチの転生先。その境遇に打ち勝つために暗闇の中頑なに目を開き続ける。そして、ほんの一瞬の、それこそ瞬きをした次の瞬間に転生部屋とは違う解放感がやってくる。


 広く。ただ広い夜の中。転生したその先で……。


 ――俺は自分の失態を目の前にし、ハチには出せない叫びを、胸の内で爆発させていた。


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