30 残り火は激しく
棒状の閃光の魔道具。白い模様の入った球体の糸の魔道具。それらがすっかり空っぽになってしまっていたカウンターの上に、向きも並びも関係なく置かれていく。
偽レアの死に始まり、レアの裏切りに怒号を飛ばしながら店内に八つ当たり……。そこからなんやかんやでレアと本心で向き合って、当初課題としていたネクロマンサー事件が終わっていた。
転生ポイント変化はなし。スキルやステータスの変更もなし。しかし、代わりに軽快な音楽と共に頭の中に文字を想像する。
『ネクロマンサー・レアが仲間になりました』
そんなビブライア的な表記を想像し、俺はほくそ笑みながら床から閃光の魔道具を拾い上げた。
「敵からエリゼを守るために転生したのに、今はそのネクロマンサーが仲間になってるなんて。想定外すぎるな」
「んー。何か言ったかな?」
わざわざ片付けの手を止めてレアがカウンターの向こうから顔を出した。
黒い帽子は変わらず。全体的にフワリとした衣服も変わらず。けれど、その目を隠すような帽子の装飾の上からでも、レアの本心が感じられるようになっていた。
「ふふっ。いいや。レアが仲間になってよかったなって」
「やれやれ。本物のエリゼちゃんでもそこまで正面から言ってはこないよ。恥ずかしいねぇ」
「俺も言って恥ずかしくなったよ。でもこれって、レアにしか見せられない一面を見せられるだけ心を許しているってことだから。ね!」
「そのポーズで恥ずかしさが通り越したよ。君男の子だったよね? よくそんな狙ったようなウインクとポーズができるねぇ。可愛いボクでも躊躇しそうだよ」
やや前のめりに、体の中心から約二十五度右へ。バランスを整えるために指先は逆方向に向かって立てながらのポージング。エリゼの体を使った最強の仕草だ。自分からは見えないが似合っていないわけがない。
「ほーら、手が止まってるよ」
「ごめんなさい」
レアがテーブルの上に器用に魔道具を積む。それにつられて俺もまた一つテーブルの上に魔道具を置く。そろそろテーブルの面積的に限界は近そうだ。
片付けも大詰め。淡々と作業に勤しんでいたお陰で、どこか落ち着かなかった気分も落ち着いた。そこでようやく、ちょっとした軽口から意味のある話に軌道を戻す。
「これからの話だけど。フローゼからの依頼。レアは諦めるっては言ってくれたけど、具体的にはどうするの?」
「うん? 君が気にするようなことかい?」
「エリゼのこともだけど、それと同じぐらいレアのことも心配してるんだよ」
特に心配しているのがレアの素性。魂性術師はこの国では処刑や処罰の対象になる。その素性を依頼主であるフローゼは知っていると踏んでいる。
「ノルデバルデン侯爵との謁見の機会。こんなネクロマンサー以外に需要がなさそうな報酬をフローゼは用意していたんだ。だとしたら、それに乗ったレアがネクロマンサーだってバレてる可能性が高い」
「可能性じゃなくて、その通りだよ。というよりも、依頼を受けるよりも前から見抜かれて、ズバズバとこちらの素性を言い当ててくれたよ」
やっぱりか。
何故フローゼはわざわざネクロマンサーを誘きだすような報酬にしたのか。どうやってノルデバルデン侯爵と関わりのあるネクロマンサーがこの街にいることを知ったのか。気になることは多いが今の論点はそこじゃない。
「レアがネクロマンサーだってバレてる。だったら、依頼を断るのも簡単じゃないはずだ。最悪、口封じのために魔法協会に売り渡すこともあり得る」
「そうかな。ボクは逆にないと思うけど」
「どうして?」
「向こうはボクがネクロマンサーである弱味を握っていて、こっちは夫人がエリゼちゃんに対する明確な殺意を持っていることを知っている。口外したらどちらも最悪な道しかたどらないよ」
任務失敗の腹いせにレアの素性を明かそうものなら、フローゼのほうもエリゼの殺害の件を表に出される。利益云々で言うのなら、レアの言う通り口外されることはなさそうか。
互いに弱味を握り合う。そうすることで秘密を守る……。
「これも最初から考えてたのかな。普通の刺客だと一方的に利用される可能性があるから、扱いやすいネクロマンサーを報酬で誘き出したとか」
「夫人らしい考え方だしそれ以外の理由は考えられないかな。まあ、どうだったとしても、ボクが依頼を破棄しても、そこから素性で脅されるようなことはない。だから、その辺は君の心配するところではなーいよ」
こちらに気を遣わせないように何事もないかのように口調を軽くするレアに肩の力が抜けた。実際は、見かけよりも複雑な展開になるのだろう。けれど、ここで変にレアを心配するのは、レアの力量を疑うような気がして気が引けた。
魔道具を棚へと陳列しなおすために、レアは手早くカゴに魔道具を入れながらクルリと一回転。クラゲレースが目の前を過ぎていった。
「ほらほら。そんな後ろ向きな話よりも君の話だ。転生だったかな? ソウマ君はこれからもずっとエリゼちゃんでいるつもりなのかい?」
「いいや。その気はないよ。元々この転生もエリゼを守るためだし、エリゼに転生したこと自体ミスみたいなものだから」
向こうの世界の図書館で読んだあのデス本。そこに描かれていた最大の敵のネクロマンサーは、今は目の前に仲間としていてくれる。だとしたら、もう俺がエリゼの体を操る必要も、エリゼの近くにいる必要もない。
「……だけど、そう簡単な話じゃないんだ。出たくても出られない。これが今の俺の状態」
カゴに入りきらなかった魔道具を指でつつく。このテーブルの上に転がっている魔道具と同じだ。本来ある場所に戻りたくても戻れない。自分の意志ではどうにもならない。
「ふーん。なるほど。肉体から魂が出られないかぁ。じゃあさ」
つついていた目の前の魔道具がレアに取り上げられる。
「魂性術師のこのレアお姉さんが、君の症状をじきじきに診断してあげようじゃないか!」
ビシッと魔道具を顔の横に決めポーズ。それに対して俺はエリゼの目を大きく見開いた。
「本当に!」
「ああ、もちろんさ。ちょっとしたお礼もかねてね」
この世界ではタブーとされる魂に触れる技術、魂性術。それを扱えるレアは間違いなくこの状況打開の適任だ。
それにレアは自分でいろいろと魂を移動している。今日の偽レアや洞窟でのウッツ。実績があるなら可能性もある。
「じゃあ、早速だ。触れさせてもらおうかな」
「触れる?」
「そう。魂にね」
と言いつつ、レアはこちらの額におもむろに指を当てた。
手袋のさらりとした質感が額に残る。しかし、それ以外は特にこれといった感覚はなく、押されもしていなければ、中を弄られている感覚もない。それでも、目を瞑り集中しているレアがこの体に何かをしているのは明らかだった。
ただ静かに時間が流れる。帽子の下で目を瞑るレアの姿は俺の想像しているネクロマンサーの姿とは大きく異なった。清らかで聖女とでも呼べそうな静謐たる姿は美しい。
――綺麗だな。ネクロマンサーって。
天井魚だけが動きを残す世界。時間を失ったかのようなこの店内で、おもむろにレアが顔を上げるとまた時間が流れ出す。
「――わからない」
「……ん? 唇に見とれてて聞き逃した。何て?」
「物凄く怖い発言があったのは無視して、『わからない』だよ。わからないことしかわからなかった」
レアが長い睫毛を持ち上げて目を開く。しかし、その目はやや思案にくすみ虚ろで、考え込むように少し下を見つめている。
「普通はどんな魂でも輪郭には触れられる。けれど、君のには触れられない。精神障壁なんかで魂を守っている人なんかもいるけれど、君のはそれとは全く別だ。壁があるんじゃなくて、魂に近付けない。近付こうとしても、どこにあるのかもわからない」
「専門的すぎてわからないけど……。特殊なのは伝わった」
「そうだね。魂性術師にしかわからない感覚だろうね。例えると水槽で泳いでいる魚を捕まえる感覚かな」
水槽?
着想が得られるのではと天井をチラ見した。天井魚は優雅にUターンする。
「水槽にいる魚に触れられないように、魚にコップを被せてガードする。これが精神障壁で干渉できないパターン。君のはそもそも水槽に魚が見当たらない感じ。いるのはわかるけど見えないみたいな」
「転生してることが関係してそうか。他の肉体に乗り移ってるせいだとか、魂が肉体に二つあるせいだとか」
「普通はどっちにしても触れられるのが常識だとは思うけどね。どちらにしても、君みたいなタイプの人は初めてだから断言はできないよ」
「レアでもわからないのか」
魂性術師ならあるいはと微かな希望を抱いていた。しかし、ビブライアの転生はそう甘くないらしい。原理のわからない転生。謎の転生部屋。やはりこの謎はまだ解けない。
この世界の魂の専門家でもわからない。だとしたら、そうだとしたら。この世界ではたしてエリゼの体から出る手段を見つけ出せるのだろうか。
「君はエリゼちゃんをどうしたいんだい?」
「どうしたいって……。当然エリゼを元に戻したいんだよ」
「普通、転生したなら運が良かったって二度目の人生を謳歌するものじゃないのかい?」
二度目の人生か……。
「確かにね」
エリゼのまだ包帯の取れていない指を見つめる。俺ではなくエリゼがあの洞窟で負った傷の名残だ。
実際ビブライア転生を経験する前の俺も、レアのような思考で、転生してその立場を生かして大立ち回りをしてやると息巻いていた。けれど、何事も想像と現実は別なのだ。
「普通は転生したら転生先の中身なんて考えない。自分が楽しんで終わりだと思う。でも、何度も経験してたら理解できるようになるんだ。転生した先にも人格がある」
転生先のエリゼを知り、そのあとに彼女の肉体に転生してから気が付いた当たり前のこと。
「俺は肉体を借りるだけ。完全に乗っ取って生きていこうなんておこがましいことはできない。だから、多少強引で苦しむ結果になったとしても、俺はエリゼにこの体を返したい」
エリゼだけじゃない。転生して体を借りてよりよくして、また転生して。可能な限り俺はそうやって生きていく。誰かを奪わない。それが俺の異世界転生だ。
「ふーん。自己犠牲かな? 人に諭しておいて君も中々だよ」
「普通の思考回路だよ。俺だけが特別なんじゃない。……体験してみたらわかるよ」
――転生なんてろくでもないってことが。
レアがこちらの反応の機微を感じ取って眉を潜めた。日常ではあり得ない転生について、レアも何かしら理解をしてくれたと信じている。
「――魂性術師として興味が湧いた。このレアが未熟なりにも協力しよう。それと引き換えで、ソウマ君もいつかはボクの復讐を手伝ってくれると嬉しいな」
「ふっ。そんな風に言わなくても手伝うよ。手伝えるほどの余裕ができるのがいつになるかはわからないし、どんな生き物でレアを助けることになるかもわからないけど、友人は絶対に助けるから」
「キヒヒ。そうかい。惜しげもなく言ってくれるね。でも、その気持ちが本当に嬉しいよ」
こちらに無力さを感じさせないようにか、茶目っ気を見せながらレアはウインクする。その合間にあったレアの表情が少し幼く見えて胸に温もりが下りてくる。
「じゃあ、あとは……」
頭を動かして、もう慣れてしまった有畑奏真時代よりも少し低い視点で店内を眺める。自分で散らかした魔道具は集め終えた。レアが散らかしたほうもすでにカウンターの上。片付けは一段落ついている。
……まあ、一番どうにかしないといけなさそうなモノが店のど真ん中にありはするけど。
ドアまで続く通路の途中。店の中心に血にまみれた偽レアの死体が転がっている。けれど、あれは手をつけられない。偽者とはいえ死体は死体。お気楽にゴミ捨て場に持っていって捨てようものなら多分捕まる。
そんなわけでそこら辺は見ないことにして店の片付けは一段落。時間はそろそろ二十一時になる。
「帰ろうかな。家が一番安全そうだし」
「それがいいよ。送ろう。ボクが付いていない君は、扉を開いた瞬間に、ゾンビのホルドに襲われるようになってるからね」
ふぁっ!? そうなの!!
気楽に扉へと向かうおうとしていた足が急ブレーキ。踵に摩擦の熱を感じた。
「へ、へー。そうだったんだー。ヨカッター。扉を開けたら立ち塞がられて、声を上げる間もなく首を折られたりしなくてー」
「ん? やけに具体的で棒読みだねえ。ご不満だったかな?」
「いいえ、別に」
不満はそのときに発散したんで……。今は怖いだけが残ってます。
レアに対しての苦手意識はなくなったが、直接襲われて殺されたゾンビに対する忌避はなかなか抜けないものだ。感覚としては犬が近い。一度噛まれた犬と、飼い主を交えて対面している感覚。大丈夫でも安心は絶対できない感覚。
だとしても、このままというわけにもいかず、血溜まりを避けて出入り口へ。レアが隣に来たのを確認してからドアノブへ手を伸ばす。
ファブロスの出入り口の扉には、顔ぐらいの高さに小窓がある。そこから赤だのオレンジだの紫だのの光が、ぼんやりと磨りガラスの向こうに見えていた。店の入り口に浮かんでいた四角い魔道具の明かりだ。扉を開けようとすると、それが心なしか明るく、赤く横に伸びてドアノブを握ろうとしていた手を色付かせる。
明るくて、揺れていて、そして、少しずつ近付いて……。
「えっ?」
「ソウマ君!!」
声に驚いて体が硬直するが、硬直を解く暇も、レアの叫びの意味も理解する暇もなく体が後ろに引っ張られていた。
遠ざかる窓に網目状にヒビが入る。その次の瞬間には、赤い熱気と共に砕け散った扉の破片がこちらに向かって飛び散ってきていた
防御? 間に合わない。そもそもその程度じゃ防ぎきれない。
迎撃? どうやって? 魔法も使えない。魔道具も持ってない。
致命的なまでに一歩が出遅れてしまい手の打ちようがない。しかし、それはあくまで俺の話。先んじて攻撃を察知し動いていた者の動きは違う。
レアの体が引っ張られている俺と入れ替わりになるように前に出た。その反対側の手にはいつの間にか透明でかくばったボトルが握られている。それが宙に放り投げられると、中からドロリとした液体が溢れ出した。
見た目は水飴のようで滑りを帯びていた。それがほんの一瞬の間に目の前に壁のように広がった。
「くっ……」
爆風が目の前の半液体状の壁にぶつかった。波打つ目の前の透明な壁。店の壁に反響して横から聞こえてくる破裂音。あまりの迫力に尻餅をつくが、それでも爆風はこの壁の後ろには漏れてこない。
攻撃だ。紛れもなく俺たちを殺すために放たれた魔法だ。
透明の壁にガラス片や煤が浮かんでいた。それが役目を終えてスライムのように床に広がるのを見送りながら、俺は扉があった場所を睨みつける。
扉を突き破るような奇襲。さっきまで音もしていなかった。気配もなし。それなのにこの規模の攻撃が急に襲ってきた。
相手は誰だ? いや、それよりも前にか。これまでの転生の経験でわかる。今の攻撃は牽制だ。そこで凌ぎきったと思わせての本命で何度死んできたか。
だから、俺はこの一撃を凌いだからと言って油断はしない。やることは一つ。
「レア! 次が来る!」
「わかっているよ! 伏せてくれ!」
時計回りに渦巻く炎の玉が迫ってくる。先ほどの一撃よりも扉一枚分の壁がないせいで威力も速度もある。さっきの魔道具では防ぎきれない。
「キャット!!」
壁も逃げる場所もない店内でただ伏せるとしかできない俺の横でレアが叫んだ。その瞬間、頭上から白い塊が降ってくる。柱のような白い塊はよく見るとヒレがあり、細かな鱗も付いている。天井に住んでいたあの巨大な魚の尾だ。
その尾が風圧で魔道具を床に叩き落としながら炎の塊とぶつかる。弾き返せるような代物ではなかったが、炎は尾に割かれ二つに分断されて俺とレアとを避けて通り過ぎていった。
「はっ、はっ……」
背後で赤く熱した鉄に水でもかけたような音がした。恐ろしくて体が動かせず、横を通り過ぎていった熱の残滓を追って目だけを動かす。視界の端。そこには焼け焦げて生まれた穴がある。
急な興奮状態で心臓が早鐘を打って吐き気がする。しかし、今は吐いている暇なんてない。
「レア! 怪我はない?」
「ボクはね。でもこの子には悪いことをした。フロアキャットフィッシュ、天井魚なんて呼ばれる魚だけど。本来炎なんて受けさせていい生き物じゃないんだ」
今しがた攻撃から守ってくれたフロアキャットフィッシュは、白くぬらりとした鱗に煙色の煤を付けたまま、その尾を天井の中に戻していく。これまで優雅に泳いでいたが、今は左右でむらのある泳ぎになっていた。
「大丈夫なの?」
「わからない。でもそれはまだ後回しだよ。ほら、敵前だ。向ける意識はこちらじゃなくてあっちだ」
レアに諭されて炎が飛んできた方向を見た。漂う煙と衝撃によって舞い上がったホコリや塵。その中に目を凝らすと人のシルエットらしきものが見え始める。
今の攻撃には覚えがある。覚えがあってしまったんだ。
この国で最も使用者の多い火炎の魔法。しかし、何故だが使用者が多いにもかからわず頭の中には一人の名しか浮かばない。
立ちこめる薄い煙の中、隠すつもりもなく悠然とヒールが床を叩く。そのあとにレアとは対照的なスラリと下りた高級感のある青いドレスの裾が煙から顔を出し、そこから白い足が伸びてくる。
括れた腹部。魅惑的な胸部。頭を飾った金色の髪。シャープな輪郭。そして、色合いとは真逆の冷淡さを纏う赤い尖った目が二つ。
「人の店に来てこれなんて。随分なご挨拶なものだよ。オーレンシュケン夫人」
「あら、そうかしら? 人様のお家にお邪魔するのであればノック二回が常識でしょう? ネクロマンサー」
そう言いながらなくなった扉にエアノックをしたのは、見紛うことのない人物。エリゼの母、フローゼ・オーレンシュケンに他ならなかった。




