29 自己紹介から始めよう
ゆっくりと目を開く。転生はいつも突然だ。スタートの合図はなく、気付いたときから始まっている。
「さて。最後の質問だ。慎重に、そしてできればボクの求める答えを選んで欲しい。エリゼちゃん。君は無能か有能か。どっちかな?」
だから、もう四度目になるこのシーンも待ってくれるわけもなく、俺は魔道具店ファブロスでエリゼの体で受け止めていた。
現状把握。今はデス本に書いてあったレアの質問の地点にいる。YESと答えるとエリゼの有能さについて説明できずに殺される。NOと答えるとそのまま生かす価値はないと判断されて殺される。
「どうしたのかな? 難しい質問ではないと思うけど」
最初の出方は肝心だ。ここで話を聞くに値しないと思われれば終わり。だとすると初手は。
俺は口を閉ざしたまま歩き始める。出入り口方面とは真逆へ。レアの偽者の死体を通り越して、カウンターの前へ。そこから右折して左折してカウンターの奥側へ。
「ん? 何を……」
「よいしょっ」
細腕で持ち上げたのは背もたれのない丸椅子。これを目の前にいるレアに向かって振り下ろす……なんて恐ろしい想像はしないように。もっと単純な話だ。
カウンターの内側で両者に壁の存在しないその場所で、俺は椅子の四足を静かに地面に着けた。そして、その椅子に緊張感を出さないように気を付けながら腰を下ろして、流れるような動作で前のめりに人差し指を立てる。
「お待ちかねの答えだ。――NOだよ」
人差し指を挟んでレアの瞳を見つめ宣言する。すると、驚きでわずかに揺れていたレアの紫色の瞳が静まり、変わりに落胆と失望を滲ませた。
「自分の発言の意味を理解できていないようだ。NOということはボクとの敵対を指すんだよ。だとしたら、こんな風に目の前に来るのは失敗だ。君が今目の前に座ってくれたお陰でほら。瞬き一つの間に君の喉に手が届いている」
意識の外から伸ばされたレアの腕が俺の腕と交差する。反応できないし、反応するつもりもなかったが、喉の下のほうの少し窪んだ箇所に指先が当たり、そこを少し押し込まれる。
軽い力なのに喉が圧迫されて苦しい。それでも涙目だけで堪えて声を出した。
「二つ。レアには勘違いがある」
動じていないふりをしながら、前に出していた手の立てている指の本数を変える。レアは指の動きには一切気を取られない。それがまだレアに聞く耳を持ってもらえていない証拠だった。
「もしかして、ボクが今の一言を聞き違えたとでも言ってくれるのかい? だとしたら大歓迎ではあるけど」
レアらしい冗談のような口調だがこの脅しは本気だ。命という割れ物に指がかけられている感覚がある。俺の経験が反射のように逃げようとアラームを鳴らしている。
けど今はその死の時計は蹴っ飛ばせ。ここじゃ場違い。必要なのは逃げじゃない。言葉の攻め。
「一つ、レアの質問の答えはNOだけど、レアと敵対するつもりはない。これが一つ目のレアの勘違いだ」
「仲間意識でも植え付けようとでも? そんな感情に流されるような人間にボクが……」
「二つ、俺はエリゼじゃない」
「……は?」
反論を差し込まれるよりも早くに、俺は最も語りたかった話を正面からのぶつけた。そのあまりの衝撃的な内容に、今度はレアの手が緩んだ。妄言への唖然とは違うのはレアの目を見たらわかる。これは動揺だ。
普通だったら状況も相まって生き延びたいから出た嘘としか思われない。けれど、普通じゃない状況に持ち込んだ。逃げるじゃなく、対話をするというスタンスでこんな風に言われれば、レアだってすぐに流したりはできない。
「――自己紹介から始めようか」
大袈裟に肩を持ち上げ息を吸う。そのあまりの自信にレアが突きつけていた指を下ろす。
さあ、ここから始めよう。俺の異世界転生を……。
「俺の名前は有畑奏真。前世はゾンビの二十歳男子。今はエリゼの身を借りている居候の転生者だ」
場が、世界が、俺の雰囲気に飲み込まれる。静まり返ったファブロスは、俺の声を忘れないようにとその音を反響させた。
レアが硬直してから目を泳がせる。目の前の知り合いだった貴族の女の子が「私は実は男で、歳も誤魔化してて、昔はゾンビで、体を借りてて、転生してるの」なんてことを、軽い自己紹介のようにさらっと言ったのだ。相手の頭のおかしさを疑う前に、自分の頭がおかしくなるような情報過多だ。
シチュエーションと言葉で殴りつけてレアの拒絶する壁を壊した。ここからは文字通りに隠し事なしの一対一。有畑奏真とネクロマンサーレアの話し合いだ。
「俺にはちょっと変わった力がある。死んだら他の肉体に転生するっていう力。転生する種族は多いけれど、個体を自由に選べるわけじゃない」
「……んん? つまりこれは話の段階を最初に戻すべきなのか。君が魂性術師だった。そういうことだね。さっきのボクみたいに本体がいて、他の肉体に乗り移っていると」
「そこは詳しくないから断定はしないけど、レアのと違うとは思う。俺の本体は死んでて、その死んだあとに残った魂がこの世界の誰かに移されているって推測だ」
ここで魂性術師と誤認させて押しきることもできたが今回はしなかった。今はただこの胸にある熱い感情を裏切らず、思いのままに有畑奏真として話す。
「そして、ここからが本題だ」
覚悟を決めて息を飲む。素性を全て話す。異世界転生も、ビブライアも、転生のシステムも、転生部屋も。全部だ。全部をぶちまける。
目を閉じてこれまでの苦労を脳裏に呼び起こしながら、俺は目を開いた。
「厳密なシステムはわからない。けど、俺は死んだら……。死んだら……? あれ? 死んだ、ら?」
「どうしたんだい?」
「あ、少し待って。言いたいことがまとまらない」
――何だっけ? 俺、今何を話そうとしてたんだ?
急に用意していた言葉が取り上げられたような感覚だった。これまで熱く語っていたのに話のテンポが悪くなる。しかし、混乱しながらも一度落ち着いて思い出そうとすると、不思議なことに何故忘れたのかわからないほどすぐに思い出せた。
「そう。そうだ。死んだら勝手にこの世界の生き物にランダムに転生させられるんだ。最初はウサギでそこからオオカミとかハチとかに転生し続けてきたんだ」
俺のちょっとした間にか、それとも内容にかレアは眉を寄せた。これだけ言葉に迷われると、嘘を作っているように思われるのも当然だ。
これは俺の失態だ。自分がここまでコミュニケーション能力が低いとは思ってなかった。でも、肝心なのはここからだ。ここから不信感を巻き返す。
「そして、ここからがレアと関係してくる話だ。一つ前の転生先。それがゾンビだった」
「ゾンビ」と、顎を引きながらレアは口の中で呟き、こめかみに触れる。このゾンビに関してはレアにも心当たりがあるのだから当然だ。
「洞窟でエリゼを助けようとしていたゾンビ。あれが一つ前の俺なんだ。エリゼが特別なんじゃない。ゾンビのほうが特別だったんだよ」
「確かにあのゾンビは特殊な動きをしていた。異様なぐらいにね。でも、それで信じられると思うのかい?」
「でも、信じていないならそんなに考え込まない」
俺の指摘に、レアは誤魔化すように関係ないと手のひらを上に向けた。
「あまりの荒唐無稽さに唖然としただけだよ。これだけの自信があって、こんなふざけた話だったんだから」
「でも違和感はあるはずだ。洞窟での一件。レアは力の有無の判別がつくまで、エリゼがゾンビに襲われないように画策していたはずだ。それなのに、ある一体には通用せずエリゼに近付いていった。しかも、そのゾンビはエリゼに協力的な姿勢を見せていた」
そして、最後は核心を突くようにこれだ。
「ウッツが崖下で死にかけのゾンビに言った言葉も俺は覚えている。確か……『ボクの肉体はコレじゃない』みたいな感じだったか。あれには随分焦らさせられた」
「……」
ここまで言ってレアの否定が完全になくなった。信じられなくても、信じるしかなくなる最後の一手だ。エリゼがネクロマンサーじゃないという前提。そこからゾンビの動きときて、トドメのゾンビしか知らないはずの言動。ここまで揃えば、非現実的でも信じるしかなくなる。
あとはそれをレアが受け入れられるかどうかだ。考えるのをやめてエリゼを殺すのか。はたまた信じて認めてエリゼを生かすのか。
「どう? これでもエリゼを殺そうと思う?」
焦らせることなくレアの反応を待つ。一人で頭の中を整理するようにやや視線を下げたレア。その視線が下がったままレアの唇が薄く開く。
「だったとして……」
「ん?」
「何で君は最初にその話をしなかったのかな? ボクが受けた依頼の内容は教えたはずだ。だとしたら、最初からそう話しておけばよかった。最初から自分には力があるって」
……そう思われるか。
俺は血で汚れた手に巻かれた包帯を見つめる。そこから少し上にたどると細い腕が見えてくる。非力で華奢で、それでも努力と優しさが滲んだ腕だ。
「確かに最初はその手もあるとは思ったよ」
その手はあった。自分がエリゼじゃないと伝えることも手だった。おそらくそれ一つでレアは納得するし、上手くやればネクロマンサーと偽ることもできただろう。けれど、ここは俺らしくない理性的じゃない部分が出た。
「あくまでこれは俺の力でエリゼのものじゃない。だから、言わなかったんだ」
「その通りではあるよ。でも、ボクは騙せたはずだ」
「騙す騙さないじゃないんだよ。ただ俺はエリゼを認めてほしかった。エリゼの力以外の部分。それが認められていないのが嫌だったんだ」
だから俺はこう言った。エリゼは無力だと。エリゼをそんな能力だけで判断するなと。
「力以外……か」
「そう。性格とかさ」
手を握って胸の上に置く。かつてのエリゼを懐かしみ、エリゼの築いた生活を慈しむように。
「エリゼはさ。あの気の強いテレーゼと一緒に生活してるんだ。家事もほとんど任されてる。そのうえで勉強もして、家族のためになれるようにって頑張ろうとしてる。俺なんか入れ替わり初日の時点でテレーゼに文句言いたくなるような生活だったよ」
「……」
「それだけじゃない。洞窟にいたときだってそうだ。出口がわからなくて明かりもない状態で放置されてたんだ。それなのに自分のことだけにはならないんだよ。迷っていたエリゼが最初に心配したのは何だと思う? 洞窟から出れるかどうかじゃないんだ。レアのついた嘘を信じて、テレーゼが無事かどうかを心配していたんだ」
レアのリアクションは頭に入ってこない。それでも俺は語り続ける。俺の体感したエリゼのその内面の美しさを。
「ついでに俺のことをスーレ鉱山の鉱石を狙った盗賊と勘違いしてるのに、ちっとも悪人扱いしないんだよ。それどころか、洞窟から出たら報酬もあげるから罪は犯さないでって。世間知らずのお人好し……なんてレベルじゃないよね」
あの洞窟で俺が何度エリゼに救われたのか。声、言葉、表情。まだ鮮やかに脳裏に浮かべられる。弱くて、そして、芯の強いエリゼだったからこそ、俺はどうしようもなく救われたんだ。
「レアもわかるだろ。どれだけエリゼが純粋か。ウッツのときに嘘をついても一切疑わなかったんじゃない? はぐれたあとも仲間だと信じてくれていたんじゃない? それにみんなが恐れ嫌うゾンビなんかも仲間として見てくれていたはずだ。その光景をレアは確かに目にしたはずだ」
ネクロマンサーだろうが、俺みたいな何もできない奴だろうが、肌の破れたゾンビだろうが、エリゼは変わらない。それが他ならぬエリゼの強みで力なんだ。
「改めて言うよ。エリゼはテレーゼみたいに戦えるわけでもない。領主として民を導けるような力も正直ない。でも、たった一人の誰かを思える強さがある人だ。だからレア。そのうえで頼みがある」
ここからは俺の得意な理論は通用しない。こういう利点があるからそうしてくれじゃない。ただ感情のままに伝えるだけ。
「依頼は諦めてくれ」
たったそれだけ。レアにとっては何も得をしない提案。取引ですらないただの俺の願望。これが俺の導きだした答えだった。
そんな俺の包み隠さない正直な答えへのレアの答えは……。
「……ボクには役目がある。仲間たちの恨みを果たす復讐という目的が」
レアが膝の上で握った拳でドレスに皺を作る。その心中は、いくらビブライアで過酷な境遇を味わってきた俺にも正確には掴めない。
「信じていたノルデバルデンに、家族を殺され、友人を殺された。みんなだよ。両親の最後は今でも覚えている。遠くで時間を稼いでいた両親が、ボクにその魔眼が向きそうになったのを、身を盾にして守った姿。でも、あのときはその怒りで敵を睨むことさえ不可能だった。力も度胸もない自分の無力さ……」
「その気持ちはわかるよ」
「わかるわけがないだろう……。これがボクの今の生きている意味だ! 死んでいったネクロマンサーの思いを背負っているんだ! それを諦めろと? わかっているならそんなこと言えるはずがないだろう!」
俯き帽子でその目を隠しながらレアが叫んだ。わなわなと震え剥き出しになった歯が悲痛で胸が痛くなる。
――わかるわけがない。当然だ。人の心の痛みなんて、どれだけ目や耳で知ったってわかるわけがない。近い記憶を呼び起こしてその感情を理解しているふりをするだけだ。けれど、痛みは知らなくても、俺には復讐したいと願った経験はある。
「俺も復讐したい奴はいる。エリゼよりも前に俺を仲間として認めてくれた人たちは俺の目の前で殺された」
レアの感情の振れ幅に感化されて、少しずつ声が大きくなる。
目蓋を閉じれば思い出す。一度は俺が殺される側で。次は仲間として守られて。そして、最後は仲間を逃がすために立ち向かって腹を裂かれた。その復讐心は一時俺の心を焼き尽くして冷静さを失わせた。
「だからだよ。レアの苦しみはわからなくても、復讐で目が曇る感覚はわかるんだ! 自分がどうでもよくなって、敵の姿しか見えなくなる。景色も音も匂いも思考も。全部がそいつに向かっていく」
「ボクはそれでいい。ノルデバルデンさえ殺せればそれでいいんだ!!」
「いいや、良くない。それでレアは良くないんだよ! レアは復讐のために自分が傷付くことは耐えられても、復讐のために周りを傷付けることには耐えられない!」
「……っ」
「エリゼを殺す! 俺を裏切る! そして、仲間として心配してくれていたギードの思いも踏みにじる! それに気付けない人間じゃない! それを無視できる人でもないだろ!!」
ここまでレアは大きく帽子を揺らして必死に言い訳を並べ続けていた。けれど、その姿も自分の本心から逃げているようで、俺には辛いもの見えた。だから、俺は逃げられないように本心を見せる鏡になる。
今、過去、未来。俺が知っているレアは他人を巻き込めるような強さはない。
目を覚まさせるために少し強くレアの肩を掴む。自分の感情から逃がさないように。
「レア。だから、俺は言わなくちゃいけない」
どの立場で言っているんだ?
命乞いか?
そんな冷静な俺もいる。でもそれ以上に今の俺は、どうしもなく感情的で、どうしようもなくこの思いを伝えたい。だから、一切濁らずに、片膝をついてから、レアの黒い手袋を嵌めた手を包み込むように握る。
「悔いの残らない復讐をしてくれ。後々に後悔するタイプの復讐劇はバッドエンドって決まってる。そんな復讐を俺は絶対に認めない」
「……っ」
「――ネクロマンサー・レアに人殺しは似合わない」
レアの口が開く。けれど、その先に言葉は繋がらなかった。それが本心が強がりを通り越した瞬間だった。
どうしたらいいかわからなかったんだろう。復讐の足掛かりができた。だから、飛びついたはいいものの、その行いが正しいかわからなくなっていたんだ。だから自分の感情を殺して、依頼という名のプレイヤーに操られたキャラクターとなっていた。
「レアは優しすぎる。それを俺は知っている」
「それはボクの演技だ! ただ君を報酬のために殺そうとした!」
「そう言って嫌われようとしているのはわかってる。嫌われないといけなかった。嫌われないと殺せない。自分を信じてくれている人を殺せない」
報酬のためだったのなら、自分の正体を話す必要もなかった。必要以上にエリゼを殺さないルートを追う必要もなかった。
そして、俺は覚えている。あのエリゼを殺した先。あの本の中で見た世界で、ファブロスの床に落ちた涙のことを。
「多分、最初からだったんだ。レアはエリゼを殺すつもりはなかった。生かして才能を見出だそうとしていたんだ」
「違う……ボクは」
レアはエリゼへの加害者だ。そこは揺らがない。けれど、俺は都合よく柔軟だからこういう思考もできる。
「依頼を受けてくれたのが優しいレアで良かったよ。これが他の人だったら、報酬のためにエリゼはすぐに殺されていた」
楽観的に笑ってみせる。殺すつもりじゃない人が受けてくれて良かったと。エリゼじゃない俺として、帽子の影を通り越してレアの瞳目掛けて。
「……き、君は」
「できればソウマって呼んでね。異世界流だと有畑・奏真。でも下のソウマのほうが名前だから」
はにかむように微笑んだ。その向こうに座ったままこちらを見上げるレアがいる。帽子のつばから垂れた装飾が少し紫色の目を隠す。けれど、隠しきれない部分がその奥でキラキラと輝いて揺れていた。キラキラと輝いて、波のように揺れながら。
ああ、やっぱり俺はこういう展開のほうが好きだ。
偽りの姿になろうとして、口調を変えて向き合って、仲良くなったと表面的に思って。そこから救われたと思っては突き放されて裏切られて。それでも最後に笑えるなら、この結果なら満足できてしまう。
「じゃあ、最後に質問だ。俺の友人のレア。殺すか殺さないか。依頼を遂行するか、諦めるか。個人的にはこれからは一緒に復讐をしていくルートがいいな」
「キヒ。一緒に……ね」
久し振りに悪役っぽい笑いが出た。その時点で答えなんて出ているんだろうけれど、俺は「どう?」っと気取って首を傾ける。
「ふー。やれやれ。君の勝ちだよ。――ボクには君を殺せない。ソウマ君」
背もたれのない椅子で大袈裟に背を反らすレア。帽子の角度も相まって、影がなくなって顔が明るく見えた。それは俺に初めて見せた顔。復讐で濁ったレアの姿ではない、ネクロマンサーで、魔道具店ファブロスの店主の、本物のレアの姿だった。




