25 二度目の襲撃
「事情は把握したよ。ネクロマンサーから殺されたくない。けれど、ネクロマンサーにも事情がありそうで、ネクロマンサーと知り合いのギードのためにも、実力行使じゃなくてヒントを元に解決したいってことだね」
そんな風に、ネクロマンサーの件について全てを打ち明けたあと、レアは難しそうな顔をして要約した。
「そうなんだ。わがままな話だってことは理解しているけど……」
「いいや。そのわがままはボクにはない、エリゼちゃんらしい優しさだよ」
否定されても仕方ないことをレアは寛大に受け止めた。それどころか、落ち着いて話せるようにと魔道四輪の中でカップとティーポットを用意し始めている。
ここまで話を聞いてくれて、信用できないような話も信じてくれた。本当にレアには助けられてばかりだ。
魔道四輪に取り付けられた、折り畳みの木製のテーブルが二人の間に現れる。その上で小さな二つのカップの中に赤い紅茶が注がれた。
「で、そんな優しいエリゼちゃんはネクロマンサーを説得しようとしている。それで昼間にも訊かれたノルデバルデン侯爵ね。はい。紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
紅茶を受け取って二三口で飲み干す。温かさと香りで気持ちがまた落ち着いた。
「……任せっきりで申し訳ないけど、何か情報はない? ネクロマンサーでもノルデバルデン侯爵の情報でもいい」
「そう言われてもねぇ。うーん。……あっ! あれは言ってなかったね」
レアが何かを思い出したように手を打った。その欲しかった反応に飛び上がりそうになるが、飛び上がるのは二つの意味で我慢。今飛び上がると紅茶が吹き飛ぶ。
「保守派と革新派についてだ。この国決定権は国王にあるけれど、立案をするのは四大貴族を始めとする侯爵たちなんだ。その中でノルデバルデン侯爵は革新派の代表のような立ち位置にいる」
「政治の話か……。ちなみに保守派と革新派っていうのは?」
「保守派は、この国を守ることに力を入れようとする派閥。国の内部に目を向けたほうだね。比べて革新派は全ての魔女の魔法を集めることによって、かつて栄えた魔法最盛期を取り戻そうとする派閥。周辺国に侵攻し利益を獲ようとする派閥だね」
つまりは戦争反対派と賛成派って話か。
レアが紅茶を飲んで一息つく。
俺が話を理解するための時間を作るためのワンテンポだ。こういうことを自然にするから、レアには本当に憧れる。
「ふぅ。そして、話の本筋だよ。ノルデバルデン侯爵はその革新派の代表。逆に保守派の代表は今日オーレンシュケン家に訪れていたクラウス・ペリドット侯爵だ」
「……なるほど。何かが繋がってきそうだ」
ペリドット侯爵と関わりがある以上、オーレンシュケン家もその保守派の集まりだろう。そんなエリゼに対して出されたヒントが対極のノルデバルデン侯爵。ついでに今日、ペリドット侯爵はオーレンシュケン家に訪れていた。
引っかかる。見えていなかったものが見えてきそうだ。
「保守派の私が邪魔だから、ノルデバルデン侯爵がネクロマンサーに殺しの依頼をしたとか? ……違うな。だとしたら、そもそも狙うのは私じゃないか」
「だろうね。普通は実力のある君以外の三人を狙うだろうね」
「じゃあ何だ。何が関係している……」
ノルデバルデン侯爵は革新派。ペリドット侯爵は保守派。互いに真反対で対極。
エリゼをノルデバルデン侯爵が狙い、それを守ろうとこの街にペリドット侯爵がやって来た。
これが一番しっくりくるけど、だとしたら、最初からエリゼとペリドット侯爵が接触するはずだ。今日のエリゼとペリドット侯爵の出会いは偶然で……とあっ!?
考え事の途中で体に異変。いや、体というか乗り物に異変だ。
ノルデバルデン侯爵について思考をまとめている途中だった。
何の前触れも減速もなく魔道四輪が止まった。慣性の法則にやられてサイドテーブルを通り過ぎて、レアの胸に飛び込みそうになる。
あと少しでぶつかる。回避不能! 不可抗力!
「おっと」
「あっ」
衝突寸前でレアに肩を受け止められた。ありがとう? いや、ありがたいのか?
「無事かな?」
「……。普通の反射神経なら、私は今頃レアの胸の中にいたのに」
「エリゼちゃんって、たまに真面目な顔して下らないことを言うよね」
下らない? 今すぐにやり直してどれだけ有益か試そうか?
かと思ったが、丁寧に席まで戻されて、当のレアは車内で立ち上がってしまう。こうなると、そんな事態ではないし、そもそも今はふざけている状況でもない。
――魔道四輪の予想外の急停止。嫌な予感しかしない。
「……レア。これ。もしかして敵襲じゃ」
「うーん? 心配するようなことじゃないよ。魔道四輪はまだまだ試作段階でね。こんな急停止もよく起こるのさ」
「よし。やり直すか。もう一度魔道四輪は急停止する。私はレアの胸に飛び込む」
「エリゼちゃんは、どうしてそこまでしてボクの胸に飛び込みたがるのかな? ほら、ちょっと道を開けてね。直してくるから」
黒いドレスを夜の街並みに溶け込ませるようにして、レアが魔道四輪から降りていく。外の景色に気を配っていなかったが、いつの間にか外からは月以外の明かりが消えていた。
「まだそんな夜中にはなってないはずだけど。ここ、表通りじゃないのか」
「交通規制の問題で、魔道四輪は表の通りでは使えないんだよ。夜は暗くて事故が増える。だから、街から許可の下りていない乗り物は、表通りじゃなくて裏通りを走らなくちゃいけないんだ」
「へー。異世界でも交通機関はしっかりしてるもんなんだな」
「異世界?」
「何でもない」
失言を誤魔化しながら、レアに続いて魔道四輪から降りる。道幅はギードと共に散策した裏路地なんかよりも圧倒的に広い。けれど、裏路地と同じように人の気配は感じられなかった。
「どのぐらいかかる?」
人の肩ぐらいの高さのある車輪を器用に帽子を傾けながら調べるレアに声をかけると、作業の手を止めることなくレアは答えてくれる。
「時間はかからないよ。エリゼちゃん。反対側の車輪の付け根を確認してくれるかな? 停止用のブレーキが降りてるかもしれない」
「わかった。確かめてこよう」
「お願いするよ」
言われた通りにまずは反対側へと移動する。他の馬車に退かれないかと左右を入念に確認したが、馬車の姿は一つもなかった。
高い建物の壁に月明かりが大きく遮られていて薄暗い。一応は車内の明かりが窓から溢れてはいるものの、それがかえって明暗の差を作りより暗さが強調されていた。
「車輪の内側……。付け根辺り……」
木製の車輪に手を掛けながら、その内側を覗き込む。……が、まあ形式だけの確認だ。暗すぎて顔をどれだけ近付けても見える気がしない。
『シュピネルの瞳』じゃなくて、暗視のスキルだったらなぁ。本当に不便だよ。異世界転生。ご都合主義で見えてもいいだろ。
「レア! 暗くて見えないんだ! 何か照らせるものでもない?」
……。
「レア?」
――返事がない。魔道四輪に潜り込んでいて声が聞こえていないのだろうか。
「仕方ない。レアー」
元来たルートで魔道四輪を回っていく。バックライトの存在しない後方から左サイドへ。魔道四輪の開いた扉から溢れる光。それを挟んだ向こう側にレアが何事もなく立っていた。
「レア。どうしたんだよ……? 急に黙って」
「静かに。来るよ」
来る? 何が?
そう言葉にしかけたところで、レアの目の中に影が過った。ほんの些細な光の変化。しかし、その次の瞬間には、些細とは呼べない変化が目の前に落ちてきた。
「……うぅあう」
獣のようにしなやかな足で、しかし、獣とは異なる二足歩行で魔道四輪の前に着地したのは、浮浪者を彷彿とさせるようなボロいマントで身を隠した者。
肩幅、呻き声からして男性。そして、おそらくその正体は……。
「くそっ! ゾンビか!」
「悪態はあと。行動が先! すぐに魔道四輪の中へ! 扉も閉めてていいから!」
「でも、レア!」
咄嗟に一緒に逃げようと提案をしたかった。けれど、俺の咄嗟は、この異世界でのスピード感に置いていかれていて、既に攻防が始まり青いマナの欠片が飛び散っていた。
「見てる暇もないのか!」
ゾンビとレアとの戦況を知りたかったが、レアの言う通りそんな余裕なんて俺にはない。考えるなんてタイムロスより前に、指示通り魔道四輪に駆け込め。
敵すら意識から外して光の漏れ出る魔道四輪へと走り抜ける。たった数歩の距離でたった数段の段差。けれど、それがやけに遠くて、そして、いつの間にか過ぎていて、魔道四輪の扉の閉じる音でようやく自我が戻ってきた。
「壁一つ分。これでエリゼが即死するような事態は避けられる。ただ問題はレアがゾンビに勝てるかどうか」
ゾンビ一体一体の強さは高く見積もってもオオカミ程度。けれど、そのオオカミ程度は常人レベルではない。テレーゼのような複数の意味で常人じゃないならともかく、レアはあくまで魔道具店の店主。勝てる保証なんてどこにもない。
窓に近付くなんて危険だなんて心配は、それ以上の心配で塗り潰されて、食い入るように窓を覗き込む。その向こうではレアとゾンビが小規模かつ、余裕で人が死ぬようなやり取りを繰り返していた。
まずゾンビのほう。これまで出会ってきた人の中では一番上背があり横幅もある。ゾンビよりもミニチュアミノタウロスとでも言えそうな体格だ。そんな筋骨隆々と呼べる体格で、繰り出すのは拳や蹴り、タックルなどの体術。目では追えるが、それでも直線的ではない。しかも、狙いはまばらで、暗闇に溶け込んでいて攻撃が見えづらい。端から見たら防御の仕方が検討もつかない有り様だ。しかし、もう一方のレアは、この攻撃を凌いでいる。レアの防御はおそらく魔法由来のものだろう。青い皿のようなシールドがいくつも浮かび、読みにくい攻撃を大雑把に受け流している。
「これが……俺の憧れていた世界の戦い……」
こうありたい。そうしたい。願っていてやりたいと思っていたバトルの姿は想像していたものとは違う。圧倒的な実力があろうとも、手を上げた瞬間から命を狙い合うのがこの世界。死の重みを知ってしまった。だからこそ、戦いはどんなものでも恐怖の対象になってしまう。
自分だけ安全圏でガラス越しで戦いを見つめるしかない。『シュピネルの瞳』? 無力だ。異世界知識? 無能だ。
悔しくて唇を噛んでいる。苛立ちで窓枠に爪を立てている。無力なだけで何でそこまで劣等感を抱くのかと思っていた。でも、違う。ようやくエリゼの体でエリゼの気持ちがわかった。
「こんなに悔しいんだな。震えてる自分も。戦う術を持たない自分も。襲われるここまでに何も準備できなかった自分も」
目の前でレアの浮かべた魔法のシールドの一つが雪の結晶のような形で散る。本当ならここで俺が攻撃に出られたら。
防戦一方。今のところ勝ちが見えない。レアには魔道具という切り札があるが、それでも勝てるかどうか俺なんかにはわからない。
「転生ポイント。個体強化」
何か。何でもいい。力になれないのか。
そう願って呼び出した俺に唯一与えられた力は目の前に文字を出す。
転生ポイント21
「駄目だ。これじゃ使えない。戦えないんだ」
半端な加勢は状況を悪化させるのは経験済み。強化は強化でも所詮は5ポイント。あっても少し便利になる程度で使い用はない。
レアが攻勢に出ようと、ドレスのどこかから魔道具を取り出した。ガラスのような青い欠片が散る中で、同じく青い魔道具が輝くと、十本の氷のナイフが発生しゾンビ目掛けて飛んでいく。
「がうあぅあ!」
ゾンビはその大きな体をバネのように縮ませる。そして、ボールでも跳ねるかのような軌道で、氷のナイフから逃れる。
魔道具の問題点は使ったらチャージする時間が必要なこと。あの氷雪の魔道具がどの程度まで使えるのかは知らないけど、いつまでも攻撃をかわされ続けたら先がない。
「せめて隙だけでも作れれば……」
悔しさに歯を軋ませる。どうしようもない自分が情けなくて窓ガラスに爪を立てる。飛び出してしまいたい。けれど、それは出来ない。無策にはなれない。
物を投げる……これじゃ駄目だ。魔道具を回避してるぐらいなら山なりの投擲なんて効果はない。大声を出す……悪くはないけど、これだけ戦闘をしていて人一人出てこないなら期待はできない。
「声を……出す?」
適当に羅列していた案の一つを否定してから動きが止まる。
「いや、そうだ! 隙なら作れる! 俺だから、このエリゼの体だからできることもある!」
ゾンビの肉体は死体だが、死んでいるわけではない。死体に宿った新しい命なんだ。ビブライアにもゾンビの名前があったことから生き物なのは間違いない。だとしたら、『シュピネルの瞳』の意志疎通が可能。ゾンビの声と言葉で、一瞬だけでも気を引ける。
閉じていた扉に手が向かう。怖い? YESだ。生き物と話せるだけで強くはない。隙ができない可能性もある。ただそれでも手は止まらない。ドアノブを掴んでいる。押している。氷雪の魔道具によって冷やされた外気の中に飛び込んでいる。
――意識を向けろ。ラインを繋げる感覚だ。
激しく野性的に動き回るゾンビに向かって意識を研ぎ澄ます。黒いローブを目で捉えて、その下に微かに見える裂けた口を見つめる。
――いけ俺。――いけエリゼ。
「ねえー!! ゾンビ!!」
響く声から恐れが感じられなかった。自分の声ではあるけれど、今回はエリゼの声という印象が強かったからだ。
この程度では勿論ゾンビの動きは止まらない。けれど、そのローブの下の目がレアから確かにこちらに向いた。
あと一言。何がいい。ゾンビから気を引けるワードは何だ。
スーレ鉱山でのゾンビたちの記憶が甦った。あのときゾンビ側として聞いていた声。野生のゾンビがエリゼに対して向けていた感情。そうだ。あれにしよう。気になっていたんだ。
「私っておいしそー?」
『あー、うーん。おいしそう』
「やっぱりかよ! そして……」
敵意とは別の意識が完全にこっちに向いた。そのあまりの異様さにレアの方も困惑している。でも、ここは連携プレーだ。
「レア! 隙!」
「えっ? いや、わかったよ! 見事な援護だ」
足が止まりゾンビの意識が完全にこちらに向いた瞬間、レアの魔道具が青く輝く。
「――退けさせてもらうよ。ゾンビくん」
青い氷のナイフが軽快な音を立てて暗闇を切り裂いた。マントに当たり、貫き突き刺さり。次の瞬間には、ゾンビは見るも痛々しい棘だらけの姿に変わっていた。
レアの前でゾンビが音を立てて地面に崩れていく。その衝撃にレアの露出の少ない黒いドレスが揺られた。その佇まいにほんの少しだけど憧れた。
レアは無傷。戦闘シーンから無傷なのはわかっていたが、それでも入念に上から下まで確認する。トラバサミなし。食い破られた形跡なし。弾丸で撃ち抜かれた痕跡もなし。
「いやでも、未知の毒や呪いとかの可能性もある。すぐに病院に行こう」
「無事なはずのなのに、不安になってくるからそんなあり得てほしくない可能性の話はやめてくれないかい」
「と、侮ったことがレアの最後の後悔となった……」
「やめて。そして、さっさと魔道四輪に乗ーれ」
強めに眉の間を指でどつかれて、頭が揺れて不安が消える。レアが無事と言うならそうなんだろう。普通に強がりでもなさそうだし。
「でも、レア。あのゾンビはどうするんだよ」
「どうもしないさ。連れ帰って粉々にしたところでネクロマンサーなら別の個体を用意されるだけさ。運ぶ労力の無駄だよ」
「いや、でも調べたらネクロマンサーについての情報が手に入るかも」
「かもだよ。それよりも君は敵のネクロマンサーの思考を考えるべきだ。斥候がやられた。だとしたら、次に強力な戦力を送り込んでくるとは思わないのかい?」
確かに。ネクロマンサーの目的が殺害なら奇襲に失敗した時点で強行策に出てもおかしくない。そして、レアの戦いぶりからして、複数のゾンビと戦えるとは思えない。今は逃げ隠れが正解だ。
ゾンビの亡骸を見送って、俺は魔道四輪のほうへ。開きっぱなしの扉から階段を上る。そして、昼間と逆の立ち位置で、振り返りながら手を差し出した。
「さて、レアお嬢様。お手を拝借」
「紳士だね。では……」
「ん? どうしたんだ。遠慮なく手を取ってくれていいんだけど……」
は? は? ……は?
目の前のレアの動きが止まっていた。同時に俺も動きが止まっている。あまりの出来事に情報の処理が追い付かない。
――おかしい。何で手が『五つ』あるんだ?
魔道四輪の中にある包帯の巻かれた二つの手。これはエリゼのもの。そして、魔道四輪のドア枠を掴んだ手と差し出されている黒い手袋をはめた右手。これがレアの。そして、もう一つが。
視線がレアの顔から下へ。その黒いドレスの腹部から飛び出した、赤い血で濡れた青白い死人のような手。
頬がひきつる。感情がひび割れる。だってそうだろ。だって。
「レアァァ!!」
喉が千切れんばかりの叫びが響く。その目の前では、確かにレアがゾンビの手に腹部を貫かれていた。




