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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
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19 エリゼ有能論


 風情味わう心も歩くことへの意味をも置き去りにした業務的な足音が続いていく。早足で淡々と。タンタンと。革靴の底で石の絨毯を叩きながら目指す先はこの体の持ち主の実家。領主アルフレート・オーレンシュケン男爵家だ。

 

「ちなみに話だと徒歩一時間。今は道に迷いながら歩いて三十分」


 最初に家を出たのが一時過ぎ。ペペを飼い主の元に届けたのが二時ぐらい。これはもうおやつの時間には間に合いそうにもない。


 隣の道路を荷馬車が過ぎる。ヒッチハイクや移動用の馬車を探す選択肢も浮かんではいた。しかし、頭にあるだけで選ぼうとは思わない。


「見知らぬ人の車に乗るのはちょっとね。ほら、女の子だし」


 冗談めかしながら、ネクロマンサーに騙されるのが恐いのと単純な人見知りを隠して歩く。先は遠い。建物の屋根すら見えてこない。


「それにしても、異世界とはいえ乗り物は中世的なタイプばかりか。魔法が発展しているからもっとこうワープだとかドラゴンで空から移動とかあるかとも思ったけど」


 右側を荷馬車の群れが通り過ぎた。ウマと荷台。どちらも見覚えのあるようなデザインばかりで特別感はない。


「魔法中心の世界観。ファブロスで魔道具を見ていたときはもう少し心踊ったんだけどね」


「ふむふむ。それはなかなかに嬉しい評価だねぇ」


「……ん? ……ん?」


 聞き覚えのある声が聞こえて振り返る。――赤いウマの馬車。違う。あれではない。――屋根のない荷台を運ぶ馬車。あれも違う。何故か人力で動かしている荷台……あれは場違い。違和感ありありの自走する丸っこい荷台……あれか。


 楕円形の謎の乗り物が近付いてきて歩道の付近で停車する。少し高い位置にあった窓が開いて、エリゼの頭の上で特徴的な帽子の装飾が揺れた。見覚えのある大きすぎる黒い帽子。間違いない。


「レア!」


「そうだよ。ご機嫌いかがかな。エリゼちゃん」


 帽子を軽く指先で持ち上げて頭を傾けて決めポーズ。そんないかにもな登場を決めたのは、噂をしていたばかりの魔道具店ファブロスの店主、レアだった。


「こんなところでどうしたんだい? 見たところ……買い物ではなさそうだけれど」


「実家に少し用があってな。今は歩いて向かっている途中なのだ」


「歩いて? 貴族が? この距離を?」


 背後からこの先の目的地までレアが見返した。言いたいことはわかる。今気が付いた。

 

「貴族らしくはなかったかもな」


 小粋に首をすくめてみせると、その潔さにかレアは口元を隠しながら柔らかに笑う。


「相変わらずエリゼちゃんはエリゼちゃんみたいだ。ほら、乗りなよ。奇遇にもレアお姉さんの行き先もおんなじだからね」


 同じ? オーレシュケン家に用事なのか。これは都合がいい。


「ふふ。面白い偶然だな。乗せてもらおう」


「是非そうしてくれたまえ」


 レアは頭を引っ込めて窓を閉めてから扉を開いた。そこから、車体から足場が自動で降りてきて地面に触れてから停止した。それに好奇心で足を乗せてから車内へ。車内のデザインはどこか魔法チックで、黒い壁に白い星が散りばめられたかのよう。そこに人一人分の通路があり、サイドに長めの座席が向かい合う。こちらは青い座席で白いパターンが描かれていた。


 わーお。とエリゼじゃなかったら言えていた。けれど、エリゼなのでキャラを保つために貴族らしく口の端だけを満足げに持ち上げておく。


「さあ、どうぞ」


 満足している中、レアに促され席に着く。腰を下ろしてみると……こっちは現実的な固さだ。長時間は苦しいだろうが、それでも逆に新鮮さがある。

 席に着くと扉が自動で閉じる。そこからエンジン音も蹄の音もなく魔道四輪は進み始め、異世界で味わえると思えなかった速度感が、窓の向こうで流れ始めた。


 悪くない。いい異世界だ。


「面白い乗り物だな。動力はなんだ?」


「マナだよ。魔道具と同じさ。魔方陣にマナを送り込んで魔法を発動して動かしている。今回は回転の魔法。燃料にはエーレライト鉱石を用いている」


 やっぱり魔法か。ただ回転の魔法か。九十九の魔女の魔法は個性が強い。それに燃料が鉱石というのもまた斬新。この世界特有のエネルギーか。


「なかなか面白いだろう? 魔法協会から試験用に渡されたものなんだ。操縦はこれ一つ。移動場所を指示すると、そこまで自動で順路を選び運んでくれる」


 ココンと自身の右手の中指を叩くと、そこには赤い宝石のついた指輪が嵌められていた。ハンドルなし、画面もなし。嵌めるだけで操作可能というのは向こうの技術でもまだ見たことがない。


「レベルが高い」


「最先端の魔道具だからね。もちろん、ルートを選べなかったり、地図が記録されている土地でしか扱えなかったりと改善点は山ほどだけどね」


「それでもな。感動するものがある」


 知らない技術。知らないエネルギー。そんなこれまでにない経験や生活を送るのが異世界転生だ。ようやく異世界転生の自覚が出た。


「喜んでもらえたなら何よりだ。そういえば、ボクがあげた魔道具はどうしているのかな? 不備があるようならこの時間に確認するよ」


「魔道具か。不備などなかった。完璧な品だったよ。お陰で一度は救われたからな」


「そうか良かった。……ん? その言い方、もしかしてもう襲われてないかい?」

 

 重大な話をさらりと話すと、レアは疑うように眉間に皺を寄せた。自分の売った商品の活躍を喜ぶよりも、こちらの身を心配してくれているようだ。


「昨日のことだ。迷子犬を捜しに裏路地に入り込んだら、ネクロマンサーとは別の三人組に襲われた。そのときには閃光の魔道具に助けられた」


「売ったのがおととい。襲われたのが昨日って。どうなっているのかな。君の生活は……」


「はは。本当に困るものだな」


「他人事かい? やれやれ、経験豊富なレアお姉さんでも付いていけないよ。これが貴族の貫禄かな」


 呆れて大袈裟にレアが首を振る。でも仕方ないだろう。こっちもビブライアの境遇補正で慣れてしまったのだ。結果的に生きているならその程度の事態だっと受け流してしまう。喉元過ぎればなんとやらだ。


「何にしても、もう少し気を付けないと。レアお姉さんからの助言だよ」


「気を付けるよ。ただ、その……さっきから気になっていたんだが、そのお姉さん呼び。レアはいくつなんだ?」


「乙女に年齢は聞かないものだよ」


 ややあざとく薄い唇に指先を当てるレアに、内心少しドキリとした。

 乙女なんて冗談だろと、冷笑するのが普段のスタイル。そもそも、調子に乗っている人間をあしらうのは、最早コミュニケーションの鉄板だろう。しかし、どうしても今はその言葉が出ない。


「うんうん。気持ちは理解できるとも。このレアお姉さんの博識さや店を持つ器量。でも、それにしてはね。外見が。ね? ほら、言ってみて。わ……」


「くっ。負けたくない。思いどおりには……」


「それともこっちがいいかい『か……」


 あざとく上目使い。瞳孔が帽子の下で丸くなり、愛嬌が増す。肌の質感。顔のパーツ。相手の思惑通りにはなりたくない。それでも、それにしてもレアは……。くそっ!


「顔が良すぎる!!」


「キャヒヒ! はーい、レアお姉さんの勝ち」


 そう人好みのわかれそうな笑い声をレアは出すが、それでも格の落ちない美貌が目の前にあった。


 俺は負けた。人間として、男として……。


 悔しくて座席に拳を下ろすがそれをまた笑われた。


「まあ、でも実際のところ、どれだけ魅力的でも、歳は取るものではあるよ。だから、まあ見た目ほど若くはないとは言っておこう」


「だ、だだろうな。落ち着きがありすぎるし、こんな魔道具の試作品を手に入れられるぐらいだ。当然だろう」


 恥ずかしくてレアを直視できず、早口で理論的に誤魔化した。中身と外身で性別が異なるこちらの抱いている感情を、正確には量られてはいないだろうが、その動揺がさらにレアを楽しませていた。


「気まずそうだから話を変えてあげよう。そうだね。今度はエリゼちゃんの話にしようか。君さ。魔法が使えないっていうのは本当の話なのかな?」


「魔法か? 使えないが。何故急に?」


「急ってわけでもないよ。そもそも、君を知る人であれば大抵は疑問に思っているはずだよ」


 魔法を使えないのが不自然だという話だろうか。確かに、エリゼ転生の初日で、浴室でテレーゼにも同じようなことを言われた覚えもある。


「使えなければおかしい……だったか」


「そんなところだよ。そもそもオーレンシュケン家は魔法一家なんだよ」


 レアが膝の上で指を組む。


「先代のオーレンシュケン男爵が座標の魔女の魔法。現オーレンシュケン男爵、アルフレート様も同じく。その夫人のフローゼ様も魔法協会に所属しているぐらいだからかなりのもの。テレーゼ様は言わなくてもだね」


「だから私が悪目立ちしているのか」


「悪目立ちというよりも違和感が強いってところだけどね。それこそほぼ全員が各魔法の上澄みのレベルまで達している。その中でどうしてエリゼちゃんだけ全く使えないんだろうってね」


 こちらの気分を害させないように軽い口調で逃げ道を残してくれながら話してくれる。こういうところが、レアの人の良さを表していた。


 しかし、なぜ使えないのか……。具体的に説明を聞いてしまうと、テレーゼに言われたときとは違った心情になる。


「魔法が使えない何かしらの原因があるのか」


「ボクが知る限りではあるけれど、魔法が使えない要因は大きく三つあるよ」


 レアがわかりやすいように三本指を立てた。


「一つが一番多いパターン。そもそも魔法に変換できるほどのマナが体内に流れていないパターンだ。君の場合は違うようではあるけれど」


 血筋の問題からして考えにくく、さらにはテレーゼは検査をしたとも言っていた。肉体的な問題はおそらく外れだ。


「次は?」


「呪いをかけられているパターン。マナを封じ込められて魔法が発動できなくなる」


「呪いか。立場的には狙われてもおかしくないが」


「性格的に恨まれそうではないよね。それに魔法協会所属の魔法使いが二人も家族にいる。気付かれるよ」


「だとしたら最後か」


 可能性が一番あるものを最後に持ってきたと信じてレアの最後の一つを待つ。すると、レアは最後に残された人差し指を立てたままこう言った。


「最後。君が実は魔法を習得してしまっている場合だ」


「ん?」


 ……ん?


 右側の窓の外を眺めてみる。少し高い建物が建ち並んでおり、そこはかとなく早足の人たちが目についた。次は左側の窓を見る。交通法はよくわからないが、追い抜かしたり抜かされたりしながら進んでいく馬車たちが忙しなく働いている。

 そんな中で左側の窓を開く。スライドタイプではないため、空気抵抗を感じながら押し開き、頭を乗り出した。


「魔法を使えない理由がー、魔法を習得しているからとはどういうことだぁぁぁー!」


 一斉にあらゆる視線が向いた。それでも我慢ができなかった。後悔はしていない。


「まあまあ。話は最後まで聞こう。ほら、危ないから窓を閉じて」


 腕を引っ張られて再び着席。しかし、この感情は抑えきれない。


「魔法って魔法同士に相性があって、これを修得するとこれが習得できないみたいなのがあるんだよ。エリゼちゃん」


「わからん」


「即答だね。じゃあ、無意識のうちに魔法を習得していて、他の魔法の習得の妨げになっている可能性ある。これならわかるかい?」


「うーん」


 どういう原理かまでは理解できないが、ルールとしては理解できなくもない。氷と炎を両立できるかみたいな話だ。肉体的に耐えられないみたいな話。


「いや、たとえそうだとしても、自分が魔法を習得していることぐらい気付くだろう。普通」


「そうでもないんだよ。例えば、よく予知夢を見るなあと思っても、それを魔法だとは考えないだろう? 運がいいなぁと思っても、それを魔法だとも考えない。それと同じだよ」


 予知夢やラッキーが魔法として当たり前に存在するらしい。だとすると、レアの言うことも理解はできる。そういえば今朝も何か夢を見た気がする。


「生まれつき魔法を無意識で使えてしまう人もごく稀にいるんだよ。その魔法が目に見えて気付けるようなものもあればいいけど、そうじゃないものもあるからね」


「それがあって他の魔法の習得が阻害され続けている……と」


「じゃないのかなって話だよ。巷のエリゼちゃん実は有能論の一つさ」


 話の結論に手を打った。エリゼが本当に魔法を使えないのか。その質問が最終的に行き着く場所はどうやらここだったようだ。


 一時間ゾンビとして外側から見た感覚。あとは体を借りてエリゼとして過ごした三日の感覚。そのどちらもを振り返ってみる。


 運は? 道を歩けば犯罪者に当たる。予知夢は? 予知してたらここまで苦労しない。ついでに転生ポイント51によるマイナス補正で裏付けされたステータス。


「第三者からの意見により、私には特別な才能はないと明言しておく」


「そうか。残念。てっきり既知の魔法でも使えるんじゃないかと踏んでいたんだけどね。ボクの推測は外れだったね。でもさ。エリゼちゃん」


 トンと鎖骨の間を指先で押される。


「君には君しかない何かがあるとレアお姉さんは信じているよ」


 そんな風にレアは言ってくれた。エリゼじゃないので、これがどれだけエリゼのためになった言葉なのかは理解できない。それでも、目の前にいるレアはエリゼの努力を認めてくれるタイプの人間だと、胸の上に残る感覚が伝えてくれていた。


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