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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
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18 依頼と報酬


「あらあらー。ペペちゃーん。お帰りなさい。どーこまで遊びに行ってたのー」


 腰も曲がらず、白髪も混じっていないおばあさん。そんなおばあさんに甘ったるい声をかけられながら、こちらの腕の中からペペが受け渡された。

 ペペが嬉しそうにクリーム色のボサボサの尻尾を振る。

 

『ご主人。ご主人だ。多分ご主人だ』


 感動の再会か。こう何て言うんだろう。自分の仕事で誰かが喜んでくれていると思うと胸に来るものがある。


『ご主人? であってるよね。ね? ご主人』


 感動半減。


 こちらを振り向いて、自分の飼い主かを俺に訊いてきたペペ。この煮え切らない感じに、やっぱりなと思いながらも頬を緩めた。


『そうだよ。その人がご主人で、私はご主人じゃないから』


『わかったぁ。ご主人』


 おそらく何もわかっていないであろうペペは、惚けた顔で飼い主を見上げる。端からは感動の再会のように思えるワンシーンも、『シュピネルの瞳』のお陰で違う光景に見えた。

 いっときは動物を飼うのは控えようと思いながら、『シュピネルの瞳』のラインを切る。すると意志疎通ができていたお陰で感じられていた、僅かながらのペペの理性が途端に感じられなくなった。


 ちょっと寂しく感じるのも、話せていた弊害だろうな。


「ありがとうねー。エリゼちゃん。まさか貴族のあなたにこんなお仕事をしてもらうなんてねー」


「いや、気にする必要はない。私もやりたくてやったことだ」


「あら? そう? それでも、ありがとうねー」


 満足そうな飼い主とペペ。その二人の姿を見る。やっぱり人助けはするものだ。こんなにやりがいがある。

 ペペの頭をじゃあねと二度撫でた。毛並みは決してよくはないが、この手触りを忘れはしないだろう。


「では、私はこの辺りで。気が向いたらときに寄らせてもらう」


「ちょっと待って。見つけてくれた人にはお礼をしようと思っていたのよ。今持ってくるから」


「そうか? では、ありがたく」  


 そう言いながら足早におばあさんは建物の中に消えていった。

 残された俺は、ちょっとした感動の余韻を残しながら、一人の世界に没入した。


 右を見る。左を見る。上を見て。最後に下。

 

「おばあさんからの成功報酬あり。でも、こっちの報酬はなしみたいだね」


 昨日から今日に渡って行われた迷子犬ペペ捜しの依頼。その依頼達成は、ただの一つの依頼の解決と見れば心残りのない完璧な結果だった。けれど、ここでビブライアが絡むと、達成感からは少し遠ざかる。


 システムからの報酬。転生ポイントの獲得なし。


 本音でいえば、ペペを引き渡してからすぐにポイントを獲得すると思っていた。けれど、ビブライアは転生ポイントを与えなかった。


 ビブライアが「飼い主とペペとの再会に水を差さなかったんだからいいだろう」とでも言っているようだった。けれど、今回はビブライアに苛立ちはしない。あの再会の場面に出てこられても興醒めする。


 それに転生ポイントが得られなかったことへの落胆はない。むしろ得るよりも進展があったと捉えている。


「何でポイントが得られて、何でポイントが得られないのか……」


 依頼の達成で転生ポイントなし。しかし、ペペを裏路地から助け出したところは評価されて転生ポイントあり。


 命や身の安全に関わるもののほうが転生ポイントに関わってくるのか。あとは、転生ポイントが付与される時間帯が存在する可能性もあるか。どちらにしても、次の転生ポイント稼ぎへのヒントにはなった。


「それに犬捜しが、確実に転生ポイントが貯まる方法だってことはわかった。どうすればいいかわからなかった前よりはマシマシ」


「お待たせー。貴族様のあなたにはちょっとした報酬にしかならないだろうけれど受け取って」  


 家から出てくるよりも前に会話をスタートしたおばあさんが扉を開いた。それに少し驚かさせられながらも、転生ポイントの件に一区切りをつけて、話を戻した。


「ほ、報酬だったな? ありがたく受け取ろう」


「うんうん。受け取ってちょうだいな。けれど、私は一般人だからねぇ。期待はしないでね。……はい。金貨一枚」


「おお、金貨一枚」


 差し出された金貨を手のひらで受け止めた。このちょっとした重量感。紛れもない金貨だ。


 その価値約五万円。二重の意味で貴重なお金だ。


 自分の功績で得たお金。エリゼの貯金でもテレーゼのお金でもない。完全に自由に扱えるお金。しかも、金貨。ようやく、金銭面での自由が生まれた。


「ありがとう! 大切に使わせてもらう!」


「うふふ。喜んでもらえてよかったわ。それにしても、あの子どこにいたの? 毎日毎日遊びに行くけど、普通は帰ってくるのよ。何か面白いものでもあった?」


 あの子。ああ、ペペがどこにいたのか伝えてなかったか。


 俺はそれとなくペペを見つけた裏路地の方角に顔を向けた。


「いいや。ただこの通りから少し行った裏路地で、テーブルを背負った男と顔を見つめ合っていただけだ」


「あらー、楽しそう。きっとものすごくイケメンだったのね」


「否定はしない。否定はしないが、顔以外はあまりイケメンではないとは言っておく」

 

「あらそう。でも、羨ましいわねー」


 本心で羨ましげに声音を上げたおばあさんに苦笑い。いろいろと言いたいことある。ギードがどんな人間だったかとか。テーブルを背負った男って部分を何で気にも留めないのかとか。あと本当はペペがギードを飼い主と間違っていただとか……。


 けれど、あえてその辺りは言わない。言わないほうがハッピーエンドだろう。


「ん? 裏路地って言ったかしら?」


「ああ、確か三区のコルテ街? だったか?」 


「あらやだ! あなた。あそこって今日死体が見つかった所じゃないの!」


「ああ」


「危なかったわね。お姉さんと一緒だったの?」


 危なかったどころか襲われたんだけどね。……これも言わないほうがよさそうだな。


「えーと。まあ、そんなところだ」


「そーう。お姉さんも心強いわね。コルネリウス魔法協会の魔法特殊部隊の一員だったかしら。かっこいいわよね。特にあの班のメンバーと言ったら……」


 ――始まった。


 昨日の聞き込みで一時間も足止めを食らったトークだ。けれど、今日の話は少し興味がある。


 テレーゼの仕事。それと仲間の話。エリゼという立場もあって本人には直接訊きにくい話だ。だからこういう場面は見逃さない。


「魔法特殊部隊のメンバーか。私はあまり聞かないな」


「そーう? 有名じゃない。第三魔法特殊部隊。名前ばっかりでまともに働かない第一魔法特殊部隊とか、魔法の調査ばかりで本部から出てこない第二魔法特殊部隊と違って花形でしょう」


 テレーゼの所属する第三魔法特殊部隊。ここ数日のテレーゼとの会話で、「魔法協会の者から連絡が」とか「魔法協会の者が調べた」だとかは聞いていた。なので、一人で仕事をしているわけではないとは思っていたが、思いの外名のあるチームに所属していたようだ。


「テレーゼお姉様は自分の仕事の話はあまりしてくれないのだ。それで、その第三魔法特殊部隊はどうなんだ? どんな部隊なんだ?」


「具体的には実働部隊。コルネリウス魔法協会の主力の戦闘部隊ってところかしら。現場に出て調べて、敵がいたら実力行使。国で何か問題があったときに真っ先に動かされる部隊よぉ」


「テレーゼお姉様の性格にぴったりなお仕事だな。他のメンバーもそうなのか?」


「たくましいヴァルター君に、可愛いリリスちゃん。それに美しいテレーゼ様に、クールで知的なクリストハルト様。あと……顔が思い出せないけれど、魔女が一人」


「……」


 それは俺が求めていた情報とは少し違う。


「もっとこう、力がとか魔法がとかを知りたいんだが」


「そう! そうよね。エリゼちゃんも女の子だからね! もっとクリストハルト様について知りたいわよね!」


「違う!」


 誰もあなたの推しの話をしたいんじゃない。確かに体はエリゼだけど、中身は男の有畑奏真だ。おばあさんの惚気話なんて本気で聞きたくない。やめてくれ。


 けれど、始まってしまったクリストハルトについての話は長かった。能力の話はなし。力の話もなし。顔の良さだったり、こういうところが格好いいのよだったり。熱弁するおばあさんと向き合って適当に相槌を打つ姿を、近隣の方々からちょっと引いた目で見られる。

 

 やめてくれ。本当にやめてくれ。エリゼに変なステータスを付与しないでくれ。


 ステータス クリストハルト好き(なわけあるか!)


「……ね。立派な人でしょう! でも、心強いわね。そんな人たちが来ているのだから。テレーゼ様も安心よね」


「ああ、そうだな。どう安心かはわからないが、一人じゃないのと、テレーゼに近しい力を持つ人たちが仲間にいるのはわかりはした」


「ね! 心強いわよね! でも、あの『人狩り』の調査に向かっているのはねぇ。 大変ねぇ。『人狩り』の被害者は貴族が多いのよ。あなたも気を付けてね」


「ああ、そうだな。……今聞き逃せないワードがなかったか?」


 適当に相槌を打とうとしたところで途端に突っ込まれる重要な情報。やり口が悪質な利用規約と同じだ。

 

 いや、それよりもだ。貴族が狙われる……? だとすると、エリゼもテレーゼも危ないんじゃ。


「何故貴族が狙われる? その貴族に私たちも入るのか!」


「どうかしらねー。何で貴族が多いのかは私にはわからないわー。でも、『人狩り』はシャイって噂なのよ。絶体に人目が付くところでは殺しをしないのよ。あなたもお姉様もちゃんと日の当たる場所を歩いていれば狙われないわよ」


「本当か? 本当だな?」


「ええ。だってそうでしょう? 『人狩り』の犯行は誰も見たことがないのよ。だとしたら、人がいる場所では殺せないでしょう?」


 それは最もな話ではある。痕跡が残らないのなら、人目を忍んで殺害するしかない。だから、人がいる場所であれば安全。シンプルで当たり前だが、対策としてはかなり的確だ。


「一人にならなければいい。ホラーゲームでありそうな設定だな」

 

「ホラー? ゲーム?」


「気にするな。貴族用語だ。それよりも最後にこちらから一つ訊きたいのだが」


 「最後に」を強調して話を変えると、話の興味が既にそちらに移ったのかおばあさんは是非訊いてくれと目を輝かせる。 


 魔法協会から『人狩り』から興味深い話は聞けた。あとは本題だ。ネクロマンサーへの手がかり。


 話の質を変えるように軽く息を飲んでから顎を引く。そして、ほんの少し溜めを作ってからこの質問を吐き出した。


「――ノルデバルデン侯爵について知りたいのだが」


「まあ! ノルデバルデン侯爵!」


 その瞬間、これまでで一番のテンションで、おばあさんは肩を弾ませて手を打った。これは自分に話を振ってくれた喜びではなさそうで、その内容自体に興奮している様子だ。

 あまりの反応に街行く人たちの視線がまた集まる。人目は苦手なので露骨に動揺してしまうが、注目の的となっている肝心の本人の声量がどんどんと上がっていく。


「そうねっ。あなたは知らないわよね。ノルデバルデン侯爵といえば、この国の英雄なのよ。二十五年前かしら。ダラグリア帝国に北のテルノアが攻めこまれていたのよ。それを当時将軍だったノルデバルデン侯爵が救ったのよ!」


「もう少し落ち着いて。具体的にはどんな風に救ったんだ?」

 

「あのときは大変だったわ。ずっとあの辺りは国境を争っていてね。私の夫も騎士でよく呼び出されていたものよ。それがねぇ。夫も何度も死にかけてねぇ。いつ終わるのかわからない戦いだったんだけど、ノルデバルデン侯爵が現れてあっという間にあの地域の戦いが終わったのよ」


 興味深い話だがその中で必要な部分をまとめると、ノルデバルデン侯爵は争いを終結させた英雄だということ。戦力的な問題なのか、はたまた交渉を行ったのか。その辺りを知りたいが。


「あのときは子供が魔法学校に行く年でねぇ」


「は、始まった」


 以前経験した空想モード。目の前の人間の話が聞こえなくなり、永遠と自分のターンで会話する状態。こうなると話は長いし目的は達成できない。

 優しく耳を傾けるなんて選択肢は有畑奏真の人生からは削除済み。したがって、選ばれるのはもっとも単純な逃げだ。


 貰った硬貨を雑にポケットの中に押し込んだ。


「悪いな。今日はお姉様同様で忙しくてな。話はまたの機会にする」


「お茶も入れるわよ」


「いえ、結構です!」


 腕を掴まれそうになりながらも華麗にスルーして走り抜ける。エリゼの肉体は強化してなかったが、この敏捷はなかなかのものだった。シカ顔負けのバックステップ回避。

 そうこうして、行く宛は考えずに歩いていると、いつの間にかたどり着いていたのは、例の裏路地への入り口の近くで、例の客引き犬を眺めながら、向かいにあるベンチに腰掛けた。


「はあ。やれやれ。ペペを返すだけでも一苦労だよ。それにノルデバルデン侯爵。これ本当にネクロマンサーに関係あるのかな……」


 ギードが神妙な顔で教えてくれたヒント。ノルデバルデン侯爵。素性は将軍で英雄だという情報のみ。そこからネクロマンサーとの繋がりはどうしても見出だせない。


「可能性としては、ネクロマンサーがノルデバルデン侯爵の関係者だとか? 家族とか側近にネクロマンサーが……。いやでも、そもそもネクロマンサーって国から排除される存在だし、英雄なんて呼ばれるノルデバルデン侯爵が関わってる可能性は低いか」


 ポケットに入れた硬貨を指で撫でながら景色を眺めていた。何の変哲もない裏路地の入り口。テレーゼや魔法協会の者たちが調査しに入った場所だ。


「テレーゼにも訊いておけば良かったな。同じ貴族同士、もっと人間関係の情報とか仕事の情報とかが得られたかもしれないのに……ん?」


 貴族……そうだ。貴族だ。同じ貴族なら知っているはず。


 このエリゼは貴族の身。そして、その家系オーレンシュケン家も勿論貴族。だとしたら。


「実家に行けばいい」


 何の不自然さもなく情報を手に入れられる場。さらには、テレーゼがいないという戦力的な面での不安も拭える。


「鍛冶屋の店主の助言がなかったら忘れてたよ」


 今日の最終目標を決めてから立ち上がる。もう何日も過ごしてきたエリゼの体には慣れてきた。しかし、これから向かう先では体よりも内面が必要とされる。


「まあ、テレーゼにバレてないんだから、なるようになるよね。それじゃまずは……」


 片足を持ち上げたまま左右に足を振る。滑稽な仕草に見えるがこれは意図的なものじゃない。

 左右を眺め、空を見つめ、致命的な欠陥に気が付いてただ喘ぐ。


「エリゼの実家ってどこですか?」


 ミッション、オーレンシュケン家探せ。


 自分の家を忘れていたペペを面倒みていた自分が、今まさに同じようなシチュエーションに立たされて、俺はただ諦めたような笑顔を浮かべていた。


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