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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
38/38

20 緑花のペリドット


 うっわ。本物の貴族の屋敷だー。


 魔道四輪に揺られ、見えてきたのは貴族らしい高さも敷地もある白い建物だった。エリゼとテレーゼの実家であり、領主アルフレート・オーレシュケン男爵の屋敷だ。


 絢爛豪華な様相ではないが十分に価値が感じられるその建物へ、やや手入れの甘い庭の石畳をただの車輪の付いた荷台が進んでいく。


 イメージしていた貴族の屋敷よりは規模は小さいか。普通に現代でもギリギリ見かけられるぐらいの規模の屋敷だな。


 下から窓を数えてみたところおおよそ三階。白い柱と大きめの窓がいくつも並んだ、抵抗感のない質の高さだが、庶民的で飾りが少ないとも言い換えられる。この辺りは爵位が関係しているのかもしれない。エリゼの父のアルフレートは男爵。有名どころの伯爵などよりも下だったはずだ。


「エリゼちゃんって、よく帰ってきたりしてるのかな?」


「んー。どうだろうな。ただ……最近は戻ってないはず」


「ふーん。目新しそうに景色を見渡すわけだ」


 目新しいのは有畑奏真としてこの屋敷を目にするのが初めてだからだが、そこは知らないふりをする。転生の話については基本触れない。これがネクロマンサーや魂性術師が疎まれている世界でのセオリーだ。


「先客がいるようだな」


「そのようだね」


 ちょうど屋敷の正面に馬車が止まっていた。こちらはやけに豪勢な馬車で、サイズ感も魔道四輪よりも一回り大きく、三頭ものたくましい馬が引いている。そこに燕尾服に袖を通した老人が一人。男爵目当ての客人の一人だろうか。


 馬車の隣に俺たちの乗っていた荷車が止まる。性能的にはこちらのほうが上。こっちのほうが庶民っぽくは見えるので胸は張れない。


 馬車一つに金の装飾ね。それにあれ……緑の花の紋章?


 馬車の後ろに何やら意味ありげな紋章が刻まれてあった。四枚の花弁が螺旋状に折り重なった独特なデザイン。戦国武将の家紋なんかを彷彿とさせる。


「へー。これはまた面白い客人と鉢合わせたねぇ。運命なんて言葉は魔法使いにはあまり向いている言葉ではないけれど、本当に運命的なことだよ」


 荷台から降りずにレアは窓枠に肘をついて隣の馬車を眺めていた。どうやら、お隣は名の知れた相手のようだ。


「知り合いか?」


「まさか知らないとは言わないよね? そこまで無知となると、流石にレアお姉さんも庇いきれないけれど」


「無知で申し訳ないが教えてくれ。レアお姉さん」


 恥じることなく堂々と言い切ったお陰か、知らないことへの不信感は抱かれずに、ただ乾いた笑みだけを浮かべられる。いい加減この対応にも慣れてきたものだ。


「緑の四つの花弁。領地ゴルドーに咲き狂う、四季各々で異なる姿を持つメイラルの花の紋章。この辺りの領主たちを取りまとめている緑華クラウス・ペリドット侯爵、この国の四代貴族の一角さ」


 ペリドット……侯爵?


「……知っている気がする」


「この地の領主の娘なら知っていて当然ではあるだろうね」


 視界にあったレアから意識が離れていく。エリゼとして知っているわけじゃない。近付いてくるのは俺の過去、死の記憶だ。その中で聞いた覚えがあるんだ。


 人の名を聞く機会は数えるほどしかなかった。その中で印象的だったのは三つ。初めての人間との接触だったオオカミ転生でのルーレイン家。次がシカ転生でのこれまた同じルーレイン家のアランとその仲間。あとは一番印象に残っているゾンビ転生でのエリゼ。


 ……いや、思い出した。そう。あれだ。アランが言っていた。


 記憶をたどり胸が痛む。それでも死んでしまったアランの言葉を必死に思い出す。あの頃の全てに気を張っていた転生の時代。全ての情報に価値を見出だそうとしていた時代。


 確かこんな感じだった。


『ペリドット侯爵の徽章を取り戻さなくてはならない』


 そうだ。アランはこの侯爵に依頼されて、あの黒指猫のいた場所に訪れていたんだ。つまりはペリドット侯爵は事の発端の人物。アランの死の原因。それが今この場所にいる。


「おーい」


 俺はどう思っているんだ。無謀な真似をさせたことが憎いのか? それとも同じ仲間を失った悲しみを味う者として同情しているのか? 俺は……。

 

「ふっ?」


 思考に振り回されて感情がわからなくなりそうになったとき、急に目の前が暗くなり頭が重くなった。首も重いし、目の前で細い飾りがキラキラと揺れている。これ……。


「レアの帽子」


 ぼんやりとしていた俺の意識を連れ戻すために、レアが自分の帽子を俺の頭に乗せていた。つばが広く長いため、体感したことのないタイプの重さが首にかかるが、不思議と顔は上がっていて、レアの紫の目と目が合っていた。


「ほら。案内も来たところだし降りるよ。君が降りてくれないとレアお姉さんの真っ白な肌が日焼けしちゃうだろう」


「あ、ああ」


 扉が開いて軽い段差をレアが降りる。そのあとにこちらが降りようとすると、レアが手を貸してくれるものだから、さらに惚れそうになってしまう。


「ふっ。こういうところがモテるかどうか」


「んー? モテるモテないの話でいえば、行動ではなく外面的なポイントだと思うよ。その点ではエリゼちゃんもモテる対象だろう。まっ、このレアお姉さんは顔も性格もどちらも自信ありだけどね」


「すごい自信だー」


 堂々と大きな目をしたレアがウインクして、帽子をこちらの頭から取り外して再び自分の頭の上に乗せた。こういうことを自然にやって言ってしまう辺り本当に憧れる。

 しかし、それでもやっぱりレアの自信の強さには呆れながら、やれやれと首を振る。アランのことは後回しだ。今は今を生きなくちゃいけない。優先は目の前の屋敷とネクロマンサーだ。


 乗り物から地面へ足を下ろす。魔道四輪は揺れは少なかったが、それでも地に足を下ろすと独特な足場の安定感を感じられる。日差しの眩しさや熱も新鮮だ。周囲の景観や空気に意識を向けると、さっきまでの悩みが嘘みたいに退いていく。


 こちらの到着を見て駆けつけていたのか、いつの間にか庭師らしき人が魔道四輪の隣にいた。服装は庶民的で仕事のせいかやや土に濡れていた。


「お客様でしょうか?」


「お客様。うん、そう。お客様だね。フローゼ・オーレンシュケン婦人に用事だよ。レアが来たとでも伝えてくれればわかるよ」


「かしこまりました。先に待合室にご案内致します。エリゼお嬢様はそのままお待ちを。担当を連れて参りますので」


「わかった。ありがとう」


 専属の使用人なんかもいるのか。これがリアル貴族。


「じゃあ、ボクは一足先に屋敷に上がらせてもらうよ。このまま会わずに帰っちゃうかもだから、先にじゃあねとは言わせてもらおう」


「そうか。それなら私はまたねって言っておこう」


 レアが声を出さずに唇だけを半月状に曲げて屋敷へと向かっていった。今日中にまた会うことになるのかならないのか。ちょっとした楽しみとして胸に抱きながら、案内人に連れていかれるレアを見送る。そして、屋敷の二枚扉の奥に黒いドレス姿が消えたのを見送って、残された俺は魔道四輪の隣に立ち尽くす。


 ……慣れない場所に一人きり。話し相手もなし。


 気まずくなってポケットを探る。欲していたスマホは当然異世界間の検問で没収されている。仕方がないので、チラリと隣の馬車の前で立っているペリドット家の使用人を確認。


 暇潰し以上に有益な情報もあるかもしれないか。


 人見知り気味な性格ではあるが、そこは異世界に来たことで吹っ切れたと思い込んで隣の馬車に近付いていく。


「あの! すみません!」


 とてもバイトの使用人とは思えないような貫禄の老紳士。そんないかにも重要人物そうな人に声をかける。すると見かけ以上のしっかりした声が返ってきた。


「おお。これはこれはエリゼお嬢様。いかがなさいましたか?」


「えっと。あのですね。ペリドット侯爵とお話しできたらと思いまして。今どちらにいらっしゃいますか?」


「旦那様ですか。今は屋敷の西側の庭でご休憩なさっております」


 使用人は俺に伝わるようにと屋敷の左側を見つめた。その目に引っ張られるようにそちらの方角を見ると、奥にちょっとした花壇があった。


「緑花メイラルは非常に生命力の強い花です。ですのでほとんど枯れることなどありません。巷では不滅の花などと呼ばれ、ペリドット家と領地の永久(とわ)の繁栄の象徴とされております」


「は、はい……?」


「だからこそ、我が主はこうして他の領地へ赴く際には必ず花をご覧になられるのです。枯れない花ではなく、終わりゆく未来へ向けて咲く今の花を」


 ペリドット侯爵の居場所だけ聞いて終わりだと思っていたが、予想もしていなかった雑談が始まった。しかも、内容も内容。これは間接的にエリゼを試しているのだろうか。家に咲く花の知識について問われているとか。実家に対しての関係性を探られている可能性もある。

 けれど、試されていたとしても、単刀直入に切り込む。そっちのほうがエリゼらしい。


「あの。すみません。会話の意図がわかりませんでした」


「おお。失礼いたしました。ただの老人の長話でございます。お気になさらず」


 落ち着いた様子で使用人は口角を上げる。この表情とこの風格。もしかしてモブではないのか?


「……ペリドット侯爵は用事があってここに来たんじゃないんですか? それが何故花を眺めているんですか?」


「用事は既に済まされましたよ。今は一時(ひととき)の休息を味わっておられます」


「事は済んでいた……。その内容は?」


「わたくしにも知らされてはおりません」


 意図的に隠されたのかはわからないが、ここはわかっていたから気にするなといった反応で何度か頷いておく。すると、使用人は静かに言葉を続けてくれた。


「旦那様に何かご用ですかな?」


「用事……うーん。用事とは言えそうにありません。そんな大層な話ではないですから」


 ただ暇潰しとちょっとした疑問の答えを聞きたいので話したいだけ。こちらからは重要な話になっても、向こうからはただの世間話だ。

 言葉を詰まらせる俺の中に何を見出だされたのかはわからない。しかし、一言判断を助けるように優しい声がかかる。


「政治の話でなければ歓迎されますよ。クラウス・ペリドット侯爵は、あなた様をご心配なさっておりました。会って話したいというのであれば、問題はないかと」


「心配……。何でですか?」


「詳しくは」


 アランに徽章探しを命じ、化物の黒指猫の住む地に送り込んだ貴族、ということもあってペリドット侯爵に対して良い印象はなく、会うのには不安があった。けれど、少なくともエリゼを気にかけるぐらいの良心はある……。


 顔も見ずに判断するようなものじゃない。ここで想像で警戒をしても意味がない。


「わかりました。行って話してみます」


「ええ。立場上あまり時間は取ることはできないでしょうが、その時間以上の価値を得られることをお約束しましょう」


 そう言って下げられた白髪頭に手を振ってから、俺は身内の指示を無視して、一人ペリドット侯爵を探しに庭を歩き始めた。



 使用人の言っていた通り、オーレンシュケン家の庭にクラウス・ペリドット侯爵はいた。


 緑花の……などと呼ばれるにしては緑の要素のない人だった。背の高くスラリとした体格は、白い下地の上に乗せた赤黒い上着で着飾られ、その背に一つに結われた赤黒い髪を垂らしている。


 そんな人が公園に置いてあるようなベンチに座り指を組み、咲き誇っているとは言えないような点々と咲く慎ましい花を、護衛と共に眺めていた。


 異世界ってどうしてこんなに顔がいいんだろう。あの髪型はこの色っぽい顔つきの人にしか似合わないけど。


 リアルでやっていると、少し変な目で見られそうなこの髪型も、その高い鼻とたくましい目元があって成り立つものだ。完成度が高い。


 ついつい男として見惚れそうになったが、使用人の言葉を思い出して止まりかけていた足を進めた。時間がないのもだが、エリゼがペリドット侯爵に見惚れているというのは構図が不快。非常に不快。


 さっさとアランと徽章の話を訊きに行こう。さて出だしはどうしようか。貴族同士の挨拶は知らないけれど、まずは気楽に声をかけてみるか。


 ベンチに近付いていくと先に護衛に気付かれて、その次に顔面偏差値七十の、ビブライア的に見ればかなり上位のランクの境遇を持つであろうペリドット侯爵が振り返った。


「こんにちは。ペリドット侯爵」


「……黄金色の髪に赤い瞳。そして、その佇まい。エリゼ嬢か」


 ペリドットは姿と特徴から名前を言い当てて、確信したと同時に細長い目を見開き声音を高くした。思案するような落ち着いた低い声音。穏やかにテンポ上げるその話し口。それだけで初対面の緊張感が幾分か和らいだ。


 ベンチの背もたれに手を掛けながら、わざわざペリドット侯爵は立ち上がる。


「始めまして。エリゼ嬢。君の話はテレーゼからよく聞いている」


「あ、はい。こちらもあなた様のお噂はかねがねと」


 知らないことなので聞いていますとは言いわない。かねがねとの続きは勝手に誤解してくれ。


 本心の部分は大幅にカットして貴族らしく感じさせる挨拶を演じきる。この時代の貴族の権力がどれほどかわからないが、あまり無礼を働くと隣の剣を腰に携えた護衛にカットされそうなので、ここは礼節を意識した。


 挨拶のやり取りの合否をペリドット侯爵の反応から確認。ツンとした顔立ちはしているが、その中でも穏やかな表情なのは感じられた。及第点ぐらいか。


「それにしても……」


 ペリドット侯爵は上から下にとエリゼの体に目を通す。視線が衣服を這う度にちょっとした緊張感が神経を引っ張る。


 服装は落第した!


 貴族らしくない。侯爵と面会するには相応しくない服装と思われているのだ。この服装は比較的中性的で動きやすさを基準に選択したもので、礼服でもなければ飾り気があるわけでもない。


「こんなみすぼらしい服装で申し訳ありません! 実はこれには……」


「いや、そこはあまり興味がないから気にするな。ただ本当に似ていないと思ってしまったんだ」


 興味がない!?  


 あまりにもハッキリと言い切られてしまい目がスーツのように白黒する。


 エリゼに興味がないだと? それはどういう意味だ。魅力がないということか? それとも身だしなみにも気を遣わない人間とでも思われているのか? この!!


「……じゃないな。落ち着け落ち着け。ふぅ。すみません。私が可愛いのはともかく、似ていないとは?」


「何か変な前置きがあったようだがまあいいとしよう。君のお姉さん。白煙のテレーゼと似ていないと思ってな」


「……テレーゼお姉様とですか?」


 どうやら、このペリドットがジロジロとエリゼを見ていたのはテレーゼと比較していたからだったようだ。しかし、だとしてもテレーゼと似ていないとは不思議な感性だ。金髪、赤い瞳で、目立つ特徴は一致。肌の質感や、もっと細かい顔のパーツも似ていると、第三者で当事者の俺からしたら思うが。

 いまいちペリドット侯爵の見え方がわからなくて微妙な顔を作ると、ペリドット侯爵は真顔のまま長い指で自分のえくぼを押し上げる。


「君にはまだ顔に笑顔の影がある」


「ふっ! ははっ! そうですね! そこに関してはっ、ふふっ。絶対に似てないです!」


「そういうところだ。テレーゼとは仕事関係で一緒することがあるのだが、これまで一度もその笑顔を見せたことがない。ん? 本当に記憶にないな。これは嫌われているのか?」


「いえいえ、私もほとんど同じ扱いですよ」


 テレーゼは目上にも立場が下の人にもあんな性格だったようだ。てっきり敵対している人や妹にしか見せない姿かと思っていたが、相手が侯爵だろうと関係ないらしい。そして、それを嫌われていると思う少し天然っぽいペリドット。少し緊張が解れてきた。


 互いに貴族家同士の政治的な牽制抜きで笑みを浮かべる。今頃会話の出汁にされたテレーゼはくしゃみでもしているのだろうか。しているイメージはない。


「えーと、ペリドット侯爵。今日はどのようなご用件でこちらに?」


「それは……面白味がないから訊かないほうがいい。むしろ私からしてみれば、君のほうが不思議だが。わざわざ家を出たというのに、こんな場所に突然戻ってくるとは」


 『わざわざ家を出た』、『こんな場所に』。


 聞き逃せないワードが出てきて柔らかくなっていた表情が元に戻った。 


 家族とエリゼは疎遠。家に帰りたくないと思わせるぐらい。……って関係だったのか。もしかしたら、それ関係でエリゼは劣等感を抱いていたのかもしれない。


「どうした?」


「……」


「大丈夫か? 疲れているのであれば私の馬車で休むか?」


「いえ、なんでも。ありません。ただ目的はあっても、この場所に来るのは悪手だったかもと少し後悔していました」


「目的? どのような?」


 こちらを探るように目を細めるペリドット侯爵に、こちらは力なく目を細める。話す相手は選ぶべき問題だが、この人には伝えても問題ないだろう。


「ネクロマンサーから身を守るために情報収集もかねて宿泊をしようかと」


「ネクロマンサーか。四日前にスーレ鉱山に現れ君たちを襲った奴だな。テレーゼも処理しきれていないとは言っていたか」


「その通りです。そして、そのネクロマンサーの狙いがどうやら私のようなんです。ですが、現在テレーゼお姉様は『人狩り』の一件のため留守です。なので、あわよくばと」


「……話は理解した。ただ君も理解はしているようだが悪手だな。風当たりはこれまでよりもさらに悪いとだけ助言はしよう」


 ここまで表だって感情を出していなかったペリドットは顔を曇らせる。それだけエリゼはこの屋敷での立ち位置が悪いのだろう。

 ノルデバルデン侯爵の情報を掴みつつ、実家で守ってもらおうかと計画していた。しかし、ここまでの他の人からの評価からして現実的ではないのかもしれない。


 そして、話の流れからして、このペリドットが先にエリゼの母のご機嫌の被害にあっている。もしくは、ペリドットが原因となってさらに悪化したか。


「君と家族との関係の深くは知り得ないが、外部の人間からすれば、良好には見えない。無理をしてこの場所に助けを求めるのは、君にとっても、君を連れ出したテレーゼにとっても悪い展開だろう」


「それでも他に今さら行く宛がないのも辛いところですよ」


 今の一瞬で別のルートも考えてはみたが、宿泊先の目処がないどころか、足すらないので明るい内に家に帰れるのかも怪しい。となると、多少ここで精神的な苦痛を味わうにしても、ここにいたほうが安全だ。


「……選択肢がないか。ランベルト。今回の魂性術師に対しての意見は?」


「はい。クラウス様」


 背後に立っていた灰色髪の護衛のランベルトにペリドット侯爵は話を振る。すると、無表情のランベルトは、淡々と事務的にその魂性術師についてを語ってくれる。


「ネクロマンサーまで成長した魂性術師でありながら、おごらず白煙の追撃にも尻尾を出さない慎重さ。これまで何人かの魂性術師を目にしてきましたが、そのレベルは最上位であると推測いたします」


「相手にできそうか?」


「……状況によります」


「エリゼ・オーレンシュケンを守るという観点では?」


「撃退ではなく、逃亡や護衛となれば可能でしょう」


 ほう。とどのつまり?


「私を護衛していただけると」


「テレーゼのいない間に君が狙われる危険性と可能性は高い。これが最善だろう」


「クラウス様……ですがそれはあまりにも……」


 チラリと横目でランベルトを確認。決してその体つきからは強さらしいものは感じられないが、あくまでそれは体つきだけを見ればの話。その細身を扱う技量は立ち姿だけでもわかってしまう。一般人とアスリートを見比べているようなものだ。気概から動きまで何もかもが俺とは違う。


 ネクロマンサーの手が付いていないと確信できる、信頼できる限定助っ人。実力は侯爵の護衛というポイントからも折り紙つきで、全ての面でサポートをしてくれそうな風格もある。


 有りな選択肢だ。断る理由はエリゼからしたら存在しない。そう。だから答えはこうだ。


「お気遣い感謝します。ですが、そのお気遣いだけで十分です。ランベルトさんの仕事はペリドット侯爵の護衛で私の護衛ではありません。魅力的な提案でしたけど」


「危険に晒されているのであれば遠慮の必要はないが」


 遠慮じゃない。もっと深いところを読んだだけなんだ。


 エリゼを守るという観点であればランベルトを護衛に付けるのは最善。ただ、嫌な予感がする。ここで安易に頷いて最悪の結果を招きそうな予感だ。


 エリゼを守るため。それが第一ではあるけれど、関わった人たちにも死んでほしくはない。エリゼを良く思ってくれる人は特にだ。


「狙われるというのであれば、ペリドット侯爵も十分にですよ。私にはまだこの場所とテレーゼお姉様もいますから」


「……そうか。そこまで言うのであればこれ以上は立場を使った押し付けになるな」


 肩の下まで伸びる赤髪横に揺らしてランベルトとアイコンタクト。話の結論は出たといったやり取りだろう。


「ではそろそろ私は退散しよう。長話はできなかったが、表裏のない会話は楽しかった」


「ええ。こちらもペリドット侯爵と話せてよかったです」


 ペリドット侯爵。たった数分話した程度ではあるが、彼のために黒指猫から徽章を取り戻そうとしていたアランの意思はわかった。命令であったとして嫌々ではなかったんだろう。あれは故意の死じゃなかった。事故だったんだ。


 手を振って華麗にこの場を後にするペリドット侯爵に頭を下げる。これで少しは気持ちに整理がついた。


「あっ、でも最後に一つだけ!」


「ん?」


「クラウス様。お時間が」


「わかっている。一言聞いて一言返すだけだ」


 急かされるペリドットを呼び止めてまで俺が訊きたかったこと。それは黒指猫と戦い散っていった者たちと、俺とラウが作った時間で逃げた人たちの末路だった。


 答えを知るために必要な質問を頭で組み立てる。そして、伝わるようにと手短で簡潔に問うた。


「ルーレイン子爵の者から連絡はありませんでしたか?」


「――ルーレイン家か。……何もないがどうした?」


「いえ、それならいいです。お気になさらず」


 思慮深く質問の意図を黒い目の中で探りながらも、答えが出なかったのか、ペリドット侯爵は自身の細い顎に触れた。ランベルトのほうは何か言いたげだったが、その答えが出てくることはなかった。


 ペリドット侯爵が今度こそ手を振りながら去っていく。残された俺はただ庭を眺めながら、トラウマを頭に甦らせる。


 ペリドット侯爵の徽章を探しに来たってアランは言っていたのに、当の本人はルーレイン家の末路を知らない……か。


 ペリドット侯爵が知っていて隠したのか。それともまた別の影が動いているのか。何が本当なのかはわからない。しかし、今はエリゼのことを優先すべきだと自分に言い聞かせ、アランとペリドット侯爵のストーリーに区切りをつけた。


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