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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
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13 シュピネルの瞳

 

 普段よりも丁寧に朝の仕事を終え、相変わらず本だの何だのを読み漁っているテレーゼに見送られながら外に出た。


「さて、じゃ、安全確保もできたところだし、そろそろ始めようかな。転生ポイント稼ぎの犬捜し」


 日差しの降り注ぐ庭を抜けて、柵を開いてから敷地から出た。


 犬の探し方で脳内検索をかけると、控えめなパソコンのタイプ音と共に字が浮かぶ。


 探偵。警察。聞き込み。エサで誘き寄せる。名前を呼びながら歩き回る。


 それら全てにひとまずはバツを付けるところから開始。最初にやりたいことは決まっていた。


「こんな曖昧な情報を元に探すのは賢くない。まずは飼い主にあたるところからだ」


 そんなわけで、新聞に載っていた曖昧情報に目を瞑り、その右端下に描かれていた飼い主の名前と住所を頭に入れ、土地勘のない場所を歩き始めた。

 街行く人たちに何度か声をかけてからたどり着いたのは、大通りに面した立地のいい二階建ての建物だった。花や明るい色合いのレンガの家は、家と呼ぶよりも店のようだったが、鳴らした小ぶりなベルに呼ばれて現れたのは、店員ではなく普通のおばあさんだった。

 そこでボチボチの時間話を聞いたあと、得られた情報の必要な部分だけを拾って繋ぎ合わせる。


 いなくなった日時。――捜索願を出した三日前よりも前。多分一週間以内。


 場所。――大通り付近。家から五分程度のどこか。


 経緯。――リードなしでの散歩中。飼い犬のぺぺは迷子の常習犯で今回もそうだと決めつけ放置していた。


「新聞記者は頑張って記事書いたんみたいだね」


 ミッション開始から一時間。主に雑談や本当に関係のない思出話に付き合って十一時。この世界の新聞に対して、もっと具体的になんて思ったことがあったか。でも、あれもかなり頑張った結果だったのだ。飛び交うマシンガンの弾丸の中から、必要な情報の詰まった弾を箸で掴むような作業だったに違いない。


 一言って十返ってきて、ついでにずっと相手のターンになったあの情報収集を思い返しそうになるが、エリゼの脳に変な後遺症が残っても嫌なので、頭の中に浮かべた飾りっ毛のない文字だけとにらめっこし、街中のベンチに座る。


「捜索場所は、この通りの露店に聞き込みをしながらおおよその場所を……なんてのはありきたりすぎるか。ちょっとした抜け道を使ってみようか」


 重い空気を振り払うように顔を上げてから外で飼われている犬を確認。


 スキル『シュピネルの瞳』。効果は他の生物との意志疎通。しかし、今のところ虫や動物と話せた経験はなく、ついでに試したこともない。


「でもここに来るまでの間は、犬の声は普通に聞きなれた鳴き声でしか聞こえてこなかったんだよな……」


 思い返せば思い返すほどこのスキルに不安が出てくる。本当にビブライアは、50ポイントのスキル獲得で、ちゃんとしたスキルを与えてくれたのか。


「いやいやいや。だからこそ試してみる必要があるんだ。まずは犬の声に耳を傾けよう。ちょうど向かい側に犬がいるし」


 嫌な想像ばかりが頭に浮かぶが頭を振って追い払ってから、目の前の世界に集中する。対象の犬の反応を見ながら耳を尖らせろ。


 ……。


「あー、やれやれかわいいねー。おっ、こっちの子もかわいいねー。おぉ、そこの向かい側の子、君いいよぉ」


 邪魔な男の声が聞こえる。どうやらこの世界にも怪しいスカウトがいるようだ。さっさとお縄についてくれないかな。


「いや、雑音は気にしない。あの犬に意識を集中するところから……」


「おお! こっち見てくれてる! 尻尾振れ。媚売れ。つぶらな瞳で目を合わせればみんなかわいい子はボディタッチしてくれる」


 ……。


「すでにお縄に付かれておられましたか。変態犬」


 耳障りな怪しい声の正体。それは店先に飼われている愛くるしく舌を出した小型犬だった。犬は体温調節のために舌を出しているなんて話だったが、あのハァハァとした息遣いは違うものに映ってしまう。


「ともかく。……『シュピネルの瞳』の検証は成功。おもしろさはあるか」


「おーい。見てー。魅惑的な尻尾だろうー」


「俺にもわかるように自動翻訳されるわけか。同時翻訳みたいに言葉と鳴き声が重なって聞こえてくるわけでもない。鳴き声そのものが日本語に聞こえるようになってるのかな」


「そこの金髪の子ー。いいこいいこしてー!」


「気になるのはこのスキルの発動条件か。前は犬の鳴き声が普通に聞こえていたのに、今は翻訳されている。意識の問題なのかな? スキルの説明は……、翻訳されるじゃなくて意志疎通だったか。コミュニケーションを取ろうとして初めて効果があるのか」


 通りを挟んだ向こう岸で尻尾を振り、体を揺らしている犬の姿を意識から消す。犬は居ぬ。


 スキルの効力の高さはわかった。気になるのは意志疎通する相手側によってスキルの発動が影響するのか。生き物によって知能には差が出る。明確な意志を持って生きているもの、ただ生存本能に任せて生きているもの。動物なら伝わるのか。虫にはどうなのか。鳥類は? 魚類は? この世界の特有種は? 生物界のどのラインまでが会話が可能なのか。


 そう思えば、ひとまずは犬と会話できたことは幸いだったのかもしれない。知性に関しては……高いのかはわからないが、相手に対して口をきけるだけでもマシなほうだろう。


 エリゼの赤い目を尖らせて睨みつける。気分的に乗り気にはなれないが、あそこまで口が軽そうで危険性の少ない動物が他にいるだろうか。いや、いない。


「……話すか」


「おーい! ねえちゃん! おっ! おっおっ! はっはっはぁ!」


 やっぱりやめようかな。


 テンションが上がって理性も風船のように風にあおられて上っていく犬。これは会話が可能なのか。会話らしい何かになるだけじゃないのか。


「でも仕方ない……。ねえ、ある犬を探してるんだけど知らない? 数日前にここをおばあさんと散歩していた犬なんだけど。口が開きっぱなしで、リードをされていない犬」


「あん。撫でて! 撫でて!」


 やっぱり話にならないな。仕方ない。


 ニコッ。


 笑みを浮かべてからポケットからあるものを取り出す。白い棒。閃光の魔道具だ。


「あー、最近物騒よね。『人狩り』だったかしら。犯罪者の。そういえばどこかの貴族に『獣狩り』もいたかしら。だとしたら狩り繋がりで『犬狩り』なんてのも出てきてもおかしくないわね。トラバサミで足を砕いて……、煙を纏った弾丸で頭蓋をノックして」


「あんあんあん! はい?」


「気付いていないだろうって、一方的に劣情を振り撒いて欲望を満たそうとしている犬なんかがいたら、オーレンシュケン家の末娘のあだ名が『犬狩り』になっちゃうかも」


「も、もしかして聞こえておられました?」


 ニコッ。


 普段はわからない犬の表情がハッキリと歪むのがわかった。人間でいうところの、顔色が青ざめるだとか、目が絶望に染まって頬が痩けていくような絶望の仕方だ。

 そこから間髪入れずに繰り出される土下座を前に、俺はそっと腰を下ろしていた。


「話訊かせてもらっていい? 最初の質問だけど、この辺りをいつも放し飼いで散歩している犬を見なかった?」


「はい。見たことがございます! あの皮のだらけきった老犬でございますね! 挨拶をしても上の空で会話もできないような奴です! そこの裏路地に入ってからそれ以降見ないので死んだんでしょうね! はっはっはっ」


「その犬を飼い主の元に送り届けたいんだけど」


「きっと生きておりますよ。死んでるわけがないっ!」


 テンションが上がりすぎて尻尾を振って暴れまくる犬を見たことがあるだろうか。この犬と会話をしていると、本当に目の前の犬が犬にしか見えなくなる。頭を使って会話をしているのではなく、本能的で感情的に話して手のひらを返す。これがこの犬だから起こっていることなのかは知らないが、動物との意志疎通は、人とのそれとは少し違う。


「裏路地に入っていったのはいつ?」


「四日前です! そこからは姿を見てもいませんし、匂いもしてません」


「まだ裏路地にいる可能性が高いのか……」


 鼻先を必死に裏路地の入り口に向けていたので、俺もそちらに目を向ける。建物と建物の細い隙間で、両手を広げて通過できないほどの狭さだった。さらには人が出入りする様子もなく、通路ではなくただの隙間として存在していた。


 そして、絶妙に生存本能が近付くなって伝えてくるのがなんとも。


 大通りから見ればただその通りの景観の一つとして存在する隙間でしかないのだが、その雰囲気は言葉にしがたいものがある。明確におどろおどろしく、血にまみれ赤黒く死の匂いを放っているなんてこともない。だからといって、近道になるからと気軽に足を踏み入れようとも思えない感覚もある。怖いではなく不気味。何かありそうな予感がしてしまう。


「あまりおすすめはしませんよ」


「だと思うけど行かなくちゃいけないから」


「だとしても気を付けないといけませんね。最近あそこに三人組の人相の悪い男が入っていきましたから。仕事のためでも尻尾を振って集客したい人相じゃありませんでした」


 よくいるごろつきか。たちが悪い。


 見るからに人相が悪いようなタイプの犯罪者もどきは、想像よりも厄介なのだ。たとえば、例のネクロマンサーや無刑罪人『人狩り』なんかは、人目につかないようにしながら自分の痕跡を隠そうとするだけの理性がある。しかし、半端な犯罪者は厄介で、まず第一の目標を定めてそのためにだけに動き、過程は気にしない。俺が自宅で殺されたときの連中もそのタイプだった。見つかったから見つけた奴を殺す。けれど、そこで強盗から殺人にまで罪が重くなることを忘れている。


 危険ばかりか。探し犬がまだ裏路地の奥にいるかもわからない。合理的に考えれば行く意味はないかもしれない。けれど、犬を探しているみんなもそう思ってここからは離れたに違いない。だからこそ、誰も探していない裏路地は怪しい。


 いる可能性は大。そもそもこれだけの期間見つかっていないんだ。安全な大通りにいる可能性はほぼない。


 両ポケットの中の魔道具を輪郭を確かめる。頼もしい硬さが質の良さを伝えてくれる。それが怯える背中を一歩押してくれる。


「――じゃあ、行ってくる」


「はいはい。止めませんよ。でもちゃんと帰ってきてナデナデしてぇ~」


「よーし。心置きなく探しに行けそうな気分だ」


 キモさを取り戻した犬が完全に俺の迷いを断ち切った。すると、そこを皮切りにあれほど不快だった犬の声がかわいらしいキャンキャンとした鳴き声に早変わりする。

 こちらが会話をしたいと思って無意識に意識を向ければ自動的に声になり、逆に意識が外れてしまえば元の鳴き声に戻る。便利なものだ。


「『シュピネルの瞳』……。哺乳動物から虫までエトセトラ。多数の生き物に同時に使用できるのか。同時に近くにいる人間にも同じように聞こえているのか。考察しがいがあるけど今は」


 キャンキャンと客引きならぬナンパをしている犬がいる方とは逆に建ち並ぶ建物の隙間。そこへ向かってから足を止める。


 狭い路地を真正面から見ると、かなり奥に壁が見えた。別の通りに続く一本道ではないようで、このいりくんだ細い通路がどこまで続いているかも判別できない。

 人一人いない。掃除も行き届いておらず風で流されてきたであろうゴミが壁沿いに散乱している。両サイドの建物の高さも高層ビルとまではいかないにしてもそれなりにあり、正午に近いというのに日差しを遮り涼しさを僅かなカビくささが飾っている。


 転生ポイント1。

 境遇――転生ポイント51の補正。

 スキル――『シュピネルの瞳』。

 肉体――エリゼ・オーレンシュケン。

 力――なし。

 武器――魔道具二つ。


「敵がいたら退く。人を見たら警戒。六十二回の死から得た生存本能を最大に活かせ」


 この先ではできそうにもない無防備な瞠目。息を整え、思考を整理し、体の調子を確認しつつ、有畑奏真との体のサイズとパワーの差を修正する。俺はエリゼ・オーレンシュケンだ。


 『誰かが困ってたら助けてあげないと』


 合理的に考えて危険から逃げようとする俺がいた。けれど、その臆病さを見せる背中を、エリゼの真っ直ぐな誠意が押して、冷ややかな影の中に一歩を踏み出させた。


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