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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
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12 魂生術師


 一日目。――テレーゼとの関係性を掴みながら、近隣の情報を新聞から得る。さらには個体強化によりシュピネの瞳を獲得。


 二日目。――テレーゼがネクロマンサーからエリゼを守るために一週間の休みをもらう。これにより家に滞在する間はエリゼの身の安全は確保された。さらに初めての外出で異世界の文化に触れる。金貨や銀貨の価値を把握。魔道具店ファブロスでは、魔法に対しての基礎的な知識を得て、身を守るための魔道具も確保。店主レアとは友好的な関係を築く。


 肩よりやや長い金髪に、癖になるような手触りでブラシを通し、目隠しをしてから寝巻きから自分で選んだラフな服装へ。ゆったりとした足回りのズボン、体のラインを隠せるようなややサイズにゆとりのある服を選択中。


「うん」


 着替え自体はまだ抵抗はありそれなりに苦戦もするが、そのあとの着替えが終わったエリゼの姿を見てみると、誇らしくなるのは不思議なもの。


「着せ替えってこんなに楽しいんだな。素材がいいと何でも試したくなる。まあ、願わくは……」


 くるりと身を返してから三日目の扉へと足を向かわせる。


「本当のエリゼと二人でおしゃれを楽しみたいものだね」


 エリゼ転生三日目。身の安全という真っ先に対処すべき問題への対策をポケットに差し込んで、今日こそはこの体を返すための情報を探しにいこうと扉を開いた。



 ――魔法。それは異世界においては当たり前のものであり、不可能を可能にしてくれるものである。


 ここまでの二日間で、その魔法には何度も触れる機会があった。昨日のレアから貰った閃光と氷雪の魔法の施された二つの魔道具はもちろん。食材の鮮度を保つために肉や魚の包みにかけられているという保存の魔法。さらにはテレーゼの使う白煙の魔法に、ネクロマンサーのゾンビを操る技なんかも実は魔法の一部だったのかもしれない。


 想像していた五属性なんかよりもはるかに幅広く専門的な形で普及しているのが、この世界に存在する九十九の魔法だ。そして、それだけの種類があるのであれば、エリゼの人格を取り戻す手段だってあるはずだ。


「魔法なのか。スキルなのか。もしくはビブライアの機能なのか……。今日はその答えを探しに行こう」


 廊下のど真ん中で目を瞑る。思考モードは終わり。今日のエリゼを始めよう。


 有畑奏真からエリゼモードのスイッチに切り替えリビングに入ると、ここ数日と一切変わらない光景が広がっている。温かい部屋に心地よく漂う紅茶の香り。そして、色気とは少し質感の違う魅力で長い金髪を垂らしながら新聞を見つめるテレーゼ。


「おはよう」


「……今日は早いようだな」


 早い? 


 指摘されて自分が間違っているのかと思って時計を見た。けれど、おおよそ普通な午前九時。特段早い時間ではない。


「定時出勤だけど?」


「だから早いと言ったんだ」


 おう。なんだ。お早い嫌味だな。


 気持ちを引き締めすぎて何かしらの意味があるのかと思ったが何のことはない。テレーゼがテレーゼなだけ。遠回しにこの調子で普通に起きてこいと言われているだけだ。


 削がれるやる気。芽生えるいたずら心。さて、やろう。昨日テレーゼのために選んだ嫌いそうな野菜を嫌いそうな調理法で振る舞ってやる。


 今日の目標よりも眼前の目標にピントを合わせ、いざエリゼではなし得なかったであろう抵抗を試みる。包丁と……あったあった。昨日の野菜。……困ったな。普通においしそう。トカゲ肉とかの方がよかったか。


「そういえばだが、昨日は帰りが遅かったが、どこで買い物をしていたんだ?」


「……ん?」 


 見てわからないのかと言うように野菜を持ち上げる。けれど、何となく探られているような感覚があってロロックとテレーゼの顔を見比べてから真面目な答えに変えた。


「どこって。別に普段通り……ではないけど、市場の八百屋に寄ってから、鍛冶屋に行って、最後は魔道具店に」


「ほう。珍しいものだな。金をせびってからどこに行くかと思えば、そんなところに行っていたのか。鍛冶屋か。何て名の鍛冶屋だ? 何を買った?」


「鍛冶屋ラック。市場の八百屋さんに教えてもらったの。腕が良くて人当たりもいいって聞いて」


「……あそこか。まあ、正しい評価でいい店だな。店主は生きていたか?」


「不謹慎だよ。まあ、うん。体調は悪そうだったけど」


 物騒すぎる質問にテレーゼの性格を疑うように顔を引きつらせる。仲の良さから出た軽口ならいいが、おそらくこれは違う。鍛冶屋の店主は見るからに体調が悪く咳き込んでばかりいた。それを知って真面目にこれだ。冗談にはならなそうだ。


「あそこの店主は病弱で有名だからな。店が開いていただけでも奇跡だな。しかしだ。何故鍛冶屋なんかに行ったんだ?」


「自衛用の武器が欲しかったの。最近物騒だから。ネクロマンサーもだし、新聞に書いてあった無刑罪人もだし。でも、結局は店主さんに断られちゃって、次に紹介された魔道具店ファブロスに行って魔道具を買ってきたの」


「なるほどな。だから、魔道具なんてものを持ち歩いていたのだな」

 

 テレーゼは興味を失ったのか俺から新聞へと切れ目を動かして視線を戻した。しかし、こっちからしてみたら何が何やらだ。それに……。


「何で私が魔道具を持っているのがわかったの?」


「気になるのか?」


「もちろん。だってテレーゼお姉様にバレてるってことは襲ってくるネクロマンサーとかにもバレてるかもしれないじゃない」


 テレーゼにバレていることはそこまで問題はない。けれど、これがある一定のレベルの人間には察知されるみたいな話だとすると話が変わる。ネクロマンサーは敵としてレベルが高い。魔道具の存在が露見するのであれば、それを知った上で作戦を立てられて攻められる可能性もある。

 答えが気になる俺を他所にテレーゼは呑気に砂糖の入ったガラスの容器の蓋を開く。そこからスプーンで砂糖を掬って紅茶の入ったカップに一杯……訂正、いっぱい。


「安心しろ。私だからそれに勘づけるだけだ。普通は気付きもしない。それに私でもどんな魔道具かまでは判別できないからな。自衛の手段として十分に機能する」


「テレーゼお姉様がそう言うなら信じられるけど」


「ちなみにどんな魔道具を選んだんだ? 宴会用か?」


「今自分で自衛として十分に機能するって言わなかった? 言ったよね?」


 前言を忘れたような発言。きっとあれだ甘すぎる紅茶を飲んで頭が溶けたんだ。


 その紅茶こと、紅茶の味のする糖を口に含むテレーゼに簡潔に説明する。聞いてくれるかは知らないが。


「光を放つ閃光の魔道具と、氷の壁を作る氷雪の魔道具。実際に効果も使い方も見せてもらったから安心して」


 わざとらしく両ポケットから魔道具を二つ取り出して見せつける。テレーゼも魔道具には興味があったようで、紅茶片手に目だけを動かす。


「……そのようだな。悪くない選択だな。常々頭の出来は悪いとは思っていたが、今回ばかりは褒めてやろう」


「褒められてる? それ? でも、魔道具に関しては店主のレアに見繕ってもらった中から私が選んだんだよ。見る目はあったと自負してる」


「閃光の魔道具があれば次は洞窟で迷わないだろうからな」


「誰も洞窟で迷ってもいいようにこれを買ったわけじゃないけどね!」


 どんな話も嫌味に変換されていく。しかも、絶妙に痛いところを突かれているせいで、反撃に出るのもの難しい。正論による暴力のテレーゼだ。


 それにしても今日はやけにだな。機嫌が悪いのか? ……いや、そういえばテレーゼにお金をせびってからの買い物だったか。だとしたら無駄遣いのためにお金をねだられたと思われているのかもしれない。


「ちなみにこれは無料でいただきました。無駄遣いじゃないからね」


「市民の良心とオーレンシュケン家の名声の無駄遣いではあるがな」


「そこまで言わなくてもいいとは思いませんか!?」


 これは何と言っても機嫌は治らなそうだ。これ以上は弁明もご機嫌取りも避けて、最低限の接触にするのが正解か。


 俺はそそくさとエリゼの仕事場でもあるキッチンで、質素な質感のロロックを洗う。表面の土が水に溶けていくが外見の茶色さは変わらない。

 料理に集中した素振りで、チラリとテレーゼを確認。目を細めて新聞と睨みあっているその顔はやはり普段よりも険しく見える。


「ネクロマンサーの調査がうまくいっていない……とか?」


「よくわかったな」


「テレーゼお姉様は態度に出やすい方だと思うよ」


 機嫌が悪いなりのテレーゼの返答。ネクロマンサーについての察し良さよりも、自分の感情を読まれたことの方を驚いているようだった。


「仕事柄、私に話していいことかはわからないけど、進捗はどんな感じなの?」


「名前、住所、ネクロマンサーとしての痕跡。ほぼ全てが依然として不明のままだ」


「それは残念」


 今こうして、テレーゼが平和に甘ったるい紅茶を飲んでいるから進展はないとは想像できてはいた。その辺りが明らかになっていたら、性格的に、テレーゼは我先にと赤い目に怒りを宿して、ネクロマンサーを燃やしに行っていないとおかしい。

 しかし、そんな手がかりなしと聞いても、残念な気持ちにはならない。むしろ、俺は赤い目を鋭く細めている。


「でも、ほぼって言ったよね。ほぼ全てがわからないって。つまりは、わかったこともある」


「それなりにな。スーレ鉱山内に残された奴の操っていたゾンビの死体。あれを魔法協会の者が調べたそうだ」


 ロロックの皮の上から土の汚れがなくなり、透明な水が流れていく。俺は話に集中するために蛇口を捻って水を止めた。


「ゾンビを操っていた魔法の痕跡でも見つかったの?」


「厳密にはゾンビを操る技は魔法ではなく魂性術だ。魂に触れ意のままとし、死体に仮想の魂を詰め込み傀儡とする外法。魔法とは完全な別物だ。その程度の常識を間違えるな」


「ごめん。そうだったね」


 質問とは全く無関係の箇所で注意を受けて適当に知っていた風に誤魔化した。ネクロマンサーと魔法使いは別物。詳しい差はわからないのだが、テレーゼの反応からしてこの辺りの区分には厳しいとだけ覚えておく。


「魂性術はこの国全土において、研究はおろかその技を知ることさえ禁止されている。そのせいもあって、コルネリウス魔法協会であっても、その術の原理はほとんど解明も記録もされていない」


「だから今回もほとんど情報は得られなかったのね」


「そうだ。ゾンビの死体に残ったマナの残滓を調べても、魂性術の痕跡かどうかすら判断もできなかった。しかし、医学的、生物学的な観点から見て、あのゾンビから得られたものもあった」


「医学的?」


 あの崖の下に叩きつけられたゾンビの数々。テレーゼに燃やされたウッツの姿。それらを思い返してみるが特に変な箇所はなかったように思える。


「いや、でもそういえば……」


 洞窟内で出会った野生のゾンビは、ゾンビらしく肉体が損傷していたり変色したりしていた。かくいう奏真ゾンビも、片腕が動かしにくくまさにゾンビと呼べる動きのぎこちなさがあったのを覚えている。しかし、それらと比較したとき、ゾンビだったウッツには違和感がないだろうか。


「――ゾンビなのに身体がきれいすぎる」


「気付いたようだな。そうだ。あの一体だけ、一般的なゾンビにしては肉体の損傷が少なかっただろう。そもそもゾンビとは、死した肉体に持ち主とは別の魂が宿り発生するとされている。しかし、あの場のあのゾンビの肉体は腐敗も劣化もしていなかった。それどころか私に殺されるそのときまで死体でもなかった」


「まさか生きた人間を媒体にしているじゃ」


「だとしたらまだマシだったのだろうな。あのネクロマンサーの力はその程度ではない。死体を操ったり、魂に手を加え生者を操るのはネクロマンサーの十八番だ。しかし、奴は元からある肉体を使わずに、肉体そのものを作り出している。人間の肉体として使用できるほどの肉体をだ」


 テレーゼが新聞を下げて目線を合わせてくる。ただそれだけではあったが、これまでのどの会話よりも意味のある重大な話だということは伝わってきた。


「――人体を作り上げ魂を入れる。そんな魂性術がさらに進化を遂げれば、『蘇生師』なんて怪物が生まれる恐れがある」


「蘇生っ!? そんなことができるの!」


 何度も魂だけを甦らせているビブライアを知っている俺が言うのも変な話だが、にわかには信じられなかった。理由はその現実的な部分にあるんだろう。ビブライア転生はその根本がわからないからこそただの超常的な力として受け入れられる。しかし、蘇生師は違う。具体的に肉体を作る過程と魂を入れ込むという手段が確立されようとしている。当たり前の技術として人を甦らせていられるなんて世界は信じられない。


「魂性術師は大きく三つの階級がある。一つが死体からゾンビを生み出し操るだけのネクロマンサー。その一つ上が、人間の魂に触れ影響を与えたり、魂を移動させることのできる霊術師。そして、最後。原初の魔女が生まれてから今の今まで歴史に名を刻まれたことのない存在、蘇生師だ」


「蘇生師は存在していない……。でも、さっきの話からしてあり得るんだよね?」


「詳しくはないがな。ただ例のネクロマンサーが作り出したあの肉体は人間のものと遜色がなかった。さらに、そこへ魂が宿っていることを考えれば、構造的な問題以上のこともクリアしているのだろう」


 つまりあのネクロマンサーは魂性術師として確かな力を持ちながらも、わざわざ、エリゼ殺しなんて悪行に手を染めようとしていたわけだ。


「……せっかくの才能が勿体ない」


 蘇生師なんて世界から崇められるような存在だ。俺だって、存在するのならその力を借りたいとまで思う。転生の過程で使い潰した命たち。黒指猫によって殺されたアラン・ルーレイン子爵一派。生き返らせたい生物は山ほどいる。それなのにそんな貴重で求められる力を得られるだけの才能があるのに、ただの殺人犯になろうとしている。


「勿体なさすぎる……」


「やはりおまえは甘いな」


 貶すにしてはやけに穏やかな声で一瞬誰のものだかわからなかった。しかし、意識が浮かび上がり視覚情報が頭に流れ込むと、テーブルの向こうに変わらぬ真顔のテレーゼがいる。

 いつの間にか白い煙がテーブルの上に漂っていた。白煙の魔法だ。そして、その煙は次第に集まり、濃い白色の手のひらサイズの人の形を作り、それが五体テーブルの上に並んだ。


「いいか。蘇生師を肯定するな。――死と生。互いに人間が踏み入りすぎるものではない。死んでも生き返ると思う者が現れれば生の価値が下がる。病に苦しむのであれば一度死ねばいい……腹立たしい者がいれば殺せばいい……。だって生き返るのだから。自死して、殺して解決できるのだから」


 煙の人形の二つが形を失ってテーブルの上に滞留する。それを俺は手を止めて眺めている。


「蘇生師が現れれば、逆に死者は増える。しかし、死者は増えるが、その全てが甦るわけではない。蘇生師は自分が思うがままに好きな人間だけを甦らせる。しかも、その内面を弄ることも可能で、肉体と魂とをちぐはぐに入れ替え蘇生もできる」


 テーブルの上で煙の人形が崩れまた同じ人形が生まれる。そして、一部はそのテレーゼの意思によって同じ形で戻りはしなかった。

 煙の人形ならその程度。しかし、それが人間だったのなら許せるだろうか。


「これが蘇生師であり魂性術師だ。だからこそ、原初の魔女の時代の後、国が分かたれてからは、ロレール魔法王国は頑なに魂性術を排除している」


 ゆっくりとテレーゼが立ち上がる。テーブルの上からはいつの間にか煙はなくなっている。


「目先の優しさなどにとらわれるな。それがエリゼの悪い癖だ」


 そっとテレーゼは俺の隣に立つ。そして、いつの間にか用意されたカップに湯気の立つ紅茶を注いでくれた。


 そうか。……そうだよ。一度失ったら取り戻せない。それが普通なんだ。それが命なんだ。


 蘇生師がいればアランたちを甦らせられる。蘇生師であれば今の俺とエリゼに起きている人格の喪失をも取り戻せる。そう自分の胸の苦しさから逃げるようにすがろうとしたくなっていた。けれど、そのすがりたい気持ちは自分だけではない。そして全員がすがれば生と死の価値が変わる。……変わり利用され、均衡が崩れて、争いが生まれる。  


 生き返らせ、生き返り……。だとしたら……、そうだとしたら。俺は……。ビブライアによって転生され続ける俺はどうなんだろうか。


 答えが浮かび不安が頭に過った。しかし、その不安をテレーゼの淹れてくれた紅茶の香りがほんの少しだけ遠ざける。

 カップに指先で触れる。この少し熱くて火傷しそうでしない感覚。生きている感覚だ。


「ネクロマンサーの方は私たちコルネリウス魔法協会で必ず処理する。それまではせいぜい外出には気をつけろ」


「……優しいね。結局はそれが言いたかったのね」


「は?」


 寄り添われたことに礼を言おうかと詰めてみると、あからさまに嫌な顔をされる。数秒前の思いやりはどこへやら。ツンときてデレときてツンでサンド。このタイプはありがたみが消える。悪いやり口だ。


 でも、心配されてるのは伝わった。それだけで十分だな。


 出鼻から重い空気で始まろうとしていた三日目。その空気が紅茶の優雅な香りで揺れている。そのちょっとした感情の変化を忘れないようにと紅茶を喉に通し、俺は心なしか丁寧にまな板の上のロロックを輪切りにした。



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