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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
29/34

11 魔道具店ファブロス


 魔道具店ファブロス。


 路地の突き当たりのどん詰まりに追い詰められたように建っていたのは、どこか古びた一軒家。その横に広い形状をとった建物の入口付近には、その店の特徴を強く示すような怪しげな箱がいくつか浮かんでいた。


「早速何だろう。あれ」


 浮かんでいる箱の形状は完全な立方体だ。昼間というのに日陰でぼんやりと赤、緑、青と、それぞれ鮮やかな色を溢している。


「紐で吊るされているわけでもないのにどうやって浮いてるんだろ」


 気になって小さい灯籠のようにも見えるそれに触れる。発光しているにも関わらず温度は少し冷たく、ツヤがあり加工された宝石にでも触れているかのようだ。

 そんな照明ともインテリアとも呼べる箱の間をすり抜けて入口へ。二、三段の段差を上がってから、オープンと書かれた札のかかる扉を開いた。


「は、入るぞ。お? おおー!!」


 丁寧に背後の扉を閉めると一気に外の空気感から室内の空気感に切り替わる。温度に湿度に明るさに。空気感の変化。それに興味を引くこの用途のわからない物たちの山だ。


 何だあの棒! ただの棒じゃないの?

 あれ見た目からして大砲だ! ミニチュア大砲!

 この服大量に置いてあるけどなんだろう? もしかして透明になれるとか!?


 ざっくばらんとしている店内で目につく一つ一つが興奮を呼び込む。高さのない棚に、品物が分類されているようだが、あくまでそれも一応。物が多すぎてお隣さんの不法侵入がまかり通っていて、結果ほとんど意味がない分類になっている。そして、それさえも掘り出し物が見つかりそうな雰囲気でさらに好奇心をくすぐる。


「んー!! これが魔道具店! ようやく出会えた異世界要素! この散らかりがまた摩訶不思議な感覚にしてくれる。掘り出し物探そう! 俺しか使えないような魔道具が実は存在して、偶然見つけた俺が選ばれし者で……。ん?」


 興奮で目が輝いていたところで、天井に動きがあって赤い目を上げて目を見開く。天井の中で白い魚が泳いでいたのだ。プロジェクションマッピングだとか、液晶画面に浮かんだ映像だと思いたくなるが全くの別物。動きやそこにある存在感、間違いなく本物の魚だ。

 ここは異世界。現実的じゃないものほど現実で、魔法みたいな話が本当にただの魔法として存在する世界。魔道具のなのか、それともこの世界特有の生き物なのか。その頭ではあり得ないと思える方が正解だろう。


 興奮が別の形に変化する。興奮から来る感動。幻想的に白いヒレを揺らすその姿にしんみりと目を細める。


「こんな綺麗なものも存在しているんだな。これが生き物だったとしたら、いずれビブライアにも名前が出てくるのかもしれない」


 壁魚 別名 天井魚。

 生態 壁や天井で生活する。


「閉じ込められてた経験者同士仲良くできそうか。それだけしか感想はないけど」


 天井の魚に声が聞こえたのかはわからない。けれど、魚は風に揺れるドレスのようなヒレで仮想の水を扇ぎ、Uターンしながら店の奥の方へと泳いでいった。


「不法侵入者に対する番犬でもなし。じゃあ、こっちはこっちで目的を果たそう。すまない! 誰かいないかー。魔道具を買いにきたのだー!」


 ……。


 鍛冶屋のときの教訓を思い出しながら、それなりの大声で店員を呼んでみたが、返答もなければ室内で動く物音さえもない。店員が出てこない店。これが異世界流。本当か?


「この静かさ。黒指猫に出会った森を思い出すなぁ」


 黒指猫の存在によって他の生き物たちが生き残るために息を潜めていた深い森。周囲の人の気配のなさがあのときに少しだけ似ていた。店の外に通行人がいた鍛冶屋のときとは静けさの質が違う。


「人がいない静けさは苦手なんだよ。転生部屋といいあの森といいトラウマが多すぎる。あの鍛冶屋の人が教えてくれたぐらいだし、怪しい店ではないんだろうけど」


 室内のやや古風な趣の空気感と散らかり方は個人的には好きな部類だ。嫌いなのはこの人がいない作られたような無音な雰囲気だ。


 不安が俺の頭の防衛システムを起動させた。妄想と推測。起こりうる最悪のシミュレーションだ。


 鍵のかかっていなかった扉と人の気配のない店……。最悪な展開だと、ネクロマンサーが俺の動きを先読みして、この人気のない場所で店主を先んじて殺害し、招き入れて静かにエリゼを殺すなんてところか。


 オオカミ転生を思い出したように鼻を高く持ち上げて匂いを確認。血の匂いや死臭は感じられない。


「そっちは流石に考えすぎか。じゃあ、他の展開。……実は店主が留守だったとか。あとは鍛冶屋みたいに体調不良で対応に遅れている……は、一日に二度も経験するシチュエーションじゃないな」


 耳を澄まして、通路の先にあるカウンターを見つめて軽くため息。


「どちらにしても少し様子を見てみるしかないか」


 実は鍛冶屋からこのファブロスまでそこそこに長い道のりを徒歩で来た。これで魔道具を手に入れられずに帰るのは辛いし、この世界特有の魔法にお目にかかれると期待していた分余計に手ぶらで帰りたくない。

 時間制限を夕飯の準備が間に合う辺りに設定してから、時間潰しに並んでいる棚を眺めていく。本や鍋、靴などの、形状からしてある程度の使い方がわかる魔道具から、もはや向こうの世界では見たことがない造形のものまで幅広く並んでいる。木箱に雑にまとめて入れられていたり、丁寧に梱包されていたり。けれどやっぱり雑に棚に並べられていたり。種類も価格もめちゃくちゃなのだろう。


 そんな中から入荷数の多そうな梱包されていない謎の棒を握ってみる。ガラスのような質感だが、金属のようなしっかりとした重さがある。


「杖か?」


 壊さないように注意しながら軽く振る。しかし、切れ味の悪い風切り音が出るだけで、火や水が溢れたりはしなかった。魔法の杖ではない。


「まっ、こういうのを試して用途を考えるのも醍醐味かな」


「壊したら当然弁償だけどね」


「……ひょえっ!?」


 突然の人の声に手から棒が滑り落ちる。それを床に落ちる寸前で掴んだのエリゼの白い指じゃない。対照的な黒い手袋を着けた指先だ。


 驚いてシカの動きを思い出して店の奥の方へとバックステップ。そこから黒い風貌をした女性の全体像が視界に収まった。


 全体的な特徴から一言で言い表すと黒い魔女だ。ただパッと頭に思い付くような箒に乗っている魔女よりも、ミステリアスで全体的にふわりとした格好をしている。

 横に広ろがる黒い衣服には、クラゲの触手のような細長いレースが垂れていて動作一つで空中を泳ぐ。さらに視線を上げていくと、肩幅よりも長いつばの帽子によって隠されている顔があった。


 この人いつからっ!?


 店の出入り口にはベルが付いていて開けば気が付く。店の奥の扉も立ち位置からして視界に入るため開閉に気が付かないわけもない。つまり出入り口を利用していないのだ。


 帽子が黒い指先で軽く持ち上げられる。つばから簾のように垂れた装飾の下には、衣服とは真逆のエリゼよりもさらに白い肌をした女性の顔があって、アメジストのような透き通る紫の瞳を輝かせていた。


「おおっと、これはこれは意外な反応だ。文句の一つでも言われると思っていたんだけど。うーん。想像以上の過剰反応。警戒させてしまったのかな?」


 落ち着いていて警戒心を解きほぐすような柔らかな声に動かされて、驚きで強ばっていた四肢が緩んだ。ちなみにまだ警戒心は緩んでいない。


「過剰反応だったのは謝る。わけありで警戒心が強くなっていたのだ。私はエリゼ。あなたは店主……、でいいのだな?」


「いかにもかな。この魔道具店ファブロスの店主のレアお姉さんだ」

 

 大袈裟な手振りで一回転。クラゲレースが黒髪と一緒に遠心力でたおやかに回る。


「見たところ武器はなし……。敵じゃないか。はぁ。音がしなかったが、最初からいたのか?」


「うんうん。勿論敵意なんてないさ。ただ最初から息を潜めて隠れていただけだよ」


「それは何故?」


「この店主さんの趣味ってところだよ。物珍しいお客さんだったからね」


「くそっ! 素敵なご趣味ですこと!」


 エリゼのキャラを守ろうと堪えていたが、レアが茶目っ気たっぷりに片目を閉じて唇に指を当てたことで、今度こそ期待どおりに嫌味を乗せてツッコミを入れる。そして、この誘導されたような感覚が、またどうしようもない怒りを生み、なんともやるせない気分になってしまう。

 隠すつもりもなくこちらの反応を楽しみながら、レアは棚への手を付きながら頭を傾けた。


「さてさて。魔道具を買いに来た……だったかな? どんな魔道具をご所望かい?」


「うーん。ああ。護身用。スタンガンみたいな」


「スタンガン? ……は、わからないけど了解だ。いくつか見繕うからこの椅子にでも座って待っていてくれたまえ」


「わかった。ありがとう」


 差し出された椅子に少しだけ警戒心を抱きながら腰を乗せる。流石にこの椅子にまでレアのイタズラ好きな性格は反映されていないようで、しっかりとエリゼの軽い体重を支えた。冷たくて質感が心地よい。浮わついていた気分が落ち着く。


「エリゼちゃんって言ったかな?」

「そうだ。エリゼ・オーレンシュケン」


「やっぱりそうか。貴族様だね。どうしてわざわざこんな店に? 自分で言うのはなんだけど、魔道具ならもっと良いお店があったんじゃないのかな?」


「鍛冶屋の人からここを紹介されたのだ。鍛冶屋ラックの体調の悪そうな店主さんから」


「……へー。あそこの店の。あの人と接点があった記憶はないんだけどなぁ」


 レアは棚と棚の間で身を屈めて、球体の魔道具を手に取った。

  

「まあ、紹介してもらっているんだし文句はないか。そこのカゴ。取って投げてくれるかな?」


「カゴ? ああ、これか」

 

 指を差された先にあった丸いカゴを手にとって山なりに投げる。それをレアは片手で受け止める。しかも、ノールック。異世界人らしい超人的な動きだ。


「それに君の要求に対してこの店を紹介したのは正解だよ。このファブロスではね。基本的には屋外での使用を主とする魔道具を扱っている。わかりやすく言えば、携帯用の魔道具ってところだ」


 レアはカゴの中にそんな魔道具の一つを入れた。その大きさは手のひらに収まる程度。説明通りの大きさだ。


「外での需要……。冒険者向けか」


「ターゲットはそこだからね。寝具から、照明、調理器具。収納から武器まで。デザインに凝った代物ではなく、単純な効果を優先した商品を低価格で販売しているよ。もちろん武器もね」


 そう言った瞬間レアが何かを横に振った。すると青いガラスのような刀が現れていた。


「こんな風なね」


「すごっ! それって必要なときにだけ刀にできるのか!?」


「キヒヒ。そうだよ。ちょっとした見世物だけど、そんな風に喜んでもらえて何よりだ。気が合いそうだねぇ」


 青い刀が砕けて消える。そして元の柄だけ形状になった魔道具をレアは棚の中へと戻す。値段か性能かは知らないが、これは護身用としては売ってくれないようだ。


 でも、そんなところが信用できる。こちらの反応に便乗して見掛け倒しの魔道具を売りつけてこない。ここはレアに任せておこう。


「さてさて、この店の紹介の続きだ。小さい店ではあるけれど、一応、二類魔法を組み込んだ魔道具も販売している。少し値段は張るけれどね」


「二類……魔法?」


「あれ? 知らない? ――コルネリウス式魔法分類。原初の魔女。つまりは魔法の始祖とされる九十九人の魔女が編み出した九十九種の魔法の分類だよ」


「余計に知らん」

 

 九十九人の魔女? 九十九種の魔法? どちらも初耳だ。


 火、水、風、雷、土。魔法の分類なんて聞けば、ゲームで文字や枠の色分けされた属性を思い付く。けれど、思い付くのはその程度までだ。追加で光、闇を足しても七。状態異常を足しても十五ほどだ。九十九にも分割されたコーネリアス式魔法分類とは根本的に違うだろう。じゃあ、魔法の技の種類か? だとしたら逆に少なすぎる。


「すまない。レア。私は魔法に関してはこれっぽっちなのだ。最初から教えてくれ。九十九人の魔女から」


「……へー。そこも知らないのか」


 レアはそそくさと立ち上がって、右の棚から左端の棚まで移動する。そして、戻ってきたときには何かを手に持っていた。かなりサイズ感が違う大きいインク瓶のような外観だ。


 横長の瓶の蓋が回わされて開かれる。その中から緑色の発光する細かい粒が浮かんで空中で漂った。


「――九十九人の魔女。またの名を原初の魔女」


 レアが声を出した瞬間光の粉が集まって形を作る。尖った帽子を被ったたくさんの人の形だ。


「歴史が歴史として刻まれ始めた頃に現れた魔法の創設者にして、この世界の基盤を作り出したと呼ばれる九十九人の人間のことだ」


「この世界における伝説ってこところか」


「違う違う。伝説だとありもしないみたいな話に聞こえるじゃないか。彼、彼女らは、世界地図に国境なんてものが引かれていなかった時代に存在した正真正銘の人間だ」


「実在しているのか!」 


 こういう話の通例は伝説だ。しかし、この異世界においてはそうではない。実在した過去が伝説のように強く刻まれている。


「実在した証拠は色々とあるんだよ。各国が保有する魔女が自筆で記した魔法書。あとは生き証人みたいなのもいるからね」


「生き証人? この国の成り立ちよりも前に存在した人のか?」


「本当かはボクも知らないけれどね。そう豪語する人は何人かいるんだよ」


 ……豪語するって言っちゃったよ。レアも信じてないよ。


 そっちの証人に関しては怪しさだけが増した。けれど、あくまでそちらだけが嘘っぽいだけ。レアの口ぶりからして原初の魔女の存在自体は事実なのだろう。


「そんな原初の魔女たちなんだけど、彼らは狂喜じみていたらしくてね。自分の研究する魔法以外には興味がなかったらしい。金、土地、地位、食。それ以外のあらゆる欲求に対してもね」


 レアの言葉に反応していた緑の光の粒は今度は衣食住の形に変わる。その美しさに目を奪われながら、レアの言の葉に耳を傾け続ける。


「だから膨大な力を保有していても原初の魔女の時代には争いは存在しなかった。けれど、ある日を境に平和な世界の均衡が砂の城のように崩れてしまう」


 レアが動きを止めて言葉を溜める。それに興奮とも期待とも言い難い気の昂りが胸の内側をザラリと撫でた。


「――原初の魔女が揃って死んだんだ。その時代において、他の生物さえも凌駕していた力を持ち、死の概念さえも遠ざけたような怪物たちが一人余すことなくたった一日で死んだんだ」


 緑の光が砕けて落ちていく。そして、話の結論と共に静かに元の瓶の中に吸い込まれていった。


「そして世界の均衡は崩れる。各魔女たちの魔法を引き継いだ弟子たちは利益のために争いを始めたんだ。そんな時代が続き、今現在の国として分断された世界が完成した」


 たった一つレアが吐息を漏らして部屋の雰囲気が明るくなる。それがこの歴史の話の区切りだった。


「さて。これが原初の魔女のお話だよ。いかがかな? 質問や感想はあるかい?」


「ある程度話はわかった。ただ、何で原初の魔女が死んだのかは気になる」


 病気。災害。人災。いくつか考えられそうだが、その日の内に全員が死ぬのは異様すぎる。


「そう! そこなんだ! それこそが学者や魔法使いが創造力を働かせる議題なんだ! 何故死んだのか? どうやって死んだのか? 誰かが殺したのか? 何故原初の魔女だけが犠牲になったのか! この魅力がエリゼちゃんにもわかるなんて、レアお姉さん嬉しくてもうっ!」


 レアのテンションが一瞬にして上がって、激しい手振りを交えて、鼻の先が当たりそうなほど近寄られた。恥ずかしくて逃げようと立ち上がり後退りしてみたものの、背後にはカウンター。尻がぶつかって逃げ場を失い、ついでに手なんかも握られてもうダメだ。恥ずか死。


「レア。限界」


「おっと、貴族様だったね。気安く触るのはご法度だったよ。申し訳ない」


 レアの少し冷たい手が離れて俺の胸から熱が落ち着く。やれやれ何の話をしていたのか記憶が抜けそうだ。


「本題はコルネリウス式魔法分類。その二類だとかの話。逸れまくっているぞ」


「そうそう。それだった。じゃあ、もう少し話は続くよ」


 レアはポンと手を打ちながら、そそくさとさっきまで行っていた魔道具選びへと戻る。話の熱量の差が原因だろう。わかりやすい人だ。


「原初の魔女の時代が終わり、次は魔法の再生期に入る。ちなみに魔法を取り戻すの方の再生で、最も盛り上がった方じゃないからね」


「何で? 魔女がいなくなっただけじゃないの?」


「それだけ魔女は規格外だったんだ。実力も人格もね。普通はさ。力を持つといろんなものに手を伸ばそうとするだろう? けれどね。原初の魔女たちは別だ。魔法という力を持っても自分の魔法を進化させていくこと以外には興味がなかったんだ。わかるかい?」


「世界の頂点の人たちが魔法にしか興味がない。……だからこそ魔法だけが成長する時代だった」


「そういうこと。でも、原初の魔女は死んだんだよ。新たな魔法を追い求める時代は終わり、ただ既存の魔法を奪い合う時代に変わるんだ」


 頭の中がおとぎ話から切り替わっていくのがわかる。偉人たちの想像できない話から、凡人にも理解できるような低俗な世界な話へ。


「各魔法の部門の弟子やそれ以外の者たちが争いを始めた。理由はまあいろいろだね。自分たちの魔女を殺したのは誰だと復讐に燃える者だとか、自分たちの魔法が本物だと言い張る者だとか。あとは力がなかった者が成り上がろうだとか。その辺りの歴史は過激すぎて穴だらけになってしまって、詳細は記録されていないんだ」


 世界が始まって以来の大規模な戦争か。それは情報も残らないか。


「ただね。そんな中で全く真逆の思想を持つ二人の指導者が現れる」


 レアはバツ印で腕を組んで、それぞれ人差し指を立てた。


「一人が原初の魔女の残した魔法を全て収集し管理下に置き、過去の争いのなかった時代のような魔法の最盛期を起こそうとした男、コルネリウス・レドロック」


「コルネリウス? 魔法協会の名前になってる?」


「それだよ。魔法の収集家と言ったところかな? そして、もう一人がダラグリア・シェイエン。魔法を巡る争いが起きるのなら、そもそも全てを失くしてしまおうと魔法を集めようとした女性だよ」


 ダラグリア……。確かこの国の隣国の名前がダラグリア魔法帝国だった。つまりはその建国者がこのダラグリア・シェイエンなのか。


「多くの魔法はこの二人の元に集まり後に国となった。けれど、両者の意に添えない者たちは、独立して現在の近隣の三カ国となっている。で、ここで戻ってくるのがコルネリウス式魔法分類だ」


 こちらに背を向けたままレアは指を三本立てた。


「コルネリウスは自身が集めた魔法の危険度を定めた。ダラグリア魔法帝国に自国の魔法の知識が奪われて悪用されることを恐れたからだ」


「それがさっきの二類魔法って話か」


「その通り。分類は簡単だよ。危険性が高く、魔法書だけでなくその知識も持つ人間さえも魔法協会により徹底的に管理される一類魔法。使用者を魔法協会で管理する必要がないまでも、魔法協会内でのみ魔法書の閲覧が許される二類魔法。そしてそれ以外、本屋なんかにも置かれるような庶民的な三類魔法だ」


「だから、店で取り扱える魔道具が二類魔法までってことか」


「そういうこと。ちなみに二類魔法をもかなり規制されてあったりするから、お望みの魔法の魔道具がなくても駄々はこねないでね」


「大丈夫。絶対に文句は言わない」


 だって二類魔法どころか魔法そのものを知らないからね!


「そうかい。じゃあ、こちらは心置きなく商品の紹介でもしようかな」


 カゴの中に魔道具を積み重ねてからレアは小走りでカウンターまで戻ってきた。そして、大雑把に魔道具を広げて、その中から見覚えのある魔道具を手に取った。


 半透明の白い棒。材質は転生部屋にあったテーブルランプに似ていて、結晶のような独特の細い線が縦に細かく入っている。

 

「まずはこちら、閃光の魔女の魔法が組み込まれたアイテム。閃光の魔道具だ」


「それ、さっき私が落とそうとしたやつだ」


「その通り」


 レアは手の中で少し長い缶コーヒーぐらいの長さの棒を回す。


「ガラス製ではなく、魔鉱石製。さらにはエネルギーを外部から自然吸収し何度でも使える優れもの。その効果は、まあ、名前のまんまだよ。とても眩しく光る。目眩ましの役割だ」


 カウンターの向こうから、手の中で遊ばせていた閃光の魔道具が山なりで投げられる。こちらに向かって投げられたのかと思い手を伸ばしたが、頭上を過ぎ去る魔道具には手が届かずに通路へと魔道具が落ちる。


 カラン……。


 割れそうなほどの軽さで、しかし芯が残る硬い音が聞こえた瞬間、棒の輪郭が突如として白く輝く。


「うわっぁぁ!!」


 目視できたのはそこまで。魔道具から中心に白光に店内が飲み込まれる。棚も影も全てを埋め尽くすような白い光。咄嗟に目を覆ってもそれを貫いて、目の内側の筋肉が縮ませる光。水晶体に張り付く白い影。転生の闇に飲まれるあの感覚と真逆。それでも体が硬直して息が詰まって……、頭が……。


「はーい。効果検証終了」


 パチンと指が鳴らされて、途端に目にあった違和感と脳に焼き付くような光が消えた。


 今のが閃光の魔道具……。


「強力な光を発する魔道具だよ。三類に属する閃光の魔女の魔法。ただ三類とはいえ、他のどの魔女よりも光について研究し、誰よりも光を自在に操った者の生み出した魔法だ。壁があれば光を防げるとか目を覆えば光から逃れられるとかはなし。網膜の眩しいと感じる部位にだけ的確に光をお届けする」


「実感するとどれだけの代物かわかった。デバフ系でもここまで効果があるんだな」  


 こんなものが咄嗟に投げられればどんな相手も混乱する。さらには、閃光の魔道具と気が付いても、そこから対処もほぼ不可能。目を瞑ろうとも、腕で目を隠そうとも、盾の裏に隠れようとも、完全に光で目をやられる。防御不能のチートアイテム。範囲も広い。狙いもアバウトで問題ない。さらには敵を攻撃するという心的な障壁も関係なく、異世界初心者にはうってつけの強アイテムだ。


 九十九人の魔女の編み出した九十九の魔法。その下層の三類魔法でこのレベルだ。想像よりもこの世界での魔法のレベルは何段階か上だ。


「個人差はあるけど、まともに目が見えるようになるまでは一分ぐらい。暗い場所で使えばもう少し行動を制限できるだろうね」


「ほぼ百点に近い魔道具だけど他のも見せてくれ。想像よりも何倍も楽しめそうだ」


 カウンターに置かれた魔道具の山に好奇の目を向けると、ニヤリと嬉しそうにレアが頬を緩めた。実演販売の手応えに満足しているのか、はたまた自分の扱う魔道具の話ができて嬉しいのか。けれど、そのいきいきとしたレアの姿を悪く思うことはなかった。


「いいねぇ。その興味津々の目。客もそれほど多くはないからね。こうして好き放題紹介できるなんて嬉しい限りだ。しかも、相手は貴族様。ひときわ力を入れて宣伝させてもらうよ」

 

 そこから身振り手振り実演をかねた紹介がされていく。糸の魔女の魔法の使われた蜘蛛巣を張る魔道具。影の魔女の魔法の使われた分身を作る魔道具。もっと物騒な爆破の魔女の魔法の使われた爆発の魔道具(これって本当に三類でいいのか?)。


 レアの見せてくれた魔道具にはどれも頭を悩ませるほどの良さがあった。けれど、結局は最初の閃光の魔道具と、最後に紹介された氷の壁を形成する氷雪の魔道具に決めた。


 攻撃系の魔道具は魅力ではある。影の魔法や爆破の魔法なんて名前の強さだけで選びたくもなる欲求もある。しかし、転生ポイントの減少の条件がまだ不明な状態で、無闇な攻撃系には手は出せない。


 カウンターの真ん中に置かれた厳選された二つの魔道具。片方は白く長細い棒で、もう片方はテニスボールぐらいの大きさの、触れるとヒヤリとする青い八面体。


「この二つだね。中々いいー選択だと思うよ。さて、お代のほうだけど……うん。ここはタダにしておいてあげよう」


「本当か! では、もう一個」


「値段を倍につり上げよう」


「ごめんなさい! 本当にノリだったんだ。そのぐらい素晴らしい魔道具だったから!」


 レアの優しさに甘えそうになったところで厳しくしつけられる。調子に乗りました。


「でも本当にいいのか? 簡単にタダなんて。相手がお金を持ってるのはわかってるだろう。価値さえも正しく理解できてない私だ。商売であればその無知につけ込むものじゃないのか?」


「その無知につけ込む相手次第。領主の娘を騙したら、それこそ商売が立ち行かなくなるだろう? それに君のお姉さんは事を知ったら店を爆破しに来るぐらいにはおっかない」


「まあ、うん……。否定はできない」


 テレーゼの姿を思い浮かべて苦笑い。エリゼが騙されたからと怒ってくれるかは知らないが、自分が与えた金を騙し取られたと聞いたら、さぞかし景気よく店を爆破してくれることだろう。多分じゃなくて本当に。


 レアが魔道具二つを音も立てずに丁寧に袋に収めていく。その黒い指を見つめながら、ようやくまともな申し訳なさが胸から芽を出した。


「気を遣わせたみたいだな」


「そんな顔をしてもらっても困るなぁ。何も善意だけじゃない。そもそもこれだけ量産されている物だから値も張らない。そんな代物で貴族からの評価を得られるなら、そちらの方が合理的ってことだよ。金よりも大切なもの。人との縁は時には何物にも代え難いのさ。だから、金貨はしまって袋を持って」


「おぉ……」


 カウンター越しに袋を胸に押し付けられる。急かされるように体も軽く後ろに押されて、エリゼの茶色い靴が転ばないようにと後ろへと踏み出される。


 貴族への恩。それを中身一般人の俺が受けてしまってもいいのかは知らないが、そこは転生先の境遇のプラスとでも思っておくしかない。それに、物の価値がわからない今は、減らせる出費は減らしていたほうがいい。


 レアがカウンターに両肘をついて巨大な帽子を乗せた頭を傾ける。これは梃子でも動かない。


「わかった。サービスしてもらっておく」


「そうしてくれたまえ。せめてその魔道具が、その狙ってくる敵とやらを退けてくれることを祈っておくよ」


「ありがとう」


 右も左もわからなかった魔法の知識を一から教えてくれた。それにこんな魔道具のサービスまでしてくれた。 

 警戒心から始まった関係だったが、今は微塵も警戒心はない。だから油断したように目を細めて笑みを浮かべてからお辞儀をした。その心の内側が伝わったのかレアが穏やかにたれ目を細めて手を振る。その姿に転生してから抱いたことのなかった特別な感情が芽生えたが、それを言葉にすることはなく帰りのファブロスのベルを鳴らした。


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