10 鍛冶屋ラック
帰り際に八百屋から腕のいい鍛冶屋について尋ねてみると、市場から少し離れた鍛冶屋ラックという店を紹介された。そのあとにちょっとした夕飯用の肉を購入してから、そこを目指して路地を歩いていた。
表の人通りの多い場所から少し外れたせいか、途端勇ましい人相の人たちを見かけるようになった。一言で言うならファンタジー。異世界に来たと実感できる風貌の人たちだ。
スーツに袖を通せないような二の腕の太さをした日焼け男性。推定、格闘家。
腰に一本の剣を差して他の人たちと変わらない様子で街を歩く女性。推定、剣士。
日常生活に支障しかきたさないであろう大きさの帽子を被った老人。推定、魔法使い。
ボロボロの服に鍋一つを抱える男性。推定、……あれ何?
料理人にしては清潔感がなく、無精髭に汚れた衣服。鍋だって所々凹んでいたりと違和感ありあり。ついついその人を凝視していると不審がられて目をつり上げられたので、焦ったように知らないふりをしてそっぽを向く。
「……なるほど。これが異世界」
非日常が日常として闊歩している。武器を持ち歩くのが普通な世界観。とても日本では考えられない。
本能的に武器を持つ人から遠ざかりながら身近な壁に手をかける。包帯の下にある瘡蓋が手の内にちょっとした硬さを残した。
「刃物を持ち歩く世界観にも早めに順応していかないと。さてと、聞いてた話からしてそろそろか」
八百屋に言われた通りに道なりに進んでいた先に看板が見えてきた。鍛冶屋ラック。腕利きの鍛冶屋だそうだ。
看板の前で足を止めて右を向く。看板に鍛冶屋と書いてあるだけで、それ以外は普通の民家のような外見だ。ショーケースに剣が飾ってあったり、ハンマーや剣の装飾が扉に描かれているなんてこともない。自己主張の薄い店だ。
「鍛冶屋だって間違えようがない看板なのに、鍛冶屋なのか疑っている自分がいる……。まあ、見かけによらずの穴場ってことだろう。おじゃましよう」
高い位置に吊るされた看板の下を潜り、精神的敷居の低い店の中へと足を踏み入れた。
扉を開いたそばから香ってくるのは身の引き締まるような無機質な鉄の香り。鉄の香りなんて決して良いものではないはずだが、不思議とここの鉄の香りは、この室内に鍛冶屋としての規律をもたらしているようにも思えた。
鞘に納められた剣。刃にカバーのかかった斧。同じく刃先を隠してある槍。
こんなところも異世界ギャップ。鍛冶屋で想像すると刃とかを見せびらかしてるイメージだがそうじゃない。安全性と質を保つために丁寧に鞘やカバーに納めてある。これがリアル異世界だ。
第一印象は良好。八百屋が真っ先にこの場所を推してくれたのも納得。品質優先。見かけ倒しにならない有能鍛冶屋。
ただ見たところ店員がいないのはなんだろうか。鍵は開いていて明かりもついている。留守とも思えないし、開店前なんて話でもなさそうか。
室内の構造を確認。壁にかけられた武器や防具。それに沿ったように並んだショーケースが左右に二列ほど。あとは最奥に支払い用のカウンターがあって、その奥に続いている従業員用の扉が一枚。見通しはいいがやはり店員の姿はない。
夢のような憧れの武器たちをいったんは見送り店の奥へ。跨げそうな高さのカウンターの前に来て、その裏を少し覗いたが店員が隠れているわけでもない。
「店員なし。そして、ボタンタイプ呼び鈴もなければ、アナログでノスタルジックなベルタイプの呼び鈴もなし。はぁ、となると、もっとアナログな手段で店員を呼ぶしかないか」
有畑奏真の時代でも若干緊張するタイプのやり方を、このエリゼの体で実践するために息を整える。
「武器を買いに来た者だ。店主はいるか!」
八百屋との予習を挟んで出したお堅い貴族の声は、普段のエリゼの声よりもワントーン低く自分の物とは思えない美声だった。
けれど、そんな呼び声にも反応はなく、ただエリゼの声が店に反響するだけ。本当に留守なのかもしれない。
「不法侵入とか言われないよね」
不安になって一歩下がる。落ち着け俺。たとえ留守でも怪しい動きさえしていなければ問題ない。
「そう。気にしたら負けだ。ここは怪しまれない程度に品物でも見ながら待てばいい。あわよくば試し切りでもして待ってい……」
「ゴホッ。すみません。喉が優れなくて返事ができなかったもので」
「ギャ!」
人の気配がなかった室内から声が聞こえて潰れたような悲鳴が出た。見ると先ほどまで閉ざされていた奥の扉が開いており、そこに青白い顔をした不健康そうな男性が立っている。
「ど、どうかされましたか? 急に悲鳴など。驚かせてしまいしたか」
「ん、んん。あー、気にするな。少し油断していだけだ。何も悪いことはしていない」
「悪いこと?」
「それよりも! ここの職人だな? 武器を見繕ってもらいたいのだが」
「そうですか。ゴホッ。でしたらこちらへ」
店主はカウンターから身を乗り出しながら、裏に置いてあった椅子をこちら側に置いた。その際もまた風邪とは少し質の違う咳をしてから、口の端を手の甲で拭った。
明らかに体調が悪そうだな。見間違いかも知れないけれど、少し吐血しているようにも見えた。ここは手早く終らせてあげるべきか。
無駄話はせずに言われた通りにカウンターの前に置かれた丸椅子に座って目の前にいる店主を見上げる。顔面蒼白どころかもはや死霊のような顔をした店主は、何の意地なのか座ろうとはしなかった。
「エリゼ様ですね。ご注文をお伺いします」
「武器を見繕ってくれ」
「かしこまりました。どなたがお使いになるものですか?」
「私以外にいると思うか?」
「は、はい?」
店主は信じられないものでも見たように目を丸めた。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。
「使用人や護衛ではなく?」
「ではなく」
「テレーゼ様にお使いを頼まれたわけでもなく?」
「でもなく」
何か気にかかっているのか、店主は体調が悪いにも関わらずカウンターの向こうで早足で右往左往。顎に手を当てて唸り、頭をかきむしり咳き込み。そして、何かに思い至ったのか、また俺の前で止まってカウンターに手をついた。
「失礼かとは思いますが用途を確認しても?」
「最近私の身の周りが物騒でな。知っているとは思うが、私に魔法の才はない。ゆえに武器が必要なのだ」
「自衛のためと……。ゴホッ」
試すように手を振って『ファイアボール』。この世界に存在するかもわからないありきたり魔法は当然のように発動しなかった。
店主は何も起きなかった俺の手を見つめてから、視線をこちらに戻す。口元が少し歪んでいる。体調の悪さの現れだろう。
「えー、誠に申し訳ないのですが」
「ん? 何だ?」
「お引き取りください」
「……ああ、体調不良か。いいだろう。日を改める」
「いえ、エリゼ様に武器を売ることはできません」
…………。
「は?」
店主の発言に頭に空白が生まれた。
今武器を売れないって言った? 理由も用途も使用者も全てきちんと伝えた。エリゼは貴族で金がないとも思われてない。じゃあ、何が原因で断られた? 態度か?
わからないが円を描いて頭の中を回る。近くにあった武器たちが現実味を帯びなくなっていくのは、その獲得が遠いものになったからだ。
「いいですか? これは嫌がらせでも何でもありません」
「じゃあ、何だ? 信用の問題か?」
「あなた様を守るためです」
「守るためなら武器を売るべきだろう。違うのか?」
「ええ、違います」
売り言葉に買い言葉のように店主の言葉を頭で否定して言葉でも否定する。しかし、それでも病弱で頼りない鍛冶屋は一切動じない。
「一つお伺いします。その狙ってくる相手に心当たりは?」
「ある。名前までは知らないが、その力は体験した」
「でしたらもう一つ質問です。その力に私が授ける武器で勝利することができますでしょうか?」
「それは……」
このエリゼの体で剣を持ってウッツと向き合う。いや、ウッツみたいなゾンビ何十人かと向き合う。勝ち筋は?
――NOだ。エリゼの体だからじゃなく、素人の俺が、剣一本、斧一振でゾンビの大群やネクロマンサー本体に勝てるとは思えない。
店主はカウンターの背後に飾られた直剣の鞘を撫でながら、顔の半分をこちらに見せる。その表情からようやく店主が伝えたいことが伝わってきた。
「魔法が使えないから武器を持つ。自然なお考えで、間違ってはいません。しかし、剣を持つから強くなるのではなく、強くなりたいから剣を持つもの。そもそもの力がないのであれば、剣などただの見せかけ。無駄な虚勢を張るためのアイテムにしかなりません」
「……」
「無駄な虚勢は一時的な安堵を生むだけ。その安堵が虚勢だと気が付くのは、大抵はその人の死に際でしょう」
扱いも知らない俺が剣を持ってもろくに振れないし斬れない。そのくせ、武器を持っているからと油断して堂々としていれば、ネクロマンサーからすれば殺しやすいことこの上ない。店主が言っているのはつまりはそういうことらしい。
正しい……。悔しいけど正しい。俺の考えが甘かった。異世界で身を守る手段と考えてすぐに武器が思い付いたが、憧ればかりが先走って武器を扱えるかは考えていなかった。エリゼの手を見たことがあるからわかる。エリゼは剣を使えない。俺自身も剣や斧を振った経験はない。
「ただの重いだけの棒きれか」
「はい。失礼かとは思いましたが、そこだけは伝えておかなくてはと……」
「いいや。感謝する。視野が狭まっていた」
「ゴフッ。いえいえ滅相もありません」
店主は咳き込みながらも痩けた頬を持ち上げて微笑んだ。武器を売れないと聞いたときは、何の差別をされているのかと卑屈になりそうになっていたが、今は心配されていただけなんだとわかる。
「しかし、ネクロマンサーに狙われているとなると何かしらの対策は必要でしょう」
「そうだ。だから武器が欲しかったんだが……。うん? 私は敵がネクロマンサーだと話していたか?」
「ええ。話しておりましたよ。最初の辺りで」
……そうだったか。話したか。武器が欲しいって言って、そこからネクロマンサーから身を守るためって言っていた気がする。
一瞬不審には思ったが、すぐに鮮明に記憶が甦った。エリゼになりきることばかりに集中しすぎて、会話や発言に対して意識が薄くなっていたようだ。
「話を戻しましょう。なにも身を守る術は剣や槍だけではありません。そうですね。護衛などはいかがでしょう?」
「護衛ならいる。私の姉を誰だと思っている」
「テレーゼ様ですか。白煙の魔女。この辺りであれば彼女に勝る者はおりません。決して離れようにしていれば安心かと。あとは実家にこもるのも選択肢の一つにはなるかもしれません」
「かもしれない。ただ、狙われているとはいえ、いつどう襲ってくるかも、そもそも襲ってくるかも不確かなのだ。一時的であればともかく、いつまでも実家にこもったり、テレーゼお姉様に側にいてもらうわけにもいかない」
それに護衛は護衛だ。俺が欲しているのは自衛の術。一人のときでも敵に出会った際に対応ができるような手段。似ているようで本質はかなり違う。
俯き悩みながら指先でカウンターを叩く。店主も同じように悩んでくれているようで骨張った顎先に触れる。
「んんっ。でしたら、魔道具などいかがでしょう」
「魔道具?」
「はい。魔法を道具に組み込んだ道具です。日用品から家具にまで様々な用途として用いられていますが、武器や防犯アイテムとしても存在しています」
そういえば、浴室のシャワー、家の照明、コンロ、家にいたときに動力のわからないものがいくつかあった。そのときは何だろうと疑問に思った程度であまり深く考えてなかったが、今になって答えがわかった。魔法の組み込まれた道具、魔道具。どうやらこの世界ではこれが主流なアイテムのようだ。
そして、この店主が自分の武器よりも前に魔道具を推してくれている。効果も期待できる。
「悪くはないか」
この体で扱う武器にはうってつけであり、まだ馴染めていない魔法の世界観にも触れられる。試してみて損はないだろう。
「この店には置いてあるのか?」
「いえ。しかし、この通りのフレンシリアと言う酒場の横道を過ぎた突き当たりに、ファブロスと呼ばれる魔道具店があります。本当に護身用の武器が欲しいのでしたら、そちらへ伺うのがよろしいかもしれません」
「わかった。行ってみよう。体調が悪い中教えてくれて感謝するぞ」
「いえいえ。これもエリゼ様のためですよ」
店主は息も絶え絶えで咳き込みながらも口元を隠す。これ以上の長居は避けたほうがいいだろう。
低い椅子から立ち上がってエリゼとは無縁だった武器たちに別れを言う。今生の別れじゃない。文字通りの「来世でまた会おう」だ。
「ではな。機会があったらまた来る」
「はい。では。――どうかまた会う日までご無事で」
扉を閉めると鉄の匂いが遠ざかる。そして、この世界のエリゼらしい戦い方をするため、魔道具と呼ばれるアイテムを探しに、鍛冶屋に言われたファブロスと呼ばれる魔道具店を探し始めた。




