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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
26/31

7 提供割合は信じない


 月が上り人間らしく眠気が訪れる。けれど、その前にやるべきことをしておかなくては寝れないし、眠れない。


 部屋のメインの照明から、夜らしく落ち着いた色合いのテーブルランプに切り替えてから、朝とは違う寝巻きに袖を通して、なんとも言えない心情でテーブルに向き合った。


「――ネクロマンサーの襲撃。……ひとまず初日はあの予知を回避できた。そこに安堵すべきなんだろうけど……」


 本来なら、前向きに淡々とエリゼを取り戻すために計画を練り、同時にビブライアの仕組みについて調べていかなくてはいけないが……。


『無能な出来損ない』

『無能でいろ。お前にはそれがふさわしい。私の下で働き続けていればそれでいい』


 風呂場でのテレーゼの言葉が甦る。エリゼとテレーゼの間に結んでいた関係性の糸が切られるような言葉。


 厳密にはその全ての軽蔑の矢印が向いていたのはエリゼであって俺ではない。けれど、だとしても他人事になるわけでもない。向けられた言葉は自分の鼓膜を揺らしてその奥の心を尖らせた。


 無能だから何が悪いんだ。力がないからなんなんだ。たった一つで魔法という分野が劣っているだけだろ。それ以上にエリゼにはあの誰にも真似できないような純粋な優しさがあるじゃないか。どれだけ冷たくされても慕い続ける妹じゃないか。


 そう反発する自分がいる。けれど、同時にテレーゼの優しさの片鱗もこの身で知っている。だから、このどこにもぶつけられない感情が眉間に皺を作っていた。


「簡単にはいかないよ。この転生も」


 エリゼとテレーゼの関係。それを含めたオーレンシュケン家の在り方。俺からしたら単に魔法が使えないだけだが、この世界やこの家族の中では何かしらの重大な意味を持つ可能性だってある。だからこそ、もの申すのも難しい。


「これが完全な他人の体だったらなら、テレーゼに文句を言えたんだろうし、それに対してテレーゼも何かを答えてくれたんだろうけれどね」


 本来の自分のものではない声の独り言。その声はやけに感情を強く持っている。


 エリゼ転生では後悔ばかりだ。エリゼに転生したお陰で変えられることもあるかもしれないが、それ以上にエリゼじゃなかったらと思うことの方が多い。唯一よかったと思えるのは近くに戦力的に頼ることのできるテレーゼがいることだが……。


「そのテレーゼに対して絶対的な信頼は向けられない。少なくとも、あのネクロマンサーの話をしても信用は得られない」


 たとえエリゼへの信頼があったとしても、今の俺がネクロマンサーの話をしても、テレーゼが本当の意味で信じて対策してくれるかはわからない。戯れ言と認識されて見捨てられる可能性だって十分ある。


 テレーゼは味方として頼るんじゃなくて、家に設置されたセントリーガンか殺戮マシーンとでも思っておいた方がいい。あれ? 結構いい例えじゃない?


「じゃなくて……。エリゼの身を守るなら、他のもっと根本的なところから防御を固めるしかないか。――個体強化」


 俺に持たされた唯一の能力が視界で明るく輝いた。夜の風情にもたらされるのはスマートフォンを思い起こさせるような明かりと、この世界を背景に見るにしては違和感のある質感のフォント。場違い感はあるもののその異様さが頼もしくあるのは間違いない。


 《個体強化》 消費転生ポイント  5 10 50 100 500


「転生ポイントが51あるのなら選ぶべき強化は50のやつか」


 これで何かしらの強みができればネクロマンサーに対抗しうるだけの力を得られるかもしれない。これがあればテレーゼからの評価も変わるかもしれない。


 二人が本当の意味で対等な立場になって朝食を取る姿が目に浮かぶ。魔法じゃなくとも何かの力があればそれも叶うのかもしれない。


 個体強化をしますか? YES NO


 使用すれば転生ポイントの残りは1。境遇補正はまた一時間で死ぬようなものとなり、一時期経験したビブライアが開けない地獄の状態にもなる。今の転生で失敗すれば次の転生からの未来はない。


 リスク大。不確定要素多数。価値不明。


「それでも……」


 エリゼが死ぬような未来。それと比較するのは俺だけが苦しんで終わる世界。どちらを選ぶかだ。どちらを選んだら後悔するかだ。

 答えなどわかりきっている。この胸に刻まれている。この開かれた腹に痛みが残っている。この脳に復讐が宿っている。あの血の水溜まりに倒れていくアランの姿を覚えている。


 エリゼの瞳でエリゼを助けるためにと目を開く。そして、俺の意思で、エリゼの声というちぐはぐな状態で、小さく境遇への反撃の狼煙を上げる。


「50ポイント。個体強化。スキル獲得」


 人間になってから少し馴染みを感じるようになった鈴のような音でポイントが使われた。残りポイント1。もう後戻りはできない。


 さて。どうなるのか。


 選び終えてからもスキルの抽選でもしているのか、文字の消えたウィンドウだけが残り続けている。全ての強化の内の真ん中ぐらいの価格の強化。はたしてどんなスキルが手に入るのか。


 頼む。これ一つで逆転できるようなスキルで……。


 音もなく黒い文字が真ん中に浮かんだ。デフォルトの文字とは少し違う。文字の周囲をシックで刺々しい枠が囲んでいる。


「何だこのスキル……」


 『シュピネルの瞳』


「瞳って、目?」


 一つ整理しよう。俺は転生ポイントによる強化を身体ではなくてスキルに用いた。その理由は効力ではなく、エリゼの外見への影響を気にしたからだ。そして今、目の前には『シュピルの瞳』と呼ばれるスキルが一つ。


 椅子を後ろに弾き跳ばし、足音も気にせずに化粧台の前へ。鏡に綺麗な顔立ちが現れ、その顔しか見えなくなるぐらい近付いて鏡の中の目と目を合わせた。


「……赤。赤だよね? せ、セーフ」


 瞳なんて意味ありげな書き方をされていたから警戒したが、どうやら外見が変わるようなスキルではなかったようだった。

 緊張が抜けて持ち上がっていた肩が勢いよく落ちる。吐いた吐息はエリゼらしくなかった。


「見た目は変わらない。……でも目か。シュピネルの瞳。瞳ねぇ」


 スキルといったら、もっとこう『~~の加護』とか『剣術』とか、一目見てその効果が判断できるものを想像していた。しかし、実際はスキル名からは何もわからない。どんな力かも、当たりなのか外れなのかもわからない。だからこそ、これを見てどんな反応を取ればいいかもわからない。


 落胆も歓喜もなしに平常心で鏡に映る赤い瞳を動かす。


「目の能力。見え方に変化は?」


 鏡から視線を外して室内へ向ける。どこを見ても何を見ても、昼間よりも少し暗い部屋しか存在しない。視力の変化なし。心の中でスキル名を唱えても同様だ。

 

「外面的にも性能的にも変化なし。日常生活に影響するタイプじゃないのは、エリゼに体を返したときに混乱を招かなくて済むから悪くない。ただ、本格的にどんなスキルなのかわからない」


 目の能力といえば真っ先にメデューサの目が思いつく。目が合ったら石になるあれだ。その次が有名なあの赤い目を思い出して、そこから次から次へとこれも目の能力かと枝の如く頭の中でわかれていく。


 目の能力なんて大抵は当たりの力だ。逆に弱かったり使い道がないものは思いつかないぐらい。


「……でも現状はわからないと。そして、気になるのはこのフォントのデザインだよ。レアリティとかだと推測するけど……。この黒って当たりなのか?」


 と思ってから、ややデザインに凝った黒枠をつつく。すると、ウィンドウの形はそのままにつついていた画面が切り替わる。


「ん? おお?」


 意図せずに切り替わったその文字の羅列に目をしばたかせる。何度か瞬きを繰り返し目が文字に慣れたところで頭に内容が流れてくる。スキルの説明だ。


《シュピネルの瞳》 レアリティ黒 ありとあらゆる生き物との意志疎通が可能となる。     


 ……。


 口を力強く結んで部屋の壁沿いに歩き回る。そして、少し落ち着いてからゆっくりと息を吐き出した。


「ふー。……突っ込みどころが多い! 流石ビブライアだよ! でも、ここでビブライアの思惑通りのツッコミなんてしないよ。だから冷静にここは……、先にレアリティの説明がある方が助かるなぁー」


 「レアリティ黒ってなんだよ!」と「いや、瞳なのに意志疎通かよ!」は回避してやった。粋なビブライアへの抵抗だ。


 そんな俺の突っ込みを憮然とした態度で受け止めるビブライアは、俺の声か意志に反応してか、もう一つウィンドウを付け加える。


スキル出現割合

 青 50%

 銅 40%

 銀 8%

 金 2%

*なお、使用強化ポイントの値により出現率に補正がかかります。


「黒が入り込む余地!!」


 堪えてはいたがついにビブライアが欲しがっていたであろう感想を卓上に吐き出した。負けた。また俺はビブライアに負けてしまった! 


 悔しくてやられたと思い膝をつく。それでもすぐに立ち上がれたのは、今は疑問と好奇心の方がまだ上だったからだった。

 

「くそ。レアリティ黒の説明はなしか。ビブライアのことは嫌いだけど、それでも記載やシステムに異常をきたしたことは一度もない。だから、黒のレアリティについて書き忘れたとは思えない」


 けれど、だからといって何故存在しない黒のレアリティが目の前にあるのかの結論は出ない。強いてそれっぽい理由を付けるとすれば、初回特典で手に入ったスキルだから色が特殊とかだろうか。


「違そうだけど今はそうしておくか。どうせ答えなんてないし」


 視界にあった説明欄が消える。これ以上システムからの助言はない。自分で探せとでも言いたげだ。


「レアリティなんて関係ない。結局はどんなレアリティのスキルだろうと、自身が使いこなせなければ意味がないんだし。青だろうと金だろうと、身を守れるスキル以外は今はゴミ。ひとまずはそのゴミなのか使える武器なのかを知るところからがスタートだ」


 他の生き物との会話できる力。ネクロマンサーから身を守る目的に合致するとは思えないが、そこは後々試していく他ない。


「あと明日やっておきたいこと……。自衛のための最低限の武器の調達か」


 ネクロマンサーがいつ攻めてくるかわからないなら、最低限守れるだけの備えをする必要がある。スキルで戦力を補えなかったときの保険だ。


 袖を捲ってエリゼの細腕を確認。筋肉らしい筋肉はなし。


「まあ、武器もスキルも使えるかどうかは試しか」


 羽ペンの先にインクを意味もなく何度も染み込ませる。転生初日。まずまずの成果。課題は山積み。成長の余地有り。


「魔法に剣にモンスター。明日こそは家事から抜け出して、そこら辺の荷解きでもしに行こう」


 インク瓶の蓋を閉じて、ペンを置いてテーブルランプを消した。暗い室内に残るランプの微かな熱と、カーテンの隙間から差す月明かり。始まりへ向けた今日の終わり。


「――明日だ」


 エリゼの体でベッドに横たわる。エリゼ転生の始まりとは異なって、寝ようとして横たわったベッドはやや体に反発しながらもエリゼの体と俺の魂を素直に受け入れて、興奮を落ち着かせ眠りへと誘った。


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