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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
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5 人間転生攻略手順


 本来恥ずかしいと思うべき料理ができないという弱点を、あろうことかドヤ顔さらけ出したテレーゼに、全世界どこでも通用しそうな一般的な朝食プレーンオムレツを振る舞ってから、話はさらなる家事へと突入する。


 専業主婦なんてものがあるだろう。エリゼの立ち位置は限りなくそれに近いものだ。

 外に出て企業に勤めたり、個人事業主として金を稼いだりはしない。ただ白煙の魔女として働くテレーゼを支えるためにいる専業主婦がこのエリゼだった。


 窓を拭き。床磨き。掃き掃除。気まずい洗濯。朝食から一時間も経たずに指示された昼食作り。


「ふぅ。よし」


 二階の廊下の床の掃除を終えてから物置に雑に箒を突っ込んでから唯一のプライベート空間の自室、(エリゼの)へと逃げ込んだ。


「なんか……思ってた貴族と違う」


 ここまでの仕事を終えてシンデレラを思い出すような仕打ちだと振り返る。少なくとも貴族のエリゼがこんな風に使われているとは思ってもみなかった。

 疲れのままに椅子へとだらしなく背をもたれる。昼下がりのおやつ後ということもあって睡魔が襲う。


 エリゼ・オーレンシュケン。この街ハルネアの領主でもあるアルフレート・オーレンシュケン男爵の二番目の娘にあたるのがこのエリゼらしい。しかし、想像していた貴族とは違い比較的一般的な生活を送っている。


「普通貴族ってこんなことしてるのかな? 使用人とかメイドがせっせと家事をしてくれるイメージなんだけど」


 何かしらの理由で親と別居中だとしても、爵位が近いと噂のテレーゼなら金銭的な余裕はあるだろう。しかし、ふんだんな金銭を用いて優秀な使用人を雇ったりはせずに、わざわざ不器用で騙されやすいエリゼに家事を一任している。まずここが一つの謎。

 それとそもそも何故エリゼが実家にいないのかも気になる。テレーゼは魔法使いとしての仕事のためと納得はできるが、エリゼの方はそれといった仕事を持っているわけでもなく、家事のために家を出たような有り様だ。

 

「実家から追い出されてテレーゼの家に逃げ込んだとか。あとはテレーゼが無才なエリゼへの嫌がらせとして実家から連れ出してコキ使っているとか。……テレーゼの家事がダメすぎて無理やり連れ回されているってのもありそうか」


 もう一つ、エリゼの良心がテレーゼの致命的な生活面の不得手を補おうとした……なんてものもあるだろうか。これが本命っぽいな。


 エリゼの椅子に腰かけて、目の前に並ぶ本を見つめる。奇抜なデザインのものはなく、暗めな背表紙に短く文字が刻まれている。日本語ではない。しかし、不思議なことに読むことはできる。


「まあ、ひとまずエリゼの身辺調査はいいか。今はこの世界の基礎情報だけでも掴んでおくのが先だから。コレでね」


 俺は目の前の本ではなく、右手に持っていた灰色っぽい紙をエリゼの机に遠慮なく広げた。

 新聞。テレーゼが朝読んでいたやつだ。それを相変わらずリビングで本を読み続けていたテレーゼから貰ってきたんだ。


「日時、世界観、身の回りの問題。その他エトセトラ。俺はあまりにもこの世界を知らなすぎる。でもその無知を補おうとすると、今度は無知すぎて怪しまれる。だから人からじゃなく新聞から情報を集めるしかないっと」


 目を労るためにそれほど暗くもないのに机に明かりを灯してから、食い入るように新聞を読む。左から右に。横文字を一文字も跳ばさずに読み続けていく。


 現在我がロレール魔法王国は、北に位置するダラグリア魔法帝国との戦争が続いており、今年で百年が経過する。戦況は依然として変化はないものの、白煙の魔女テレーゼ・オーレンシュケンの介入により、自軍の消耗は激減した。爵位の授与も近いと噂されている。


「ロレール魔法王国。隣国のダラグリア魔法帝国」


 無刑罪人の影あり! 注意! ハルネアの二区にて無刑罪人、『人狩り』の被害が確認された。被害者はクエル商談のモーリス。遺体は酷く損壊しており、体の一部はいまだ見つかっていない模様。


「ハルネアか。それとこの街に潜む無刑罪人……。『人狩り』は通り名。よくわからないけれど、殺人犯が潜んでいる可能性あり」


 犬を探しています! 小型の茶色い耳の短い犬です。名前はぺぺ。鳴き声がブサイクです。


「茶色。耳の短い。ぺぺ。ブス」


 表の見出しの文はこのぐらい。残りの余白は天気予報に使われている。天気予報が存在する世界線。これも異世界ギャップだ。


 裏面にいくよりも前に、背もたれに背を乗せてから大きく反り返る。そして、呼吸を整えながら、情報の刻まれた脳をクールダウンしていく。


「国の名前と今いる場所。あとはこの街にいる危険人物もわかった。ついでにテレーゼがヤバイってのもわかったか」


 ここはどこ? 私は誰? なんて、会話どころじゃない状態は回避できるだけの知識は手に入れた。それに身内のテレーゼについての情報が手に入ったのも、エリゼを演じるにおいて有用だ。


「あとは無刑罪人。これがどんな相手なのかわからないけどネクロマンサー以外にも危なそうな人間がうろついているみたいか。シカ転生のときの黒指猫にならなければいいけど」


 ビブライアによるマイナスの境遇で、エリゼに立ちはだかる存在がこの無刑罪人の可能性もある。そして、この無刑罪人とやらがどんな犯罪者なのかわからないのがさらに怖いところ。


「無刑……罰されないみたいな冠だよな。むしろ罪を持たない人に付けそうなものなのに罪人とセット。さっぱりだよ。あとでテレーゼに教えてもらおう」


 わからないことはわからない。けれど、人は殺しているのには変わりはないので、ヤバイ奴が彷徨っていると覚えておく。


 今度は裏面を軽く確認。こっちは表面よりも頭が痛くなる。新聞を見ていて株の動きなんかが書いてあるのがわかるだろうか。あれが近い。あんな感じで淡々と小さい文字でよくわからない文字ばかりが描かれている。


 製造の魔女 ↑

 秩序の魔女 ↑

 魔眼の魔女 ↑

 

 新聞上部にはそんな風に書かれている。左に「~~の魔女」右に矢印。それがズラリと一面に描かれているが、上だけじゃなく、下の矢印もあり、中には何も描かれていないものもある。

 ちなみにその中に白煙の魔女もあった。これは矢印なし。


「……うん。これはまあ、こういう魔女が山ほどいるってことでいいか。知らなくてもよさそう」


 さて。じゃあ、ここまでをまとめようか。


 いらない視覚情報を省くように新聞をたたんでから頭を整理する。


「この国はロレール魔法王国。名前からして魔法が重宝されている国と予想。そして、ここはこのロレール魔法王国の中にあるハルネアという街で、今は犯罪者が潜んでいて危ないけれど、犯罪者ぐらい危な強いテレーゼお姉様がいてエリゼは安心と」


 うんうん。


「……どうしようかな」


 まとめてみたものの、あくまで最低限の地盤整えただけ。根本的に解決したい問題は一切手についていない。


 現在のエリゼ転生での問題点は二つ。一つが二度目の襲撃を企んでいると思われるネクロマンサー。もう一つがエリゼの体を俺が乗っ取ってしまったこと。


「ネクロマンサー問題はテレーゼも言っていたけど、まだ解決していない。そして、この体に関しては正直活路が見えていないと」


 両者お手上げな状態に机に顎を置く。罪悪感だらけでとてもまともな心情じゃないが、今すぐに無謀な行動に出ようとは思えなかった。そもそも何からどう手をつけたらいいのかわからないからだ。


 至近距離で目に映るのは机とその奥にある本の羅列。その背表紙を上から下に読み進めていく。


「――基礎から始める魔法学。白煙の魔女。製造の魔女。……魔女に魔法に、異世界らしい本ばっかりか」


 普通机の上に置いてある本なんて、娯楽用の小説か勉学にまかる本が主流だと思う。このエリゼの机の上に置かれているものはおそらくは後者の本。受験前の学生の机の上を思い出す。


「真面目なんだろうね。でも、それだけ真面目でもエリゼは魔法を使えない。……『使えない』か。そうは言ってたけど見たところ諦めてはいないらしいな。エリゼらしい」


 本の背表紙を見ただけ微笑んでしまった。何て言うか、異世界に来て、エリゼに転生してその情報を知っても、知れば知るだけ俺の知っていたエリゼの純粋さと誠実さが証明され続けるだけだった。


 ただ本の背表紙を見るだけでも伝わってくるエリゼの努力と苦悩。何もないと自分に絶望しながらも、何かを掴もうと必死に努力した。その苦悩と努力の時間がこの机とエリゼの体から俺に流れてくる。


 数ある本の中の真ん中辺りにあった『白煙の魔女・初級』の本を取って机の上に立てるようにして開く。

 細かくメモのされた見た目がいいとは言い難い本の中身。本の繋ぎの部分は使い込みすぎているのか緩くなっていて、油断するとすぐ倒れていく。


「……取り戻したいな。……守り抜きたいな」


 異世界の知識や魔法を得て人間の姿で無双しようと夢見ていた。けれど、こんなものを見てしまうとより強く思ってしまう。エリゼはエリゼだからいいんだ。俺でも誰でもエリゼにはなれない。エリゼほど純粋で努力家な人間はいない。


 そっと新品の本でも扱うように丁寧に閉じる。美しい本だった。


「――絶対に戻す方法を見つけよう」


 切り替えるように本を棚に戻して、顎の下で指を組む。ここからが俺らしく戦う時間だ。


 あの転生前の図書館で見た黒い本、デス本にはネクロマンサーからの二度目の襲撃がほのめかされていた。


「手段や日時は想定できていない。それに、『一度目の襲撃』って文面から、こっちが二度目を想定しているだけだから、次に百パーセント狙われるとも言えない」


 狙われるかはわからない。ただ狙われないとも断言できない。良い方と悪い方。二つあるなら俺は迷わず悪い方を前提とする。ビブライア流だ。


「転生ポイントから境遇補正はマイナス。となると、これまでの経験からして、絶対的強者の存在があり敵として襲ってくる可能性が高い。だから相手がネクロマンサーと仮定」


 ネクロマンサー。前回のようにゾンビを人間に見せかけて狡猾に狙ってくるのか。それとも数を使って押し潰してくるのか。やり口。時間。場所。シチュエーション。その全てが不確定。


「戦力を用意して待ち受けるか、素性を調べ上げて先手必勝で撃退するかか」


 前者は一度ネクロマンサーを追い払った実績のあるテレーゼがいるので可能だろう。後者に関しては、異世界で人間という文化的な生活を始めたばかりの俺では、どうしても情報の習得に時間がかかる。いや、そもそも、ネクロマンサーの情報が見つかるかもわからない。ついでに見つけたところで倒せる保証なんて存在しない。


「楽なのはテレーゼに事情を説明して守ってもらうことか……。ただ、それを信じてくれるかがまた問題」


 テレーゼにネクロマンサーからの襲撃があると告げてどうなる。情報源の説明はできるのか? そもそもエリゼを守ってくれるだけの信頼度がテレーゼにあるのか?


「不確かすぎる。それに説明を間違って怪しまれたらエリゼが偽者だと思われる」


 ネクロマンサーの話をしてエリゼの偽者だと思われれば、間違いなくそのネクロマンサーとの関係性を疑われる。そうなると、テレーゼなら容赦なく消し炭にしそうだ。


「でも、残念なことに頼る以外の術がないからね。エリゼは自他共に認める無力。俺の力に関しても異世界知識が役立つとは思えないし、頼るしか……。いや……ある。自分の力で切り開く術」


 思い出したのビブライアのもう一つの能力。口には出さずに頭の中で興奮を隠さずにそれを呼ぶ。すると目の前に現れるのは青色のウィンドウと文字だ。


《個体強化》 消費転生ポイント  5 10 50 100 500


「個体強化! これならいくら才能がないって言われてるエリゼだって確実に強化できる」


 以前にこの力を使ったのはシカ転生のときだった。決死の覚悟で使ったのは転生ポイント5。筋力向上、防御力向上、持久力向上、スキル獲得。その中から最も俺好みだった筋力向上を選び確かな効果が出た。


「実際5ポイント強化で黒指猫から一度は逃げられたわけだし、一時間のタイムリミットも突破できた。つまりはマイナスの境遇に打ち勝てるだけのポテンシャルはあるってこと」


 それが今回は51ポイントもある。5ポイント強化を十回振り分けるもよし、一気に50ポイントを使うもよし。そこから得られる結果は計り知れない。


「身体の強化系統は間違いなく効果的。ただそっちの強化は少しね。ねぇ」


 筋力向上を選んだとき、シカの筋肉が作り変わるような音を聞いた。つまり単純に力が強くなるのではなく、肉体そのものが作り変わっていたのだ。おそらく、それは他の身体強化系統も同じだろう。つまりそういうこと。エリゼにムキムキになった体なんて返せないよねって話。


「となると今回はスキルをメインにしていくか。5ポイント強化十回よりは50ポイントでレアスキルを狙うべきか」


 いや、それよりももう少し転生ポイントを貯めてより良いスキルを獲得するのもありかもしれない……。


 そっと目だけを動かして机の上を見る。折り畳まれた新聞の下部。犬探しの依頼文。


「明日これは試してみようか。犬探しぐらいなら、ちょうど良さそうだし。そして、……自由時間終了か」


 カーンカーンと外で軽快な鐘の音が響いていた。空は茜色。時計は五時。そろそろ仕事に戻らないと、テレーゼからチクチクと文句を言われそうだ。晩御飯、片付け、風呂まで準備して……。


 仕事に戻ろうと急いで立ち上がるが、その途中で体の動きが止まった。


「あ、あぁ……」


 ――気づいてしまった。このエリゼ転生の最大の問題に。


 ネクロマンサー? スキル? 無刑罪人? 違う違う。そんな回避可能な問題じゃない。最大の問題。それは!


「エリゼ。ごめん。風呂どうしよっか……」


 男の俺がエリゼの体で風呂に入る。そんなこれからの計画に組み込まれていなかった緊急事態に、俺の顔は青さと赤さを両立した。


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