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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
22/26

3 ○○○転生

 

 転ばぬように段差を調整された階段を転がり落ちるように駆け下りてから、立ち並ぶ本棚を抜けて転生部屋へと舞い戻る。折角開けた扉を不用心に閉めてしまったが、そこはオートロックではないと願うしかない。


「そんなことより今はエリゼを助けないと」


 エリゼがまた狙われている。そう知っておちおちと読書や意味があるかもわからない本への接触をしている暇はなくなった。何よりも時間は既にかなりロスしてしまっている。

 ゾンビとして死んでこの場所には戻ってきたのが九時間前。まだ一日も経過しておらず、まだエリゼには姉である白煙の魔女テレーゼも付いていることだろう。今すぐにエリゼが二度目の襲撃を受けるとは思わない。


「それでも急がないと。情報を持ってるのは俺だけ。事前に対策を立てられるのは俺しかいないんだ」


 ゾンビ転生でもそうだった。テレーゼという圧倒的な戦力がいたとしても、傍らにいないのであれば意味がない。一難が去ったとテレーゼが判断してエリゼから離れたらどうなる。それだけで、エリゼはいつでも殺される状況になる。

 テレーゼに任せきりにはできない。転生してエリゼに接触するのは必須だ。


 隣の図書館から持ち出してきた黒い本をビブライアの上に置く。この『ゾンビ』の本は単行本ぐらいのサイズはあるが、ビブライアのサイズも相まって、ノートの上にメモ帳を置いているようなバランスになっていた。

 ビブライアの上で本を開く。開いたのはゾンビ転生での最初のページだ。


《二十一時。最大滞在可能時間に達しゾンビへ自動転生。土の中から這い出て涙を流す》


「最大滞在可能時間と自動転生。これは多分、この転生部屋に居座らせないためのシステムだ」


 以前のゾンビ転生はこれまでの転生とは一線を画す異様さだった。勝手に転生させられて勝手にゾンビが選ばれた。その理由がこの本の最初に書いてあった。


「時間になったらランダムに選ばれて転生させられる。それがどのページからだとかはまだわからないけれど、今は言ってる場合じゃない。エリゼに危険が迫っている中で、手の届かない生き物に転生させられるのが問題なんだ」


 混乱して何を優先すべきが曖昧だ。けれど、一つエリゼを守ると頭に置き考え続ける。それだけで、最終的な方向はぶれない。


「一つ前のシカ転生の本を読めば正確な滞在可能時間がわかるだろうけど、おおよそなら今もわかってる。一日……二十四時間だ」


 死んだ景色と転生した状況を思い浮かべればすぐにわかる。シカで死んだときは夜で、ゾンビとして復活したのも夜。転生部屋で過ごした時間を踏まえれば、一時間やそこらではなく、丸一日過ぎたと考えるのが自然だ。

 今はこの転生部屋に来ておよそ九時間。自動転生までの余裕はあるものの、万が一勝手に転生させられれば、エリゼを助けるどころの話じゃなくなる。


「エリゼを助けるために必要な転生……。何に転生するのがベストだ?」


 ビブライアは開かずに、死に様の描かれた本、通称デス本だけを捲る。その情報と自分の記憶を照らし合わせて、この手狭な部屋の中に疑問を風船のように浮かべていく。


「エリゼを守るとなると、ネクロマンサーと戦うか妨害する必要がある。もしくは、シンプルにエリゼを逃がす選択もあり」


 転生ポイント51。いまだに境遇に下方補正があるため、力のある生物に転生できるとは期待できない。比べて相手にしなくてはならないネクロマンサーの力は未知数。複数のゾンビの操作は見たし、その中の一体に意識を乗り移らせる力も見た。それだけでも索敵から奇襲までやりたいほうだいだというのに、エリゼを騙し洞窟に連れ込むだけの頭脳と話術もあるときた。


 戦えますか? YES NO


「NOだ。初期キャラで終盤ボスは倒せない」


 初期キャラ。経験値少、レベル1。スキルなし。無理すぎる。


「そもそも素性すらわからない相手だ。戦う前提で考えるのは根本的に違う。だとしたら、察知能力の高い生き物に転生するべきか……」


 ウサギなどの草食動物に転生し、敵が近付く前にエリゼを遠ざける。選択肢としてはありだし、白煙の魔女のテレーゼが身の回りにいてくれるのであれば、これだけでも十分奇襲には対応できる。


「けど難しいか。どうやってエリゼやテレーゼに敵の居場所を教えるのって話だし、そもそもエリゼと接触するまでの過程が難しすぎる」


一、ネクロマンサーへの対策。

二、貴族でもあるエリゼにどうやって味方として接触するか。

三、転生する場所がランダムであり、そもそもデス転生から抜けたとも言えない。


「どうしても倒す、守る以前の話になる。どうしたものか」


 ここまでくるとテレーゼに任せきりにした方がマシには思える。不確定要素が多すぎて、転生したところで力になれるとは思えない。次の転生で転生ポイントを貯めて力を付け、後々にエリゼに接触する方が転生ライフとしては正解だろう。


「いや、違うか。できるできないじゃないだろ。純粋に助けたい。失いたくない。だったらやるかやらないかの話だ」


 自分が足手まといだからとゾンビの俺なんかを逃がそうとした。自分が暗闇で傷を負いながら彷徨っているのに姉の安否を心配し続けた。ただ一緒に歩くだけでも不安を隠しながらこちらを気にかけて話しかけ続けてくれた。


 エリゼの強いところも弱いところも見てしまった。そんなエリゼが危険に晒されていて、他人任せにするのか?


 暗闇で見たあの表情が甦る。不安を隠すように、見えてもいない俺なんかに向かって赤い目を細めて丁寧に笑いかけるあのエリゼ。


「やってやる。ネクロマンサー? 関係ない。今度こそ最高の場面で本当のエリゼの笑顔を拝んでみせる」


 ビブライアの表紙を倒す。デス本よりもサイズが大きく扱いにくさはあるものの、淡々とページを開き続ける。


「普通の生き物ならエリゼに接触するまでの過程と接触してからの動きで遅れが生まれる。でも、あれなら関係ない。エリゼは貴族の家族に抱え込まれたお嬢様って感じでもない。そんなエリゼに一般人のふりをしたウッツが接触できたのなら俺も……」

  

 ページを捲り終えて指先から感触がなくなる。閲覧権によるページへの干渉の規制。これが今の俺の中で転生のできる最高の名前の群れ。転生ポイント46~50のページだ。


 ブルーマンティス

 イワカミコヨーテ

 イワシ

 スモールトロル

 ゴブリン……


 見るからに使えそうなものから興味を引くものまで。これが差し迫った状況でなければ、さぞかし心踊らせながら眺めることができたのだろう。しかし、今はエリゼのことしか頭にない。そのため目移りせずに目的だった名前を探す。


「やっぱりか。――あった」


 これまで何度も探していた生き物の名がそこにあった。転生と言われれば最初に思い付かなくてはならない名前であり、もっとも転生しやすい生き物の名前でもある。


 それに指を差してなぞる。最早愛しく、懐かしくも思える名前だ。


 ――霊長目。  

 

 転生ポイントを貯め、スキルと知識と力で無双する。ありとあらゆる個性豊かな人々から信頼を勝ち取りエリゼの力になる。


 ――ヒト科。


 これまで以上に確かな希望とインスピレーションが湧く。これからは何でもできる。どんなアイデアも活かせる。そして、必ず第二の襲撃を阻止してみせる。


 目を輝かせ顎を引く。そして、指差したその生き物の名前は。


「転生!! ――人間!!」 


 声高に叫んだ声は自分の耳には残らない。ただその瞬間から意識が消えて、暗い目蓋の裏に夢を見る。人間として始める異世界転生という夢を。



 ……暗い。暗くて、怠い。


 人間転生。転生ポイント51。いまだにマイナス補正のかかった転生での最初の感想は肉体に残る倦怠感だった。


 マイナスの境遇による肉体へのデバフを恐れ、この暗い中で目蓋を閉じたまま体を確かめる。


 痛みは?


 少しある気がする。手が少し痛いか。


 四肢は存在するか?


 手足はきちんと揃っている感覚がある。それにそもそも転生の段階で、そのレベルの欠損があったことはない。ガチャはガチャでもその辺りの品質は保ってある。


 じゃあ、問題ない。目を開けようか。これが新しい体と世界だ。


「あっ……。天井……か」


 瞼を開いて真っ先に飛び込んできた情報は、決して低くはない場所にある白い天井と、掃除の行き届いた照明一つ。


 たったそれだけ。ただの天井。しかし、それが人間として生まれ変わることができたのだと強く実感させる。

 目蓋を開けば空か岩肌か木々。それが六十回以上続くと、こうした人間としての当たり前にも心を打たれるのだ。


 胸が焼けるようだ。涙が目に、思いが胸に貯まっている。視界の端から貯まった涙で薄いカーテンから射し込む光が引き伸ばされた。


「人間転生。……成功だ」


 高い声が耳に入ってくる。多分この体は女性のものだ。よく冷静でいられるかって? ……困ったな。どうしようか。


 体を起こすと布団がやや引っ掛かりながら落ちていった。自分の寝ていた場所や衣服に意識を向けると、まあ女性らしいものばかり。柔らかなピンク色の寝具に、清らかとしか呼べない白い衣服が一つ。これが自分の体というのは中々に信じがたい。


「見落とし一つ目だね。転生先の性別や年齢は、有畑奏真の状態と一致しない。少し安直な転生だったかもしない。困ったなぁ」


 これまで以上に自分の声とは思えない声に肩を落とす。しかし、それでも前に進む意思だけはあるので、テキパキと周囲の情報から推測を始める。


 境遇の下降補正であり得そうなのが、家なし文なしのホームレスだったが、そのスタートラインは回避したみたいだ。身だしなみも整えられており、家の造りも風が吹いたら倒壊するような貧相なものではない。もちろん、奴隷とかでもなさそうだ。


「そこそこガチャは当たり……なのかな?」


 育ちは良さげ。行動するにあたって不便はなさそう。となると、境遇の下方補正はその他の場所から引っ張ってこられる。思い付くのが、学校での陰湿なイジメや、悪辣な労働環境。複雑な家族関係などか。


 布団から手を出して軽く眺める。痛みを感じていた右手にはややきつめに包帯が巻かれている。これも境遇に関係しているのだろうか。


「まあ、いいか。この体の持ち主の状況は後回しでいい。今はエリゼを助けるために動き始め……」


「ああ。起きたか」


「はい!?」


 ノックもなしで扉が開かれて、度肝を抜かれて体が跳ねた。そして、その聞き覚えのある声に寝起きとは思えないほど目蓋が開かれる。


 この肉体とは対照的な黒い普段着を、ボディーラインに合わせて着こなす女性。金髪ロングに赤い目と、強気な印象を与える顔のパーツだが、その表情は無表情。 


 この特徴とこの声……。知ってる。知ってるよ。


「テレーゼ……?」


 間違いない。エリゼの姉のテレーゼだ。こんな急で驚いたけど本物だ。エリゼを守るためにはまずエリゼと接触しないといけなかったけれど、ランダムな人間に転生する状況で、エリゼの姉であるテレーゼの近くの人に転生できたみたいだ。そして物理的にも心理的にも距離が近そうなシチュエーション。悪くない! 


「……呼び捨て?」


 でも、呼び名間違ったらしい!


「ああ……いえ、テレーゼさんっ」


「は?」


「テ、テレーゼ様?」


 敬称を徐々に上げていくがどれも反応が悪い。こういうところは人間転生のデメリットだったか。突然転生してもその人の人間関係が一切わからない。


 なんだろう。テレーゼと屋根の下一緒にいる女性……。魔法使いの仲間だったら、最初の三つで当たり障りないだろうし、貴族のお手伝いさんだとしても「様」で安定する。


 テレーゼの赤い目だけが細められている。怪しまれているか。


 頭をフル回転させるために、まだ体の半分を覆っていた布団を握り締めて刺激を加える。


 この体の持ち主とテレーゼとの関係性を探そう。何かないかな? ベッドに、机にテーブルランプ。椅子に、本に、鞄が一つ。


「いたっ」


 悩んで布団を握り締めすぎて手の中の傷がズキリと痛んだ。手のひらから甲を伝って手首の上まで熱を持っている。それなりの傷だったようだ。


 傷? 手のひら?


「傷口を圧迫すれば痛みもあるだろ。昨日のことでまだ疲れているのはわかるが、いつまでも呆けているな」


 昨日……のこと?


「……大丈夫か?」


「ちょっと……待って。待って」


 嫌な予感がする。いや、いや、嫌、嫌。それはない。それだけはない。


 なまじ頭が回りあらゆる推測をしてしまうからこそたどり着く最悪の想定に身が震える。その震えさえも今は自分の体のものと感じられなくなり耐えきれない。


 覚えている。昨日のことは。ハッキリと覚えている。エリゼと出会って、ウッツに殺されかけて、助けて、テレーゼに引き継いで、死んで。


 手を見つめる。白い指先とその中にある包帯。


「……嘘だろ」


「昨日の傷も覚えていないか?」


 はぁ、はぁはぁはぁ……はぁはぁはぁぁぁぁ!! それだけはダメだ!! それだけはダメなんだ!!


 目が回り世界が魚眼レンズのように歪む。その一方で自分の肉体だけは確かに知覚されていく。俺ではなく、「私」へと。


 テレーゼの赤い瞳が心配の色だけを残して俺の顔の前へ。その目には紛れもない俺の体の姿が映っていた。テレーゼと鏡写しでもしたような赤い目と金髪の。


「さっきから様子が変だぞ。無事か? ――エリゼ?」


「っあぁぁぁっ……!!」


 異世界転生六十三回目。転生ポイント51。転生先人間。個体名。


 ――エリゼ・オーレンシュケン


 それは俺が上書きしてしまった、守りたくて仕方なかった一人の女性の名前だった。


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