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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
一章 ハルネア
20/27

2 51の報酬


「――最下層からの下克上。異世界転生らしくなってきた!」


 ひとしきり涙を流したあと、開いたビブライアのページを軽く眺めながら、俺は大きく手を叩いていた。


 改めて今開いているページを見下ろしてみると、ファンタジーなものが増えている。さらにこれまではウサギやオオカミなど、種族の名前が多かったのだが、それがさらに細分化されていた。


「よし! じゃあこれで開けるようになった十ページから選びたい放題!! ……ってはならないんだよね。そこはまあ当然か」


 閲覧権が増えたことで開けるページが増えたが、実際一番最後のページ以外から転生先を選ぶつもりはなかった。


「境遇へのマイナス補正。これがどういう仕組みか断定できていない内は、最も安全そうな手段を選ぶのが妥当なんだよね」


 境遇へのマイナス補正は、所有する転生ポイントを平均値と比較して行われているらしい。つまり転生ポイントを多く持っていれば有利な境遇に転生できる訳なのだが、その仕様が肝心なのだ。


 パターンA 文字通りに転生ポイントを持っていればどのページに対しても補正がかかる。

 パターンB 転生ポイントの保持に関わらず、開いたページ内の境遇は固定されている。


「つまり言いたいのは、最初のページと今開いているページで境遇に差が出ている可能性があるってこと。正直これは的を射てると思ってるけど」


 根拠は前回のゾンビ転生だ。本来であれば、転生ポイントが減ったゾンビ転生は、これまで以上に過酷なものにならなくてはいけないのだが、体験したところ、それまでと肉体の状態も環境も大差なかった。死亡までのタイムリミットもほぼ一時間と相違なし。だとすると、保有している転生ポイントの数値ではなく、ページ数が境遇に影響していると考えるのが普通だ。


「まあ、これも確信が持ててるわけではないし、なんなら最初のページの生き物に転生しても、境遇が改善されているかもしれない。でも、わざわざリスクを冒してあのページに転生しようとは思わないよね。……別に恐くはないよ? 飽きただけだし」


 それに転生ポイントというレベルが上がって解放された上位の生き物に転生しない理由もない。わざわざ初期キャラ縛りなんてやってたまるものか。


「そんなわけで」


 いざ転生へ! ……はお断り。それは転生初心者の考え方だ。六十三回転生してその全てで死んできた玄人は目付きも思考も違う。


 ビブライアを一切の迷いなく閉じた。


「これからの方針を定めようか」


 気になっていたビブライアの確認は終わり、胸にあった不安が改善された。ここからはさらに計画を立てていく時間だ。


「えーと。まずおさらい。転生ポイントの獲得条件。今回俺がやったのはエリゼを助けたこと。助けてお礼を言われて、多分その後もエリゼは生存している。その結果が今回の転生ポイント50の獲得に繋がった」


 これまでと違って、ビブライアの言うところの『貢献』をした実感はあった。ただそのビブライアの評価する貢献の内容がまだ不明確。誰かを助けるという基準であれば、シカ転生でのアランもそれにあたるだろう。あのときは、アランやその仲間の狩人と共に黒指猫と戦い、その中で一定の貢献を果たした。さらに、生死はわからないが、アランが死んだあと、他の仲間が逃げられるように黒指猫の足止めもしたのだ。


「でも、あのときは転生ポイントは獲得できなかった。だとしたら、結果を評価されたのかもしれないな」


 エリゼは助けて死なせなかった。アランは助けたが死なせてしまった。特定の人物の生死で評価された。十分あり得る話だろう。


「あとはエリゼという人物を助けることがフラグだった可能性もある。シナリオに関係がある人を救ったから、転生ポイントが付与された。ありそうっちゃありそうか」


 頭の回りに比例して、本棚に沿って部屋をぐるぐると回りだす。片腕を伸ばし触れられない本に触れた気になりながらゆっくりと歩く。これはいつの間にか転生部屋での癖になっていた。今となっては目を瞑っても歩けるのだから、百周は優に越えているのだろう。


「転生ポイントについてはまだ詳細は判断できないか。ただエリゼにはもう一度会っておきたいな」


 エリゼが転生ポイントを得るためのキーなのか、そうではないのか。そこを判断するためにも一つの目標はそこにおくべきだろう。


「って、理由だけじゃないって正直になるべきか。普通にお礼を言いたいし、無事か気になる」


 上がったテンションのままに思考を続けてきたが、ここでようやく目を瞑っていた心配事が頭に過る。

 最後にエリゼの姿を見たのは、エリゼがテレーゼと合流したあとだった。魔法で崖から次々とゾンビを弾き飛ばされ、事の発端となったウッツが炭になったあと。心強い味方が加わりネクロマンサーとの勝負は決したとは思うが、実際に目にするまでは心配になるのが普通だ。


「それに強すぎるテレーゼの弱みになるからエリゼが狙われただとか言っていたし、あの場で逃げ切っても、その目的自体が失われることはない気がする」


 浅いどころか話し声を聞いた程度の付き合いしかないが、あのゾンビを崖からダイブさせることに何の躊躇もないほどに冷酷なテレーゼであれば、裏の裏まで見切ってウッツを操っていた元を断とうとはしてくれるだろう。しかし、テレーゼの執念はともかくとして現実問題叶ってはいないだろうと確信している。


「遠隔操作でゾンビを動かせるのなら、わざわざ危険なテレーゼには近づかない。プラスして、あのウッツは本体じゃないにも関わらず異常なぐらい慎重に動いていた。そこまで踏まえると、本体のネクロマンサーはテレーゼが介入した時点でいち早く逃げるのが普通。はあ、どうするかなぁ」


 ゾンビとして死んだ俺にはあの場所に確実に戻る術はない。だからこそ、別方面からのアプローチを考えなくてはいけないのだが、考えるための材料すらない。わかるだろう。この転生は行き当たりばったりしかできないのだ。


 思考の終わりに立ち止まってドアノブを握ると、冷たいとも温いとも言えない滑らかな金属の感触が親指の付け根に触れた。

 部屋を回って回り続けて、行き詰まったところで恒例のドアチェック。これで「はい。開かない」で、締めるのがここまでの転生での通例だ。


「さて、今回も……。面白味もないドアの感触が……待って。(さわ)れた?」


 これまで何度も繰り返してきた動作に、これまでとは全く異なる結果が付与されていた。


 ドアとこちらとの関係性は互いに不干渉。触れないし、殴ったところでこちらの手すら痛くない。それがここまでだったのだが、今回は触れているのだ。これは間違いなく転生ポイントを得たことで生まれた変化だ。


 手の中でドアノブを確かめる。バグじゃない。触れるような仕様に変化している。


「何で……。転生ポイントの獲得がトリガーになったのか? チュートリアルクリアでコンテンツが解放されたみたいな?」


 可能性としてはそれが高いのだろうが、そこで油断をしないように、他ならぬビブライアに教育されてきた。なので、ドアノブに干渉できるだけで満足せず、間髪いれずにドアノブを捻る。

 ドアノブが不思議なほど滑らかに回った。中からの作動音もしなければ、金属を擦り合わせたような音もしない。さらには同時に押していたドアが微かに開き、隙間からこの転生部屋に新たな空気を送り込む。


 ドアは動かしたがその先はまだ見えていない。ドア枠からドアがやや向こうに行っただけ。ズレただけと言ってもいい。そんな中でドアとドア枠の継ぎ目を見つめてゴクリと唾を飲みこんだ。


 心が踊っている。密室からようやく出れるという解放感も渦巻いている。しかし、同様に恐怖もある。


「何かが与えられるのか……。はたまた、これ以上の縛りでも課されるのか。普通に考えれば報酬以外あり得ないんだけど。期待はまずいか……」


 けれど、わかっていても期待してこの扉の先を想像してしまうのが普通だ。この書斎らしき部屋から続く先。何があり得るだろうか。突き当たりが見えないほどの長い廊下か。はたまた転生者に求められるような寝室や食堂だろうか。この部屋から直接繋がることはないだろうが、風呂場なんかも求めるものではある。あるいは直接外に繋がっているのかも知れない。


「少なくとも変化はあるか……。行こう」


 はたして、この転生のシステムを作った神とやらは、どんな世界をこの書斎の先に配置したのか……。


「いざ!」


 ついにその扉を押し開く。空気抵抗すら感じずに全開で口を開いた扉の先。そこからはまばゆいばかりの光が射し込み、堪えきれなくなって目を細め……。


「……って、あぁ……。うん……」


 なんて幻想は存在せず、転生部屋と変わらないような質感の明かりが降り注ぐ。


 勢いよく扉を開いて、瞬きした瞬間からテンションが緩やかに下がっていく。湯を張った風呂の栓を抜いたかのように俺の熱が下から流れて消えていく。ちなみに目の前にあるのは風呂ではない。  


 首の可動域ギリギリまで見上げなければならないほどの高い天井には、部屋の照度を一定に保つために配置されたしつこいまでのシャンデリア。それが照らすのはこれまた背の高い本棚の山。


 本。本。本……本。見渡す限りの本。それ以外に存在するのは本棚とテーブルと、実物を見たことがなかった移動式の木製の階段。


「誠に立派な図書館ですこと……」


 そう呆れ返るほどの巨大な図書館を前に、冷静に推測をしていた自分を置き去りに一歩。そこでこれが現実だと実感して今度は膝をつく。

 手足を地面につけてこの言葉にしがたい不満を精一杯背中で語るが、それを見て部屋の用途を変えてくれるような親切な神などいないのは実証済み。だからこそ、期待していなかった俺からの一言はこう。


「それじゃっ! なーーいぃっ!」


 そんなある意味で俺らしく吐き出された文句を、目の前の図書館は無言で嘲笑うように受け止めていた。


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