15 最後のチャンス
ビブライアがこう言った。「最後のチャンスだ。掴んでみろ」と。
そう指を突きつけられたのに対し、本当の意味で初めて転生に向かい合った。
「うあーう」
ゾンビ。?綱?目?科。前世で存在しない生物なため特徴を含めた全ての項目が不明。
生きているのか? 血は通っているのか? まあ、ビブライアに書いてあるぐらいだし、生き物ってことにはなるんだろうけど。
視線を下ろすと土で汚れた爪の先がある。それを握り締めてから肩から大きく腕を回す。右をやってから次は左。その次に足周りも確かめてから、最終的には喉を開く。
「あーうう、ううー、ううあうあ」
あんまり、人間と、変わんない。
ゾンビの肉体の使用感は、有畑奏真の体を使っていたときと変わらない。ガチャ要素でちょっとした外れを引いたのか、喉がまともに動かないし、左肩はうまく上がらない。だとしても幸運だとは思っている。
最後かもしれないチャンスに、熟練度二十年のヒト型で挑めるんだ。これまでみたいに体の慣らしがいらない分、最初から生き残るための動きに移れる。
人間らしい動作で左右を見渡す。木の柱で枠組みされた洞窟の通路。折れたレールやどこへ向かうつもりかわからない脱線したトロッコ。それから捨てられたように地面に寝そべっているピッケルやスコップなどの道具類。
洞窟で廃坑って感じか。
これまでも二度洞窟に転生した経験はある。一度はコウモリ。一度はダンゴムシ。しかし、今回の洞窟はそれらで見た洞窟とは少し印象が異なる。元あった洞窟に手を加えたのか、新しく掘り進めたものなのかまでは判断できないが、確かに人の手が加えられている痕跡があった。
資源豊かな鉱山で開発も進んでいたけれど、途中何らかのアクシデントが発生して、まともな撤収作業も行わずに放棄した……ってところか。
床に落ちていたスコップを拾い上げる。かなりの年月が経っているのか、先の金属部分は所々欠け錆び付いている。柄の部分も素手で触るには勇気がいるほど目に見えてささくれだっていた。それが手のひらに突き刺さる感覚はあったが、ゾンビということで痛みは感じず、武器として持っていくことを決める。
異世界での廃坑となると、その原因にモンスターの大量発生が思い付く。その次ぐらいに、地形の問題や事故。どれでもあまりいい気分にはなれない。
「あーう」
でも、あれだけはやめてほしいね。天然ガスを堀当てて洞窟内にガスが充満しているとか。
転生ポイント1の下方補正であれば生まれた側から危険地帯なんて可能性は十分にあり得る。そもそもが土の中からスタートという一つ判断を誤れば死んでいた状況だったことを考えれば、この先どんな過酷な展開になるのかも想像できない。
だからガスはやめてね。
そう錫杖のように持ったスコップに祈りながら、使い物になるのかわからない鼻をウサギのように小刻みに動かしつつ、洞窟の中の探索を進めていく。
地図もなし、空気の流れから出口を判断することもできず、ただ繋がったり途切れたりしているレールを辿っていく。その間にも集中していたおかげでわかったことがいくつかある。
一つ、どうやらこのゾンビは暗視ができるらしい。この洞窟には目立った光源がないにも関わらず、ほとんど全てがはっきりと見えている。ウサギの鋭い五感や、クモの丈夫な糸のような生物固有の能力のようだ。
そしてもう一つ、洞窟内は非常に平和ということ。外敵に対して過剰なほど警戒して洞窟内を彷徨っていたのだが、その途中でゾンビとゴブリンに出会った。ゾンビの方は動かしにくい手を軽く上げて挨拶をすると、声とも言いがたい空気の漏れ出る音で反応してくれた。ゴブリンはそこまではいかないにしても、俺には興味がないようで、近くにあったスコップを拾い、洞窟深くへと持ち帰っていった。
こうして他の生き物の神経が尖っていないのだから、出会った生き物の種類関係なく、ゾンビにとっては穏やかな場所なんだろう。だからといって、問題がないわけでもないが。
今回の転生は、転生ポイント1のビブライアが開けない状態で行われた詰み防止の転生とみている。しかし、その詰み防止もいつまで続くのかわからいないのも本音であり、同時に転生ポイント1という、いつ転生ポイントが0になるかわからない状況だ。だからこそ安易に動けない。死ぬこともできず、何者かに力を行使するのも憚られる。
生き延びて転生ポイントを貯める。これまで達成されたことがない二大命題を同時進行しなければ、次があるかもわからない。これを絶体絶命と思えないほど、この世界で温く生きてきた覚えはない。
転生ポイント……貢献度。ここに戻ってきても打開策が思い付かない……。
これまでの死で一向にその数値を変えることをなかった転生ポイント。頭を割られて死のうとも、全身を焼かれて死のうとも、腹を喰われて死のうとも、何も評価はされない。全てに無駄死にというシールを貼られて、廃棄されていく。
――ビブライアは俺を評価してくれない。――ビブライアは俺を必要としてくれない。
元の転生ポイントは人間だった俺の生き様が反映されている。それが俺は平均を大きく下回る6ポイントだった。つまり何にも貢献できずに生きてきた愚か者と言われているんだ。そんな人間がどうやって貢献なんてすればいい。何をすれば評価される。
嫌になる思考を外に投げ出すように、力強くスコップを地面に叩きつけた。甲高く耳をつんざく金属音に暗くなりかけていた頭が揺れる。
くそっ。
打ちつけたスコップが手の中で揺れている。俺はここからどうすれば……。
「今の! 誰かいるんですか!」
「あーう?」
人? 人の声?
急に聞こえた声に反応して顔を上げる。それに続くのは反響した足音だった。姿こそ見えないが焦ったような息遣いから、かなり緊迫した心理状態だと推察できる。
「だ、誰か。お願い! 返事をして!」
か細くちぎれるような声に、何も考えずに足が動きそうになる。けれど、そこを冷静で臆病な自分がゾンビの足を掴んで引き戻していた。
「……あう」
俺の生き様が警告する。前回のアランたちを失った光景がフラッシュバックする。
落ち着かなくてはならない。俺は転生者が持つような特殊な力を持っていない。だからこそ、培ってきた観察力と推測は怠ってはならない。それがこの魂に残された数少ない武器なのだから。
分析しろ。推測しろ。あの人の元まで駆けつけていいのか。
これまで出会った人間は、必ずしも味方なわけじゃなかった。むしろ、何度も出会ってかなりの確率で殺されてきたのは間違いない。よく言うやつだ。人間を二番目に多く殺している生物は人間。ちなみにこの有畑奏真の魂では一番多く殺されてきた相手だ。
確かに例外はあった。アランとその仲間の狩人たち。しかし、あれは例外中も例外だったに違いない。
それに今の俺はゾンビ。自分が冒険者にでもなったとして、洞窟でゾンビに出くわしたらどうなると思う? 間違いなく経験値と安全確保のために攻撃する。自分が真っ先に思い付く展開を、真っ先に捨てて助けに行くなんて無謀もいいところだ。
だから反応は示さない。黙って隠れてやり過ごす。
極力向こうに位置を悟られないようにそっと通路の端に隠れる。そして、残響として洞窟を駆け抜ける女の声が過ぎ去るのを岩の影に体を張り付けて待ち続けた。
早くどこかに行ってくれ。
いまだに姿の見えない女。しかし、向こうはスコップの音を鳴らした俺の姿を探して歩き回っているようだった。けれど、それも徐々に小さくなる声と共に静まり始め、最後には足音が消えて立ち止まる。
「誰か……助けて……」
か細くちぎれるような声が胸を引っ掻いた。切望するその姿はいつの日かの誰かにひどく似ている。
助けて……か。
『元の世界に戻して……』
誰も助けが来ないとわかっていながら助けを求める苦しさ。それは現世でもこちらの世界でも味わった。それを今、声の主は味わっている。
それでいいのだろうか?
いや、これは冷静に推測して……そう、転生ポイントの補正からして、彼女がこちらの敵になる確率が高いんだ。
助けられるのに漠然とした危険に怯えて背を丸めるのか?
俺はゾンビだから……。助けるなんて、襲われるって間違われて終わり……。
「うぅ。お願いっ……」
ザッ。
止まっていた足が動いていた。理性よりも前に感情が前へと飛び出した。
「あうぅ」
……NOか。どれだけ理性的になったとしても弱ってる相手を見捨てることはできない。ビブライアに見捨てられてきた自分が、誰かを見捨てることなんてしたくない。
女の声からこの数日での苦悩が思い返され足が動く。転生ポイントのためだとか、人脈を作るためだとか、そんな打算的な考えはなし。ただ助けたい。一人怖くて踞っているであろう声の主に、自分には差し伸べられることのなかった救いの手を差し出したい。
モンスターを警戒して音を殺したように啜り泣く女を探して歩き回る。迷路のような洞窟ではあったが、どの穴から声が漏れているかははっきりとわかる。一つ通路を選び声が近づき、また一つ通路を選ぶと息づかいが伝わり始める。そして、地面に衣類が擦れる音がしだしたときには、踞る一つの塊を見た。
――いた。
わざとこちらの存在を表すために立てていた足音が、彼女の姿を見て唖然とし止まっていた。
洞窟に来ているのだから最低限の装備を持っているのが普通だ。あっちの世界でのアイテムにはなるが、バッグにテントやナイフ、あとは必需品である光源のライトや着火材などは持ち歩くだろう。しかし、こんな風の流れすら感じ取ることのできないような洞窟深くで、足を崩して啜り泣く彼女は、これといったアイテムを保持していない。暗闇を進むための光源さえもだ。
暗闇に取り残された踞る少女。それが助けを求めていた声の持ち主だった。
モンスターを狩りに来た冒険者ではなさそうか。冒険者ならこんな軽装じゃないし、剣もなければ杖もない。それらしい防具は付けているけれど、当人とのアンバランスさがありあり。
黄金を引き伸ばしたかのような光沢のある髪。その下にあるミルクのような滑らかな質感の肌もとても一般人とは思えない。啜り泣く姿、声の広がり方。そのどれをとっても気品が見える。
だからこそ取り繕ったような装備が目についた。右肩から胸にかけて垂れ下がった、色の濃い茶色の胸当て。スカートなんていう防御力とは無縁の下半身。そして、ちょうど膝と脛辺りに巻き付けるようにして付けられた同じ質感の膝当て。
アイテムなしで洞窟深くに迷い込み、しかも、その装備は安物っぽくて、付け方もめちゃくちゃ。何も知らないお嬢様が勝手に洞窟に入ったと思いたいが、普通こんな場所まで一人で明かりなしでやってこれるはずがない。
彼女は暗闇でかなりの時間彷徨ったのか、至るところ苔やら土やらで汚れている。そんな中で殊更強く目を引くのは手だ。力なく地面に甲から付いた手の上には、ゾンビの鼻を刺激する赤い血が重ねられている。何度も何度も。暗闇の中、洞窟の壁に手をついて出口を探し、出血を繰り返したんだろう。見ていて痛々しい。
暗闇の中で出口もわからず。道があるかもわからず。ただ手探りで出口を探す。仲間がいるかも、敵がいるかもわからないままに。
よく正気でいられたものだよ。
ゾンビにもゴブリンにも相手にされずこの人はどれだけ孤独でいたのだろうか。先の見えない不安がどれだけ人格を崩すのかは体験済み。それを二重の意味で体験していたこの人は無事とは呼べないだろう。
できることなら、駆け寄って声をかけ、その装備を正してから手の傷に包帯を巻いてあげたい。けれど、俺にはそれをできるだけの素性がない。今の俺はゾンビ。かける言葉もなく、それこそ音一つ与えるだけでも怯えさせてしまう。
……でもか。何もしないならわざわざ貴重な時間を使ってここまで探しに来たりはしない。
声をかけることはできないけれど、この人を一人にしておくのも心苦しい。だからこそ、たとえ嫌われたり怖がられたりしたとしても、助けるという結果だけは残したい。
なので、せめて一人じゃないんだと伝えるために声とは違った別の手段を選ぶ。
持っていたスコップを見つめてから反対に持ち変える。赤い錆と土が手のひらにクレヨンで汚したような痕を残すが、不快さなどこれっぽっちもなく、その反対側のささくれの減った柄で女の肩を叩いた。
大事なのは人間らしさを残すこと。乱雑だったり変にぶつかったような感覚が生まれるとモンスターだと思われより怖がらせる。だから、人を振り向かせるために肩を叩くような調子で二回。
トントン。
「だ、誰……? 誰かいるのか?」
弱々しい涙声が一気に切り替わる。力がこもった口調はちょっとした軍人のようだったが、残っていた鼻の通りの悪い涙声には弱さも表れていた。
見えないはずなのに、期待したように赤い目を開いて女が振り向いている。いくら暗闇だからといっても、肩に触れたスコップを人の手とは間違えてはいないだろう。しかし、その肩を叩き方で、少なくとも敵ではないと判断はしてくれたようだった。
……さて。ここからどうしたものか。
ひとまずは安心させるために肩を叩いてみたものの、コミュニケーションがろくに取れない状況では解決策などあるわけもなく。「誰?」と期待したように尋ねられたところで、返す言葉がないのが実際のところだ。
こちらの沈黙に対して、女が焦っているのがスコップを通した震えから伝わってくる。そして答えのない答えに堪えきれなくなったのか、再び女はこちらへと声をかける。
「ウッツさんか?」
疑うことをまるで知らない声音。それにある種の哀れみを向けて、張り付いたように動かしにくいゾンビの目を細める。
ウッツさん……か。具体的な名前が出てきたということは、この洞窟へ入る際に一緒にいた人か。その人とはぐれて今ここにいると。
肩に乗せていたスコップの柄に傷だらけの手で女が触れようとした。それを不衛生だからと思い、スコップを引き柄を肩の上からどかす。
「待って! ウッツさんじゃないのはわかった。……その。もしかして、君は話せないのか?」
ぼんやりと見上げながら、女は訊いていた。それなのに腫れぼったい目はまるでこちらに向かって意志を向けているようだった。
「……」
ゾンビの柔軟性の欠ける固まった喉では人間の言葉は扱えない。なので、ひとまず俺はスコップを正しい姿勢で構え、その先で地面を叩いて言葉へとする。
コン。
一度だけの岩を打つ音。YESの合図だ。今のところ彼女はこちらを敵とは思っていなかった。であれば、この音の意味もいい方に推測してくれるかもしれない。
最初の急な音で女の肩が跳ねた。しかし、それは反射のようなもので、もたらされた結果はそれとは逆。ホッと息を吐き、緊張の和らいだ表情を浮かべている。金髪に赤目と硬派な印象を持つ外観だが、このときは真逆の隙だらけの穏やかな印象だった。
「そうか、やっぱり、伝わってる。……よかった。本当に」
「……」
「あー、すまない。私はエリゼ。アルフレート・オーレンシュケン男爵家の次女エリゼ・オーレンシュケンだ。あなたは?」
「……」
「そうだ。話せなかったか」
やや残念そうに頷きながらも、声音だけはこちらに不快感を与えないように明るく振る舞う。気丈な女性で人の感情に対して敏感な人だ。それは最初に助けを呼んでいたときとは別人のようにも感じられる。
そんな人の良さが垣間見えるエリゼは物言わぬこちらに対して事情を説明するように口を開いていた。
「何で貴族がこんなところにいるのだと思っているのだろう。少し訳ありでな。テレーゼお姉様を探していたのだ」
人探し?
改めて身なりを確認する。貴族が誰かしらに追われている展開を想像していたが、よく考えればその割にしては杜撰ではあるものの装備品はある。洞窟に入るつもりでなければこんな風に装備は用意できない。……下手な装備ではあるけど。
「テレーゼお姉様は朝から仕事で出掛けていたのだ。しかし、普段よりも帰りが遅く心配していたところに、テレーゼお姉様がこの洞窟から帰ってこないと聞いたのだ。なので私はその話を教えてくれたウッツさんと共に身支度を行い洞窟に入ったのだ」
その仔細について軽く頭に留めながら、エリゼの装備などを眺めてからエリゼの息継ぎの間を埋めた。
「しかし、洞窟の深くまで潜ったところで、突然明かりが消えたのだ。何が何やらわからなくなる中で、いつの間にかウッツさんはいなくなってしまっていた。何者かに襲われたのか、私のように迷っているのかはわからないが、それ以降数時間は誰の声も聞いていない」
ここに至るまでの恐怖を思い出したのか、エリゼは腕を抱く。ガチャリ装備がズレて肩の部分の金属が垂れ下がる。
ウッツから姉の消息がわからないと聞いた。そのウッツに明らかにサイズのあっていない装備を準備させられた。さらにはウッツの持つ松明が消え、消えた明かりもつけず急にいなくなった。そして、エリゼの方には照明となるような物は持たされていない。
……頭から尻まで怪しいところづくしだ。洞窟に入るのなら明かりの準備は怠らない。それに、たとえ一つ光源が切れたとしても、普通は次のものに切り替える。それをせずに暗闇の中エリゼの元からいなくなるなんて、不自然どころの話じゃない。
ウッツの行動にどういった意味があるのかはわからない。しかし、少なくともウッツに良い印象は抱けなかった。
もう少しいろいろと訊いて、情報を集めたいのが本音。しかし、言いたいことがあってもゾンビの肉体では果たされることがないのが実状。
言葉にできない不快感を二重の意味で腐った胸に抱きながら言葉を飲む。今はエリゼの話を聞きつつ、洞窟の外を目指していくしかない。地形はわからないものの、エリゼと違って目は見える。楽観的すぎるかもしれないが俺ならなんとかできる。
まあ、このエリゼが俺の次の死因になる可能性も大だろうけど……。
「えっと、もしもし。聞いていてくれているか」
「……」
「……ね、ねえ。もしかして偉そうで気にくわなかった? ごめんなさい。そんなつもりじゃないから。だから、一人にはしないで。ね? お願い」
おや?
エリゼが心配そうに暗闇を見渡し手探りでこちらを探そうとする。触れられると厄介なことになりかねないので、少し距離をおいて見守った。
「私は何もできないの。悔しいけど……。スキルはないし、魔法も使えない。だから、お願い。オーレンシュケン家を頼ったお礼はできないけど、私のできることは何でもするから……」
今何でもって言った?
「だから、テレーゼお姉様を探すのを手伝って」
……。
泣き崩れるようにエリゼは項垂れた。弱々しく俯く様は、非力な子供よりも頼りなく、つつけば崩れてしまいそうなほど脆い。
でも、そうか。そういう思考回路なのか。ふざけてる場合じゃなかった。
元々助けるつもりではあったが、曖昧だったエリゼの本質が見えて、ちょっとしたふざけが退いていった。
「洞窟から出るため」
「一緒に来たウッツと合流するため」
磨り減った精神ではまず自分の安全を考える。それが生存本能として正しいのは俺にはわかる。しかし、その中で、自分のことを一番に考えなくてはいけない中で、エリゼは異なる答えを出していた。決して正しいとは言えない愚かしい答え。
テレーゼを助けるために……か。よっぽどだよ。
コツン。
俺はまた一つスコップの先を地面に当てた。それがエリゼの信念に対するこちらの回答だった。
音を聞いてパッと顔を上げたエリゼの顔にはまだ疲労や不安の色はあった。しかし、同時に爛々と輝く使命感も瞳の奥に携えていた。
行こうか。……いるのかわからないお姉さん探しはしないけど、その答えを知る人を探しに。
スコップを片手に持ち、空いた手に手頃な石を拾う。それからスコップの柄の方をエリゼの手元に当てた。
「案内してくれるの?」
コツン。
掴まれたスコップの代わりに石で壁を叩く。すると、初期印象よりも幾分か角の取れたエリゼが立ち上がる。暗闇の中、スコップの引く方へ自分の足で迷いなく一歩を踏み出す。
壁に手も預けないって……。もうここからはこっちの案内だけを信用するってことか。
出会ったばかりなのにそれこそ命を預けられているようで荷が重い。しかし、それがこの世界で初めて誰かに求められた気がして悪い気はしない。
転生ポイント1。境遇最低のゾンビ。経過時間三十分。
推測される余命の時間が近付いてくる。あの部屋の置時計の針が進む音が聞こえる。しかし、それでも、ポツリポツリと会話をしてくれるエリゼの声が、その音に優しく蓋をしてくれていた。




