ケース2
龍一の目の前には、巨大な球体の泥が浮いている。住宅街に発生した危険度Aランクの情物だ。隣に立つ零が弓を構えると、彼は走り出した。
「さっさと死んで」
斧を振りかざして真っ二つに切り裂けば、道路に泥が散らばっていく。
「最悪……」
泥が顔や服に飛ぶと、龍一は顔をしかめた。
「零!」
「了解!」
呼びかけられた零は、泥の破片に矢を放った。矢が突き刺さった泥は消滅していく。
「なるほどね」
龍一が切り裂いた情物を見ると、露出した核が空高く上がっていた。
「チッ……めんどくさい……」
龍一は舌打ちをして、核を見上げる。
そのとき――
核に鎖が巻きついた。
「侑馬……」
龍一の視線の先には、鎖を握る侑馬がいた。彼は凄まじい力で情物を引っぱると、力任せに地面に叩きつけた。情物の核にヒビが入ったのを見ると、龍一は飛び上がって斧を振り下ろした。
「今度こそ死んでよ!」
龍一の一撃で、情物の核は破壊された。
「侑馬〜! お前、俺たちの獲物を取るなよ〜」
零は侑馬に駆け寄ると、笑みを浮かべて軽口を叩く。
「ん? ダメだったのか?」
「冗談だよ! お前の家でゲームしようぜ」
「ああ、いいぞ。俺は強いから負けないがな」
侑馬が腕を組んで、自慢げに言う。すると、泥だらけの龍一が疲れたように近づいてきた。
「何でもいいけど、シャワー借りても良い?」
「酷いことになっているな。好きに使ってくれ」
「本当に最悪だよ」
龍一は腕を軽く振って、泥を落とそうとしていた。
「みんなでゲーム大会だな。ま、どうせ侑馬が負けるだろうけど」
「侑馬は不運だからね」
龍一と零の言葉に、侑馬は眉を寄せた。
「人より少し運が悪いだけだ」
侑馬は唇を尖らさせて、不満の声をあげる。その様子を見て、龍一は軽く侑馬の肩を叩いた。
「可愛こぶらないでよ」
「急になんだ……?」
突然肩を叩かれて、侑馬は少し驚く。零は楽しそうに笑った。
「無自覚だな」
「タチが悪いよ」
龍一は少し不機嫌そうに、零はニヤニヤとした顔で頷き合う。
「何の話だ?」
侑馬だけが不思議そうにしていた。
◇
龍一は侑馬の家でシャワーを浴びている。温かさが皮膚に染み込んでいくような感覚がした。
「気持ちいい。侑馬たちは大人しくゲームで遊んでるかな」
零は一人ならば、普通に楽しい相手だ。しかし、侑馬が絡んだ瞬間、悪ふざけを始めてしまうのであった。
「変なことしてないと良いけど……」
お風呂場から出て体を拭き、侑馬が用意してくれた服を着る。
「ふう。やっぱり、シャワーを浴びると気持ち良いなぁ」
一息ついて、ふと洗濯機が目に入る。
「あれ……洗濯されてない……」
自分の汚れた服が洗濯されていないことに、龍一は首を傾げる。不思議に思いつつも、廊下へ繋がる扉を開けた。
その瞬間――
大きめの泥で出来た雪だるまが目に入った。
「は!?」
龍一から大声が漏れ出た。彼は何度も目を擦るが、目の前の光景は変わらない。磨かれてツルツルになった泥の雪だるまが目の前にある。
「なにこれ……」
「泥だるまだ」
廊下を侑馬が歩いてきた。彼は満足そうな顔で、微笑んでいる。
「龍一の服についていた泥で作った。俺の力作だ」
褒めて欲しいとでも言いたげな侑馬の姿に、龍一はとりあえず頷いておいた。
「ああ、そう……」
「最近、疲れている様子だったからな。俺の泥だるまで元気は出たか?」
「…………」
侑馬の言葉に龍一は黙り込む。不器用ながらに、彼は龍一を元気づけたかったのだ。
「癒されなかったか?」
侑馬は不安そうな声を出した。龍一は侑馬が作った泥だるまを見る。目のところには、緑色の苔が埋め込まれている。龍一と同じ緑色にしようとしたようだ。
「なんで目のところが苔なわけ? 僕の目は苔みたいってこと?」
龍一は侑馬の頬を力いっぱい引っ張る。すると、侑馬は申し訳なさそうに謝った。
「違う。使えそうなのが苔しかなかったんだ。君の瞳は苔より綺麗だ」
「苔より綺麗って……もっと良い褒め方あるでしょ……」
落ち込んだ様子の侑馬に自然と笑みがこぼれる。彼の一生懸命さが龍一には伝わっていた。
「おーい! 龍一、泥だるまはどうだった?」
零が廊下を走ってくる。龍一は僅かに微笑みながら言う。
「まあ、いいんじゃない……」
呟いた声は、慈しむよな声色をしていた。
<資料集>
沢田 侑馬 ⇒ 語彙力皆無だけど、友達大好きな良い子。
相川 龍一 ⇒ 何だかんだ言って、友達に弱い。
泡島 零 ⇒ 完全な愉快犯




