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禁忌の岬に響く、失われた友の名  作者: 流幻


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4/5

連合軍の戦いと訪れた大厄災

 連合軍は龍の岬に向け、ゆっくりと進軍を続けた。

 5種族の数千の兵士たちが砂埃を上げて進む姿は、まるで巨大な獣のように見えた。

 俺は隊長として最前線に立ち、シュバイツの鱗でできた盾を左手にしっかりと構えていた。

 心は重く、足取りは自然と鈍くなった。

 リリアの優しい笑顔と、エリオの無邪気な声が、何度も脳裏に浮かんで消えなかった。

 守るべき家族がいるのに、その家族を作るきっかけをくれた友を討つ、できるはずがない。

 心は激しく揺られながら、俺は静かに目を閉じ、岬での日々を思い浮かべた。

 

 岬のシュバイツが居る先端の近くまで到着したのは、濃い霧に包まれた朝だった。

 切り立った岩崖が海に突き出し、波の音が絶え間なく響き渡る。

 5種族の精鋭がそれぞれ陣を張った。

 エルフの弓兵団は魔法と弓で攻撃の準備をし、獣人の突撃部隊は地面を蹴り戦意を高め、小人とドワーフは兵士たちに装備や補給の準備を整え、人類の騎士団は剣を抜いていた。

 誰もが期待と欲に目を輝かせ、龍の鱗を手に入れる瞬間を想像しているようだった。

 空気は緊張と興奮で張りつめ、兵士たちの息遣いが聞こえるほどだった。

 

 俺は先頭に立ち、盾を掲げて低く声を上げた。

「進軍せよ」

 しかし、心の中では全く別の言葉が渦巻いていた。

 シュバイツを傷つけることなど、絶対にできない。

 

 戦いが始まったが、シュバイツは巨大な白龍の姿を現さなかった。

 ただ、低く重い咆哮が岬全体に響き渡った。

 その音は胸の奥まで震わせるようだった。

 白い霧が一瞬で岬を覆い尽くし、視界を完全に白く染め上げる。

 連合軍の魔法攻撃が霧に向かって一斉に放たれた……が、すべて白い霧に飲み込まれ、弾かれるように消えていった。

 強烈な風圧が兵士たちを吹き飛ばしていく。

 岩が砕け散り、地面が激しく震える、雷撃が大地を焦がしたが、致命傷を与えることはなかった。

 シュバイツの力は圧倒的だったが、誰も殺さなかった。

 重傷を負う者は次々と出たが、命を奪うことは一切なかった。

 それは慈悲か、それとも明確な警告か。

 兵士たちの叫び声が霧の中に響き、混乱が広がった。

 

 エルフの隊長が霧の中で叫んだ。

「龍の素材を抑えろ! 素材は我々の研究に必要だ!」

 獣人の戦士たちが牙を剥き、強化された体で突撃を試みるが、強風に押し戻され、岩場に叩きつけられる。

 想像を上回る激しい攻撃で、陣形が崩れた。

 俺はただ盾を構え、立ち尽くしていた。

 心が迷い、攻撃することなどできないまま、剣を握る手が震え、喉が渇いていた。

 シュバイツの声が、風に乗って俺だけに届いた気がした。

『友よ、来るな。ここは私の領域だ』

 

 戦いは一方的に、そして短時間で終わった。

 連合軍は装備や物資など壊滅的な損害をだしたが死者は出さず、それでいて完膚なきまでに敗北した。

 シュバイツは兵士たちを、強力な魔法の力で各種族の首都近くに送り返した。

 死者は一人も出さず、重傷者も治療して。見せしめではなく、生きて帰す慈悲だった。

 兵士たちは恐怖と混乱の中で、龍の力を思い知らされたはずだ。

 

 ただ一人残された俺は岬の岩の上に座り込み、呆然と灰色の海を眺めていた。

 シュバイツの鱗でできた盾など、作った本人の前ではただの玩具に等しかった。

 5種族の精鋭が、龍一匹に翻弄されたという事実は、すぐに大陸中に広がることになるだろう。

 俺の胸には、激しい罪悪感と少しの安堵が混じり合っていた。

 

 その直後……大厄災が起きた。

 時の巡りが、極めて悪かったとしかいえない。

 魔物の大発生、異常気象など数多くの天変地異がグリア全体を同時に覆い始めた。

 空が突然黒く染まり、地面が激しく揺れ、川が血のように赤く流れ、森が一夜で枯れ果てた。

 シュバイツとは似ても似つかない邪悪な竜が空を舞い、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 魔物の群れが街に雪崩れ込み、瘴気が人々の体を内側から蝕み始めた。

 子供の泣き声、母親の叫び、老人のうめき声が、どこでも聞こえた。

 

 俺が連合軍から戻る前に、俺の家は大厄災に巻き込まれた。

 リリアとエリオは、家ごと飲み込まれた。

 魔物の群れが街を襲った時、俺はまだ岬に近かった。

 街に戻った時、俺の家はすでに廃墟と化していた。

 崩れた壁の間に、リリアがいつも付けていた髪留めのような小さなものが落ちているのを見つけただけで、息子を抱きしめることすらできなかった。

 血の跡も、形のある遺体も、何も残っていなかった。

 胸が引き裂かれるような激しい痛みが、全身を襲う。

 俺は膝をつき、声を上げて泣いた。

 シュバイツを守るために家族を失うなど、考えてもいなかった。

 リリアの温かな手、エリオの笑顔、毎朝の家族の食卓……すべてが一瞬で消えてしまう。

 涙が止まらず、盾を握る手が白くなるほど力を込めた。

 

 それから、俺は狂ったように戦い続けた。

 盾を構え、シュバイツに教わった魔法を全力で放ち、剣を振るった。

 大厄災の最前線で、人々を救い続けていく。

 魔物の大群を薙ぎ払い、崩れ落ちる建物を魔力で支え人々を避難させた。

 能力と盾の力で、多くの命を助けた。

 襲ってきた竜を攻撃したが、倒すことはできなかった。

 竜の攻撃はシュバイツのくれた盾で完全に防げた、反撃をしたが剣は人間の作ったものだ。

 竜に軽傷を負わせて、音を立てて剣は折れた。

 幸いなことに、俺の攻撃で街から遠くへ竜は飛んでいった。

 もしかすると、シュバイツに貰った盾を恐れただけかもしれない。

 

「俺の後ろへ逃げろ!俺が守る!生きるんだ!」

 叫びながら、リリアの優しい声とエリオの笑顔が何度も浮かんだ。

 失った痛みが、俺を休むことなく戦いへと駆り立てた。

 汗と血と涙が混じり、息が上がり、魔力が枯れそうになっても止まらなかった。

 俺を英雄と呼ぶ声が遠くから聞こえたが、そんなものはどうでもよかった。

 家族を失った空白を埋めるように、ただひたすらに戦い続けた。

 

 大厄災は1年と数ヶ月続き、ようやく収束の兆しを見せた。

 大陸は深く傷つき、多くの命が失われた。

 俺は多くの人々から英雄と呼ばれたが心は完全に空っぽで虚しいだけだった。

 家族を失った痛みは、決して癒えることはない。

 夜が来るたび、リリアとエリオの夢を見ては目を覚まして一人で空を眺めた。

 すべてが終わった後、英雄として俺を祭り上げるための式で、俺は族長がいる前で宣言した。

 魂を込めて声を張り上げ響かせた。

 

「岬を荒らし、禁忌を犯した者たちに、龍の怒りが神罰として下されたのだ!龍の住む禁忌の岬、あの岬を荒らすと祟りが起こる」

 

 もちろん、そんな祟りなどない。

 だが、大厄災の事実が、人々の恐れを深い畏れに変えた。

 岬は「禁忌の岬」と呼ばれ、誰も近寄らなくなった。

 5種族は互いに責任をなすりつけ、龍の話題を避けるようになった。

 誰もが、あの白い龍の力を恐れた。

 シュバイツはこれで本当に……永遠に孤独になってしまったかもしれない。

 

 俺はすべての職を辞した。

 族長や軍、それに街の人達からも強く引き止められた。

 

「友の龍の怒りを鎮める」

 

 それだけ言い残し、逃げるように岬に戻った。

 各種族は祟りを恐れ龍を討伐に行った事実を隠し「龍騎士」の存在そのものが記録から抹消された。

 

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