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禁忌の岬に響く、失われた友の名  作者: 流幻


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友よ、また会おう

 岬に戻った日の空は、久しぶりに晴れていた。

 岩肌が陽光に照らされ、波の白い飛沫がきらきらと輝いていた。

 俺はゆっくりと岬の先端へ歩いた。

 大厄災で疲れた体はまだ癒えず、足取りも重かった。

 

 シュバイツは人間の姿で、いつもの岩の上に座っていた。

 白い髪が潮風に優しく揺れ、黄金色の瞳が静かに俺を迎える。

 そこには怒りも、責めるそぶりもなかった。

 ただ、長い時を生きてきた龍の、穏やかで深い優しさだけがあった。

 俺は隣の岩に腰を下ろし、何も言わず海を眺めた。

 波の音が、遠い昔の記憶を呼び起こす。


「よく帰ってきたな、ラルコーグ」

 その声は穏やかで、温かかった。

 俺は小さく呟いた。

「すべてを失った。家族も、名声も、剣も……でも、友だけは守れた。お前の事を話すなと言う約束を破ったから絶交されてるかもしれんが……」

 シュバイツは海を見つめたまま、静かに言った。

 「お前は強い、そして優しい。友として、我は誇らしいぞ」

 その言葉が、胸の奥に染み渡った。

 俺は涙をこらえるように目を細め、遠い空を見上げた。

 

「もう一度、戦う気はないのか? お前の力は我も認めているのだぞ」

 俺は首をゆっくりと横に振った。

 海の水平線を見つめながら、龍の盾をシュバイツの方に差し出して、静かに答えた。

「戦えぬ者を助けるためだけなら良い。だが、友を討伐せよと言った族長に、剣を預ける気にはなれない。俺は……もう、十分だ。家族を失い、多くの命を救った。それで、俺の役割は終わった」

 差し出した盾を受け取って、シュバイツは「そうか」とだけ呟き、何も言わなかった。


 それから、長い年月が流れた。

 春には岩の隙間に小さな白い花が咲き、俺はリリアとエリオと三人で花を摘んだ日のことを思い出した。

 夏には海が青く輝き、エリオが「パパ、泳ごう!」と笑った声が蘇った。

 秋には風が冷たくなり、リリアが俺の肩に頭を預けて「ずっと一緒にいようね」と言った温もりがよみがえった。

 冬には小屋の外で火を囲み、シュバイツが静かに俺の話を聞いてくれた。

 

 俺は老いていった。

 髪は真っ白になり、手は震え、腰が曲がり、歩くのもままならなくなっていく。

 シュバイツはいつも人間の姿で俺を支え、小屋の中まで連れて行き、冷えた体を温めてくれた。

 ある夜、海を眺めながら、俺はシュバイツに聞いた。

「シュバイツ……お前は、寂しくないのか?俺が死んだら、また一人になるな」

 シュバイツは長い沈黙の後、静かに微笑んだ。

「寂しい。だが、お前との思い出がある。お前が『友だ』と言ってくれたあの日から、我の長い時は変わった。お前は、我に『人間の心』を教えてくれた」

 俺の目から、涙が一筋こぼれた。

「ありがとう……友よ」

 

 死が近づいた最後の日、俺は小屋の中に横たわり海を見つめていた。

 体はもうほとんど動かず、息も浅くなっていた。

 シュバイツは、そっと傍らに座ってくれる。

「お前は、どうするんだ?」

 俺は声を絞り出すように聞いた。

 シュバイツは優しく微笑んだ。黄金色の瞳に、静かな光が宿っていた。

 そして、その姿が変化していく……俺の昔の姿か?


「友を忘れないため、この姿で暮らすさ。この岬で、海を眺め続ける。そして、いつかお前が望む『戻らない死』が戻る日まで、俺はここで待つ」

 その言葉に違和感があった、俺は『戻らない死』と、いうものを望んだことは無い。

(そうか……俺はまだ……)

 意味を理解した俺は弱々しく笑った。


「シュバイツ……お前は、強い龍だ。俺の分まで……生きてくれ」

 シュバイツの小さな手が、俺の冷たくなった手をそっと握った。その手は、わずかに震えていた。

「……ラルコーグ」

 その声はかすかだが、初めてかすれていた。

「我は……お前を失うのが悲しい」

 その言葉に、俺の胸が激しく締め付けられた。

 シュバイツの瞳に、初めてはっきりとした悲しみが浮かんだ。

 長い時を生きてきた龍が、たった一人の友の死を前に、静かに慟哭していた。

 俺は最後の力を振り絞り、震える手でシュバイツの髪を優しく撫でた。

「泣くな、シュバイツ……お前は、俺の友だ。ずっと……」

 視界がぼやけ、息が遠のいていく。

 その瞬間、俺の胸に温かな光が広がって行くのを感じた。

 リリアの笑顔、エリオの無邪気な声、両親の最後の優しい言葉、シュバイツとの修行の日々、すべてが優しい光となって包み込んだ。

 俺は静かに目を閉じた。

 満足だった。

 痛みも、怒りも、喪失も、すべてが愛おしく思えた。

 

 ラルコーグの物語は、ここで終わる。

 だが、シュバイツ・グリアは今も岬にいる。

 俺の幼い頃の姿で、海を眺めながら、遥か昔の友の思い出を胸に、静かに時を過ごしている。

 時が流れ、季節が巡り、世界が変わっても、シュバイツの孤独は癒えない。

 厄災は繰り返し、種族も世代が移り変わり、5種族の因縁すら薄れていく中で、龍だけがここに残る。

 友の温もりは、もう二度と戻らない。

 笑顔も、声も、手のぬくもりも、すべて失われた。

 時折、風が運んでくる潮の香りに、シュバイツは小さく微笑む。

「ラルコーグ……お前を忘れない」

 しかし、その言葉は虚しく響く。

 

 龍は友を裏切る者を決して許さない。

 友を守るためにすべてを捨て、愛する者を失いながら、最後まで「友」と呼んでくれた男を、龍は永遠に忘れない。

 そして二度と戻らない別れの痛みを、胸の奥に刻み続け、永遠の孤独の中で、ただ海を眺め続ける。

 いつか……この岬を訪れる者がいたなら、白い波の音に耳を澄ませてほしい。

 そこには静かで温かい、龍の「約束」が響いているはずだ。

 

(友よ、また会おう)


 歴史からも抹殺された遥か昔の話だが、俺の姿は今もここにある。

 この姿で、海を眺めながら、すべてを思い出し、すべてを愛おしみながら。

 失った友の名を、心の中で呼び続けながら。

 永遠に。


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