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禁忌の岬に響く、失われた友の名  作者: 流幻


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3/5

友を討つ強制命令

 家族との穏やかな日々が続く中、俺の名声は頂点に達しようとしていた。

 人類最強の盾騎士として、宮殿からの依頼は増え続け、報酬もどんどん増していく。

 あの岬での長い修行の日々が、こんな幸せにつながっているのだと思うと、胸の奥が静かに温かくなった。

 

 しかし、その平穏は容易く崩れるものだった。

 龍の盾の性能が完全に露見したのは、ある大規模な魔物討伐依頼の後だった。

 数百体の魔物大群を、俺一人でほぼ無傷で制圧した戦いの詳細な報告が、人間の族長の耳に届いたらしい。

 宮殿の調査官たちが動き、盾の素材が「何かの鱗」であること、そしてその入手先が東端の「龍の岬」であることが、徐々に明らかになっていった。

 

 ある晴れた日の午後、俺は宮殿の広間に呼び出された。

 重厚な扉がゆっくりと開き、冷たい大理石の床を進むと、椅子に座る族長の視線が俺を強く射抜いた。

 周囲には側近の魔法師や軍の部隊長たちが控え、静かな緊張が空気を重くしていた。

「ラルコーグ。改めて、その盾の詳細を話せ。素材は何の鱗か?そして、入手先は龍の岬だということだな」

 族長の声は低く抑えられていたが、言葉の端々に抑えきれない欲が混じっていた。

 俺は族長の前に膝をつき、正直に答えた。

 シュバイツとの約束を裏切るつもりなど、毛頭なかった。

 

「はい。友である龍から、直接貰ったものです。あの盾は、龍の鱗で作られています」

 広間で微かなざわめきが起きた。

 族長の目が細くなり、唇の端がわずかに上がった。そこに浮かぶのは、はっきりとした欲の色だった。

「その龍から、鱗を大量に持ってこい。魔物の脅威に備えるため、盾以上の防具を作るのだ。龍の力は、人類のものとなるべきだ」

 俺は静かに首を振った。声は自然と低くなった。

「それはできません。あの龍は私の友です」

 族長の表情が一瞬で凍りついた。

 側近の一人が素早く何かを耳打ちし、族長はゆっくりと頷いた。

 背もたれに体を預け、冷たい視線を俺に向ける。

「拒否は許さん。お前は人類最強の龍騎士だ。その力と盾は、族長に捧げるべきものだ。家族の幸せも、すべて私が与えたものだということを、忘れるな」

 その言葉が胸に突き刺さった。

 リリアの優しい笑顔と、エリオの無邪気な声が脳裏に浮かび、息が苦しくなった。

 族長はさらに言葉を続けた。声は静かだったが、脅しは明確だった。

 

「他の4種族にも協力を求める。エルフ、獣人、小人、ドワーフ……龍の岬の調査と、龍の討伐だ。盾の性能を伝えれば、彼らも動くだろう。龍の素材は、5種族で分け合う価値がある」

 俺は広間を退出した後、すぐに岬へと向かった。

 大急ぎで風を切るように走った。

 シュバイツにすべてを伝える必要があった。

 胸の奥で、家族と友の間で引き裂かれるような痛みが広がっていた。

 

 岬の先端に戻ると、シュバイツは人間の姿で海を眺めていた。

 白い髪が潮風に軽く揺れ、黄金色の瞳が静かに俺を映す。いつものように穏やかな姿だった。

 

「ラルコーグ、どうした」

 俺は族長の言葉を、ありのままに伝えた。

 一言も省かず、族長の欲と脅しまで。

 シュバイツは静かに海を見つめたまま、ゆっくりと首を振った。

「我は鱗を、欲のために渡す気はない。私は創造神の使徒。種族の道具ではない。お前も、よく知っているはずだ」

 もちろん、俺もその答えを予想していた。

 シュバイツの鱗は、俺との友情の証で欲や力のために渡せるものではない。

 だが、それを族長に伝えた時の反応を思うと胸が重くなった。

 

 族長の激怒は、想像以上に激しいものだった。

 激怒した族長は、即座に他の4種族へ密使を送った。

 「龍の岬の調査と、龍の討伐」を名目にして。

 エルフの族長は古代の魔法素材と龍の強大な魔力を求め、獣人の族長は龍の力を血に取り込み戦士の頂点に立つ栄誉を、小人の族長は龍が守る希少な魔法鉱石を、ドワーフの族長は伝説級の鍛冶素材と最強の防具・武器を作成する夢を、それぞれ強く欲した。

 

 俺の盾の性能を詳細に伝えられた彼らは、素材への渇望から即座に協力を表明した。

 5種族の思惑が複雑に絡み合っていく、人類は主導権を握り、他種族は分け前を狙う。

 種族間の古くからの対立や微妙な問題などは、一旦棚上げして龍の力という巨大な餌に皆が飛びついた。

 表面上は「5種族の共同の利益」と謳われていたが、裏ではすでに素材の分配を巡る駆け引きが始まっていた。

 各族長は密かに使者を送り合い、「人間族が独占しないよう監視しよう」「分け前は平等に」と交渉を重ねていた。

 

 2カ月もしないうちに、5種族の精鋭が集結した。

 史上初の大連合軍だ、数千の兵士が各種族の旗を掲げ、龍の岬を目指して動き始めた。

 各族長たちは互いに牽制し合いながらも、「龍の素材の公平な分配」を約束し合っていた。

 しかし、その約束の脆さは、誰の目にも明らかだった。

 人間族は軍事的主導権を、エルフは魔法研究の優先権を、獣人は戦利品の優先分配を、小人は鉱石の独占権を、ドワーフは鍛冶素材の優先権を、それぞれ内心で狙っていた。

 

 そして、最大の皮肉が俺に降りかかった。

 俺がその連合軍の隊長に任命されたのだ。

 人類最強の称号を持つ俺に、『龍騎士』の位まで公式に与えられた。

 宮殿の広い広場で行われた式典で、族長が剣を俺の肩に当て、高らかに宣言した。

「龍を討て。5種族の未来のために。お前こそが、龍騎士ラルコーグだ」

 

 周囲から大きな拍手が沸き起こる中、俺はただ静かに膝をついていた。

 心の中は激しい感情が吹き荒れていた。

 シュバイツを討つなど、到底考えられない。

 だが、拒否すれば……族長の以前の言葉を、俺に冷たく思い出させた。

 「妻子を殺す。公開処刑だ。お前の選択次第で決まる、どうする?ラルコーグ」

 

 その夜、俺は一人で家に戻った。

 リリアとエリオが静かに眠る部屋の扉の前で立ち尽くした。

 リリアの穏やかな寝息と、エリオの小さな寝顔が、扉の向こうから感じられるようだった。

 守らなければならない家族。

 だが、友であるシュバイツを裏切ることもできない。

 胸が引き裂かれ、息をするのも苦しくなった。

 

 俺は静かに机に向かい、手紙を書いた。

 シュバイツに宛てて。

『友よ。族長は妻子の命を盾に、龍の討伐を命じた。友に攻撃は出来ない。妻子の命を守るため、俺の身体を八つ裂きにして見せしめに首都に送り付けて欲しい。ラルコーグ』

 手紙を魔法の鳩に託し、岬へ飛ばした。

 指先がわずかに震え、ペンを握る手が冷たかった。

 覚悟は決めたつもりだった。俺の命で、家族と友を守れるなら、それでいい。

 

 連合軍は龍の岬に向け、ゆっくりと進軍を始めた。

 俺は先頭に立ち、盾を構えているが心は重く、足取りは鈍かった。

 兵士たちの期待と欲に満ちた視線が俺の背中に注がれる。

 シュバイツは、きっとわかってくれる……友としての俺の思いを。

 だが、俺の胸の奥で、静かな絶望がゆっくりと広がり始めていた。

 リリアとエリオとの幸せだった日々が、遠ざかっていくのを感じながら、俺はただ黙って前進していく。

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