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禁忌の岬に響く、失われた友の名  作者: 流幻


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2/5

幸せな家族

 岬を離れた俺は、ゼルディア大陸の人間領の主都にあるギルド本部へと向かった。

 シュバイツからもらった盾を背中に固定し、ただ一人で歩く長い道中、潮風の記憶が何度も蘇った。

 あの白い龍の人間姿が、岩の上に立って静かに手を振る姿が、脳裏に何度も浮かぶ。

 胸の奥に小さな寂しさが残るが、それでも前を向いて歩いた。

 シュバイツに「外の世界へ出ろ」と言われたからだ。

 足元に広がる道は埃っぽく、時折通り過ぎる旅人や商人の荷車が、俺の孤独を少しだけ和らげてくれた。

 

 冒険者ギルドに登録したのは、到着したその日の午後だった。

 受付の女性が俺の若さを少し不安そうにしてたが、盾の重厚な造りを見て「まあ、試してみなさい」と依頼票を数枚渡してくれた。

 俺は最初に選んだ依頼を胸に、街の外れへと足を向けた。

 

 最初の依頼は、近くの農地を襲うゴブリン退治だった。

 数十体の群れが農地を荒らし、作業人を脅かしているという。

 俺は盾を構え、農地から少し離れた森へと静かに踏み入れた。

 森の中は湿った土の匂いが濃く、木々の隙間から薄い光が差し込んでいた。

 ゴブリンたちは木陰や茂みから一斉に飛び出してきた。

 汚れた短剣や太い棍棒を振り回し、甲高い声で叫びながら襲いかかる。

 俺は盾を正面に掲げ、最初の一撃を真正面から受け止めた。

 棍棒が盾の表面に当たる瞬間、ほとんど衝撃を感じなかった。

 シュバイツの鱗が持つ力だ。振動すら体に伝わらない。

 

「来い」

 俺は低く呟き、剣を抜いた。

 シュバイツに教わった剣技……腰を低く落とし、風のように流れる動きで、ゴブリンの一匹の首を正確に斬り落とす。

 血が飛び散るが、俺の体にはかからない。

 次のゴブリンが粗雑な火の玉を放ってきたが、それも盾に触れた瞬間、魔力が霧散するように消えた。完全な無効化。

 戦いは一方的に進んだ。

 盾で攻撃をすべて受け流し、剣と魔法で的確に倒していく。

 火属性の小さな爆発を集中させて群れを混乱させ、風の刃を放って残りを仕留める。

 汗が額を伝うが、心は不思議と冷静だ。

 岬での厳しい修行の日々が、体と魔力を支えていた。

 

 作業人たちが遠くから息を潜めて見守る中、最後のゴブリンが倒れた時、森は突然の静けさに包まれた。震える声で近づいてきて、深く頭を下げた。

「君は……本当に人間か?あの盾、ただものじゃないな。村を救ってくれてありがとう」

 俺は静かに微笑んで首を振り、「ただの頑丈な盾です」とだけ答えて報酬を受け取った。

 シュバイツのことは、誰にも明かさなかった。あの龍の存在は、俺だけの秘密だった。

 その依頼を皮切りに、俺の名は少しずつギルド内で広がり始めた。

 

 二番目の依頼は、中級の迷宮探索だった。

 深い階層に潜む強力な魔物を討伐し、希少な鉱石を持ち帰るというもの。

 パーティーを組む者もいたが、俺は単独で挑んだ。

 盾があれば、ほとんどの攻撃を防げるという自信があった。

 迷宮の奥は湿気と闇が濃く、石壁に苔が生え、足音がやけに響いた。

 待っていたのは、巨大な岩石ゴーレムと影の魔物たちの群れ。

 ゴーレムの拳が地面を激しく揺るがし、影の魔物が暗闇から長い爪を伸ばしてくる。

 俺は盾を構え、ゴーレムの重い一撃を正面から受け止めた。体全体が震えるほどの衝撃だったが、盾は微動だにしない。

 逆に、俺の魔力が盾を通じて跳ね返り、ゴーレムの岩の腕に細かな亀裂を走らせる。

 

「ここだ」

 風属性の魔法を一点に集中させ、ゴーレムの関節部分を切り裂く。

 影の魔物たちが背後から一斉に襲ってくるが、それも盾を素早く回して防ぎながら剣で斬り捨てる。

 息が上がり、汗が目に入るが、シュバイツの教え通り、冷静に魔力を制御した。

 迷宮の奥でようやく全てのゴーレムを崩壊させ、影の魔物をすべて倒し、俺は希少な鉱石を大量に持ち帰った。

 

 ギルドに戻ると、評価が一気に上がった。

 「若いのに人類離れした盾持ち」「あの盾は魔法を完全に無効化するらしい」と噂が広がり、俺の依頼の依頼主が増え始めた。

 そんな日々が続き、俺は20歳を迎えた頃には、かなりの有名冒険者になっていた。

 宮殿からも直接依頼が来るようになり、人間の族長の前に立つ機会も何度かあった。

 盾の性能を披露するたび、族長の目に一瞬、強い欲のような光が浮かぶのを感じたが、まだ深く追及されることはなかった。

 

 その頃、俺はリリアと出会った。

 彼女は同じ冒険者で、弓の名手として知られる女性だった。

 茶色の髪を後ろでまとめ、明るい笑顔が印象的で、戦闘中も前向きな声をかけるタイプだった。

 俺が受けた森の魔物大群討伐依頼に、たまたまパーティーとして同行することになった。

 初対面の時、リリアは俺の盾を興味深そうに見つめ、目を丸くして聞いてきた。

「へえ、その盾、ただの頑丈なやつだよね?魔法も防ぐって本当?一度見てみたいなあ」


 戦闘が始まると、彼女の矢は驚くほど的確に魔物の急所を射抜いた。

 俺が盾で前衛を務め、攻撃をすべて受け止め、リリアが後方から援護射撃をする。

 息が驚くほど合った。魔物の群れを倒した後、ギルド近くの酒場で一緒に軽く酒を飲むことになった。

「ラルコーグって、いつも一人で戦ってるみたいだけど、寂しくないの?もっと仲間作ったらどう?」

 リリアは杯を傾けながら、からかうような明るい声で聞いた。

 俺は盾のことをぼかして答え、シュバイツのことは彼女にも明かさなかった。

 ただ、彼女の笑顔と前向きな言葉が、岬での静かで孤独な修行の日々を、少しずつ溶かしていくのを感じていた。

 

 それから何度か、俺たちは同じ依頼で組むようになった。

 大型魔物討伐、魔物が潜む森の探索、川を氾濫させる水属性魔物の退治。

 戦闘中、リリアの矢が俺の隙を完璧に埋め、俺の盾が彼女を守る。

 依頼の合間に酒場や市場で話す時間が増え、自然と心が近づいていった。

 リリアは俺の静かな性格を「頼りになる」と言い、俺は彼女の明るさと強さを「美しい」と感じていた。

 

 ある雨の夜、依頼から戻った後、リリアが真剣な顔で言った。

「私、あなたと一緒にいると安心する。もっと、ずっと一緒にいたいんだけど……あなたはどう?」

 俺は少し驚いたが、胸の奥が温かくなった。

 岬でシュバイツと過ごした日々のように、誰かと寄り添うことの大切さを、改めて感じた。

 しばらく交際が続き、俺たちは結婚した。

 式はシンプルで、冒険者仲間とリリアの家族だけが集まった小さな食堂でのものだった。

 リリアは俺の腕に優しく寄り添い、誓いの言葉を囁いた。

「これからは、一緒に戦おうね。でも、家に帰ったら普通の夫婦でいて。毎日、笑顔で過ごしたいの」

 

 結婚後の生活は、温かく満ち足りたものだった。

 俺たちは街の隅に小さな家を構え、冒険者としての仕事と家庭を両立させた。

 朝、リリアが台所で作る温かなスープと焼きたてのパンの香りが家中に広がる。

 俺が盾を丁寧に磨いている横で、リリアが笑いながら話しかける。

 

「今日の依頼、危なくない?私もついていこうか?矢で援護するよ」

 子供が生まれたのは、結婚から二年後だった。

 息子の名はエリオ。俺の幼い頃に少し似て、好奇心が強く、笑顔がよく似合う子だった。

 エリオが生まれた日の喜びは、今でも鮮明に覚えている。

 リリアが疲れた顔で、しかし幸せそうに赤ん坊を抱き、俺にそっと渡してくれた。

「ほら、あなたの息子よ。目があなたにそっくり。きっと強くなるわ」

 エリオは小さな手で俺の指をぎゅっと握った。

 その温かさと柔らかさが、胸の奥深くに染み渡った。

 シュバイツに守られ、育てられた俺が、今度は自分の家族を守る番なのだと思った。

 家族の日常は、穏やかで幸せなものだった。

 休みの日には三人で街を散策したり、近くの草原へ出かけたりした。

 市場で新鮮な果物やおもちゃを買い、エリオを肩車して歩く。

 気が付くとエリオも5歳になっていた。

 エリオが石に躓いて転んで泣き出すと、リリアが優しく抱き上げ、俺が頭を撫でながら小さな光の玉を作って見せる。

「ほら、エリオ。パパの魔法だよ」

「パパは最強だもんね!その盾で、なんでも守ってくれるんでしょ?僕も大きくなったらパパみたいになる!」

 エリオの無邪気な言葉に、俺は静かに頷きながら胸が熱くなった。

 リリアが俺の横で微笑み、家族三人で手を繋いで帰る道が、かけがえのない宝物のように感じられた。

 

 冒険者としての俺の名声は、さらに上がっていった。

 大規模な魔物大群の討伐依頼では、数百体の魔物を盾一つで耐え抜き、味方を守りながら反撃を導いた。

 魔法と剣の連携で、強力な上級魔物を単独で倒す姿が何度も目撃され、「人類最強の盾騎士」「龍の盾を持つ男」と呼ばれるようになった。

 ギルドの評価は跳ね上がり、報酬も増えてお金に余裕も出来た。

 家族は裕福に暮らせるようになり、リリアはエリオと一緒に庭で花を育て、俺が帰宅するのを笑顔で待つ日々が続いた。

 夜は家族三人で食卓を囲み、エリオがその日の出来事を元気に話すのを聞きながら、俺は静かに思う。

(この幸せを守りたい。シュバイツに教わった力は、そのためにあるのだ)

 

 しかし、その平穏の裏側で、族長の視線が俺に強く注がれ始めていた。

 龍の盾の性能が、徐々に詳細に調べられ、入手先である岬の存在が、宮殿内で囁かれるようになっていた。

 リリアは時折、俺が遠い目をしていることに気づき、優しく尋ねた。

「何か、悩み事があるの?話してくれたらいいのに。一緒にいるんだから」

 俺は微笑んで首を振り、彼女をそっと抱き寄せた。

「ただ、昔の友を思い出しただけだよ。大丈夫だ」

 

 シュバイツの人間姿が、海を静かに眺める姿が、脳裏に浮かぶ。

 あの岬の潮風と、修行の日々を、俺はまだ心の奥で忘れられずにいた。

 家族との幸せな時間は、長くは続かなかった。

 運命の歯車が、静かに確実に回り始めていた。

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