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第9話 俺は君に殺してほしい ④

 俺は森中の木のウロを片っ端から覗き込み、秋の間にリスが溜め込んだ栗やトチの実を集めて回った。他の何でもない。彼女への最後の贈り物のために。


 これは『盗み』だ。俺はこれをずっと『相手に見つかったらまずいこと』とだけ思っていたけれど、今は『悪いこと』だと知っている。


 それから、『悪いこと』をすると大切な人を悲しませることになることも。時にその人が傷つくことも知っている。臭いイワシの一件が教えてくれた。


 俺はずっと、いつだって、何をしようにも何かが足りなかった。


『自分』を生きようにも名前がなく、名前を得ても、己の愚行で『自分』を失った。

 イタズラが悪いことだと知ったのは、取り返しのつかないイタズラをした後。

 盗みが悪いことだと知ったのは、トオの怪我を見てから。


 何もかもがいつも手遅れ。気づいた時には取り返しがつかない。これまでがそうだったように、きっとこれからもそうだろう。


 ただ一つ、先に気づけていることがあるならば。


(もしも、あの光の中の声が本当に『神様』だったなら。その言葉は予言だ)


 彼女に殺されれば、その瞬間、俺は彼女に言葉を伝えることができる。


 何をするにも意図した結果を得られなかった俺の、これだけが、意図した結果を得られるものだ。


 * * *


 トオに猟銃の扱いを教えた男は、狩ったウサギを綺麗に捌いて彼女に渡すと、「では」と言って村を去った。


「どうして、私にこんなことをしてくれたんですか?」


 ただそのために村を訪れたような男の行動にトオは問いを投げかけ、


「必要だと思ったからです。あと、道案内をしてもらったお礼に」


 男は、何となく胡散臭いが否定の余地がない返答をしただけだった。


 それが数日前のこと。


 俺は集めた栗とトチの実を蔓で編んだ袋に入れ、これまた作っておいた蓑を被って森を出た。


 蓑はできるだけ黒っぽい枯れ枝を集めて繋ぎ合わせたもので、恐ろしい森の化け物を想像して作った。だから村人に見られないよう、慎重に道を選んで歩いていく。


 トオの家に着いた。蔓の袋を戸の脇に起き、隙間からそっと中を覗き見る。


 彼女は囲炉裏の横で針仕事をしていた。時折「はあ」とため息をついて手を止めて、少し赤くなった指先を口元に当てる。


 この冬はバカのように寒い。きっと囲炉裏の火が足りていないのだろう。俺を殺した後に蓑を剥いで焚べ、その火で暖をとってくれたらいい。


 俺は彼女の後ろの壁に立てかけられている猟銃を見て、薄い引き戸に手をかけた。力一杯揺らす。


 トオが「えっ!?」と弾かれたように立ち上がり、こちらを警戒しながら銃を手にした。あの男の言葉をしっかり覚えていたらしい。


『この銃は家の中に置いておくといいでしょう。最近、この近くの村が盗賊に襲われたと聞きますし』


 あの男の存在はずっと気に食わなかったが、これについてだけはいい働きをしたと思う。


「ど、どちら様ですか?」


 やはり彼女は優しい。こんな時でさえ『様』をつけるなんて。だから少し心配だ。その優しさに付け入るような人間に、何か悪さをされないかと。


 ——これは身の程知らずな考えだ。まるで、自分は彼女を守る側であるかのような。


 トオがそろそろとこちらへ近づいてくる。俺は戸の隙間に顔を近づけ、蓑を振り鳴らしながら低く唸った。


「ヴヴヴヴヴ」


 ビクッと肩を震わせたトオは、当然、そっと猟銃の撃鉄を上げる。あの男に習った通りに構え、さらにこちらへ。


「誰なの?」


 彼女が尋ねる。俺は戸を少しだけそっと開けて、()()()()()()()()()()()()()()()()


「ヴヴヴヴヴ」


 また唸ってやると、トオが銃口をこちらへ向けた。銃身に顔を寄せ、照準器に片目を合わせる。


 彷徨っていた銃口が止まった瞬間、俺は前触れもなく、勢いよく、彼女を驚かせるために戸を開け放った。


「きゃあ!」


 トオが短い悲鳴を上げて、あとは、全て予想通り。


 どーん、と銃の音。

 衝撃を受けた俺は後ろに吹っ飛ぶ。

 火薬の匂い。

 体中に激痛が走るが、どこを撃たれたのかわからない。

 俺は地面に落ちて、遅れて隣に蓑が落ちる。

 いつの間にか閉じていた目を開けると、銃口に揺れる青みがかった煙が見えた。


「えっ……」


 それから、豆鉄砲を食らった鳩のような彼女の顔。

 俺は笑う。


「ははっ」


 自分の声が人間のそれであることに気づく。

 記憶の中にある甲高い子供の声ではない。初めて聞く、低い男の声。


「あははっ!」


 俺がなぜ笑っているのか。それは、俺がどうしようもないバカだからだ。

 ずっとこの時を望んでいたのに、発する言葉が見つからない。


 俺は謝りたかった。そう、謝りたかった。


 言いつけを聞かなくてごめん、と。

 言いつけを聞くことの必要性も知らなくてごめん、と。

 何をしたらどうなるか、考えることもしなくてごめん、と。


 泣かせてごめん。惨いところを見せてごめん。汚い子供が死ぬところなど、見ていて気持ちのいいものではないだろう。


 それなのに、ああ、それなのに。

 わかっていたのに、俺はあの時あの場所に、お前がいることに安堵していた。

 ひとりではないことを喜んでいた。最期まで見ていて欲しいとさえ思っていた。

 どうしようもなく、救いようのなく、愚かしい。


「……トオ」


 それから、今も。

 言うべきことはわかっているのに。言わなければならないことを知っているのに。

 こんな物語はさっさと終わらせるべきだと思っているのに、それでも、どうしても。


「俺の、名前……六蔵」


 愚かしい俺の言葉に、彼女はハッとした顔で猟銃を落とした。それからこちらに駆け寄り、傍らに膝をつき、


「————」


 何かを言ったようだったが、俺は瞼が重くて重くて、どうすることもできなくて、目を閉じた。



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