第6話 俺は君に殺してほしい ②
『では、奇人の物語としよう』
そう言ったあの声が考えることなど知らないが、とりあえず、俺を『主人公』と言ったからには、俺が思い通りに動く物語を欲してることは確かだ。
バカな俺に『奇人』の名前は相応しいかもしれない。しかし、トオを悲しませることになるなら、俺は『奇人』も『主人公』も捨てる。
俺はあれが考えた物語を下りることにした。
もうイタズラはしないし、謝ることは諦める。キツネらしく「クーン」やら「コン」やら言い続ける。
だって、俺は一度死んだけれど、今いる俺だって『俺』で、自分がやることは自分で決めるものだから。
* * *
望まない結果を恐れるなら何もしないでいることが一番の方法だが、だからと言って、やはり、トオのことを忘れて森にこもることなどできなかった。
彼女に会いたいのはもちろんある。だが、それ以上に、これまでの罪滅ぼしをしたかった。
しかし、キツネの俺が人間の彼女にしてやれることはほとんどない。
(あいつ、甘いのは好きかな……)
俺が手に入れられるものと言えば、森にあるものに限られる。熟れて開いたアケビの実を三つ取って、彼女に気づかれないようにそっと戸口の前に置いてみた。
「あれ?」
物置の横からしばらく見ていると、水汲みの桶を持って出てきたトオが、不思議そうな顔をしてしゃがみ込んだ。
「美味しそうなアケビ。一体誰が……」
アケビを拾い、キョロキョロと周囲を見回す。俺が物置の裏に回って隠れると井戸から水を汲む音がして、少しの後に戸の閉まる音が続いた。
俺は家の窓の方へ。こっそり覗き込むと、彼女がアケビを食べている。
「甘くて美味しい」
独りごちる彼女の頬の赤みはすっかり消えて、口角の切り傷だけがカサブタになって残っていた。
次の日、俺は栗を拾って彼女の家へ行った。丁寧に選んだ、大きくてぷっくりした栗だ。また戸口に置いて、物置の陰から様子を窺う。
「あれ?」
彼女はまた不思議そうにしながら、栗を持って家に入った。
その次の日も、さらに次の日も。キノコやムカゴ、トチの実、サルナシ、銀杏、ガマズミ——色々なものを持って行く中で、彼女が栗を一番喜ぶことに気がついた。
それから毎日、栗を拾って持って行った。
毎日、毎日。秋に色づいた葉が徐々に落ち、森が冬の色へ衣替えをしていく。
冬になって栗が取れなくなったら、今度は何を持って行こうか。
そんなことを考えながら栗を拾っていると、不意に「おい」と頭上から声がかかった。
「お前はいつも、何をしてるんだい」
聞き覚えのある声の、聞き覚えのある問い。見上げると、いつか会ったフクロウが、葉がすっかり落ち切った寒々しい枝に留まっていた。
「見ればわかるだろ。栗を拾ってる」
「見ればわかることは聞いていない」
「じゃあ何だよ」
「わからないのかい? 神に言葉を与えられたって、頭の中は無知な子供のままか」
フクロウは呆れたように言ってバサバサと羽ばたいて、「お前さんは、やることがあって戻ってきたんだろう?」とまた前と同じ言葉を発する。
「せっかく『主人公』にしてもらったのに、なぜ栗拾いなんかしているんだい」
「頼んでしてもらったわけじゃない」
「頼んだだろう。『元の場所に戻りたい』、『トオに謝りたい』、と。それなのに、どうして脇役のようなことをしている?」
俺は地面を見回して、栗を見つけて拾い上げる。よく表面を確認すると、虫が卵を産みつけた穴が開いていた。投げ捨て、次を探す。
「俺はこれでいい。これで合ってる」
「合ってなどいるものか。さっさと『奇人』に戻れ」
「嫌だ。俺は二度とイタズラなんかしない」
「神がそれを望んでいる」
「カミなんか知らない。会ったこともない」
「会っただろう。あの光の中で」
「知らない。というか、そもそもお前は何なんだよ」
大きな栗が見当たらなくて苛立ちながら見上げると、フクロウは「フクロウだ」と見たままのことを言って首をぐいっと左へ傾けた。
「森の賢者。だから私は何でも知っているよ。今のお前は間違っている。やるべきことをやるべきだ」
俺は話しているのが嫌になって、森の向こうに目をやった。松の木の根本の落ち葉が小さく盛り上がっていて、キノコのカサが覗いている。
歩き出すと、背中にフクロウの声がかかった。
「どうせ物語から抜け出すことなどできない。使命から外れた出来損ないは、朽ちて歪んで鬼になってしまうよ」
俺は無視して歩き続けた。栗が少ない穴埋めに、松茸を持っていくのもいいかもしれない。




