第七十一話 良い選択を
「ハア……ハア……」
私は何をしてしまったんだ。
――人を、殺した。
猛烈な吐き気が込み上げてきた。喉の奥が熱い。私は地面に両手をつき、必死にそれを堪えた。私は最低最悪だ。破壊神と何も変わらない。
「……お母さん」
私は震える声で小さく呟いた。
大昔にいた、母親の記憶がよみがえる。あの冷ややかな眼差し、憎しみに満ちた態度。あの母親は少年に愛を向けていた。私はただ苛立っただけで、五月蠅かっただけで、あの母親を、あの少年の前で殺した。
「……」
私の今出来る事は、皆の為に破壊神に復讐することだけだ。
「……復讐?」
私は唐突に、ルイーナと出会った日のことを思い出した。――命をかける復讐なんて意味ない。私がルイーナに言った言葉だ。相手の事情も知らずに。
「今の私は……」
此れは、命をかけた復讐なのだろうか?
「君、大丈夫かい?」
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、一人の女が立っていた。どこかで見たことがあるような……でも、思い出せない。
「ここら辺は危険だよ。殺人があったからさ」
「……」
「犯人は君ぐらいの少女らしいよ」
「……」
私は何も答えられずに口を閉ざした。
「……君だよね」
「だとしたら、どうする?」
私がそう問い返すと、女は静かに微笑んだ。
「別にどうもしないさ。場所を変えないかい?今、ここら辺は人が多いからね」
「……えっ?」
私はその女に連れられ、人気のない路地裏へと移動した。
「何故、こんな事を?」
「別に、君に他の人を殺させたくなかっただけだよ」
女は淡々と答えた。
「……私が人間じゃないとでも思ってるの?」
「そうだよ。君、精霊か何かでしょ。私も前まで魔界にいたから分かるんだよね。それに、君の実力だったら人間なんか簡単に殺せるだろう?」
女は私をじっと見つめながら続けた。
「話を少し聞いていたよ。君はきっとカッとなって女性を殺してしまったんだろう。その理由として考えられるのは、自身への罵倒に対する怒り……はたまた、嫉妬心」
「……」
「後者の方かな」
女は小さく笑った。
「分からない……私は何故、こんなことをしてしまったのか」
女はしばらく私を見てから、静かに言った。
「前に私を救ってくれた人がいてね。私よりも幼い少女なのにだよ?……その子の言葉のおかげで、どんな時も私は頑張れた」
「……何が言いたいの?」
「私達は何者にもなれるってことかな。自分が満足する選択をしなよ」
女はそう言うと、それ以上何も言わずに立ち去った。
「……!」
あの女……確か、闘技場で会った――。
「そっか……ムリエルさん」
あの言葉は、私がムリエルに言った言葉だったんだ。
私は選択し、責任を取らなければならない。命を身勝手に奪った。これは許されることではない。せめて、皆の役に立って死ななければならない。
「私は破壊神を倒す」
それが、今の私の意思だった。
私はその場を後にした。




