第六十四話 生命
「先刻は、過剰な挨拶ではなかったか?」
スパティアはそう言い放った。
「やはり生きていたのか、衰微の悪魔」
ペルデレは嘲るように言った。
「……お前らは其処の悪魔の意趣返しに助長をしているのだろう?そんな卑陋な行いに身を投ずるなど、甚だ醜いな」
スパティアが口を出そうとした時、モラが倒れたまま血を吐きながら叫んだ。
「ふざけないで……相手の気持ちを知らずに、いい加減なことばかり言って!」
「……だから何だ?」
次の瞬間、ペルデレはスパティアに向かって猛然と走り出した。左脚がないはずなのに、その速度は恐ろしいほど速い。
「……ネブラ、数秒でいい。彼奴をその場に足止めしてくれ!封印術を展開する」
スパティアの言葉に、ネブラは即座に反応した。血まみれの体でハルバードを構える。
「キロプテラ」
黒いコウモリの群れが生まれ、ペルデレの進路を埋め尽くす。同時にネブラ自身も全力で突進し、ハルバードを振り上げた。
激しい衝撃音と共に、二人の攻撃がぶつかり合う。ネブラは一撃で吹き飛ばされた。ペルデレがネブラに拳を振り上げたその時――
「……がはっ!」
モラは血を吐きながら立ち上がり、ネブラの周囲にシールドを展開した。もう魔力が残っていないはずなのに、何処からその魔力を使っているのだろう?
その隙にネブラは距離を取り、モラも歯を食いしばって魔力を放出した。魔力がペルデレの足元に絡みつき、動きをわずかに鈍らせる。
「今だ!」
スパティアが両手を広げ、ペルデレの足元に巨大な空間の裂け目を開いた。
「落とせ!」
ネブラが叫び、ペルデレの右腕にハルバードを深く突き刺す。モラも同時に魔力を放ち、ペルデレの視界を乱した。その瞬間、ペルデレが空間の裂け目へと落ちていった。
「嚃䶃抃讃肃䖁境炃斃䊃䆃宁貃」
スパティアの声が響き渡る。空間からペルデレが再び戻った時、彼の体には目立った外傷はなかったが、表情に明らかな疲弊が浮かんでいた。
スパティアの顔が一瞬で青ざめた。封印術の代償は想像以上に重く、彼の魔力は一気に失ったのだ。
「ぐっ……!」
ペルデレも低く苦痛の声を漏らした。元々消耗していた魔力が、さらに急激に減少していく。
「かなり弱ってる……!」
モラが掠れた声で呟いた。
スパティアは血を吐きながらも、封印が完成した今が最大の機会だと判断した。空間を裂いて一気にペルデレの懐へと飛び込む。しかし――
「驕るなよ」
次の瞬間、彼の右腕がスパティアの胸を深々と貫いた。
「……がはっ!」
スパティアの目が見開かれる。魔力が激減した直後のわずかな隙を、ペルデレは見逃さなかった。
ペルデレは無表情のまま腕を引き抜き、スパティアの体を地面に叩きつけた。
「スパティアさん!」
モラとネブラが慌てて駆け寄る。
スパティアは地面に倒れたまま、弱々しく口を開いた。
「……逃げてくれ……済まない。お前らを巻き込んでしまって……」
「……逃げないよ。私達は」
モラは涙を浮かべながらハッキリと言った。
「……任せろ。必ず――倒してやる」
ネブラが低く、しかし力強く答えた。
その言葉を聞いた瞬間、スパティアの体は形を保てなくなり、霧となって音もなく消えていった。




