第六十三話 後悔
御稜威山の頂で、私はスパティアと共に佇んでいた。
「魔力って、回復してるの?」
私はスパティアにそう問いかけた。
「……してるけど、この封印術で全てを使い果たす予定かな」
スパティアは淡々と答えた。
「そんなに使うの?」
「あぁ。……だから、半分は賭けのようなものさ」
「そう……肉体再生のことなんだけど。スパティアって使えるよね?」
少し間を置いて、私は別の疑問を口にした。
「使えるよ。だが神々に比べて多くの魔力を消費する」
「えっ?」
私は思わず声が漏れた。
「そもそも、あれは神でしか扱えない力だ。他人を回復するのとは訳が違うんだよ。使えるようになったのは我の努力の賜物ってとこかな」
「私も頑張ったら使えるって事?」
「本人の技量と才能次第さ」
スパティアはそう言った。
「もし我が完璧に肉体再生を扱えたなら――君達に負けていないだろうね」
冗談めかした口調だったが、事実なのだろう。
「……そう」
しばし、沈黙が落ちる。
やがてスパティアが、静かに口を開いた。
「嫌味で言ったわけじゃない。……君達には感謝している。それに――後悔はしているよ」
スパティアは小さくそう言った。
「終わったぞ……健闘を祈る」
パナケイアの声が響く。振り返ると、その姿はすでに消えていた。そして気づけば、スパティアの身体は完全に再生していた。
「じゃあ、行ってくる。万が一に備えて、この空間は開けておく」
短くそう言って、スパティアは空間へと足を踏み入れようとしていた。私も行きたい――そんな衝動が胸をよぎる。だが、それを押し殺し、私はただその背中を見送った。
――後悔してたんじゃない?
……あれは、一週間前のことだったか。
私達三人は、モラに促されてスパティアの様子を見に御稜威山に向かった。辿り着くと、祠からパナケイアが現れた。そのすぐ横には、上半身だけの姿で宙に浮かぶスパティアがいた。パナケイアは無言でスパティアの体をその場にそっと下ろすと、何も言わずに姿を消した。
「……何の用だ?」
スパティアが横たわったまま、わずかに目を開けて言った。
「様子を見に来たんだよ」
モラが明るく答えると、私は小さく笑った。
「モラは訓練したくなかっただけでしょ」
「……そうなのか?」
ネブラがモラを見る。
モラは慌てて片手を振った。
「違うよ!計画を、もう一度整理したかったから!」
「前に言った通りだ」
スパティアは短く答え、それ以上は何も言わなかった。
「……戻るぞ」
ネブラが背を向け歩き出した、その時。
「ちょっと待って」
モラが呼び止めた。
「……聞きたいことがあって」
スパティアは横たわったまま、視線だけをモラに向けた。
「何だ?」
「スパティアさんって、ネブラのことをどう思ってたの?」
「ちょっとモラ、そんなこと聞いても意味ないでしょ」
私はモラの耳元で小声で言ったが、モラはこちらを向いて笑った。
「協力するんだから、疑問は晴らしておいた方がいいでしょ。それに、強引かもしれないけど……戦う前に、互いに気持ちを知っておいて欲しいの」
気まずい空気が流れた。
スパティアは自分の計画のためにネブラを利用していたのだから、当然だ。
「……計画の駒としか思っていなかったさ」
スパティアは淡々と答えた。
「……モラ、帰るよ」
私がそう言うと、モラはもう一歩前に出た。
「本当に?」
「……何がだ」
「少し、後悔してたんじゃない?」
スパティアの目がわずかに細まる。
「……何故そう思う?」
「ネブラに向ける眼差しが、少し心苦しそうだったから」
沈黙が落ちた。
やがてスパティアは小さく息を吐いた。
「……そうかもしれないな。だが、聞いたところで何になる?」
「別に!……じゃあ、ネブラはスパティアのことどう思ってた?」
一瞬、重い静寂が訪れた。ネブラはこちらに背を向けたまま、静かに口を開いた。
「……あまり関わったことはなかったが、そうだな。少なくとも、親だとは思っていたぞ」
その言葉に、スパティアの瞳がわずかに揺れた。
「……そうか」
ネブラはそれ以上何も言わず、再び歩き出そうとする。モラは優しい声で続けた。
「やり方は最悪だったよ。でも、その計画があったから、私はネブラやレナに会えた。全部嫌だったとは……言えないかな。でも、多くの命を奪った。だから、必ずみんなで勝とう。破壊神に」
スパティアは何も答えなかった。
ただ、ゆっくりと目を閉じた。
「……もちろんだとも」
ほんの一瞬だけ――スパティアの口元が、かすかに緩んだように見えた。
「……行くぞ」
ネブラが静かに言った。
「うん!」
モラが元気よく返事をする。
私達は、その場を後にした。




