第六十一話 迅風と呪い
スパティアは再び空間を裂き、駝荊毀壊城跡の様子を映し出した。すると、ネブラの前に半透明の羽を背中に生やした、緑髪の少女が立っていた。
「……あれが、スパティアの言ってた助っ人?」
私が尋ねると、スパティアは静かに頷いた。
「あぁ。彼女の名はシルフ。風を操る精霊だ」
「強いの?」
「……相当なものだよ。速さにおいては、彼女に並ぶ者はいない」
「……そういえば、破壊神はモラを殺せないよね?」
私はスパティアにそう問いかけた。
「……それは違う」
スパティアの返答に、私は眉をひそめた。
「……どういうこと?神は人間を殺してはいけない天啓があったよね」
「殺すという明確な意思を持ったときだけだ。それにこの天啓はほぼ意味を成さない。神は我々と解釈の仕方が違うからね」
スパティアは淡々と答えた。
「……それって」
私は言葉を失った。もしペルデレがモラを殺すという意志さえ持たなければ――
私は無意識に拳を握りしめ、映し出された戦場――駝荊毀壊城跡を見つめた。
「お前、何者だ?」
ペルデレは少女に低く問いかけた。
「風を操る上位精霊だよ。……君は破壊神だっけ?一度戦ってみたかったんだ。スピアの計画に乗るのは不本意だけどね」
シルフは悪戯っぽく笑い、半透明の羽を軽くはためかせた。次の瞬間、彼女の姿が風に溶けるように消えた。
「僕を楽しませてよ」
声が背後から響いた瞬間、ペルデレの肩が深く裂け、血が噴き出した。
「……速いな」
ペルデレが即座に傷の再生を試みた。しかし――傷口は一向に塞がらない。
「……!」
シルフが離れた位置に再び姿を現した。
「僕の風は傷口を、風化させ、肉体再生を封じることができるんだ」
彼女は指先を軽く振って、にっこり笑った。
「……興味深い力だな」
ペルデレがそう言い、笑みを浮かべた瞬間、すでにシルフは次の位置に移動していた。風に乗った彼女の動きは、目で追うことすら困難だった。
シルフは完全に速度でペルデレを翻弄した。――攻撃は次から次へと角度を変え、ペルデレの死角を的確に突いていく。破壊神の拳は空を切り、衝撃波は風に散らされ、ほとんど当たらない。
「破壊神の名がこれじゃあね!」
シルフの笑い声が四方八方から響く。シルフは速さだけでペルデレを圧倒し、傷を着実に刻んでいった。肩、腹、脚――ペルデレの体に裂傷が刻まれていった。
ペルデレも他の神と比べものにならないくらい速い。
――だが、シルフの速さはそれを上回っていた。
「……いいぞ。もっと来い」
ペルデレが低く笑った瞬間、シルフが最高速度で急接近した。
「もう終わりだよ」
彼女は両手を広げ、途方もない風圧を発生させた。ペルデレの体が浮き上がるほどの大風圧だった。
「トルナーレ」
天地を割くような巨大な竜巻が、駝荊毀壊城跡の中心に現れた。渦巻く超巨大竜巻はペルデレの体を容易く飲み込んだ。
「……何、この強い風!」
モラが声を上げる。
「何かに掴まってろ!」
ネブラが即座に叫んだ。
竜巻は、石畳も瓦礫も地面そのものさえ引き剥がしながら、凄まじい勢いで回転させる。風が無数にペルデレの体を切り刻み、左腕が、続いて左脚が千切れ飛んだ。
「ぐ……っ!」
破壊神が初めて苦悶の声を上げた。
しかし――ペルデレは竜巻の中で静かに目を閉じ、片手から黒い光を放った。それは一直線にシルフへと襲いかかる。
シルフは咄嗟に避けようとしたが、その光はシルフの速度を上回っていた。
――そして、直撃した。
「っ……あ……!?」
シルフの体が吹き飛び、地面に叩きつけられた。口と鼻から大量の血が溢れ、半透明の羽が一瞬で黒く染まっていく。竜巻が制御を失い、風のように解けた。
「シルフさん!」
モラとネブラが慌てて駆け寄った。
「何が……起きて……」
シルフが震える声で呟いた瞬間、ペルデレが血まみれの体でゆっくりと歩み寄ってきた。
「単に、莫大な呪力を放出しただけだ。興味本位で呪力を得たが、俺は呪術そのものは扱えんからな」
ペルデレは冷たく言い放った。
「……じゃあな、下級精霊」
シルフは微かに笑みを浮かべたまま、形を保てなくなり、風のように音もなく消えていった。




