第五十四話 彩色の手で君は
「……結局、見つかんなかったな」
モラは小さく息を吐きながら、城へと戻っていた。そのとき、ふと何かの気配を感じて振り向いた。さっきの川の近くに、一人の少女が立っているのが見えた。
「……もしかして、迷子?」
モラはそう呟き、川へと向かった。少女の足元には、先ほど見かけた白骨化した死体が掘り起こされていた。少女は目を閉じ、静かに手を合わせている。
「……あの、大丈夫?」
モラが恐る恐る声をかけると、少女はびくりと肩を震わせた。
「……モラ」
少女の唇から、震える声でその名前が零れた。
「どうして私の名前を……」
モラが一歩近づくと、少女は慌てて立ち上がり、背を向けて走り出した。
「待って!」
モラは咄嗟に後を追った。
「速い……!」
少女の小さな背中が、どんどん遠ざかっていく。なぜか、胸の奥がざわついた。ルイーナの姿が、あの背中に重なって見えた。
「待ってよ……ルイーナ!」
その瞬間、少女の足がぴたりと止まった。モラは息を切らしながら追いついた。
「……本当に、ルイーナなの?」
少女はゆっくりと振り返り、静かに首を横に振った。
「違う。私は……ルイーナじゃない」
「……話してくれない?」
モラは静かに問いかける。しばらくの沈黙の後、少女はゆっくりと口を開いた。
「私は……」
自分が何者なのか。ルイーナがもういないこと。そして、自分が“ルイーナとして”生きていたことを――途切れ途切れに、少女は話した。
「……」
モラはただ、黙って聞いていた。
少女は話を終えると、暗い顔をした。
「……だから、バイバイ」
そう言って、再び歩き出そうとした瞬間、モラが、強く少女の手を掴んだ。
「だから……何?」
少女が驚いて振り向く。
モラの目には、涙が浮かんでいた。
「私が友達になったのは、あなただよ。ルイーナとしてじゃなくて……あなたとして、一緒に笑ったり、戦ったりしたでしょ?短い間だったかもしれないけど、私にとってはすごく楽しかった時間だったんだよ」
少女はモラの手を振りはらった。
「違う……本当の私なら、モラと友達になったりしない。ルイーナと私は、全く違う存在なんだよ……」
声が震え、言葉が途切れ途切れになっていく。
「でも、あなたはルイーナと友達だったんだよね?
それに……笑ったのも、泣いたのも、友達になろうって言ってくれたのも、あなた自身だよ」
少女の膝が、がくりと折れた。
その場に崩れ落ち、震える声で呟く。
「……じゃあ、ルイーナではなくなった私は、一体何なの……」
モラは少女の前にしゃがみ込み、優しく微笑んだ。
「何者かである必要なんて、ないんじゃないの?」
少女が、驚いたように顔を上げた。
モラは少し照れくさそうに、でもはっきりと言った。
「前にあなたが言ってたこと、ちょっと聞いてね。あなたが誰であっても、私は友達でいたいよ」
少女の目から、大きな涙が一筋、零れ落ちた。
モラはそっと手を差し伸べた。
「……帰ろう?」
少女は、泣きながらも小さく頷いた。
「……うん」
差し出された手に、手を重ねる。城へ向かう道中、モラがふと尋ねた。
「そういえば、なんて呼べばいい?」
少女は少し考えた顔をした。
「……別に、何でもいいよ」
「うーん……じゃあ、レナはどう?」
レナは、涙の跡を残したまま、柔らかく笑った。
「レナ……いい名前だね」
二人は、暗い空の下をゆっくりと歩き始めた。




