祈りの間の秘密
さて、三日経ったがライナス様は戦場から帰ってこない。
それよりも、気になることがある。子どもたちの姿を初日以来見かけていないのだ。
――すでに夜遅く。私は明かりを消す前に執事長を呼び出した。
「執事長」
「どうなさいましたか、王女殿下」
「アベル殿下とエレナ殿下は、いったいどこにいるの?」
「それは……」
執事長は、言葉を濁した。
あくまで直感ではあるが、これは何かある。
「まあ、いいわ。そろそろ寝るわね」
「――はい、おやすみなさいませ」
この三日間、のんびり過ごさせてもらった。
王城の使用人たちは、人数こそ少ないが親切で礼儀正しい。
故国の使用人たちと違い、私を蔑ろにすることもない。
前世に食べたようなふんわりした白いパン、柔らかいお肉、サラダもスープもついていてバランスの良い食事。子どもたちのことが気になる以外は、とても快適だ。
けれど、アベル殿下とエレナ殿下の姿が見えないせいで、快適さを満喫するどころではなかった。
「魔法と祈りの時間、それに王族しか入れない階段の先の祈りの間……多分関係があるのよね、どうしても引っかかるわ」
私は与えられた部屋を離れ、初日に案内された祈りの間へ続く階段へと向かった。
――階段の壁に沿って、明かりが灯っている。
明るい時間は気がつかなかったが、誰かいるのだろうか……。
けれど、この国の王族は戦死したり病死したりで、王城にいるのは国王であるライナス様とその弟妹であるアベル殿下とエレナ殿下だけだ。
先日のバロックの説明によれば、この先にいけるのは王族だけのはずだ。
「……泣き声?」
階段の下から、か細い泣き声が聞こえてくる。
耳を澄ませば、泣いている女の子の声をなだめる男の子の声が重なっていた。
「アベル殿下、エレナ殿下!」
鉄格子の扉に手を掛ける。静電気のようなパチンという音がした。
扉が開く、鍵はかかっていないようだ……。
結婚式を執り行うまで、私は王族ではない。
どうしようかと悩んだが、泣き声が大きくなっていく。
もしかすると、この下で怪我でもしているのかもしれない。
不安になった私は、迷いながらも階段を降りていった。
階段を降りるに従って、徐々に寒さが増していく。
私はフルリと震えた。
地下室だから冷えると言っても、この寒さは尋常ではない。
初夏だというのに息が白く染まっていく。
薄着では寒さに耐えきれないと思ったとき、大きな広間にたどり着いた。
「――なに、これ」
山と見まごうほどの大きな氷。
「もうやだぁ……眠いし寒いし、お母さまに会いたいよ!」
「エレナはもう寝ればいい。だから泣くな」
「アベルも戻ろうよ!」
「ダメだよ! 兄上も戦ってるんだよ! 僕ががんばらなきゃ!」
「やだやだ! アベルを置いていけないよ! 一緒じゃなきゃ戻らないもん!」
「でも、ちゃんと魔法を使って祈らないと……う~ん、困ったなぁ……」
二人は素足だ。
息も白くなるようなこの場所で、素足だなんてどういうことなのか。
それに氷山の中に閉じ込められているのは……。
「まさか、竜」
魔獣の中でも最高位の存在だ。
竜が暴れたなら一夜で王国など滅んでしまうと聞く。
生きているのだろうかと目をこらしたそのとき、脳内に直接響くような声が聞こえてきた。
『あれあれ? レーゼじゃない人間が来た』
『本当だ。でも、あいつによく似てる』
二人の周りに浮かんでいるのは小動物だろうか。
アベルの周りに浮かんでいるのは白いウサギのような生き物。
エレナの周りに浮かんでいるのは黒いウサギのような生き物。
両方とも、角と羽根が生えている。
角と羽根が生えたウサギ――古い本で見た姿によく似ている。まさか、魔獣なのだろうか。
『見えてるみたいだ』
『本当に? ここに入ってこれたということは資格があるのか? 魔力は?』
ウサギたちがふわふわと飛んできて、目前で止まった。
『……この世界の人間じゃない』
『本当だ。だからあいつに似てるんだ」
『人間、あいつを思い出す』
『人間、我らをここに閉じ込めたあいつ』
ウサギの瞳孔が縦に開いた。
私は叫びたいのに、声も出せずにいた。
「レティシア!」
後ろから急に名を呼ばれ、私はびくりと体を震わせた。
子どもたちも、ハッとしたようにこちらに視線を向ける。
「「レティシアさま……!? 何でここにいるの!?」」
二人の驚きを交えた声。
先ほどのウサギのような生き物がいなくなっている。
「なぜ、ここに入れたのかはわからないが、のちほど説明をしてくれるか?」
後ろから私の名を呼んだのは、この国の王、ライナス様だった。
ライナス様はアベル殿下とエレナ殿下を抱き上げた。
「よくやった」
「おかえりなさい、兄上」
「おかえりなさい……兄さま」
「……あと少しだな」
ライナス様の身体から金色の光があふれ出す。
それに反応するように、氷がキイイインと甲高い音を立てた。
* * *
「アベルとエレナは、眠ったのか」
「ええ」
「……君の部屋で一緒に寝る気か」
「あんなに泣いていた子を置いておけませんわ。お許しいただければと」
「……それは、構わないが」
あのあと、エレナ殿下だけでなくアベル殿下まで泣いてしまった。
二人はなだめているうちに私の部屋で眠ってしまったのだ。
「本題に入ろう。祈りの間は王族しか入れないはずだ。どうやって入った?」
「鍵は、開いていました」
「鍵が――開いていた?」
椅子を真っ正面に向かい合わせ、会話をする私たち。
けれど、どこをどう見ても尋問されている罪人だ。
夫婦の部屋で、夫婦として初めてのまともな会話のはずだが……。
それにライナス様は、何を驚いているのだろう。
「それよりも、どうして子どもたちを素足であんなに寒い場所に!」
「祈りは素足で捧げるものだと決まっている」
「……っ!」
ライナス様は、当たり前のようにそう言った。
エレナ殿下の泣き声が脳裏をよぎる。
私は思わず椅子から立ち上がっていた。
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