王族の役割
「どうして子どもたちが泣きながら素足で祈らなければならないのですか!」
「……? だから、それは王族としての」
「子どもは守られるべきものです!」
こんなに大きな声を出したのは、前世と今世合わせても初めてかもしれない。
「……」
ライナス様は黙り込んでしまった。
『いいぞ~人間、もっとやれ~』
『人間、言い負かしてやれ~』
「……ウサギ」
ライナス様の頭の周囲を黒いウサギと白いウサギがパタパタと飛んでいる。ウサギは空間から急に出現したように見えた。
「ウサギ……?」
ライナス様が目を見開く。
アメジストのように美しい瞳が露わになった。
「はい、ウサギというか……角と羽根があるから魔獣でしょうか」
「どこにいる」
先ほどまで淡々としていたライナス様の声が低くなった。
よくよく考えれば、私はライナス様のことをよく知らない。
事情があるかもしれないのに、怒鳴ったから機嫌を損ねたのだろうか。
――それにしては、様子がおかしい。
そして、小さな子どもがひどい目に遭うなんてやっぱり納得いかない。
「見える――のか」
「え?」
「そいつらが見えるのかと言っている」
『うぇ~い! こいつには見えるんだぞ!』
『レーゼの子! お前は見えなくなったけどな!』
私は、黒いウサギと白いウサギをそれぞれ捕獲した。思った以上にふわふわでさわり心地がいい。
『くっ、離せ人間!』
『人間、無礼だぞ! 我らは偉大な!』
「――久しぶりだな」
ライナス様の声がますます低くなった。
「見えるのですか?」
「ああ、急に見えるようになった」
これは、たぶんこのウサギたちを引き渡す場面なのだろう。
私はあまり関わりたくない。
二羽のウサギを差し出すと、私の手にライナス様の手が重なった。
思ったよりもゴツゴツしている手だった。
実は今世では男性の手に触れるのは初めてなのだ。
私の頬は知らず赤くなってしまった。
「……触れられる」
『『くっ……殺せ!』』
「ふざけるな。貴様らは俺などが殺せるようなモノではなかろう」
角と羽がある異形の姿といっても、可愛らしいウサギなんてライナス様なら一捻りにできそうなのだが……。
「貴様らのせいで、アベルとエレナは」
『――それは違うぞ人間』
『そうだ、そもそも俺たちは盟約に従いあそこにいるだけだ』
『『盟約と願いが釣り合うように対価を決めたのは、あいつだ!』』
「あいつ――初代国王陛下か」
ライナス様の手の力が緩んだのだろうか。
『俺たちだって、好きであんな場所にいるわけじゃないんだぞ!』
『まったく! 人間は竜に勝てない! さっさと諦めろよ!』
二羽のウサギはその手から逃れ、ポンッと煙を立てて消えてしまった。
「……消えちゃった」
「……」
「あのウサギはいったいなんですか?」
「千年前、初代国王が盟約を結んだ魔獣だ」
「ウサギと盟約」
「……ところで、先ほどの話だがどうやってあの場所に入った?」
もしかして、うやむやになるかと思ったが、ならなかったようだ。
ライナス様は、私のことをジロリと睨んだ。
私は扉を開けたときのことを思い出した。
「静電気のようなものがパチッとして」
「セーデンキ?」
つい、前世の言葉を口にしてしまった。静電気という概念はないようだ。
「あ……えっと、雷の魔力みたいなものが」
「――初代の盟約を解いた?」
「盟約についてはよくわかりません。――ところで、私も伺いたいことがあります」
巻き込まれ厳禁だと、前世の私が止めようとしているが……。
どうしてもこのまま子どもたちを放置することはできない。
ライナス様はためらったように見えた。たぶん、私が信頼に足るか判断できないのだろう。
「――答えよう」
ややあって、ライナス様は私をまっすぐに見た。
「盟約というもののせいで、アベル殿下とエレナ殿下は素足で寒いあの場所にいるのですか?」
「そうだ。そしてそれがレーゼ王家の責務だ」
「責務を果たすのは、王族であれば誰でもいいのですか」
「ああ、魔力がある王族であれば――な。だが、我が王国の王族で魔力があるのは俺たち三人だけとなった」
「……」
隠していたが、実は私には魔力がある。
今世の母は、身分が低い側妃だった。母は死ぬまで私に魔力があることを隠し通した。
その理由を理解したのは、母が死んで五歳だった私が前世の記憶を取り戻したときだ。
だって、魔力があって優秀だった母を同じにする兄と姉は王位継承争いに巻き込まれ、殺された。
魔力があることを明かすのは怖い。
巻き込まれる、ライナス様が信用できるかもわからない。でも――。
「――魔力がある王族なら、あの場所で祈りを捧げる資格がある、と?」
「盟約にはそのように定められている。だから君は、これ以上深入りを……」
私の覚悟は決まってしまった。
本当に今世はのんびり暮らしたいのだけれど、寒いのも苦手なのだけれど、子どもたちの代わりに祈りを捧げるくらいなら頑張れる。
「では、結婚しましょう! 今すぐに!」
「は……?」
「結婚すれば、私はレーゼの王族ですよね?」
私はライナス様の手を掴んで、一世一代の求婚をした。
彼の頬は、なぜか真っ赤に染まっていた。




