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距離






眠りに落ちた時、まだ日は沈んでいなかった。あれから何時間経ったのか、未だ陽光が差し込んでいる。しかし、外は暗くなるどころかだんだん明るくなっている気がした。


(まさか、半日近く眠っていたわけじゃ……ないよね?)


窓の外をぼんやり見つめていると、


「お早いお目覚めですね」


背後から声がした。いつのまにかロージーが部屋に入っていた。ノックもせずに入るなど本来は咎めるところではあるが、相手は従者ではなく世話係だ。メイヴィスは開きかけた口を閉じ、発そうとしていた言葉を取りやめた。


「もしかして、もう朝ですか?」

「そのまさかです、侯爵令嬢様。では、支度をしますよ」

「支度?」


今までラフな服を着ていたが、今朝は違うようだ。


「国王陛下が朝食を共にと」

「……なぜ?」


どこの国も一緒に食事をしたがる人間がいるのが理解できず、メイヴィスは首を傾けた。


「ご飯を一緒に食べることって、そんなに重要でしょうか?」


服を出していたロージーの手が止まる。監視をしたいのだろうとは思っていた。しかし、それは従者に任せればよいことだ。自らお出ましになることはない。


「陛下は戦争も辞さないお考えでしたが、どうやらオルティエとの和解を目指す方向へ舵を切ったようです。その一環ではないでしょうか」


ヴィンセントには明確に殺意があった。まだ包帯を巻かれた首の傷が証明している。もう痛くはないが、包帯を巻き直してくれるヴィオラはずっと泣きそうにしていた。


「随分唐突ですね」


あれだけ憤慨していたのに、何かがあったとしか思えない。


「もしかすると、オルティエの方で何か動きがあったのやもしれませんね」


ロージーは一着ドレスを持ってきて、メイヴィスに合わせた。


「これにしましょう」


メイヴィスは頷いて、それ以上は何も言わなかった。シャロンという事情を除いて、オルティエに帰りたい気持ちはない。かといって、このままノワールにいたいとも思わない。メイヴィスが願うのは、早く楽になりたい。それだけだった。


















「おはようございます、侯爵令嬢様」


ロージーの案内で食堂に通されると、すでにヴィオラが到着していた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません」


メイヴィスがぺこりと頭を下げると、ヴィオラは「とんでもないです」と手を振った。


「兄もまだ来ていませんので」

「待たせた」


メイヴィスが席に着いた途端、ヴィンセントが入ってきた。測ったようなタイミングだ。


「いいえ兄様。食べましょうか」


ヴィオラの合図で、料理が運ばれてきた。メイヴィスの前には、サラダが置かれる。フォークを手にし、野菜にゆっくりと突き刺した。


「……!」


口に入れて噛んだその時、メイヴィスは驚いて手で口を覆った。その仕草に、ヴィオラは慌ただしく席を立つ。


「侯爵令嬢様! いかがなされましたか」


その顔色の悪さと焦りから、メイヴィスはヴィオラが異物混入を疑ったのだろうと思った。咀嚼してから飲み込み、メイヴィスは微笑んでやる。


「いえ……こちらの食べ物が美味しくて、驚いてしまいました」


安心したヴィオラも笑みを浮かべた。


「お口にあったようで、よかったです」


再び腰を下ろし、食事が再開される。ヴィンセントは特に慌てた様子もなく、聞こえていないかのように食事を進めていた。


「ありがとうございます」


美味しかった、とメイヴィスは席を立つ。ここでの会話もオルティエとほとんど変わらない。たまに誰かが話題の提供をしていた。ただ違うのは、居心地だ。ノワールでは完全に余所者であるのに、彼らは決してメイヴィスの存在を無視することはなかった。オルティエほど多くない従者たちも、メイヴィスとすれ違うたびに挨拶をしてくれた。その表情は淡々としてはいるものの、陰口を叩かれるよりはずっとマシだった。ただ、これらがヴィオラのおかげであることももちろんわかっていたため、メイヴィスには相変わらず居場所という居場所はなかった。


「侯爵令嬢、これから何を?」


失礼しますと頭を下げると、ヴィンセントが声をかけた。


「少し休もうかと。恥ずかしながら、食べすぎてしまって」


陰で腹を撫でると、ヴィンセントも立ち上がった。


「そういう時は少し歩くといい。私も行こう」


そしてメイヴィスの方に歩いてきたので、「えっでも」とヴィオラに目で助けを求める。しかし、ヴィオラは両手を合わせ、兄には見えないよう手を振ってきた。


(なぜ)


ヴィオラは兄の凶行を懸念し、初日からなるべくメイヴィスと二人きりにしないようにしていた。ここにきて手のひらを返され、メイヴィスは困惑する。ヴィンセントは自分の行いを忘れているのか、メイヴィスに手を差し出した。


「……」


こうなると拒否権はない。最初からなかったのだ。メイヴィスは精一杯の抵抗として、ちょんと指先だけその手に触れた。手袋をしたヴィンセントの体温は、わからなかった。ヴィンセントは握り直すことはなく、小さな指をそのまま包み込むようにして、メイヴィスを誘導していった。


「オルティエでは、どんな食事を?」


しばらく歩き、庭園が見えた頃。それまで黙っていたヴィンセントが手を離し、口を開いた。


「どんな、と言いますと」


メイヴィスは尋ね返した。隣国であるため、料理自体は見たことがあるものも多い。だから、ヴィンセントが知りたい答えは違うのだろう。


「そんなに不味いのか、オルティエの食べ物は」


ヴィンセントは言い直してくれた。そして、メイヴィスは彼が気の毒そうな顔をしていることに気がつく。


「不味いというより……オルティエの食事は、なんだか味がしなくて」


スープなどほぼ白湯である。それ以外のものも、感じられるのは食感だけ。味も匂いもしない、そんな食事を楽しむことはできなかった。今思えば、嫌がらせだったのかもしれないが。


「そうか」


ヴィンセントは望んだ答えが得られたのか、それ以上は追及しなかった。


「あの。なぜ突然散歩などと言い出したのでしょうか」


ヴィンセントは、オルティエを快く思っていない。領地に侵入されただけではなく、貴重な鉱山資源まで奪われているとなってはそれは無理もない話だ。その国の人間であるメイヴィスに憎悪を向けるのも理解できる。実際、首を刎ねられそうになった。そんな王が、できれば視界に入れたくもないだろう女をそばに置く。その理由がわからなかった。


「気分転換だ。ヴィオラと話していても気が滅入る」


メイヴィスの問いに一呼吸置いてから、ヴィンセントはそう答えた。視線は合わない。広い王宮で、妃も友人もおそらく両親もおらず、妹と二人きり。この若き王には、心穏やかになれる相手がいないのだろう。もちろん、メイヴィスも該当しない。


「不躾は重々承知ですが、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「陛下は、結婚はなさらないのですか」


同じ年頃だろうサイラスでさえ、結婚を控えている。にもかかわらず、ノワールの若き王が許嫁一人さえいないのは少し妙だ。ヴィンセントは笑うように息を吐いた。


「結婚か」


そして遠くを見つめる。誰もいないそこに、ヴィンセントにしか見えない人物がいるのだろう。そう思っていたメイヴィスは、続いた言葉に殴られた。


「我が妃は行方知れずだ」






















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