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失言






「……え?」


愛した人と結ばれなかったのだろうかと思っていたメイヴィスは、不意を突かれた。


「それは、一体」


一国の妃が行方不明。そんなことがあり得るのか。生死もわからないということだ。


「さてな。捜索させているが、大した手がかりもなくもう3年になる」

「3年も……妃殿下は、自ら出て行かれたのでしょうか」


あまり深入りすべきではないことだったが、聞かずにはいられなかった。


「探すな、という手紙が残されていた。おそらくそうであろうな」


ヴィンセントはすんなりと答えてくれた。


「どんな……御方ですか」


答えてくれるなら、とメイヴィスは質問を続ける。


「どんな?」


ヴィンセントはつぶやいた後、黙り込んだ。彼らがいつ婚姻を結んだのか、当然メイヴィスは知らない。だが、最後に会ったのは3年以上も前。覚えていることも多くないのかもしれない。


「お前に、似ていたかも知れない」


想定とは違った答えにメイヴィスは首を傾げた。


「どのあたりがでしょうか」

「……雰囲気?」


なぜ疑問系なのかと思ったが、口を噤んだ。


「では、ご容姿は?」

「赤みがかった茶色の髪で、腰まであったと思う。名はセイラだ」


結婚した王族は、まもなく肖像画が描かれる。口で説明するよりそれを見せた方が早いにも関わらず、ヴィンセントはそうしなかった。つまり、肖像画は完成していない。結婚して間も無くの失踪となれば、精神的ダメージも大きかっただろう。


「わかりました。お見かけしたらお伝えします」

「……とはいえ、彼女はもうこの国にはいないと思っている。海があるこの国で船で出ていけば、もうその足取りはつかめまい」


ヴィンセントは項垂れてしまった。


「……愛していらっしゃるのですね」


メイヴィスはそんな言葉を口にしていた。失踪した人を何年も探し、待ち続けている。これもきっと愛なのだろうとそう思ったからだ。


「愛? そう見えるのか、お前には」


しかしヴィンセントから返ってきたのは嘲笑だった。


「違うのですか?」


そして呆れたように息を吐く。


「こんなものはただの意地でしかない。一国の王が、嫁いで間もない妃に逃げられたなど他国の笑い種だ」

「……申し訳ありません。余計なことを」


すぐに頭を下げた。


「よい。お前は何も知らないのだから」


ヴィンセントはメイヴィスの横を通り過ぎ、来た道を戻っていく。メイヴィスは一人取り残された。


(やってしまった)


そうだ。ヴィンセントの言う通り、メイヴィスは何も知らない。生まれ育った国のことさえも。サイラスも言っていたではないか。『何もしないこと』をメイヴィスに望んでいるのだと。

そこに含まれる『余計なこと』を、今してしまった。


(わかっていたのに、そんなこと)


いつもであれば、あんなことは言わなかった。どうして口走ってしまったのだろう。異性との距離なんて、遠ければ遠いほどいいに決まっているのに。踏み込みすぎた。愛を知らない女が、愛を語るなど。嘲笑されて然るべきだ。

世間知らずは黙っていなければならない。どんな理不尽を受けても、気にしていないふりをしていなければならない。


(それが正解だから)


あんな、自分を下げるようなことを、ヴィンセントは口にしたくなかっただろう。そうせざるを得なかったのは、鈍いメイヴィスが気がつけなかったからだ。メイヴィスのせいで、ヴィンセントは思い出したくないことを思い出してしまった。自分のあまりの失言に、メイヴィスはまた自分が嫌いになった。しばらくその場から動けなかった。誰とも会いたくなかった。温かい風も、今は何の意味もなかった。










「侯爵令嬢様」


庭園から戻り、メイヴィスは眠りについていた。置物のように、動かないことを決めたのであれば、それくらいしかやることがなかった。

それを知ってか知らずか、ロージーは起こしにやってきた。


「ロージー様……」

「すでにお昼をまわりました。体調はいかがですか」


ベッド脇の机にホットミルクが置かれる。しかしメイヴィスはそれには手をつけず、飲みかけであった水のグラスを口元に運んだ。朝に注いでもらったものだ。ロージーは不衛生だと言うように少し顔を顰めたが、何も言わなかった。


「良くなりました。ありがとうございます」

「眠るだけなのもお暇でしょう。楽器やキャンバスをご用意しましたので、よろしければ」


メイヴィスは考えた。楽器も絵画も、秀でているわけではない。オルガンを掻き鳴らせばその不協和音に苦情が来る。絵画なんて描き上げたところで飾る価値もない。紙と絵の具の無駄だ。


「静かな環境をご用意しますので、そこまで心配する必要もないかと」


メイヴィスの表情を見て、ロージーはそう言った。全て見透かされていることに苦笑しながら、メイヴィスは楽器に触れてみることにした。


「何の楽器がありますか?」

「簡単なものをと思いまして、オルガンにハープ、横笛をご用意しました」


簡単とは? とメイヴィスは一瞬気が遠くなったが、少しだけならと案内を頼んだ。


「では、私はこれで」


ロージーは忙しいのか、メイヴィスのそばにずっといることはなく、すぐに姿を消す。だが、きっとどこかで誰かがメイヴィスを見張っているだろう。余所者を自由にしておくはずがない。


「壊さないようにしないと」


ずっしりと重い横笛を持ちながら、メイヴィスはつぶやいた。








とはいえ、結局すぐに横笛もハープも諦め、オルガンの前に座る。適当に弾いていても、鳴る音に大差がない。プロが弾けば別だろうが、素人からすれば比較的平等な楽器だ。しかし何か曲を知っているわけでもないメイヴィスは、初心者と同じように鳴らすことしかできなかった。醜い音でないだけマシだろうか。


「あっ、こんなところに」


オルガンの音色に混じって届いた誰かの声に、メイヴィスは鍵盤から指を離す。


「ヴィオラ様」

「ご一緒しても?」

「は、はい」


腰掛けていた椅子の隅に寄り、ヴィオラの座るスペースを開ける。


「何かご存知の曲はありますか?」


尋ねられ、メイヴィスは目を逸らした。


「私は、初歩的なことしかできなくて」


正直、指を運ぶのも怪しい。


「では、これは?」


ヴィオラが童謡のような曲を弾く。しかし聞き馴染みはなかった。


「ノワールの童謡ですか?」

「いえ、これは……」


ヴィオラは否定しかけたが、言葉を切った。


「ヴィオラ様?」

「せっかくですから、少し練習してみましょうか」


ぽろんぽろんと、拙い音が響く。しかしヴィオラは決して嘲笑しない。幼子を宥めるような誤魔化しもしない。どこまでも他人行儀で、どこまでも親切だった。


「お前たち、ここにいたのか」


次の来客はヴィンセントだった。今朝が今朝だったので、メイヴィスは何となく目を合わせにくい。


「兄様」


すうっとヴィオラの顔から表情が消えていく。

また喧嘩したのだろうか。ヴィンセントは踵を鳴らしながらオルガンの方へ近寄ってくる。


「妹と音楽に時を費やすのもいいが、お前は少し体を動かしたほうがいい」


今朝のヴィンセントはメイヴィスが機嫌を損ねてしまったが、今はそうでもないようだ。かなり不気味である。


「体を動かすといっても、激しい運動はちょっと」

「何も走れと言っているわけではない。ダンスだ」

「ダンス?」

「多少の心得はあるだろう?」

「……」

「兄様、なぜあなたはいつもそう強引なのですか。もう少し誘い方というものがあるでしょう」

「ヴィオラ、音楽を」


この兄妹は、一体何がしたいのか。メイヴィスはひたすら困惑していた。ヴィオラは兄を睨みつけるが何も言わず、ヴィンセントは再びメイヴィスに手を差し出している。ヴィンセントなりに、歩み寄ろうとしているのは理解できる。しかし、メイヴィスにとってはありがた迷惑でしかない。人違いで誘拐され、常に命の危機に晒されている。目の前の王は、メイヴィスの首を刎ねることも躊躇わない。部屋に閉じこもっている方が誰にとっても最善で、メイヴィスも安心もできるというのに。


「……足を踏んでも、怒らないでください」

「わかっている」


ヴィンセントは恐る恐る差し出されたメイヴィスの手を、やや強引に掴んで引き寄せた。


















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