後悔
2026.05.23 改稿
「おっ、王太子殿下!」
その場にいた貴族たち全員が、背筋を伸ばして礼をとる。
(殿下……?)
「このようなところで世間話か。パーティーは退屈だったか?」
サイラスの物言いに、貴族たちは怯えているように見えた。
「とっ、とんでもございません! 少し風に当たろうと出てきただけで……その怪しい女を見つけたんです」
その弁明に、サイラスの視線が今度はメイヴィスに向く。
(主役こそ、なぜこんなところに)
頭を下げ、顔は見えていないだろうが正体はバレているはずだ。今バレていなくても、この後バレる。
「ほう? 私には迷った令嬢を大人数で取り囲んでいるように見えたが」
何も着飾っていない女を『令嬢』と断定したことで、貴族たちは疑問を抱いても良いはずなのだが、それどころではないらしい。
「しかし殿下、この女は怪しいです! 先ほどから何を尋ねてもダンマリで」
異議ありと大声を出す貴族に、サイラスは呆れたように息を吐き、マントの下で腕を組む。
「口がきけぬのだろう。逃げないということは、侵入者ではないはずだ」
「ですが……」
「くどい。この者の身柄は私が預かる。お前たちは戻るがいい」
それ以上の口答えは許さないと言わんばかりの態度に、貴族たちは素早く立ち去っていく。
(殿下にあまり近寄りたくないと思うのは、私だけじゃないみたい)
「……お前はここで何をしている」
眉間にさらに深く皺を刻みながら、サイラスは尋ねてくる。
「散歩です」
メイヴィスは短く答える。少なくとも、サイラスの誕生日を祝いに来たわけではない。水が飲みたいだけだ。
「知ってて来たのか?」
「……いいえ。ですが、来るべきではありませんでした。申し訳ありません、殿下」
サイラスは返事をしなかった。今更謝ったところで、時間が巻き戻るわけでもない。
「殿下」
するとそこへ、先ほどの貴族の声に反応した騎士が一人やって来た。腰には剣を携えている。
「彼女を部屋まで」
「承知しました」
騎士がメイヴィスに向かって歩いてくる。が、メイヴィスはその場に座り込んだ。
「殿下。どうか私が発言することをお許しください」
騎士が困惑したようにサイラスを見る。メイヴィスは返事を待たず、続けた。
「私はここを出ます。候補を辞退いたします。ですからどうか、私の侍女を解放していただけませんか」
「……何?」
「勝手なことを言っているのはわかっております。他には何も望みません」
お願いします、と首を垂れる。
「……連れて行け」
結果は分かりきっていたが、サイラスはメイヴィスの質問に答えてはくれなかった。
「侯爵令嬢様、参りましょう」
「殿下」
肩に手を置かれる。抵抗はしないが、去ろうとする背中に呼びかけた。
「……」
メイヴィスが促されるまま立ち上がると、サイラスは立ち止まり少しだけ振り返る。
「私は、お前の辞退を認めない」
予定ですらない、完全な決定事項だった。まるで裁判の判決を下すような。
「な……なぜ、そのような」
誰もが望んでいない妃候補。穀潰しとまで言われて、嗤われて、蔑まれて、地位も名誉も権力も何も求めていないのに、それでもメイヴィスは耐えなければならないのか。
「殿下!」
叫ばずにはいられない。シャロンの解放までは許されないとわかっていた。しかし、まさか辞退までもが許されないとは思ってもみなかったのだ。
「侯爵令嬢様」
振り返ることを期待していたわけではないが、懇願は止まない。
「どうかお考え直しください!」
サイラスがメイヴィスを城に引き止める理由が知りたかった。しかし、サイラスはとっくに立ち去り、背中すら見えなくなっていた。
メイヴィスと騎士は、無言で廊下を辿る。人気もまともな灯りもない、薄暗い廊下を。
「侯爵令嬢様。どうか殿下を誤解なさらないで下さい」
何の前触れもなく、前を歩いていた騎士が弁解のような言葉を発する。とぼとぼ歩いていたメイヴィスは立ち止まり、睨みつけるように見上げる。
「誤解?」
「決して、侯爵令嬢様のことを嫌っているわけではありません」
「……」
騎士の正体はわかっていた。物覚えの悪いメイヴィスだが、自分を知っている異性となれば、自ずと答えは限られてくる
「殿下は侯爵令嬢様を」
「ごめんなさい、聞きたくありません」
長くなりそうなサイラス擁護を、メイヴィスは制止する。エルはメイヴィスの小さな意思表示に押し黙った。
「これは、出過ぎた真似をしました。どうかお許し下さい」
エルは頭を下げるが、メイヴィスは前を通り過ぎる。
「……私も、殿下が私を嫌っているとは思っていません」
そんな領域ですらない。無関心なのだから。
メイヴィスが呟くと、エルは顔を上げて何かを言いたそうに口を開けては閉じる。
「ただ、理解ができないのです。私を城に置くことでメリットがあるならともかく……王家の評判や他のご令嬢よりも大切なものが、果たしてあるのでしょうか」
「それは……」
「あなたは、何か知っているのですか」
探るような視線をやるが、エルはすぐには反応しない。
「……私も詳細はわかりません」
「私が他のご令嬢の盾の役割を担わされているのなら、まだ納得できるのですけれどね」
首の後ろに触れる。クリスタやルーナの盾となって死ぬことが、サイラスが求める役割なのだろうか。
「それは、違います。殿下はそのようなことはお望みではありません。それだけは、断言させてください。私どもがご令嬢を守れないばかりに、侯爵令嬢様が傷つく結果になっていることはお詫びします」
「……いえ。お二人が傷つくよりは、ずっといいと思いますし」
納得できない部分はあるが、サイラスに怒りを向けても仕方ない。彼は絶対的な権力者で、無力なメイヴィスが逆らえるはずもない存在だ。
「あとは一人で帰ります。ありがとうございました」
無意味な会話をしてしまったとメイヴィスは酷く後悔に駆られた。騎士に八つ当たりしたところで、何も解決はしない。
「殿下には、何も言わないでください。ごめんなさい」
叶うはずもない願いを唱え、メイヴィスは再び頭を下げる。エルは何も言わなかったが、メイヴィスに対して一礼した。メイヴィスはエルが立ち去ったのを見届けて、部屋に入る。
「ごほっ、ごほっ」
酷く咳き込み、ずるずると壁伝いに座り込んでしまう。走ってもいないのに息が上がり、体が思うように動かせなかった。
(薬では、ないけれど)
精霊から受け取った栄養剤を小袋から一つ取り出し、口に放り込む。四つん這いでベッドまで辿り着くと、ベッドの脇にいつのものかわからない水が置いてあった。が、蓋が乗せられていたのでそれを取って遠慮なく口をつける。
(ささやかな約束すらも守れない)
喉が潤されたことで咳も落ち着き、ようやくベッドに入った。
サイラスはメイヴィスに、騒ぎを起こさないことを期待している。しかし故意ではないとはいえ、メイヴィスはすでに何度も騒ぎを起こし、サイラスの期待を裏切った。窮屈な現状はすべて、メイヴィス自身が招いたことだ。
(マリアの代わりに死ぬことも出来ず、何の才能もなく、ただ周囲に甘えている。嫌悪を抱かれるのは当たり前)
すでに広まった悪評を覆すことはもはや不可能。善のオルセン、悪のラングラーと呼ばれるのが目に見えている。
(まさか、辞退も許されないとは)
完全に目論見が外れた。しかし、絶望するのはまだ早い。最終的な決定権を握るのはサイラスだが、周囲がメイヴィスを排除しようとすれば、その流れに一人抗い続けることはないだろう。
(早く妃が決まってくれたらいいのにな)
間違っても側妃になどさせるつもりはないはずなので、ただそれだけを願った。




