生誕パーティー
2026.05.23 改稿
「どうして……」
書庫のベッドで目を覚ましたメイヴィスは、ぽつりとつぶやいて頭を抱えた。実家にいた頃は、惨めで毎日泣きながら眠りについた。必要とされていない事実に気がついて、主張をやめた。価値のある人間になりたいと願ったが、何をしても実らなかった。
「マリアにもらった物は、もう何もないのに」
マリアがメイヴィスに与えたものは、年齢に見合うものではなくなったこともあり、全て処分した。必要ないからとドレスは最低限、装飾品は持たない。貴族の令嬢とは思えないほどの質素ぶりだ。メイヴィスが周囲から蔑まれるのは、そうした格好でいることも要因である。しかし両親にねだることもできず、何の力もない少女と侍女が自力で金銭を工面することはそう簡単にできることではなかった。
「コーディ?」
声は、しんと静まり返った部屋の壁に吸い込まれていく。机には精霊の根城である古書があるが、出てくるつもりはないようだ。
「水……」
また一つ咳をしながら壁にかけたケープを引っ掴み、メイヴィスは安全帯から出て行った。
日が沈んだ城には、人の気配がない。しかし月の高さを考えると、まだ夜はやって来たばかりのはずだ。
「電気もほとんど消えてる」
大量に雇われているはずの侍女も見かけない。
水が欲しかったが、カレンを見つけることも難しそうだ。
「……?」
すると、来客を迎える玄関の方が騒がしいことに気がつく。
「大広間……パーティーでもあるのかな」
暗い廊下を辿っていると、ぽつぽつと明かりが灯されている場所が増えた。遠くの方で楽器をかき鳴らす音も聞こえる。
(イベントがあるなんて、一言も聞いてないけど)
伝えなかったということは、参加させるつもりがなかったのだろう。それか、聞き逃した可能性もある。立ち止まって進むか戻るか悩んでいると、奥に人影が見えた。慌てて柱に身を隠し、息をひそめる。
「ラングラー侯爵令嬢、やっぱり出席しなかったな」
若い貴族の集団が、大声で会話をしながら歩いて来た。メイヴィスは思わず、被っていたケープのフードを引っ張って顔を隠す。
「一度も社交界に出ないそのお顔をやーっと拝見できると思ったのに。残念ね」
「でもよ、来なかったってことは理由があるだろ? やっぱりラングラー侯爵が無理矢理娘を妃候補に推薦したってのは本当だったんかな?」
「何が言いたいの? 殿下が妃候補としてラングラー侯爵令嬢を認めていないって?」
「だってそうだろ、何の説明もなかった。まるで最初から妃候補は二人だけみたいだったじゃねえか」
何の話をしているのか、メイヴィスにはよくわからなかった。ただ、今夜は何かしらのパーティーが催され、そこにメイヴィスが招待されなかったことだけはわかる。
(参加するように言われていたのなら、カレンが支度をしたはずでしょうし)
もっとも、参加をさせるはずがない。社交界に出たことがない女を参加させるなど、王家の信頼を失墜させることになる。
貴族たちは手に持っていたグラスを鳴らす。挨拶も終わり、自由な時間を楽しんでいるのだろう。会話は続く。
「無理もない話だ。何の取り柄もない、ただ侯爵令嬢ってだけで断れずに受け入れた女を愛せるはずがない。ラングラー侯爵令嬢がどんなお人柄かは知らないが、ろくな女じゃないんだろう。殿下に寵愛されてないってのがよくわかる」
「ちょっと、誰かに聞かれたら不敬罪で捕まりかねないわよ!」
「はあ? みんな同じこと思ってるだろ。殿下が聡明なお方でよかったよかった」
「王太子殿下の生誕パーティーを欠席する王太子妃候補とか、前代未聞だしな」
下品な笑い声を聞きながら、メイヴィスは俯く。
(殿下の誕生日……知らなかった……)
そうした個人の情報は、尋ねなければ教えてもらえない。何も行動しなかったゆえの現状だ。
だからこそ、貴族たちの言葉は正しい。
メイヴィスはサイラスに愛されていない。妃候補への装飾品も渡されていなければ、パーティーにも招待されなかった。それが全てを物語っている。
(やっぱり、ここにいることが正しいとは思えない)
誰もメイヴィスが城にいることを望んでいない。メイヴィスも城にいたいわけではない。だというのになぜ、自分はここにいるのだろう。
メイヴィスが項垂れている間にも、貴族たちの会話は続いている。
「ラングラー侯爵令嬢と言えば、王太子殿下とオルセン公爵令嬢様の茶会に乱入してぶち壊しにしたらしいじゃん。頭イカれてるよな」
「他にも、パリッシュ伯爵令嬢様を木から突き落として怪我をさせた、とか言われてたわね」
(ああ、やっぱり)
事実とは異なる噂が流されている。全てはメイヴィスを悪に仕立て上げるために。
(……殿下が頷いてくれれば、今すぐにだって……)
立ち去りたい。これ以上聞きたくない。だが動けば彼らに存在を悟られてしまう。メイヴィスは彼らが立ち去るのを待つしかなかった。
「でも不思議じゃない? その噂が本当なら、とっくに王宮を追い出されてるはずでしょう。そんな話は聞かないわ」
「そうそう。それに、怪我をしたのはどうやらラングラー侯爵令嬢の方らしいじゃない」
「やりたい放題な妃候補の噂が流れちゃ王家の沽券にもかかわるだろ。そっちのはカモフラージュだ」
せめてもの抵抗に耳を塞いだが、あまり意味はなかった。震えた空気は確実にメイヴィスの耳まで音を届けてくる。
(……なるほど)
たとえ何が真実であっても、メイヴィスの名誉が回復することは決してないのだ。もちろん、同情されることも。
「現時点じゃどちらが正しいかわからないな。ただ、侯爵令嬢様が本当に怪我をされたのなら、今夜いらっしゃらないのも説明がつく」
「いたとして、主役を食い潰すでしょ。社交界に出て来たことのない箱入り令嬢のお披露目と王太子殿下の生誕パーティーを同時にやるわけないじゃん」
「それは王太子殿下の本意ではない、と」
「殿下はマジで侯爵令嬢に興味ないらしいし、本当のところはわからないけどねー」
「でも殿下もお気の毒よね。訳あり令嬢を押し付けられて」
「噂が本当なら誰も迎え入れたくないからなあ」
好き勝手な言葉が、メイヴィスの心を刺していく。周囲からの関心と悪意を避けるため、距離をとっているのはサイラスよりメイヴィスの方だ。サイラスが望んでいるということを盾に、義務を果たしていないのは紛れもない事実なのだから。
「ん? お前、何者だ」
「!」
息をひそめ、音も立てていなかったはずなのに、メイヴィスはその集団の一人に見つかってしまった。
「そんなところで何をしている?」
手首を引っ掴まれ、集団の前に連れていかれる。好奇の視線がメイヴィスを刺し、思わず顔を伏せた。視界に映る足の多さに、逃げ出したくてたまらない。
「見たことのない格好ね。どこから来たのかしら」
どう言い訳をするべきか、メイヴィスは必死に考える。が、良い誤魔化し方が何も浮かばない。
(正体を知られたくない、でも逃げても意味はない……侍女がここにいるのはおかしいし、何か、言わないと……)
「黙ってて怪しいな。招待客じゃないんだろう」
「……」
答えないメイヴィスに痺れを切らし、一人の男が「衛兵! ここに不審な女がいるぞ!」と叫んでしまった。
(牢まで行けば、シャロンに会えるのかな)
ここまで来ると逃げても捕まるのでそんな気も起きず、別のことに期待する。するとその時。
「何を騒いでいる」
冷たい声が、その場の空気を凍らせた。




