最終話
乱世に生まれた完璧な存在、天野雪絵。
彼女が仕えた戦上手な姫、梶原美咲。
人々は彼女らを、神様の望みだという。
神の生まれ変わり、神そのものと拝むものもいた。
美咲を慕うバカ力の持ち主、木下明。
雪絵の弟子の素直な天才少女、冬木凛。
彼は力を恐れられ、彼女は素直さ故に騙され続けていた。
そんな二人を救った存在こそが、雪絵と美咲だったのだ。
この四人は幼いながらも、力を持つ為戦の中を暮らしていった。
血や罪とも共に……。
十五歳の春の出来事であった。
凛と明という、とても大切な二人と出会った春。
でもそれは、大切なものを失った春でもあった。
大切な人に出会い、大切な人を失った。
大切なものを、今までの全てを失ってしまった。
香山裕史。
あいつが全てを奪った。私の全てを奪ったんだ。
大将を、颯太さんの命を奪った。
父の命も共に奪った。
城も、国も奪った。
そして何より大切な、美咲の笑顔を奪ったんだ。
たった四人で、命辛々逃げ出して。
苦しむ民を見捨て、私たちは故郷を捨てて。
それでも絶対に取り戻して見せる。
失ったものを、私は取り戻して見せる。
もう一度あの城に戻り、美咲の隣で笑うんだ。
無様なあいつの姿を、美咲の隣で嗤うんだ。
だから私は負けたりしない。
雪絵はそれを決意した。
決意したはずだった。
しかし彼女にそれは出来なかった。
何も守れなかった。何も取り返せなかった。何もかもを、失ってしまった。
負けないと誓ったけれど、誓いだけでどうにかなるものでもない。
もう一度あの城に戻り、美咲の隣で笑うんだ。
それは、叶うことのない夢。叶うはずのない夢。叶う可能性なんて、最初からなかった夢。
手に入らない夢だった。
夢見るだけなら罪ではないことを彼女は知っていた。
行動することは、罪となってしまうことを彼女は知らなかった。
負けたりしない。勝ったりしない?
そうしたら、彼女に残された道は何かあったのだろうか。
全員が生きて、笑い合う世界は、どこのパラレルワールドを探したところで、どうしたって存在しなかった。
けれど幸せな世界はあった。
彼女の選んだ幸せは、彼女が求めた幸せは、どれもどこかで彼女を苦しめていた。
選ばれなかった未来が、嘆いていたことを知っていたから。
それでも梶原美咲は、天野雪絵の幸せのために笑っていたし、そうであることを天野雪絵も知っていた。
たとえ自分が選ばれなくても、笑顔でいてくれる人がいるから、幸せにならなければならないこともまた知ってしまっていた。
仲間を、友を、志を、恋心を、決意を、恐怖を、全てを自分の奥に押し隠して抱えたままに、彼女は笑った。
「貴女が信じてくれるなら」と。