6話 パトリシア
話し合いが終わり、家から迎えに来た馬車へ向かう途中で。
私の隣を歩いていたクレマンは突然、甲高い悲鳴のような叫び声で呼び止められた。
「クレマンひどいわ! 私を一人ぼっちにするなんて──っ!」
「あっ、パトリシア⁉」
「……何、何なのっ⁉」
私もクレマンもあまりにも鬼気迫る声に驚いて、唖然としてパトリシア嬢を見つめた。
「……クレマン!!」
樫の木の陰に立っていたパトリシア嬢は飛びだして来て、私の隣にいたクレマンに駆け寄った。
──ただ、駆け寄るだけなら良かったが……
「キャッ……!」
パトリシア嬢にドンッ! と肩に体当たりをされて、小柄な私は弾き飛ばされた。
あの勢いでぶつかられて、無様に尻もちをついて倒れなかったのは、幸運だと言えるだろう。
ぶつかられた肩に痛みを感じて、私がヨロヨロとしている隙に。
体当たりをしたパトリシア嬢は、我が物顔でクレマンに抱きついた。
婚約者の私でさえ、クレマンに抱きついたことなど無いのに。
相手はクレマンの従妹でも、王国法では結婚できる未婚の女性だから。こんなことは本来なら、クレマンは従妹に許してはいけない。
私はこんな光景を見せられ。すぐに常識と照らし合わせて、クレマンはパトリシア嬢を拒むと思ったけど……
「パ、パトリシア! 先に帰ったんじゃなかったのか⁉ どうしてこんな場所にいるんだよ」
クレマンはオロオロと気まずそうな顔をした。私の目から見ると……クレマンはまるで、パトリシア嬢に浮気でも見つかったような顔をしている。
(クレマン……あなた、もしかして本当にパトリシア嬢と浮気をしているの?)
好きだから婚約者の潔白を信じたいのに。私の中のクレマンを疑う気持ちがムクムクと大きくなる。
「クレマンがいないから……私……とても不安になったの。一人で帰ることなんて出来ないわ!」
「ああ、ごめんよパトリシア。少しだけミレイユと、話をしていたんだよ」
「あなたまで私を裏切って、どこかへ行ってしまったのかと思ったわ!」
ポロポロと泣きながら、パトリシア嬢はクレマンに不満を訴えた。
「……っ!」
(いったい、コレは何なの⁉ 信じられない!)
私はパトリシア嬢に体当たりされて痛む肩を押さえた。
「バカだね、パトリシアは。僕がそんな薄情なことを、するわけがないだろう?」
「だって……クレマン……」
優しい声で動揺している(?)パトリシア嬢を宥め。クレマンは穏やかに微笑んで従妹の背中をトンッ… トンッ… と叩いた。
パトリシア嬢に意識を集中させている私の婚約者は、肩を痛めた私のことなど気にする素振りも見せない。
(クレマンあなた……こういう時は普通、婚約者を心配するのではないの? 私はパトリシア嬢に弾き飛ばされたのよ? いくら従姉が泣いていても、私を弾き飛ばした人を優先するの?)
婚約者に無視されてチクチクと胸が痛んだ。私は言葉を失い二人の会話を黙って聞いた。
「そうね、私ったら……ごめんなさい、クレマン!」
「君は昔から寂しがり屋だったからね。ごめんよ一人にして……」
まるでキスをねだるように、クレマンの胸の中で顔を上げたパトリシア嬢は……驚愕して呆然と立ち尽くす私を、チラリと見て意地悪そうに笑った。
「……っ⁉」
(この娘……故意にやってる。私にぶつかったのは偶然ではなくて、わざと体当たりしたのね。 それにたぶん、私とクレマンの話もどこかで隠れて聞いていたに違いないわ!)
やっぱり私はパトリシア嬢とは友だちにはなれない。
……何よりパトリシア嬢の態度を見ていると、彼女の方が私と友だちにはなりたくない様子だ。
カッ! と腹が立ち、私の顔が怒りで熱くなる。
「さぁパトリシア、涙をふかないとね。綺麗な顔が台無しだよ?」
しがみつくパトリシア嬢の身体をクレマンはそっと離すと。上着の内ポケットからハンカチを出して、パトリシア嬢の涙を拭う。
クレマンは自分の婚約者がどんな気持ちでいるかなど、少しも気付かず。従妹の世話を焼き続ける。
「嫌よ、クレマン! 私を離さないでぇ!」
「困った娘だなぁ……」
幼子のように甘えて駄々をこねる従妹を、クレマンは苦笑しながら見守る。他人の目から見れば、うんざりするようなやり取りだ。
「だって……あなたがいなくて寂しかったから!」
クレマンはパトリシア嬢から身体を離して、適切な距離を取ろうとするが。
パトリシア嬢はさらにグイグイと、豊満な胸をクレマンに押し付けてしがみつく。
目の前で私は婚約者を従妹に奪われ。私から婚約者を奪った従妹は、私の婚約者が甘やかして可愛がる。
そんな胸がムカムカとして最悪の気分になる、不愉快な光景を二人に見せつけられ。
私は悔しくてギリギリと歯ぎしりをした。




