7話 パトリシアの気持ち
怒りで頭が熱くなり、クレマンとパトリシア嬢の姿を見ているうちに、どうしても我慢できなくなった。
私は怒鳴るようにたずねた。
「ねぇ、クレマン! あなたたちが親密な関係だと、学園内で噂になっている話を知っているかしら?」
「ミレイユ! 君までそんなひどい言い方をするなんて……さっき説明したじゃないか」
クレマンはムッとして、私を責めるように言い返し。クレマンに追従するように、パトリシア嬢は甲高い声で泣き叫んだ。
「ひどいわ! 何てひどいの⁉ ミレイユさんはなんて薄情な人なのかしら。クレマンの婚約者だから、今まで信じていたのに!」
「私の意見ではなくて。学園内であなたたちが私の約束を破ってまで、浮気をしていると……そういう噂になっていると、私は言ったのよ!」
泣き叫ぶパトリシア嬢の甲高い声に負けないよう、私も怒鳴った。
クレマンはコロリとパトリシアに騙されて、責める言葉と一緒に冷淡な瞳を私に向けた。
「正気なのか、ミレイユ? 僕たちは何も疚しいことはしていない! そんな話をする君が、信じられないよ!」
「私の婚約者なら少しは私に配慮して変な噂にならないよう、人前でパトリシア嬢と一緒にいる姿を、さらすのを止めて欲しかったけれど……」
(クレマン……話しても、無駄なのね?)
クレマンはキッと私を睨みつけて、また怒鳴った。
「もちろん、いつでも君に配慮しているさ!」
「クレマン……」
(パトリシア嬢を胸に抱いて、婚約者の私に怒鳴りながら『配慮している』と言われても、誰が納得すると言うの?)
「あなたの配慮は私ではなく、パトリシア嬢に向けてでしょう? 本当に私のことを思っていたなら。今日の昼に食堂で、私が一人ぼっちで待ち続けることは無かったでしょうね。……違うかしら?」
「そ、それはだから……さっき、君に説明したじゃないか!」
確かに説明されたけど。パトリシア嬢を『そっとしておけ』とクレマンが言うなら、私は喜んで従うつもりだ。
──でも、クレマンの私に対する態度は別の問題で、私は少しも納得していない。
「クレマン、あなたはいったい……」
(誰を愛しているの⁉ 本当に私なの? ……私たちはお互いを好きになって、婚約したはずよね?)
今のクレマンの姿からはとても信じられない。あきれて私はやれやれと首を横に振った。
「ううっ……! …っ……」
クレマンの胸ですすり泣きながら、私と目が合いパトリシア嬢はまた笑った。
クレマンだけが、パトリシア嬢が意地悪な笑顔を浮かべていることに気付かないのだ。
どんなに鈍くても。どんなに純真でも。今のパトリシア嬢の顔を見れば確信するはずだ。
学園中で広がっている噂は、けして間違ってはいないと。パトリシア嬢は噂を本当のコトにしたいのだと。
「……パトリシア嬢、あなたは」
(私からクレマンを取り上げたくて。パトリシア嬢、あなたはこんな汚いことをしているのね?)
ほとんど話したことの無い私でさえ、パトリシア嬢の気持ちに気づいたのに。パトリシア嬢の一番近くにいるクレマンだけが、その事実に気づかないなんて。こんなバカな話があり得るのだろうか。
パトリシア嬢を睨みながら。私は悔しくて、悔しくて、ギュッと拳を握りしめた。
「悪いけどミレイユ。このまま僕はパトリシアを置いては行けないから……君を馬車まで送れないよ」
自分は馬車まで送る気はないから。今すぐ私にパトリシア嬢の前から消えて欲しいと……クレマンはそう、言っているのだ。
「……クレマン! あなたは本当に、何もわかってはいないのね?」
(本当にパトリシア嬢の本性がわからないの⁉)
「お願いだから、ミレイユ! これ以上、何も言わないでくれ!」
私から視線をそらし、クレマンは刺々しい声で怒鳴った。
──クレマンのそんな態度が、私を深く傷つけ、婚約者を信じたいという思いに亀裂を生んだ。
「そう。わかったわ」
握りしめた私の拳がブルブルと震えた。
(もう悩むのはうんざりだわ。いくら誠実で優しくても、あまりにもクレマンは鈍感すぎる……)
私が好きになったクレマンの成実さや、優しさが、本物なのかわからなくなった。
フッ……と、私から嫉妬や怒りが唐突に消えた。虚しさが押し寄せて来て、クレマンへの愛情がぼんやりと霞む。
私は自分がクレマンを本当に好きなのか、わからなくなった。




