50話 一休み
クレマンと王宮に入ってからそれほど時間は過ぎてはいなかったが、私たちはひどく疲れを感じていた。
「あら、ミレイユ大丈夫? 顔色が悪いわ」
「お母様……あまりの人の多さに、私……疲れてしまったわ」
(たくさんの人の中にずっといるから、頭痛までする……)
こめかみを指で揉み解しながら、フゥ―――ッ……とため息をつくけど。一向に良くならない。
「ファーロウ夫人、母上。少しだけミレイユと裏庭に出ても良いですか?」
夜会に招待された大勢の人に酔い、疲れた顔をしていた私を気づかい。クレマンは王宮の庭へ出る扉をチラリと見た。
私たちのお目付け役でもある二人の母親たちに、クレマンは庭へ出る許可をもらおうとたずねる。
「少し……夜風に当たれば、ミレイユも気分が良くなるかと……」
「あまり遠くに行かなければ大丈夫かしら?」
「ええ、そうね。私たちの目が届くところにいてね、クレマン」
「……では扉の近くにいます」
私のお母様は同意し。オルドリッジ子爵夫人もうなずく。
壁際に立っていた私はクレマンにエスコートの手を差し出され、喜んで手を取った。
「さぁミレイユ、外へ行こう……」
「ええ、ありがとう。クレマン」
(助かったわ……)
クレマンと二人で裏庭へ出ると。扉が閉まったとたん……二人そろって、だらしなく愚痴をこぼした。
「ああ……疲れたよぉ~…!」
「もう、へとへとだわぁ~…」
人の数だけ熱気が籠った室内とは違い、外の空気はひんやりと心地良かった。
私たちのように大広間の人の多さにうんざりして。
扉の外へ逃げ出して来た人たちが、一定間隔で置かれたランタンの明かりで照らされた、庭の奥へと続く散歩道をのんびりと歩いて行く姿が見える。
「このまま、庭園まで夜の散歩が出来たら良いけどね。さすがに僕たち二人で行くのはマズイからなぁ……」
たとえお互いと婚約していても。未婚で未成年の私たちにはここまでが限度なのだ。
──ただでさえ私たちは学園で騒ぎを起こした身だから。今夜は大人しく”良い子”でいなければならない。
「……今夜は満月で夜空も美しいから。本当に散歩に行けないのは残念ね」
(素敵な夜だわ)
私は夜空を見上げ、まん丸の月を眺めながら微笑んだ。私たちがいる地上の方が、窓からこぼれる照明のせいで明るいから。
月は見えても小さく煌めく星までは良く見えない。
「ハァ──ッ……」
ため息をつきながら月を眺めていると、何となく視線を感じて振り向く。ジッとクレマンが私を見つめていた。
「何?」
「何、何でもないよっ!」
クレマンは慌てて空を見上げた。
カチャッ……と私たちが出て来た扉が背後で開く。
新たにもう一組のカップルが手にグラスを持ったままあらわれ、シャンパンを飲みながら談笑を始める。
「何だか……喉が渇かない?」
「んん?」
他人が美味しそうにシャンパンを飲む姿を見るうちに。私も急に喉の渇きを感じ、無性に飲み物が欲しくなる。
「何か飲み物を取ってくるよ。……ここで待っていてくれる?」
自分たちの周りを見て、クレマンは何組かのカップルが楽しそうに話し込んでいる姿があるのを確認する。扉のガラス越しに広間で話すお母様たちの姿も見える。
「ええ、お願いクレマン」
(もう、喉が渇いてカラカラだわ!)
「ふふっ……わかったよ。大急ぎで取って来るよ」
出て来た扉から大広間へ戻って、飲み物を取りに行くクレマンの後ろ姿を見送った。
一人でいても目立たないよう、私は扉の前から建物の陰へと移動する。
庭へおりる階段脇の小さな噴水に、シャンパンを飲み終わったカップルが空のグラスを置き。ランタンで照らされた散歩道を歩いて行く姿を、私はボンヤリと眺めた。
(順調に行けば……私とクレマンも来年の今頃は、あの人たちのようにランタンに照らされた散歩道を歩いているかもしれないわ)
クレマンが無事に下級文官の試験に合格して。私たちは学園を卒業した後、“成人の儀”を受けて大人になる。
その後──
(何だか……まだ、想像出来ないわ。やっぱりクレマンが先に下級文官の試験に合格しないと。何の予定も立てられない)
フゥ──…… また、ため息が出た。
周囲にいた人たちは、いつの間にかみんな散歩道に入って行き。気づけばその場には私一人だけが残された。
「……クレマンはまだかしら?」
ずっと緊張していたせいか、自分が思っている以上に疲れていたらしい。黙って一人でいると頭がボンヤリとして、視線を暗い足元に移し瞳を閉じた。
ザリッ… ザリッ… ザリッ… と地面を踏みしめ、近づいて来る足音が聞こえたから、私は顔を上げた。
暗くて誰だかハッキリしないが、歩き方から男だとわかる。
「……クレマン?」
私の呼びかけに返事は無く、男は無言で近づいて来る。
ドクンッ! と私の心臓が警告を発するように、胸の中で跳ねた。




