40話 ミレイユの一歩
すべての講義を終えて、学舎から別館にある図書室へ行くが。
クレマンやドミニクたち男子学園生は、午後からの講義が長びいているようで、図書室に二人の姿は無かった。
そこで私は昨日と同じく、隣国の民話集を翻訳した本を読んで、時間をつぶそうと本棚から手に取るが。
時々、王立図書館から学園の図書室へやって来る。
司書のケニルワース卿が、女子学園生の相談に答えて、いくつかの本をすすめる声が聞こえて来た。
……私は、ふと考える。
「私もクレマンたちと同じように、課題図書を読むのなら。どんな本を読むことになるのかしら? 司書のケニルワース卿なら、知っているかもしれないわ」
隣国の民話集を本棚に戻して。私は司書のケニルワース卿がいる、本の貸しだし受けつけをするカウンターへ行く。
ケニルワース卿にすすめられた、本の貸し出し申請を終えた女子学園生が、カウンターを離れるのを待ってから。
私は司書のケニルワース卿に質問した。
「あの……こんにちはケニルワース卿。お聞きしたいことがあります」
「こんにちは、ミレイユ嬢。今日はどんな本をご希望ですか?」
毎日ひまつぶしに読んでいるお気に入りの民話集も、ケニルワース卿にすすめられて読み始めたものだ。
「あの、実は……私もクレマンやドミニクのように、論文を出す勉強を始めたいと思っているのですが」
「おや、そうですか」
ケニルワース卿は一瞬、驚いた表情を浮かべたけど。ずり下がったメガネを鼻の上に押し上げながら、いつものようにニコリと笑う。
「……それで女子学園生の場合。どのような本が課題図書になるのでしょうか?」
「ふむ、ふむ、なるほど。課題図書ですか……」
私がおずおずとたずねると。ケニルワース卿は指先で顎を挟んで、斜め上を眺めながらしばらくの間考え込む。
「そういうコトでしたら。ミレイユ嬢は具体的にどの科目を学ぶか、決めていますか?」
クレマンは最初に4教科を選択した。
……ちなみに二年前から継続中の、秀才ドミニクは6教科選択している。
「いえ。それもまだ、決めていません」
(そうね。私ったら最初からもっと考えてから、ケニルワース卿に質問すれば良かったわ。ううっ……何もわからないのが恥ずかしい!)
自分の無知と未熟さが痛い。
「ふむ。……ところでミレイユ嬢は何か目的があって、勉強を始めたいのかな?」
「あ、それは……私の婚約者のクレマンが始めたから。それに私の父や兄も、学んでいたと聞きました、それで私も……」
カァーッ……と顔が熱くなり。どう説明すれば恥ずかしくないか、私はしどろもどろにで答えた。
私はお父様やルドヴィクお兄様のように、クレマンが別の世界を見るような人になったら。
私は一人、置き去りにされそうで怖いからだけど。そんな理由だと子供っぽく聞こえそうで、素直に答えるのは恥ずかしい。
「……なるほど。ミレイユ嬢の身近の人たちは、みんな学んでいるから。あなたも学ぶことに興味を持ったのですね?」
「あ、はい! そ、それで私だけが……お父様やお兄様が、何を話しているのか。わからない時があって。それが悔しかったので」
艶がでるほど丁寧に磨かれた、カウンターの木目を見下ろし。私は胸の前で両手を握り合わせ、指をせわしなく動かしながら答えた。
「ああ。ふふふっ……わかりますよ、ミレイユ嬢の気持ち」
「え⁉ ケニルワース卿がですか⁉」
パッとカウンターから視線を上げて、ニコニコと微笑むケニルワース卿の顔を見た。
「ええ、学生時代の友人が同じ年だというのに。別世界が見えているような話し方をする天才だったので。私も彼に追い付きたいと、必死になった時期がありますから」
「まぁ!」
(本当に一緒だわ! まさにその通りよ!)
「お話を聞くと、ミレイユ嬢の目的を達成するには。女子学園生が学んでいる科目ではいけませんね。ふむ……?」
「ええ、そんな…っ!」
ケニルワース卿は何もない宙を見つめ、また考え込んでしまう。
「……ですが、そうですね。ミレイユ嬢におすすめしたい科目があります」
「そ、それは何ですか。ケニルワース卿?」
「領地運営の基礎です」
宙を眺めるのをやめて。ケニルワース卿は私に視線を戻しニコリと笑う。
領地運営と言えば、男子学園生なら必ず学ぶ必須科目だが。女子学園生には無縁の科目である。




