39話 淑女をやめたミレイユ
自分も論文を出す勉強がしたいのだと、ミレイユから打ち明けられ。思わず僕は黙り、考え込んでしまった。
「……」
(勉強⁉ 僕と同じ勉強かぁ~……うう~んん?)
何て答えようか考え込んでいるうちに、どうやら僕の気持ちがそのまま顔に出てしまい、渋い表情をしていたらしい。
腕の中から僕を見上げていたミレイユは、顔を真っ赤にして怒りドンッ! と僕の胸を突き飛ばして華奢な身体を離した。
「クレマン! やっぱり、あなたも反対なのね⁉」
「ええええ⁉ ……いやっ! 違う、違うよ……ミレイユ! 落ち着いて」
(ミレイユ、何でそうなるんだ? 僕は少しも反対なんてする気はないのに)
あわてて僕はミレイユの手を取ろうとするが。小さな手で容赦なくパシッ! と振り払われてしまう。
「私には……あなたのように出来ないと思っているの⁉ それとも女の子は勉強なんて出来ない方が、可愛いと思っているの⁉」
大きな瞳に涙を浮かべて、怒鳴るミレイユに。僕は大きく首を横に振った。
「違うよ、ミレイユ! 僕はミレイユが勉強するのは大賛成だよ!」
「……嘘よっ! だったらなぜ、そんな嫌そうな顔をするの⁉ 勇気を出して気持ちを伝えたのに……」
僕に反対されたと怒鳴りながら。ミレイユの鮮やかな青い瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
僕の前で淑女をやめると宣言したミレイユは、さっそく淑女らしからぬ癇癪を起こした。
「ミレイユ……」
(うわわっ! こんなに短気なミレイユは初めて見たよ。うわあぁぁ──っ! コレがミレイユが言った、淑女をやめるということなのか⁉)
「違うッ! 誤解だ!」
僕は動揺しパニックになりかけた。
宥めようと僕がのばした手を、ミレイユは小さな拳を振りまわして拒絶する。
怒り狂ったミレイユは、僕の胸を小さな拳で何度も殴る。
殴られても僕の方は痛くないけど。……怒りに任せて何度も打ち付ける、ミレイユの柔らかい手の方が、痛めるのではないかと心配になった。
「いやいやいやいやっ! 待ってよ、ミレイユ。本当に誤解だから!」
「なっ……何が誤解よ!」
「……だ、だから、僕と君とでは学園で学ぶ講義の内容が違うよね?」
「……っえ⁉」
癇癪を起して振り回していた拳を、ミレイユはピタリと止めて僕の顔を見上げた。
僕はその隙にミレイユが怪我をしないように、細い手首を緩く掴んだ。ギュッと握ったらきっと痣になってしまうから。
「ミレイユが論文を書く勉強をするにしても。僕やドミニクとは、まったく同じ内容の勉強ではないだろう? ……だから君の場合はどうなるのかと思って、考えていたんだ」
同じ学園生でも。騎士課の学園生と。一般課の男子と、女子では。それぞれが普段から学舎で受けている講義の内容が違う。
「……あ」
僕に言われて、ようやく自分の勘違いに気づき。ミレイユはピタリ怒鳴るのをやめた。
「僕には助言ができないから。君の望みをかなえるには……誰に頼めば良いのか、考えていただけだよ。」
「……ああ」
ミレイユの涙も止まり。大きな青い瞳の縁で最後の一粒が光っていたから、僕は指先で拭ってやる。
「僕は男だから、同じ男のドミニクに教えてもらえたけど。ドミニクに女子のことを聞いても、わかるかなぁ?」
「本当にそう思ったの?」
ミレイユは僕に疑いの目を向けた。
「ミレイユ、本当に誤解だよ。だってミレイユと一緒に、別館の図書室で勉強をするなんて最高じゃないか」
「あらっ」
目を吊り上げて怒っていたミレイユの表情が、恥ずかしそうな表情へと変わる。
「少しでも長くミレイユと一緒にいられるのなら、僕としては大歓迎だけど」
「クレマン……」
「とりあえず。勉強のことは、ドミニクに聞いてみようよ」
「ええ、そうね……」
「良かった!」
僕はまた振り払われないかと、ビクビクと怯えながらミレイユの小さな手を取りキスをした。
ミレイユに拒絶されなかったのが嬉しくて、僕はホッと笑う。
恥ずかしそうにしていたミレイユも、僕につられて笑った。
リンッ…! リンッ…!
唐突に僕のポケットの中で休憩時間の終わりを告げる、懐中時計の時鐘が鳴った。
「いけない! 早く学舎に戻らないと、講義に遅刻してしまうよ」
(ううっ、クソッ! ちょうど良いところだったのに)
「本当だわ、急ぎましょう!」
「少し走ろう!」
僕たちは手をつないで、仲良く学舎に向かって走った。
午後からの講義に間にあい。席に付いてしばらく経った後でも、僕のニヤニヤ笑いは止まらなかった。
「……」
(ああ~… 可愛かった! ミレイユが僕の前で癇癪をおこすなんて。すごく新鮮で本当に可愛かった。淑女をやめたミレイユが、あんなに可愛いなんて……さっきは僕の心臓が、爆発しなかたのが、不思議なぐらいだよ)
パトリシアの騒動以前よりも。自分のミレイユへの気持ちが、日々強くなって行くのがわかり。僕は婚約破棄されなくて心底、良かったと改めて思う。
(あ~…… 早く図書室へ行きたいっ! ミレイユに会いたい!)
「何がなんでも頑張るぞ」




