33話 クレマンの勉強
私を乗せてファーロウ家へと送る、オルドリッジ子爵家の馬車の中で。
向かい側に座るクレマンの脇に積まれた、分厚い本を見ながら話しかけた。
「クレマン、その本で勉強をするの?」
(……難しそうな本ばかりだわ。ええっとぉ~『近隣諸国との外交問題』……? それから『農地の税収比率の検証』……? 『輸入規制法に関する利益と不利益』……??)
本のタイトルを見るだけで、眉間にしわが寄ってしまいそうだ。
「うん」
「それを読んで… 全部、覚えるの?」
(何だかとても、難しそうだけど……本当に出来るの?)
「覚えると言うか。これを読んで分析して、一冊ずつ小論文を書いて、学園長に採点してもらうんだよ」
「……学園長が⁉」
「うん」
その過程で内容が勝手に頭に記憶されるのだとか。つまり覚えることよりも、分析する方が難しいのだそうだ。
「なぜクレマンの勉強を、学園長が採点までしてくれるの?」
眉間にしわを寄せたまま、私はクレマンをまじまじと見た。
「ふふっ……僕もドミニクに聞いて、初めて知ったけど。希望者には学園長や他の先生たちが、それぞれの専門分野の論文を評価して、指導してくれるんだってさ」
驚く私にクレマンは笑いながら、うなずいた。
「希望者⁉ そんな話は聞いたことが無いわ」
思わず首を傾げると。
「ハハハッ……だよね? 入学式の時に学園長が簡単に説明をしていたらしいけど。でも、そんな話をまともに記憶している学園生は、ドミニクみたいな成績上位者だけだと思うな」
「入学式?」
「うん」
入学式でのことなら。……たぶん、他にもたくさん重要な説明があったから。些細なことだと適当に聞き流してしまったのだろう。
「どうして……学園長はそんなわかりにくい伝え方を、したのかしら?」
(先生がたが直接、指導して下さるなんて素晴らしい機会なのに。もしかして、希望者が多くならないように、そんな意地悪な知らせ方をするのかしら?)
「ミレイユ……それはね。難しい本をたくさん読んで、優秀な論文をいくつも書いて仕上げても、成績には少しも反映されないからだよ」
「えっ⁉」
小論文の評価は成績に反映されないが。学舎で受けている講義の延長線上にある、より高度な内容の、課題図書を読むことになる。
成績よりも実力をつけたい生徒への救済処置なのだ。
「つまり……成績に点数がつかないのに。わざわざ余分に苦労してまで、通常の講義よりもずっと難解な勉強をして、論文を出すのは無駄だと思うだろう?」
「ええ、確かにそうね。……それならクレマンは、なぜ論文を出すの?」
(ただでさえ、時間が無いのに。勉強してもクレマンの成績が良くなるわけではないのでしょう?)
「僕自身に考える力を付けるためだよ」
予想した通りの反応を私が見せたらしく。クレマンは満足そうにニヤリと笑った。
「考える力?」
「分析して、価値を評価したり。論理的に物事を解釈したり。……それとは別に僕自身の考えをまとめたりと。ドミニクの話だと成績が上位の学園生たちが、必ずやっているそうなんだ!」
下級文官の試験は、成績が10位以内の者しか受かる見込みがない。
そんな下級文官の試験を受ける者たちのほとんどが、自主的に論文の課題を、出していることになる。
「ならドミニクも、やっているの?」
「彼がいつも、みんなから孤立しているのは。先生方に提出する論文を仕上げるために、時間に追われているからなんだよ」
さすが、ドミニクは首位をキープするだけのことはある。
そのドミニクと同じだけ、クレマンも毎週数冊ずつやるのだ。
だが、鈍感で未熟なクレマンにとって『考える力』は、一番欲しい『力』でもある。
「あら……!」
(何だか聞いているだけでも、目眩がするわ。本当にこれをクレマンがやるの? 元々クレマンの成績は、そんなに悪いほうではないけれど。大丈夫かしら。元の成績が下がったりしないの?)
心配になってクレマンの脇に積んだ本を、見つめていると。クレマンは嬉しそうに笑い、ポツリとつぶやいた。
「ありがとう、ミレイユ。……心配してくれて」
「……っ!」
(つい、いつもの癖で心配してしまったけれど。別に私はクレマンを受け入れているわけではないわ!)
クレマンから目をそらし、ハァ―――ッ…とため息をついた。
やっぱりクレマンが好きだけど。……許せない気持ちも一緒にモヤモヤしている。
私が婚約を破棄してこの状態から解放した方が、クレマンには良いのかもしれない。
──でも私は……まだ、決断出来ずにいる。
煮え切らない自分の態度が、周囲の人たちを振り回しているのがわかるから。
罪悪感で胸の中が重苦しい……




