25話 毎日送迎
広い領地を所有する由緒正しい貴族の家に生まれた、僕のような長男ならば。
基本的な教養を学園で学んだ後は現当主から後継者として、領地の運営法を学び少しでも早く立派な領主へと、成長することを求められる。
──だが。
「クレマン。領地の運営も大切だが、お前はその前にもう少し人を見る目と、付き合う方法を学ばなければならない」
ファーロウ家との話し合いを終え、オルドリッジ子爵邸に帰宅すると。
夕食をすませた後でお茶を飲みながら、父上と僕は今後のことについてじっくりと話し合った。
「はい、父上。今回のことで僕も目が覚めました! 二度とこんな失敗は繰り返しません」
(子供の頃から仲が良かったという理由で、パトリシアを信頼していた自分が情けない)
今回のことで僕はミレイユの信頼だけではなく、僕自身の自信まで失ってしまった。
(他人と深く関わることが、すごく怖いよ……)
「お前が今のような経験不足のまま、領地の運営に関わっても。結局は領地民たちと上手く付き合えずに最後には信頼を失い。そのうち取り返しのつかない失敗を犯すだろう」
「はい……」
(それは僕自身がひしひしと感じていることだ)
今までの自分は本当に、オルドリッジ子爵家の次期当主としての自覚が足りなかった。相手に嫌われなければ、何でも上手くいくだろうと……安易に考えていた。
パトリシアに対しても彼女との約束を守り、言う通りにすることで……ソレが誠実な態度だと思っていたけど。
……実際はパトリシアの甘えや我がままを、増長させただけで、彼女の立場をより危険にした。
結果的に僕は不誠実だったと、今は感じている。
「今回のファーロウ家とミレイユ嬢との約束を、けして違えることなく。必ず下級文官の試験に受かり、最後まで成し遂げなさい!」
「はい、父上!」
ミレイユの父上キルデリク卿と兄上のルドヴィク卿に挑発されてのことだけど。
それでも下級文官になると決意した僕の意志を、僕の父上オルドリッジ子爵は大いに歓迎した。
父上からすれば未熟な息子が自分の知らない人たちと、積極的に関わることで、僕が大きく成長すると期待しているのだろう。
「そこでクレマン、私からもいくつか助言がある」
「何でしょうか?」
今までは余程のことが無い限り、父上は僕の行動に口を出す人ではなかったけど。……その、余程のことを僕が起してしまったから。
どうやら父上は、これから僕の行動に口を出す方針へと転換するらしい。
「良く考えてみろ、クレマン」
「はい?」
「お前は毎日、学園までパトリシアの送り迎えをしていたのに。大切な婚約者のミレイユ嬢に何もしないのは、あまりにも不公平ではないか?」
「あっ!」
父上に言われて、僕は初めて気がついた。自分の未熟さと。このことをミレイユがどう感じたかを思うと。自分でもうんざりして落ち込んだ。
翌朝。
ファーロウ邸の前にとめたオルドリッジ子爵家の馬車にミレイユが乗り込むのを、僕は小さな手を取り手伝った。
「……それでクレマンは、お父さまに言われて私を迎えに来たの?」
「いきなり来て、ごめんよミレイユ。やっぱり迷惑だった?」
(……やっぱり自分勝手だったかなぁ?)
でも、こういうことは少しでも早く、始めた方が良いと思ったから。
早くミレイユと以前のように、仲良くなりたかったし。
父上の助言を夕食の後でもらったため。ミレイユを迎えに来ることを、今朝になってから手紙でファーロウ家に知らせた。
僕の顔が急激に熱くなる。たぶん赤くなっている。
「いいえ、突然だったから驚いただけ」
「本当に?」
「それよりも……ねぇ、クレマン。本気で毎朝、私を迎えに来るつもり?」
「もちろんだよ! 帰りもファーロウ邸まで送るよ」
「……帰りも? でもあなた、勉強をしなければいけないでしょう?」
ミレイユは心配そうに僕にたずねた。
「一番の理由は、僕がミレイユの送り迎えをしたいからだよ! ……君は嫌?」
(わぁ……僕の心配をしてくれるなんて。やっぱりミレイユは優しいなぁ。こんなに優しい子を傷つけた自分が恥かしいよ)
パトリシアの秘密を隠したくて。
僕はミレイユと顔を合わせると……パトリシアのことで追及する隙を与えないよう、ミレイユに素っ気ない態度をとっていた。
「別に嫌ではないわ」
「本当に?」
「ええ」
「良かった!」
(これで学園までの馬車の中、ミレイユと二人だけの時間ができるぞ)
なぜ僕は今までやらなかったのだろうか。思わずニヤニヤと笑った。
実のところ、パトリシアの送り迎えをしていた時は、苦痛を感じていた。
僕はずっと両親へ打ち明けるように、パトリシアを説得をすることしか考えていなかったし。
そんなふうに焦る僕の気持ちに関係無く。パトリシアは人の話を聞かずに、自分の話ばかりをしていたから。
いつまで経ってもパトリシアとは、話が嚙み合わなくてイライラしていた。
不思議とミレイユとはそういうことにはならない。……たぶん、お互い相手のことを知りたいと思っているから。
自分の話をするよりも。お互い相手の話を聞きたがるからだろう。
「それでクレマン、あれからどうなったの?」
「『どう』とは?」
「……お父様とケンカをしたりしなかった? だって文官になれだなんて……」
「ああ、うちの父上は僕のためにちょうど良いと、思っているみたいだよ」
「そうなの?」
「うん」
「それなら良いけど」
「うん。大丈夫だったよ……ありがとう、心配してくれて」
「ええ……」
「ふふふっ……」




