12話 ミレイユの兄
友人のネリーが帰った後。
王立騎士団に所属するファーロウ家の長男、ルドヴィクお兄様が忙しい仕事の合間に抜け出して、私に会いに来てくれた。
「まぁ、ルドヴィクお兄様!」
「ミレイユは相変わらず小さくてかわいいなぁ。お前を上着のポケットに入れて、このまま連れて帰りたいよ!」
騎士になるため子供の頃から身体を鍛えていたお兄様の、長くて逞しい腕でグイッと引き寄せられ。
広くて分厚い胸にギュッと抱きしめられた。
お兄様は私と血が繋がっているとは思えないほど、雄々しい容姿の持ち主なのだ。
実は両親ともお兄様はあまり似ていなくて。私が産まれる前に亡くなった、父方のお祖父様にそっくりらしい。
「ふふふっ……人一倍、大きな身体のお兄様から見たら、女性は誰でも小さく見えるのでしょうね」
「オレの身体が小さかったとしても、お前が可愛いのは変わりはないさ。はははっ!」
私の額に『ただいま』のキスをしながら。お兄様はカラカラと笑った。
「それよりもお兄様。こんなに早い時間に実家へ帰ってくるなんて……どうしたのですか?」
ルドヴィクお兄様は学園を卒業して成人すると、王立騎士団へ入団した。今は騎士団本部近くの、宿舎で暮らしている。
王立騎士団は王都の治安維持が主な仕事だけど。社交シーズンになると、王宮で行われる夜会の警備などもしなくてはいけなくて。
……とにかく毎日、王立騎士団の騎士たちは過密スケジュールに追われながら仕事をしているから。家族でも滅多に会えない。
「もちろん、お前に会いに来たんだよ。……それでミレイユは元気にしていたか? 学園を休んでいるらしいな」
「まぁ、お兄様! ……どこでそれを聞いたの?」
「今朝、王宮で父上に会った時だよ」
「ああ……」
私たちのお父様は公爵家の出身だけど。次男だから後継者ではなかったため、王宮の文官の職についた。
そこから順調に出世して、国王陛下の補佐をする側近となり。お父様は宮廷伯にまで上りつめた。
……つまりお父様は王宮で働いている。
「お前が何か悩んでいるようだと、父上がずいぶん心配しておられたから。様子を見に来たんだ」
「そうだったの。お兄様にまで心配をかけてごめんなさい」
(クレマンのことは、まだお父様に何も伝えてはいないけれど。私が悩んでいることは、気づいていたのね? お父様が気づいたのなら、きっとお母様も知っているわね)
どうやってクレマンのことを両親に説明しようかと、考えただけでも気が重くなって来た。
私は窓際に置いてあるティーテーブルの椅子に腰をおろす。
「……それでミレイユは何を悩んでいるんだ?」
ルドヴィクお兄様は腰の剣帯から、カチカチッと小さな金具を外して、剣を壁に立てかける。
少し前までネリーが座っていた私が座る椅子と対の、座面にピンクの花柄の布が張られた、華奢な椅子に。
ギシィィ……と重々しい音を立ててルドヴィクお兄様が腰をおろした。
『妹の悩みを全部聞き出して、解決できるよう手伝ってやるぞ』……と。ルドヴィクお兄様は私の話を聞く準備を整える。
「お兄様……」
(お兄様にクレマンのことを話せば、両親にも知られてしまうけれど。これはもう、仕方ないわね)
自分の心を落ち着けようと、スゥ───ッ……ハァ―――ッ……と一度、深呼吸をすると。
ネリーに話した内容を、もう一度話してルドヴィクお兄様に聞かせた。
「まったく、クレマンの奴! 良い奴だと思ったのに、なんて優柔不断なんだ。……だが、そのパトリシアという従妹を、本当の妹のように溺愛して可愛がっているのなら。クレマンの行動も理解出来なくはない」
ルドヴィクお兄様は私のためなら、自分も同じ行動をとるかも知れないと言っているのだ。
※当然、妹の私が、お兄様に恋愛感情が無いのが前提の話。
「お兄様……」
(私には少しも理解できないけれど。男の人の感覚だと……やっぱり私とは違うのかしら?)
兄の感想を聞き、また落ち込んでしまう。
──だが、お兄様の感想には続きがあった。
「だからと言って、クレマンに軽んじられている婚約者が、オレの妹ミレイユとなれば、話は別だ!」
「お兄様?」
「オレの可愛い妹を悩ませるような男は、強制的に見習い騎士待遇で騎士団の鍛錬に放り込んで、オレが毎日、厳しくしごいて性根をたたき直してやろうか!」
「お兄様、それには少し無理があります。だってクレマンはお兄様のように、学園で騎士課を専攻しているのでは、ありませんから」
何より王立騎士団は、騎士団の中でも選りすぐりのエリート騎士が集められている。
地方の騎士団や、裕福な大貴族が抱える私設騎士団などとは格が違うのだ。
そんな組織に、素人のクレマンが厳しい入団試験に受かるとは思えない。
「フンッ! そんなことは、どうとでもなるさ!」
お兄様は太い腕で腕組みをして、プイッ……とそっぽを向く。
「ふふふっ……もう、お兄様ったらぁ……」
駄々っ子のように拗ねるお兄様の態度に、思わず笑ってしまった。そんな私の顔を見てお兄様もつられて笑う。
「そう言えば……クレマンの従妹パトリシア……だったか?」
「はい」
「……その名前を聞いて、思いだしたことがある」
「え⁉ お兄様も、パトリシア嬢のことを知っているのですか?」
ポリポリと指先で顎をかきながら。記憶を掘り起こしているのか……お兄様は何も無い宙を眺める。
「うん。知っていると言うか……」
お兄様はなぜか、気まずそうに口ごもる。




