10話 誤解
僕とミレイユの険悪なやり取りを見ていたパトリシアが、いきなり甲高い声で叫ぶように、僕たちの会話に割って入った。
「クレマン! 優しいあなたに、ミレイユさんのような薄情な人は相応しくないわ!」
「パトリシア……⁉」
(はぁ⁉ 急に何を言い出すんだ、パトリシアは!)
僕にしがみつくパトリシアを、眉をひそめて見下ろすと、ミレイユの大きなため息が聞こえ……
「……本当にあきれた人たちね」
またパトリシアがミレイユにケンカを売るように、次から次へと問題発言をした。
「だってクレマン、そうでしょう? さっきからミレイユさんは、ずっとあなたを責めてばかりだもの。婚約者なのにあなたのことを愛してないのよ!」
「……フンッ」
ミレイユはパトリシアに怒りを隠さず鼻を鳴らした。優しいミレイユがここまで怒った姿を、僕は出会ってから初めて見た。
「……パトリシア!」
(ミレイユが僕を責めるのは、ミレイユが僕を愛しているから言っているのに決まっているじゃないか! 愛してなければ、物静かな性格のミレイユが、こんなに感情的になったりしないさ!
……ああ、パトリシア! お願いだからこれ以上、ミレイユを刺激するようなことは止めてくれよ)
しがみついて来るパトリシアの両肩を掴んで、僕は自分から引き離すと。
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、パトリシアは訴える。
「私の方がずっとクレマンを愛しているわ! だって子供の頃からずっと好きだったから!」
これ以上パトリシアが失言しないように、慌ててパトリシアの口を手のひらで塞いだ。
「だからそれは、パトリシア…っ! 今ここでする話ではないだろう?」
(その話は僕とミレイユが婚約した時に、妹としか思えないからとハッキリ断っただろう? あの後すぐにパトリシアの婚約が決まって、僕はホッとしていたのに)
結局、パトリシアの婚約は相手の浮気で破棄することになって。僕は責任を感じてしまいパトリシアを突き放せずにいたけれど。
僕は幼い頃からパトリシアの気持ちを知っていたけど。今でもパトリシアは可愛い妹にしか見えない。
……ミレイユと出会った時の衝撃とときめきを、パトリシアにはまったく感じない。
いくらそのことを説明しても、パトリシアは理解しようとしない。
僕とパトリシアの会話を聞いていたミレイユが、ハッと息をのんだ。
ミレイユは自分の唇に手をあて、僕に疑いの目を向けて来た。
パトリシアにイライラして、不用意に吐いた自分の言葉が……僕に批判的になっているミレイユの疑いをさらに深めてしまったことに気が付いた。
「……どういうことなの⁉ ……クレマンもパトリシア嬢を……愛しているの?」
「待ってくれ! 違う、ミレイユ! 僕たちはけして疚しい関係ではないから!」
(パトリシアが僕を好きだと知っていて、僕が婚約者のミレイユよりも、パトリシアを優先していたのだから。ミレイユが僕の浮気を疑うのは無理もないけれど。でも違うんだ! 本当に僕は何も疚しいことはしていない!)
「もう、やめて。クレマン! ……今は何も聞きたくないわ!」
ミレイユの大きな瞳に涙が浮かぶ。
「待ってくれ、ミレイユ!」
(ああ、クソッ! ミレイユを泣かせてしまった! どう説明すれば良いんだ⁉)
「クレマンと別れて下さいミレイユさん! 愛しあう私たちを引き裂こうとしているのは、あなたの方です!」
ミレイユに婚約解消をせまるパトリシア。
「パ……パトリシア!」
僕自身も激しく動揺して焦っている時に。甲高い声でパトリシアが、また口を出して混乱を大きくした。
「……好きにすれば良いわ!」
ミレイユは僕を振り返ることなく、その場を走り去った。
「あっ! 待ってくれミレイユ―――ッ!」
「嫌よ! 行かないで、クレマン!」
慌てて僕はミレイユの後を追おうとしたが。パトリシアがギュッと服をつかみ、しがみついて来る。
「放してくれ、パトリシア!」
「愛しているの! ずっと昔から愛していたわ! あんな人を追わないで、お願いクレマン!」
「パトリシア、放せ―――っ! クソッ!」
パトリシアにしがみつかれて、僕はミレイユを追うことが出来なかった。
泣きじゃくるパトリシアを馬車に押し込み、家に帰すと。僕はミレイユに会って誤解を解こうと、ファーロウ家へ行くが……
ミレイユは体調を崩してしまったため、会わせてもらえなかった。




