第八話 迫り来る意志
「…行こう、ゼイル」
少女の一声で空気が締まる。
呼び捨てされた…この学校に来て、初めてだ。
なんだか、対等に扱ってくれている感じがして嬉しい。
「うん」
僕らは先生たちよりも先に襲撃者たちを迎えることにした。
「東門って言ってたよね。だったら、東部領から来たってことなのかな?」
素直に考えればそうだ。
ただ、東部領の領主はあのアルディウス公爵。
…あの気迫からして、自分の領土から襲撃者が出れば迷わず消していることだろう。
なら、
「そう考えるのはまだ早い。
アルディウス公爵が見逃すはずもないからね」
「確かに…」
そうなると、やはり東部領以外の外部からの襲来ということか?
でも外部って言ったって、どこから?
…
…可能性としては低いと思った。
だが、辻褄が合ってしまう。
今日習った魔人語…
イリス先生と似た微量な魔力…
ある一つの仮説が立ってしまう。あまりにも現実離れしていてすぐには思い付かなかった。
魔人語を操る“外の住人”。
…それが今回の襲撃者。
恐らくその線が濃厚だ。
「セリアさんはもう魔人語の授業受けた?」
受けていない場合、僕の仮説はきっと信じてもらえないだろう。
「魔人語?ごめん、分からないや。それはどこで話されてる言語なの?」
そうか…この問題にセリアさんを関わらせるのは危険だな。
何の知識もなしに行けば、誤った判断をしてしまう。
下手を打てばセリアさん自身の立場が揺らぎかねない。
…そんなのはごめんだ。
友達を苦しめるだなんて、そんなこと――僕はもう、二度としたくない。
だが、一人で行って解決する問題なのか…?
僕は焦りと葛藤で曇る表情を隠せなかった。
「…大丈夫」
僕の様子を見かねて言葉を投げかけてくれた。
「え…」
僕は固まってしまう。
「ゼイルが何を思って、何を考えていたとしても、私はゼイルを受け入れる。
けどそれは間違いを正さないってことじゃない。
…ゼイルを“ゼイル”として尊重する。
それが私、セリア=グレイシアという人間なの。だから、安心して。大丈夫」
思わず息を詰まらせた。
……こんな人が、今までいただろうか。
今まで僕は“できないこと”を
“間違い”として正されてきた。
できないことが悪のように…
けど、この人は違った。
“それでも尊重する”と言ってくれた。
僕はなんて真似を…
友達を巻き込みたくない気持ちを優先し、気持ちを無下にしていた。
「ありがとう。実はさっき一つの仮説が思いついて――」
「ゼイル、下がって!」
直後、閃光が走る。
セリアさんが即座に展開した氷柱が襲撃者の攻撃を相殺する。
余りにも一瞬の出来事に、僕は動けなかった。
…指先が震えている。過去のトラウマが蘇るようだ。
僕は彼女の背中に守られる。その姿は先ほどの彼女とはまるで別人だった。
…セリアさん、無詠唱だったよな?
「Lumen…」
襲撃者の呻きが聞こえる。
その表情は人間臭く、絶望と期待が入り混じる顔を見せる。
どうしてそんな顔をする…?
まるで、助けを求めているような――
少なくとも襲撃者の顔じゃない。
横に目を向けると困惑で動けないでいるセリアさんの姿が映る。
「(何を言ってるの…)」
…試してみるか。
「Za Zeil. Tha?
(僕はゼイル。あなたは?)」
「…!」
襲撃者は驚いた顔を見せる。
…通じたか?
「…Zar va na val.」
……直訳は分からない。
けど、“力”という単語だけは聞き取れた。
「…?」
襲撃者は、またもとの顔に戻る。
いや、絶望の方が大きいか?
しかし、言葉が通じないとなると生かしておくのは野暮か?下手すれば僕らが――
「セリアさん、こいつら生かしておけないよ。言葉が通じないとなると交渉の手はもう機能しない。向こうの方が数が多い以上、こっちが不利だ。
殺らないと…こっちが殺られる」
そうだ、今はただ目の前のこいつらを…
「駄目だよ!」
セリアさんは声を荒げた。
「まだちゃんと話し合えてないのに、こっちの都合で殺したら、この人たちが報われないよ!」
だからって…
「じゃあどうするの?このままこいつらに蹂躙されるのを、ただ指をくわえて見てろってか?冗談じゃない!
ここに来た以上、手を血で染めることも覚悟していたはずだ。そうしなきゃ、生き残れないんだよ!甘えたこと言ってる暇ないんだよ!分かるだろ!?」
このときの僕は…いや、俺は随分気が立っていたように思う。なんせ余裕がなかったから。だが、それを友達にぶつけて良い理由にはならない。
「うっ…ゼイル…」
涙目を浮かべるセリアさんを見て僕はハッとする。
そうだ、仲間内で争っていたらそれこそ馬鹿のすることだ。
落ち着け…冷静に。
見極めるんだ、この場の最適解を――
集中力を極限まで高める。
体内の魔力…血流をイメージするんだ。脳に酸素を回せ…
脳は霧を払うように段々とクリアになっていった。
まず、言葉は通じない。
さっきの会話で明らかだ。
次に、攻撃を仕掛けるとしたらセリアさんを主軸として僕が援護する…これが理想だ。けど、セリアさんにその意志はない。
だからこれも駄目だ。
あとは…襲撃者のあの顔。
(僕たちに何か期待してる…?)
そう思わせる顔だった。
上手く襲撃者たちを刺激できたら――
「君たち、今すぐそこをどきなさい!
何してるの?」
聞き覚えのある女性の声が木霊する。
後ろを振り返った。
「イリス先生…」
(そうか…いや、本当に大丈夫か…?)
それでも、今頼れるのはあの人しかいない。
僕は先生にいち早く状況を伝えるべきだと判断した。
「イリス先生、あれが放送で言ってた襲撃者たちです!」
「ああ、分かっている」
先生は襲撃者たちと視線を交わした。
まるで品定めをするかのように。
――静寂
数十秒の沈黙が訪れる。
…ゴクリ。
心臓の鼓動がうるさい。
冷や汗も止まらない。
大丈夫だろうか…
「…Val orn.」
先生が静寂を断ち切るように口を開く。
「…!…Val orn. Tha…Morva ke?」
確か先生が授業で“挨拶でもある”って言ってたような…
「Korva elvarn ke?」
先生が睨みを効かせる。
「…Zar na noct.」
襲撃者の顔が曇る。
「Thar na noct ke?
…Morva thar va rav ke?」
イリス先生は困惑を浮かべながら更に質問をする。
「…Zar va na val.
Zar valdo na ra ornel.」
襲撃者の目には、生きる意味・希望が失われている…そう見えた。
「…!」
そう言えばさっきも似たようなことを言っていたような…
「…Kor na morva thar kor.」
先生は怒りを露わにする。
「Velar, korva zar orra kor ke?
Zar va na orn.
…Korva zar orra elvar vor ke?」
襲撃者の声は痛々しく、とても聞いていられなかった。
「…」
先生は黙ってしまう。
「…Za na noct. Velar, Za val Za valdo lexar.…“Elra orn.”」
先生は精悍とした面持ちで襲撃者たちを真っ直ぐと見つめる。
「…!」
襲撃者はハッとさせられた。
「Valorn elra. Korva thar elrav kor ke?」
先生は打って変わって、その表情には優しさが滲んでいた。
聖母のような…慈愛が溢れていた。
「…Zar elrav elvar!Elvar nexra!」
襲撃者たちはその場に泣き崩れる。
(何が起こったんだ…?)
「Thar orval. Kor elvar lexra.」
先生は誇らしげに微笑む。
その凛とした姿に鮮烈な感情を覚えた。
「二人とも、行こうか。この者たちに“戦う意志”はない。もう襲ってくることもないさ」
終わった…のか?
イリス先生の言葉には一体どんな力があったんだ?
襲撃者たちが崩れ落ちるほどの――
僕はますますイリス先生のことが気になった。
そこには疑念と尊敬の念が混ざっていた。今も、これからも――
「先生」
セリアさんが尋ねる。
「あの人たちに何を話したんですか?」
先生は少し考えた後、答える。
「…私の考えさ。私もあいつらの気持ちが分からなくもないからな。生きるのが楽になる考え方ってやつを教えてやったのさ」
これまでどんな人生を送ってきたのだろう。きっと、想像を絶する壮絶な人生なのだろうが…
「あ、ゼイル!」
担任の声だ。
「ここで何してるんだ?生徒に向かわせるようには言っていないはずだが」
担任は訝しげに怒りを吐露した。
「その…」
言葉に詰まる。
「私の意志です。ゼイルは私についてきただけ。だから、叱るなら私だけで十分です」
セリアさん…
「君は――
…そうか。けどな、ついてきた時点でゼイルも同罪だ。二人とも、後で職員室に来てもらう。分かったな?」
担任はセリアさんを見て、何か思い出したかのような顔をする。
「セリアさん、ごめん」
先ほどの恥さらしな行動を詫びる。あれは自分でも馬鹿だったと思う。
「なんで謝るの?」
心底不思議そうに顔を覗き込まれる。
「その…巻き込んだ感じがして」
彼女は納得がいったような顔をしてから、顔を逸らした。
「…どちらかと言うと巻き込んだのは私だよ。こちらこそごめん」
深々と頭を下げられる。
本当にいい人だな…
僕たちは気まずさで会話ができないまま、職員室に向かう。
一人の公爵がそんな僕らの様子を悪趣味に見届けていた。
「セリア=グレイシア。この学校に推薦で入学してきた数少ない生徒。
それがゼイルと…か」
彼は独りでに呟く。
「面白いことになりそうだ」
…そろそろか。このままだと被害が街にまで広がりかねない。俺は襲撃者たちに告げた――
――僕らは職員室まで来ていた。
僕らの空気の重さと言ったら、言葉で言い表せないほどだ。
ノックをして入る。
「失礼します」
「失礼します」
相変わらず職員室はコーヒーの匂いで満ちている。
教師というのはただでさえストレスがたまるわけだし、納得はできる。
「ゼルフィア=ノア先生はいらっしゃいますか?」
恐る恐る様子を伺う。
「あ〜俺はここにいるぞ。悪いがここまで来てくれるか?」
何を言われるのだろうと不安に思いながら、担任に歩みを進めた。
「え〜まず、勝手なことはするな。今回はたまたま命に別状はなかったが、今後こんなことがあったら死ぬ可能性も出てくる。
そうなれば悲しむのはお前らの家族だけじゃない。
友達、親友、クラスメート、そして俺たち教師もだ。
俺から言えることは一つ。
…迷惑をかけるな。いいな?」
「はい、分かりました」
「…はい、分かりました」
そう答えながら、胸の奥に小さな棘が残る。
……本当にそれでいいのか?
そんなことを言っていては、いつまで経っても弱いままなんじゃないか?
…そう思ってしまう。
心に靄を残したまま、職員室を後にする。
コツッ、コツッ、コツッ――
無機質なローファーの音が僕らを見下すように廊下に響いていた。
…気まずい。
僕たちは教室の前まで来て、
「じゃあ、またね」
「うん、また」
そう言い合って別れた。
本当にまた会える日は来るのかな?
気まずさのない、初めてあったときの尊敬に満ちた、あのときのように…
「ゼイルと仲直りできるかな…」
私もゼイルもお互いに謝りあった。けど、それだけじゃ足りない気がする。
…そうか。
「私まだ、ゼイルと本音で話していないんだ…」
分からない。
でもきっと――無意識に仮面を作ることで、ゼイルの前で“いい子”を演じていた気がする。…嫌われたくないから。
(ゼイルと、ちゃんと話したい…)
今はただ、それだけだった。
そのとき、引き戸が開かれる。
リヒト先生だ。
「よし、みんな集まってるね。
それでは、次の授業の概要について話します。次の授業は…魔術実習。
今回は初回ということで、特別にA組と組対抗戦をしたいと思います」
魔術実習?対抗戦?
「組同士で戦うことは頻繁にはないから、一回一回の対抗戦を大事に生かしてくださいね!」
これは…
ゼイルと本音で話し合うチャンスかも。
私は期待に胸を膨らませた。
ゼイルと食堂で塩抜きポテトを一緒に食べている姿を想像しながら――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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