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第四の魔術師 〜魔術を拒む異端者〜  作者: 第四
第一章:第一節 『平穏な――学院?』
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第八話 迫り来る意志


「…行こう、ゼイル」


少女の一声で空気が締まる。

呼び捨て――この学校に来て、初めてのことだ。

なんだか、対等に扱ってくれている感じがして、凄く嬉しい。


「うん」


僕らは先生たちよりも先に襲撃者たちを迎えることにした。


…取り敢えずこの食堂から出よう。

東の玄関扉から向かいたいところだが、生憎と提供スペースの後ろに隠れている。推測だが、教師や調理師専用の入口なのだろう。


…なら、南か北の玄関扉がベストか。


「東門って言ってたよね。だったら、東部領(グラディア)から来たってことなのかな?」


東門と東部領(グラディア)との地理関係を、頭の中で想像する。


素直に考えればそうだ。

東門から東部領(グラディア)までは、徒歩約一秒――つまり、直接繋がっているのだから。


ただ、東部領(グラディア)の領主は、あのアルディウス公爵である。

…彼の気迫からして、自分の領土から襲撃者が出れば、迷わず消していることだろう。あんな理念を掲げているくらいだしな。


なら、

「そう考えるのはまだ早い。

アルディウス公爵が見逃すはずもないからね」


「確かに…」


僕の推論を、黒髪少女が真摯に受け止めてくれた。


…そうなると、やはり東部領(グラディア)以外の外部からの襲来ということか?

でも外部って言ったって、どこから?


…可能性としては低いと思った。

だが、辻褄が合ってしまう。


今日習った魔人語…

イリス先生と似た微量な魔力…


ある一つの仮説が立ってしまう。あまりにも現実離れしていて、すぐには思い付かなかった。


魔人語を操る“外の住人”

――それが今回の襲撃者。


恐らく、その線が濃厚だ。


「セリアさんは、もう魔人語の授業受けた?」


僕の前を一目散に駆け出している彼女を引き止め、考察の材料を得ようとした。


受けていない場合、僕の仮説はきっと信じてもらえないだろう。


「魔人語?…ごめん、分からないや。それはどこで話されてる言語なの?」


一瞬顔を顰めた彼女。その様子から、『知ってるのか…!』と期待を寄せたが、その表情は瞬く間に、スンッ――と沈んだ。


そうか…この問題に、セリアさんを関わらせるのは危険だな。

何の知識もなしに行けば、誤った判断をしてしまう。

下手を打てば、セリアさん自身の立場が揺らぎかねない。

…そんなのはごめんだ。


友達を苦しめるだなんて、そんなこと――僕はもう、二度としたくない。


だが、一人で行って解決する問題なのか…?


僕は、焦りと葛藤で曇る表情を隠せなかった。


「…大丈夫」


僕の様子を見かねて、彼女が言葉を投げかけてくれた。


「え…」


思わぬ言辞に、考え込む頭を揺さぶられる。彼女の一言には、一辺倒な僕の視界を黒髪に固めてしまう程には、意外性があったのだ。


「ゼイルが何を思って、何を考えていたとしても、私はゼイルを受け入れる。けど、それは間違いを正さないってことじゃない。


…ゼイルを“ゼイル”として尊重する。

それが私、セリア=グレイシアという人間なの。だから、安心して。――大丈夫」


思わず息を詰まらせた。

……こんな人が、今までいただろうか。


今まで僕は“できないこと”を

“間違い”として正されてきた。

できないことが悪のように…


けど、この人は違った。

“それでも尊重する”と言ってくれた。


僕はなんて真似を…

友達を巻き込みたくない気持ちを優先し、気持ちを無下にしていた。


「ありがとう。実はさっき一つの仮説が思いついて――」


「ゼイル、下がって!」


直後、閃光が走る。


即座に展開された氷柱が、襲撃者の攻撃を相殺する。


余りにも一瞬の出来事に、僕は動けなかった。

…指先が震えている。過去のトラウマが蘇るようだ。


僕は彼女の背中に守られる。その姿は先ほどの彼女とは、まるで別人だった。

…セリアさん、無詠唱だったよな?


「Lumen…」


襲撃者の呻きが聞こえる。

その表情は人間臭く、絶望と期待が入り混じる顔を見せる。


どうしてそんな顔をする…?

まるで、助けを求めているような――

少なくとも、襲撃者の顔じゃない。


横に目を向けると、困惑で動けないでいるセリアさんの姿が映る。


「(何を言ってるの…)」


…彼女に守られっぱなしではいけない。


セリアさんの本音を拾った僕は、自分に出来る最大限の貢献を模索した。


…試してみるか。


「Za Zeil. Tha?

(僕はゼイル。あなたは?)」


「…!」


襲撃者は驚いた顔を見せる。

…通じたか?


「…Zar va na val.」


僕は名前を尋ねたつもりだったのだが、想像以上の長文が帰ってきてしまった。


……直訳は分からない。

けど、“力”という単語だけは聞き取れた。


「…?」


襲撃者は、またもとの顔に戻る。

いや、絶望の方が大きいか?


しかし、言葉が通じないとなると生かしておくのは野暮か?下手すれば僕らが――


「セリアさん…こいつら、生かしておけないよ。言葉が通じないとなると、交渉の手はもう機能しない。向こうの方が数が多い以上、こっちが不利だ。

殺らないと…こっちが殺られる」


僕だって、出来ることならこんなことしたくない。

けど、この残酷な世界で、甘えた決断は許されない。少しでも迷えば、足元をすくわれる。


【力はためらわず振るえ】――東部領領主の理念が脳裏を掠めた。


そうだ。今はただ、目の前のこいつらを…


「駄目だよ!」


セリアさんが声を荒げた。

予想外の叫びに、僕は縮こまってしまう。


「まだちゃんと話し合えてないのに、こっちの都合で殺したら、この人たちが報われないよ!」


神経を逆撫でする言葉が、僕の逆鱗にまで迫ってきた。そこには、正しい現実を見てきていないと取れる、世間知らずな少女が佇んでいる。


だからって…


「じゃあ、どうするの?このままこいつらに蹂躙されるのを、ただ指をくわえて見てろってか?冗談じゃない!


ここに来た以上、手を血で染めることも覚悟していたはずだ。そうしなきゃ、生き残れないんだよ!甘えたこと言ってる暇ないんだよ!分かるだろ!?」



このときの僕は――いや、俺は随分気が立っていたように思う。なんせ余裕がなかったから。だが、それを友達にぶつけて良い理由にはならない。



「うっ…ゼイル…」


涙目を浮かべるセリアさんを見て、僕はハッとする。


…そうだ。仲間内で争っていたら、それこそ馬鹿のすることだ。


落ち着け――冷静になれ。

見極めるんだ、この場の最適解を――


集中力を極限まで高める。

体内の魔力…血流をイメージするんだ。脳に酸素を回せ…


酸素と魔力が巡るにつれ、脳は霧を払うように段々とクリアになっていった。



――まず、言葉は通じない。

さっきの会話で明らかだ。


次に、攻撃を仕掛けるとしたら、セリアさんを主軸として僕が援護する…これが理想だ。けど、セリアさんにその意志はない。

だからこれも駄目だ。


あとは…襲撃者のあの顔。


僕たちに何か期待してる…?


そう思わせる顔だった。

上手く襲撃者たちを刺激できたら――


「君たち、今すぐそこをどきなさい!

何してるの?」 


聞き覚えのある女性の声が木霊する。


疑念と緊張が走る空気の中、期待を込めた視線を送った。


「イリス先生…」


そうか…いや、本当に大丈夫か…?


――それでも、今頼れるのはあの人しかいない。


僕の心を掴んだイリス先生の話術なら、きっとやってくれる――そう、信じるんだ。


僕は先生にいち早く状況を伝えるべきだと判断した。


「イリス先生、あれが放送で言ってた襲撃者たちです!」


「ああ、分かっている」


先生は襲撃者たちと視線を交わした。

まるで、品定めをするかのように。


――静寂

数十秒の沈黙が訪れる。

…ゴクリ。


心臓の鼓動がうるさい。

冷や汗も止まらない。

大丈夫だろうか…


「…Val orn.」


先生が静寂を断ち切るように口を開く。


「…!…Val orn. Tha…Morva ke?」


両者は互いに同じ発音を口内に響かせ、初対面における恒例の儀式を完了させた。


確か、先生が授業で“挨拶でもある”って言ってたような…


「Korva elvarn ke?」


先生が睨みを効かせる。

察するに、襲撃者に向けてここ――《セレスティア中央魔術学院》に来た理由を尋ねているのだろう。


「…Zar na noct.」


襲撃者の顔が曇る。

答えたくても答えられない――そんな顔だ。

ほぞを噬むような暗い面持ちをしている。


「Thar na noct ke?

…Morva thar va rav ke?」


イリス先生は困惑を浮かべながら、更に質問をする。


「…Zar va na val.

Zar valdo na ra ornel.」


襲撃者の目には、生きる意味や希望が失われているように見えた。


「…!」


そう言えばさっきも似たようなことを言っていたような…

僕の自己紹介の後に言われたのを覚えている。


「…Kor na morva thar kor.」


先生は怒りを露わにする。理由を尋ねて尚、納得がいかない様子だ。


「Velar, korva zar orra kor ke?

Zar va na orn.

…Korva zar orra elvar vor ke?」


襲撃者の声は痛々しく、とても聞いていられなかった。


ここまで希望が失われてる者は、正直初めて見た。


「…」


先生は黙ってしまう。悲痛な叫びを聞き、かける言葉を見失ってしまったようだ。


「…Za na noct. Velar, Za val Za valdo lexar.…“Elra orn.”」


先生は精悍とした面持ちで襲撃者たちを真っ直ぐと見つめる。


『Val orn』と似た単語配列…『Elra』の意味さえ分かれば、先生の真意が特定できそうだ。


「…!」


息を呑む程の大きな角が、銅像のようにピタッ――と止まった。襲撃者は、大事なことに気づかされたようだ。


「Valorn elra. Korva thar elrav kor ke?」


先生は打って変わって、その表情には優しさが滲んでいた。

聖母のような…慈愛が溢れていた。


「…Zar elrav elvar!Elvar nexra!」


襲撃者たちはその場に泣き崩れる。

何が起こったんだ…?


「Thar orval. Kor elvar lexra.」


先生は誇らしげに微笑む。

その凛とした姿に、鮮烈な感情を覚えた。


「二人とも、行こうか。この者たちに“戦う意志”はない。もう、襲ってくることもないさ」


用事を済ませた先生は、僕らに『早く帰れ』――と、全面的に顔で催促してきた。


終わった…のか?

イリス先生の言葉には一体どんな力があったんだ?

襲撃者たちが崩れ落ちるほどの――


僕は、益々(ますます)イリス先生のことが気になった。そこには疑念と尊敬の念が混ざっている。恐らく、今も、これからも――



「先生」


セリアさんが尋ねる。ずっと放置されていたことを、少し不満げに声色に示している。


「あの人たちに、何を話したんですか?」


先生は少し考えた後、答える。


「…私の考えさ。私も、あいつらの気持ちが分からなくはないからな。生きるのが楽になる考え方ってやつを、教えてやったのさ」


若々しい見た目とは裏腹に、先生の一つひとつの言葉には深みが宿っていた。


これまでどんな人生を送ってきたのだろう。きっと、想像を絶する壮絶な人生なのだろうが…


「あ、ゼイル!」


担任の声だ。ローブを後方に揺らしながら、両手を地面に向かって下ろし、『ステイ!』とでも言いそうな顔で近づいてきた。


「ここで何してるんだ?生徒に向かわせるようには、言ってないはずだが」


担任は訝しげに怒りを吐露した。


これから説教タイムが始まりそうだ…


「その…」


言葉に詰まる。

人に怒られている時というのは、どうしても言葉が出てこない。いつもの冷静な心から生まれる発語とは違い、支離滅裂になったりするものだ。


「私の意志です。ゼイルは私についてきただけ。だから、叱るなら私だけで十分です」


青年を庇う黒髪少女は、僕とは対照的に、流暢な言葉遣いを発す。


セリアさん…


「君は――

…そうか。けどな、ついてきた時点でゼイルも同罪だ。二人とも、後で職員室に来てもらう。分かったな?」


担任はセリアさんを見て、何か思い出したかのような顔をする。


お叱り確定となってしまった…帰りたくねぇ…


「セリアさん、ごめん」


先ほどの恥さらしな行動を詫びる。あれは自分でも馬鹿だったと思う。


友達に怒号を発するとか――冷静さの欠片もないじゃないか。


「なんで謝るの?」


心底不思議そうに顔を覗き込まれる。


「その…巻き込んだ感じがして」


彼女は納得がいったような顔をしてから、顔を逸らした。


「…どちらかと言うと巻き込んだのは私だよ。こちらこそごめん」


深々と頭を下げられる。

本当にいい人だな…


僕たちは気まずさで会話ができないまま、職員室に向かう。


「セリア=グレイシア。この学校に推薦で入学してきた数少ない生徒。それがゼイルと…か」



一人の公爵が、そんな僕らの様子を悪趣味に見届けていた。



「面白いことになりそうだ」



彼は独りでに呟く。


…そろそろか。このままだと被害が街にまで広がりかねない。俺は襲撃者たちに告げた――




――僕らは職員室まで来ていた。

僕らの空気の重さと言ったら、言葉で言い表せないほどだ。


三回ノックをして入る。


記憶が正しければ、二回ノックをすると、トイレの空室確認になる――だったと思う。

だから、これで間違いないはず…!


「失礼します」

「失礼します」


相変わらず、職員室はコーヒーの匂いで満ちている。教師というのはただでさえストレスがたまるわけだし、納得はできるが。


「ゼルフィア=ノア先生はいらっしゃいますか?」


恐る恐る様子を伺う。

ざっと見回してみても、ここには大勢の教師がいる。


…まぁ一つの階に初等部・中等部・高等部――と、凝縮されて集まっているわけだから、納得は出来る。それに、三階だけに教室があるわけではないだろうしな。


「あ〜俺はここにいるぞ。悪いが、ここまで来てくれるか?」


何を言われるのだろうと不安に思いながら、担任の方向へ歩みを進めた。


「え〜まず、勝手なことはするな。今回はたまたま命に別状はなかったが、今後こんなことがあったら死ぬ可能性も出てくる。


そうなれば、悲しむのはお前らの家族だけじゃない。友達、親友、クラスメート、そして――俺たち教師もだ。


俺から言えることは一つ。

…迷惑をかけるな。いいな?」


「はい、分かりました」

「…はい、分かりました」


そう答えながら、胸の奥に小さな棘が残る。


……本当にそれでいいのか?

そんなことを言っていては、いつまで経っても弱いままなんじゃないか?


――そう思ってしまう。

心に(もや)を残したまま、職員室を後にする。



コツッ、コツッ、コツッ――

無機質なローファーの音が、僕らを見下すように廊下に響いた。


…気まずい。


僕たちは教室の前まで来て、

「じゃあ、またね」


「うん、また」


そう言い合って別れた。


本当にまた会える日は来るのかな?

気まずさのない、初めてあったときの――尊敬に満ちた、あのときのように…



「――ゼイルと仲直りできるかな…」


『1ーB』の教室に戻り、私は一人考え事をしていた。


私もゼイルもお互いに謝りあった。けど、それだけじゃ足りない気がする。

…そうか。


「私…まだ、ゼイルと本音で話してないんだ」


思い当たる節を探してみた結果、見つかったのがこの答え。


分からない。

でもきっと――無意識に仮面を作ることで、ゼイルの前で“いい子”を演じていた気がする。…嫌われたくないから。


ゼイルと、ちゃんと話したい…


今はただ、それだけだった。


そのとき、引き戸が開かれる。

リヒト先生だ。


「よし、みんな集まってるね。

それでは、次の授業の概要について話します。次の授業は――魔術実習。

今回は初回ということで、特別にA組と組対抗戦をしたいと思います」


リヒト先生は『絶対に負けない…』とメラメラと闘志を燃やしている。

その熱が私たちに伝わる程、教室の温度は高まった。


魔術実習――それに、対抗戦…か。

魔術自体は苦手ではないし、まぁやれるか。


「組同士で戦うことは頻繁にはないから、一回一回の対抗戦を大事に生かしてくださいね!」


ふと、一人のA組男子生徒の顔が浮かんだ。


――そうだ。ゼイルってA組だったじゃん。なんで忘れてたんだろ。


自身の忘れっぽさを咎めつつ、これから始まる戦いに気持ちを入れ直す。


これは…

ゼイルと本音で話し合うチャンスかも。


私は期待に胸を膨らませた。

ゼイルと食堂で、一緒に塩抜きポテトを食べている姿を想像しながら――


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