第九話 等閑視の油断
「行う場所は南部領の草原地帯ですので、早めに移動してくださいね!」
先生は左手を教卓に置き、右手で『やったろうやないかい!』という闘気を放った。
草原地帯か…どれくらいの広さなのかな?広さによって使える魔法の種類も変わってくるから、できれば教えて欲しいところだが。
少なくとも、中級魔法は使えないとかなり厳しいぞ…
「それじゃあ授業で会いましょう!」
リヒト先生は教室を後にした。
ゼイルとは戦ったことがない。
…どうなるかな。
私は不安と少しの期待を胸に、教室を出る。
――すると、銀髪の青年が隣の教室から頭角を現した。彼の紅蓮の瞳が、気まずそうに青みを落としている。
少なくとも、今は会いたくない人物と目が合ってしまった。
「あ、セリアさん…」
彼が気まずそうに呟く。
「…ゼイル」
私たちはそれ以上話すことができなかった。
指先が痺れる。
唇が震える。
私、まだゼイルと――
仮面を取って話すのが怖いんだ。
けど、ゼイルだって話すのが億劫なのは私と同じはず。
勇気を出さないと…
私は南部領に向かって歩き出した。
一階まで階段を降り、何のために設置されてあるのか分からない昇降口を通る。
今日は雲一つない快晴だ。
…腕がなる。自分の全力が出せる絶好のコンディションだ。やはり、天気が良いと気分も少し晴れやかになる。
ただ、私の得意魔法との相性が良いかと言うと…少し怪しいところだけれど。
「え〜っと、確か南門を通ればいいんだよね」
南玄関口から飛び出し、赤レンガの上に立った私。草原地帯の位置を思い出しながら、脳内で道筋を組み立てる。
セレスティア中央魔術学院から南部領にアクセスするには、南門これが一番手っ取り早い。だから、さっさと行こうとしたんだけ――
「あ、セリアさん!今から行く感じ?」
――どもねぇ…
金髪の青年は、明るさと鬱陶しさを孕んだ声を、私の鼓膜に響かせる。
「え、あ、うん。そんな感じ…」
抑揚を極限まで落とした声で、彼に返答した。
この人は、クラスメートのリオン=アルヴァ。なんかどっかで聞いたことのある音の響きだが、気のせいだろう。
入学初日からクラスの人気者になった人だ。初めのうちはそこまで嫌悪感がなかったのだが、最近は事ある毎に絡んできて鬱陶しく感じている。
というか――私がクラスの女の子と仲良くできないのは、案外こいつのせいだったりする。なぜなら、こいつ…無駄に顔が良いのである。
クラスの女の子たちは、瞬く間にこいつに心酔した。そんな人気者と私が話していたら、自ずと女子グループからハブられるわけだ。
「はぁ…」
「どうしたの?セリアさん。そんなため息吐いてたら、運気が逃げちゃうよ?」
うるせぇよ。誰のせいだと思って…
私はその言葉が出る既のところで押し留まる。
それにしても、クラスの女の子たちはこいつのどこを好きになったんだ?
ピアスなんか空けちゃって妙にチャラついてるし、制服も着崩しているこいつのどこを――
はぁ…やめだ、やめ!
こいつと関わってたら本当に運気が下がりそうだ。
さっさと行こう。
「じゃあね、リオンさん。対抗戦のときはよろしく」
無機質に、冷たく足蹴にした。
「…!うん、分かった」
何故だか頬を赤らめているように見えた。
…気のせいか?
「(初めてセリアさんに名前呼んでもらえた…嬉しい!)」
――私は南部領の森の中を彷徨っていた。鼓膜には、馴染み深い微細な音が鳴っている。
…絶賛迷子中だ。
南部領に住みだしてから随分経つのに、未だに地理を把握できていない。
「入り組みすぎなのよ…」
森が生い茂っていることに別に文句ないのだが、せめて道を整備してほしい。
特にここ――『ヴェインベラ』は。
いくら南部領に住民が少ないからって、ほったらかしにし過ぎだと思う。
エリュシア公爵は何を考えてるんだろ。
素性も全く知れないし…啓示を信じるタイプの、多分やば目な人だし。
はぁ、リヒト先生にちゃんと道筋聞いておけば良かった…
私は今更ながら後悔する。
それか――ヴェルガに“あの子”連れてきてもらっても良かったかな…
「あ、セリアさ〜ん!こんなところにいたんだ〜!」
げっ、疫病神が来た。
今度はどんな方法で運気を吸い取るつもりだ…?
咄嗟に戦闘体勢で身構えた。迎撃の用意は完了だ。
いざとなれば凍りつかせることもできる。他の人なら躊躇うが、こいつならそんな情も沸かないだろう。
「ま、待って!俺はただ、セリアを呼んできてって先生に頼まれただけだから!」
「…頼まれた?」
私の臨戦態勢を見る否や、両手では飽き足らず、全身で供述してくる彼。
「うん。セリアさんがあまりにも遅いからって、リヒト先生に頼まれたんだ」
…そうだったのか。悪いことをしたな。
原因は私だったと分かり、急激に申し訳なさが溢れ出てくる。
――立つ瀬がないとは、このことか。
というか、みんなもう集まってるのか。
よく迷わずに行けたものだ。
「ごめん、勘違いしてた」
一応の謝罪の意を示しておくとする。リオンに対して頭を下げるのは、些か釈然としないが。
「勘違い?何のこと?」
彼の髪の触覚が右に垂れた。心底不思議そうに言われる。
「いや、別に…」
私は彼が鈍感なことをダシに使い、説明責任を放棄した。
「まあ〜でも、セリアさんに逢いたかったって気持ちもなくはないけどね!」
リオンは照れ臭そうに言う。
なんだこいつ。ムカつくな。
「…変態」
癪に障るこの祟り神に、八つ当たりしてやった。
「え!?別に下心はないよ!」
「…嘘つき」
「嘘じゃないって!」
そんな会話をしていたら、草原地帯まで来てしまった。
ようやくこの疫病神ともおさらばだ。
清々する。
…まぁ、リオンがいなかったらここにたどり着けてなかったかもだが。
そういう意味では感謝している。
「お、着いたね!ここが草原地帯かぁ〜
スゥゥゥ――ハァァァ――うん、ここの空気は澄んでていいね!」
確かに、ここの空気は美味しい。
きっと、自然好きのゼイルにはたまらない場所だろう。
そう言えば、ゼイルはもう来てるかな?
「は〜い、注目。全員集まったみたいだな。これから行うのは、魔術実習。担任から聞いての通り、A組対B組の対抗戦だ。
実はC組のみんなにも来てもらってるんだが、今回は外から観てもらうだけだ。単なる観客だと思ってくれ」
ゼルフィア公爵が…いや、ゼルフィア先生が前に立って説明してくれる。
そう言えば、この人には私と似たものを感じるんだよな。
多分、使う魔法が似通っているからだと思うのだが…
「ルールは三つ。
一つ目は、仲間討ちはなし。これがありだとめちゃくちゃになるからな。
二つ目は、勝敗の決め方について。
勝利条件は、相手のクラス全員を戦闘不能にすること。戦闘不能ってのは、相手が行動不能になったり、気絶したりすることな。因みに、制限時間は特に設けてないから、授業が終わるギリギリまで戦ってもらって結構だ。
そして三つ目は、殺しはなし。お前らはこの学校に入学した時点で、将来有望な生徒たちだ。若い芽を摘むわけにはいかない。これは絶対に守ってもらう。
…以上がルールだ。何か質問はあるか?」
「はい」
白髪の青年が手を挙げた。
挙手した方と逆の手には、陽光に反射する銀色の何かが握られている。
「アサーシか。質問はなんだ?」
「武器の使用は可能ですか?」
武器?そんなの使うのか。
私が疑問に思っていると――突如として、彼は左手を高らかと上げた。そこで、“何か”の正体が判明する。――獲物だ。
…なんで持ってきてんの?危なくない?
「ああ、殺さないという前提の上でなら可能だ」
「分かりました」
ゼルフィア先生からの許可が下りると、彼は危険物を颯爽と鞘に納めた。
魔力は高くない。
…少なくとも、脅威ではないはずだ。
「他に質問は…なさそうだな。
よし、それでは各々好きな場所についてくれ」
そよ風が吹き抜ける草原で、私の魔法と相性の良さそうな場所を探し回る。
どこがいいだろうか…
やはり端の方か?
でも、真ん中に行って一気に削るのもありだ。
――そのとき、目を見張る魔力が立ち昇る。
あの人は一体…?
「カイラス君、今日は頼むね!」
「期待してるよ〜!」
「英才教育の賜物を、B組に見せてやれ!」
A組の人たちが緑髪の青年に群がって激励している。
…まずはあの人を警戒しておこう。
今回の対抗戦の最大の壁は、恐らく彼だ。
「全員、準備はいいな?…これより第一回組対抗戦を決する。各々、悔いのないように。それでは――始め!」
始まった…
まずはあの人を――
そのとき、背筋が震えた。
空気が変わる。
草原を吹き抜ける風が止まる。
誰かが、魔力を解き放った。
「…雷王領域」
緑髪の青年が、静かに影づく声音で呟いた。
――瞬間、快晴の空に暗雲が立ち込める。
え、何が起こって――
その刹那、クラスメートたちは次々と倒れ込んだ。
稲妻が地面を裂ける。
草原が焦げ、空気が焼ける。
魔力の圧で、膝をつく者もいた。
…一瞬だった。
息をする間もないまま――
「え!なに、なに!」
「今、あの人がやったのかな?」
「てか、魔力すご!この場で一番魔力高いんじゃない?」
C組の生徒が騒いでいる。中には、いかにも脳筋そうな筋肉バカも混じっていた。
…鍛えてるのかな?
その担任であろう人も、開いた口がふさがらない…っといった感じ。
あの人――襲撃のときの先生じゃん。通りで見たことあると思った。
「(凄まじい魔力…こんなの“あっちの世界”でもあんまり見ない…)」
紫紺の瞳に、閃光に近しい魔力が走る――
…これはまずい。
このままじゃすぐ終わる。
…そんなのいやだ。
まだ、ゼイルと本音で話してないのに。
「ん?まだ立ってるのがいるな。
あいつは…なるほど。俺と同じ推薦合格者。なら、次はあいつだな」
そう言って、緑髪の青年が電光石火で眼前に迫る。
脊髄反射で繰り出す。
――氷槍。
槍は緑髪の青年の頬を――耳端を掠める。
「…へぇ。B組にもまともなやつ居たんだな。正直、見くびってたよ」
切れた皮膚から吹き出た血流を抑え、私に余裕さを見せる青年は、グッ――と力を込めた後に止血してみせた。
今、本当に危なかった。
あと少し遅れていたら、意識を落とされていただろう。
「…女子だからって、手加減は無しで行くぞ?」
「…もちろん」
私たちは構え出す。
これは、スキルを使うしかない。
私の最大火力をこの人に…
「(こいつのスキルを魔法で処理する)」
「氷枝分身!」
「…迅雷」
自身の分身を繰り出した。
絶え間なく続ける――
「…凍える冷気の衣よ、集い、敵を覆いつくせ――」
空気に氷の息吹が入り混じる。たちまち――冷やされた水蒸気は、途端に形を帯びていく。
周囲に冷気が舞い踊った。
「…氷獄」
氷が地面を走る。
白い霜が草原を飲み込み――
A組の生徒たちは次々と凍りついた。
「(…やるな。だが、詰めが甘い。隙だらけだ)」
背後から痺れの残響が聞こえた。
まさか――
「閃電…」
『カイラス』が雷を放つ――それだけで、数人の生徒が吹き飛んだ。
「ぐっ…」
鋭い光が私の体内に流れ込む。刹那の崩壊に伴って、体がヒビ割れた。
激しい痛みと共に分身は壊され、分身への魔力ダメージが追撃する。
…痛い。
こんなに手傷を負ったのは久々だ。
それだけ格上…
だけど――
「まだやるか?」
――まだ終われない。
私はまだ、ゼイルと本音で話していないのだ。
こんなところで倒れるなんて…絶対に嫌だ。
氷の魔力を握りしめる。
私はまだ――終わらないぞ。
小さな私の体で、『お前に屈するつもりはない』との意を、脅しで体現した。
「諦めて…たまるか」
「…そうか。それは気の毒だ」
緑髪の青年は勝ちを確信した顔で笑った。私の意識の外で、異質な気配が忍び寄る――
「(隠密)…」
今、後ろから何か聞こえて――
「セリアさん、危ない!」
獲物を手にした青年が猛スピードで迫ってくる。この人、さっきの――
その間に、リオンが割り込もうとしている。
「馬鹿!」
私は即座に氷柱を展開する。
「…チッ」
怒気を孕んだ声が両耳にまとわりつく。
なんとか間に合った。
「大丈夫?」
私はリオンを心配した。守ることに必死で、足元がおぼつかない様子だ。
…仕方ない。手でも貸してやるか。
「かっこいい…」
…は?
「何言ってるの?」
「惚れ直したかも…」
今戦闘中だぞ?分かってるのかこいつ?
恋心を隠す気が一切ない彼は、私のドン引き顔など眼中にもないのか、はたまたそんな私に興奮でもしてるのか、――いずれにしても、息が荒くなっている。…頼むから後者だけは辞めてくれ。
――てか、
「惚れてたのかよ」
「うん。出会ったときから、ずっと。一目惚れってやつ」
全然気づかなかった。
ふと顔を上げると、遠くで眺めているゼイルと目があった。
…気まずい。会話聞かれてなきゃいいけど。
「…はぁ、寝言言ってないで早く集中して。ただでさえ、こっちは不利なんだから」
「寝言!?僕は本気だよ!」
私のあしらいに感情を沸騰させた彼。視界に私しか映っていないと断言出来る程、大きく声を荒らげている。
いつまで言ってるんだ、こいつは。
しかも『俺』から『僕』になってるし。相当興奮してるんだな。
「…お盛んなところ悪いんだけど、そろそろいいかな?」
緑髪の青年が眉毛をピクつかせている。
うちの疫病神が本当に申し訳ない…
「空気を読んでいただき、ありがとうございます!」
「一回黙ってくれるかな!?」
漫才のやり取りとしか思えない会話だが、この場にリオンをシバキ倒す人は誰も居ないので、仕方なく私が買って出るしかない。
こんなんでA組と張り合えるのだろうか…
「(セリアさん、ちょっといいかな?)」
彼の端正な顔立ちが、私の耳元までやって来た。
リオンが耳打ちで話しかけて来る。
ど、どした?急に真面目な顔になりやがって。
「(何?今集中してるんだけど)」
「(考えがあるんだ)」
柄にもなく真剣な声色で話し出す彼。先程までのおちゃらけ馬鹿はどこへやら――すっかり優等生の猫を被ってしまっている。
――考え?
もしや…ここからB組が優勢になる秘策でもあるんじゃ――
「(今、こっちも向こうも数はそこまで多くない。実力が高い人だけ残ってる感じだ。
だから、魔力が低い人を中心に狙っていけば良いんじゃないかな?
そうして数の有利を作れれば、勝機が見えてくると思うんだ)」
至極当たり前ながら、いざ考えてもみると有効な手立てが、彼の口から聞こえた。
なるほど…確かにもっともな意見だ。
先に相手の数を減らすべき――
「(そして、さっきの動きを視ていると、セリアさんは大技を使った後の隙が大きい。
だから、僕がその隙を補えたら、かなり有利に戦えると思うんだよね)」
私の弱点を的確に突き、かつ補助する方法まで提案してくれた彼。
リオンはよく見てるなぁ…
――ん?もしやこいつ…私に夢中で、戦闘に身が入ってなかったとかじゃないだろうな?
「(リオンは何が使えるの?)」
「(俺は土魔法を使う。援護には、ぴったりだと思わない?)」
確かに…
指を顎に添えた。
土魔法と言えば錯乱の頂点と言っても良いほど、補佐性能に長けている。それが使えるともなれば、『鬼に金棒』もいいところだ。
私は大きく頷いた。
…あれ?この言い回し、誰に教えてもらったんだっけ?
「(よし、決まりだね。まずは…あの人にしようか)」
あの人――え、ゼイル?
銀髪青年は意表を疲れたのか、恥ずかしそうに顔を逸らした。
…でも、ゼイルとはいずれ戦うつもりだった。
きっと、今だ。今しかないないんだ。逃げるなんて、私には似合わないから。
「行こう、リオン」
「ああ、セリアさん」
拳を固く握り――精一杯の決意を固めた。
――今、セリアさんと目が合った。
僕はなるべく目立たぬようにクラスメートを援護していた。
数も少なくなってきちゃったし、そろそろ集まって動いた方が良さそうだな。
今いるメンバーだと…アサーシあたりが良さそうか。
カイラス君は一人でも十分やれるだろうし、アサーシなら僕と上手く連携が取れそうだ。
白髪青年に視線をやった。
彼はその視線の意図を察してか、すぐにこっちに来てくれる。
「(ゼイルさん、どうしました?)」
「(数も少なくってきたから、集まって動いた方が良いと思って)」
「(なるほど…確かにそれなら有利にことが運びそうです)」
会話に集中する僕は、うっかり状況把握を怠ってしまった。
あれ?さっきまであったセリアさんの姿が見当たらない。
一体どこに――
「(ゼイルさん、来ます)」
アサーシが額に汗を滲ませた。
「(え?)」
素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
「(戦場では、油断した方がやられるんです。しっかりしてください!)」
アサーシの視線の先に目をやると、セリアさんと――金髪の青年がいた。
セリアさん…
胸の奥が痛んだ。
なぜだろう。
戦場なのに、彼女が誰かと並んでいるだけで――こんなにも落ち着かない。
緊張で身震いする体を堪えながら、彼女と視線を交わす。
…言わずとも分かる。
彼女は本気だ。
なら、
「…期待に応えないとな。行こう、アサーシ!」
「ええ」
僕らとセリアさんたちは、一気に距離を詰めた。
取り込まれたマナの巡りが一層激しくなる。
体内での『マナ消費』が騒がしくなってきた。それに同期するように、魔力が連動して体中に渦巻く。
「ゼイル、本気で来て!」
「セリアさん…もちろん!」
四つの魔力が解き放たれる。
この瞬間、草原の空気が一変する――
「氷枝分身!」
「泥濘!」
「同調!」
「隠密…」




